はじめに
科学論文において、英語の表現を正確に使うことは重要です。しかし、生成系AIが提供する校正結果をそのまま受け入れると、英語圏の文化や表現の深いニュアンスを見落とすリスクがあります。ここでは生成系AIを用いた英文校正の後に、具体的なチェックリストを紹介したいと思います。(英語は分野に依存しますので、ここでは宇宙天文系を想定しています。生成系AIは時々刻々と進化するので、この記事は2024.12時点の話です。)
端的にまとめると、
- 冠詞の用途
- 時制
- 強調表現
において、生成系AI英語には修正が必要がなことが多いです。
p.s. 科学英語の一般的な注意事項などは下記にまとめています。
チェックリスト
1. 論文の最後の方で、"a" が出現するミスが多い
現象: 論文の締めくくりでは、生成系AIがしばしば「a」が不適切に挿入されることがあります。
原因: 英語の冠詞システム(a/an/the)は、フランス語の影響を受けて形成されたものであり、文脈による特定性が強調されます。特に、抽象的な表現やまとめでは冠詞の選択が難しくなります。
tips : 生成系AIに既知情報か否か、情報を与えた上で指示すれば改善するかもしれません。
例:
- 修正前: "It represents a unique finding in the field."
- 修正後: "It represents unique findings in the field."
解説: 「a unique finding」は、単数形が特定性を失わせるため、適切ではありません。
背景: 冠詞の誤用は、特に日本語話者にとって難しい部分です。日本語には冠詞に相当するものがないため、英語の文脈に基づく微妙な違いを捉える必要があります。科学論文の場合は、読者にとって自明かどうかなど、想定される読者によっても冠詞の選択肢が変わります。
チェックリスト: 「the」を使うべきかどうかを判断する方法
以下の質問を順に考えることで、「the」を使用すべきかどうか判断できます:
- この名詞は具体的に特定されていますか?
- はい: 「the」を使用(例: The data from this observation is crucial.)
- いいえ: 冠詞を省略、または「a/an」を使用(例: We collected data during an observation.)
- この名詞は一般的な概念や抽象的な内容を指しますか?
- はい: 冠詞を省略(例: Observation is a fundamental method in science.)
- いいえ: 冠詞を付ける(例: The observation conducted yesterday was remarkable.)
- 読者がすでにこの名詞について知っていると考えられますか?
- はい: 「the」を使用(例: The polarization of the neutron star was unexpected.)
- いいえ: 新しい情報の場合は「a/an」を使用(例: A polarization pattern was detected.)
2. "best" などの最上級の単語が文意とは合わずに出現する問題
現象: 最上級表現が無意識に使用され、文意が過剰に感情的になる場合があります。
原因: 英語では最上級の使用が強い印象を与えますが、科学的文脈では客観性を求めるため、これが不適切になることがあります。
tips : 生成系AIに強調のレベルを指示すると改善するかもしれません。
例:
- 修正前: "This is the best method to analyze the data."
- 修正後: "This method is effective for analyzing the data."
解説: "best" は主観的なニュアンスを伴うため、客観的な表現に置き換える必要があります。
背景: "Best" のような表現は評価や強調を示す役割があります。しかし、現代の科学論文では、より中立的で具体的な表現が求められます。
3. "However," などの接続詞の多用
現象: 生成系AIやそれを使う人間は、論理の流れを作るために接続詞を多用することがありますが、結果として文章が冗長になります。
原因: 英語では接続詞が文のつながりを明示する重要な役割を果たしますが、多用すると不自然になります。
tips : 生成系AIにパラグラフ単位など、それなりにまとまった量の英文を与えれば改善するかもしれません。
例:
- 修正前: "However, the data was inconclusive. However, further investigation was conducted." (極端な例)
- 修正後: "Although the data was inconclusive, further investigation was conducted."
