はじめに
気象庁は、「顕著な大雨に関する情報」の運用を2021年6月17日13時より開始しました1。この顕著な大雨に関する情報は、大雨による災害発生の危険度が急激に高まっている中で、線状の降水帯により非常に激しい雨が同じ場所で降り続いている状況を「線状降水帯」というキーワードを使って解説する情報です2。
気象庁ホームページ2にはこの発表基準は以下のように示されています。
- 解析雨量(5kmメッシュ)において前3時間積算降水量が100mm以上の分布域の面積が500km2以上
- 1.の形状が線状(長軸・短軸比2.5以上)
- 1.の領域内の前3時間積算降水量最大値が150mm以上
- 1.の領域内の土砂キキクル(大雨警報(土砂災害)の危険度分布)において土砂災害警戒情報の基準を実況で超過(かつ大雨特別警報の土壌雨量指数基準値への到達割合8割以上)又は洪水キキクル(洪水警報の危険度分布)において警報基準を大きく超過した基準を実況で超過
この発表基準は、内閣府SIPにおいて、防災科研・気象協会・気象研究所により開発された「顕著な大雨をもたらす線状降水帯の自動検出技術」に基づき3 4、いくつかの条件を