解説: 接続詞をより多様に使用することで、流れが滑らかになります。
背景: 接続詞の使用は、英語のラテン語的な論理構造に由来します。論文では、簡潔さと明瞭さが評価されるため、接続詞の過剰使用を避ける必要があります。
接続詞だけに頼らず、コロン (:) とセミコロン (;)を使う方がベターな場合も多いです。用法を確認しておきます。
コロン (:) とセミコロン (;) の使い方の確認
コロン (:) の使い方
- リストや説明の導入
- コロンの前には完全な文を置き、後にリストや説明を続けます。
例: "The analysis focused on three factors: temperature, pressure, and density."
- 補足情報や具体例の提示
- コロンの後に、前文の内容を具体化または補足します。
例: "The results were unexpected: the data showed significant anomalies."
セミコロン (;) の使い方
- 独立した文同士の密接な繋がり
- セミコロンは、密接に関連する2つの独立した文を繋げます。
例: "The results were inconclusive; further analysis was required."
- 接続副詞を伴う場合
- "However," "Therefore," "Thus" などの接続副詞を挟む場合にもセミコロンを使用します。
例: - "The data was inconclusive; however, further analysis clarified the results."
違いを覚えるポイント
-
コロン (:):
文を補足したり説明を導入するときに使います。「具体化・説明」と覚えると便利です。 -
セミコロン (;):
独立した文同士を関連付けるときに使います。「関連・繋ぐ」と覚えると自然に使えます。
簡易チェックリスト
- コロン: 「説明を加える?」→ コロンを使う。
- セミコロン: 「文同士を繋ぐ?」→ セミコロンを使う。
4. 文学的表現の使用
現象: 科学論文に不適切な文学的表現が挿入される場合があります。
原因: 生成系AIは多様なデータを基にしているため、文学的なフレーズが誤って挿入されることがあります。明確にどの分野の科学英語を使うべきか指示すれば改善するかもしれません
例:
- 修正前: "The star gracefully dances through the cosmos."
- 修正後: "The star moves through its orbit in the cosmos."
解説: 科学論文では簡潔で具体的な表現が求められます。
背景: 英語文学では比喩や擬人化が一般的ですが、科学論文では中立的で客観的な文体が求められます。
5. "the sun," "a sun," "a star," "the star" の混乱
現象: 天文学において、冠詞の誤用がしばしば見られます。
原因: 天文学では「太陽」や「星」を特定するかどうかで冠詞が変わりますが、生成系AIは文脈を(まだ)完全には理解していません。
例:
- 修正前: "A sun emits light due to nuclear fusion."
- 修正後: "The sun emits light due to nuclear fusion."
解説: 太陽系の太陽を指す場合、"the" を用いる必要があります。普通の恒星の場合は a もありえる。
背景: 英語圏では、特定性を明示するために冠詞が使われます。科学論文では文脈によって冠詞の適切な選択が重要です。
6. 現状の生成系AIでは全文校正が難しい
現象: AIは文法や表面的なミスを修正できますが、論文全体の論理や一貫性を保証することは難しいです。
原因: AIは一文ごとに校正を行う傾向があり、時制や論理構造の一貫性が失われることがあります。
アドバイス:
- 論文全体を通して、時制や語調が統一されているかを確認しましょう。
- 特に、結果と考察セクションで過去形と現在形の切り替えに注意してください。
7. Abstract の微調整の必要性
現象: Abstract は分野の慣習や常識に依存するため、AI校正では不完全な場合があります。
原因: 冠詞や時制、分野特有の表現はAIが完全に把握できない場合があります。
アドバイス:
- 冠詞が適切かどうか、分野の慣例に従って調整しましょう。
- 時制が結論に適切であるかを確認し、論文全体との一貫性を保つようにします。
科学論文における時制の考え方
科学論文では、セクションごとに一貫した時制を使うことで論理の明確さを保ちます。主要なセクションと適切な時制の考え方を整理しておきます。
1. Abstract
-
主に現在形
- 結論や全体の重要性を示す。
例: "This study investigates the impact of X on Y."
- 結論や全体の重要性を示す。
- 過去形は特定の手法や結果を述べる際に使用。
例: "Data were collected from multiple sources."
2. Introduction
-
現在形
- 背景情報や既存の知識について述べる。
例: "Black holes play a critical role in the evolution of galaxies."
- 背景情報や既存の知識について述べる。
-
過去形
- 過去の研究成果を説明。
例: "Smith et al. (2020) demonstrated this phenomenon."
- 過去の研究成果を説明。
3. Methods
-
過去形
- 実験や観測の手順を記述。
例: "Samples were analyzed using X-ray spectroscopy."
- 実験や観測の手順を記述。
4. Results
-
過去形
- 実験や観測の結果を述べる。
例: "The data showed a significant correlation."
- 実験や観測の結果を述べる。
5. Discussion
-
現在形
- 一般的な解釈や意義を述べる。
例: "These findings indicate that X is a critical factor."
- 一般的な解釈や意義を述べる。
-
過去形
- 特定の実験や観測の結果を振り返る際に使用。
例: "The analysis revealed unexpected anomalies."
- 特定の実験や観測の結果を振り返る際に使用。
6. Conclusion
-
現在形
- 全体の結論を述べる。
例: "This study provides new insights into the mechanism of X."
- 全体の結論を述べる。
まとめ
- 現在形: 事実や結論、一般的な意義。
- 過去形: 実験や観測などの具体的な出来事。
- セクションごとに時制を統一
おまけで、現在完了形、過去完了形の使い方も確認しておきます。
科学論文での現在完了形・過去完了形の使用
科学論文では、現在完了形と過去完了形を使用する場面は限られていますが、特定の文脈で適切に使うことで論理性を明確に伝えることができます。
1. 現在完了形 (Present Perfect)
使用する場面:
- 過去から現在に続く状況や影響を強調するとき。
- 研究の累積的な成果を説明するとき。
例:
-
背景情報:
- "Recent studies have shown that X plays a critical role in Y."
(これまでの研究が示してきたことを強調。)
- "Recent studies have shown that X plays a critical role in Y."
-
自分の研究の位置付け:
- "We have investigated the effects of A on B."
(研究が現在までに行われたことを示唆。)
- "We have investigated the effects of A on B."
ポイント:
- 過去の成果が現在にも影響している場合に使用。
- 結果そのものではなく、過程や背景を強調。
2. 過去完了形 (Past Perfect)
使用する場面:
- 過去の特定の時点よりもさらに前の出来事を示すとき。
- 時間の前後関係を明確にするときに使用。
例:
-
背景説明:
- "Before the experiment began, the samples had been pre-processed to remove impurities."
(実験開始よりも前に行われた出来事を強調。)
- "Before the experiment began, the samples had been pre-processed to remove impurities."
-
研究プロセスの説明:
- "The equipment had failed prior to the first trial, so adjustments were made."
(ある過去の出来事よりも前に何かが起こったことを明示。)
- "The equipment had failed prior to the first trial, so adjustments were made."
ポイント:
- 主に「背景説明」や「結果を得る前の準備」に用いる。
- 文脈が複雑になる場合に役立つが、多用は避ける。
まとめ
-
現在完了形:
- 過去から現在に至る状況や成果の影響を強調。
- 主に Introduction や背景説明で使用。
-
過去完了形:
- 時間の前後関係を示すために使用。
- 主に Methods や複雑なプロセスの記述で使用。
注意:
これらの時制は科学論文では頻繁に使われるものではなく、過去形や現在形が主体です。使う際は、文脈が明確に伝わる場合に限定しましょう。
8. 図のキャプションと本文の重複に注意
現象: キャプションと本文で内容が重複する場合があります。
原因: AIはキャプションと本文を独立して処理するため、整合性が崩れることがあります。
tips : 生成系AIにcaptionと本文の該当部分を同時に渡すと良いのかもしれません。
アドバイス:
- 図のシンボル(色やスタイル)はキャプションに記述し、図の解釈や議論は本文に含めるようにします。
- キャプションと本文が補完的な関係にあるか確認してください。
まとめ
これらチェックポイントを今書いたとしても、、時事刻々と変わっていくと思いつつ、今後は生成系AIがそれなりの正しい英語を生成してくれるので、その分、英語の歴史や文化的背景を深く学ぶ時間を増やして、文化の違いを理解した上での英語を書けることを目指すとよいのでしょう。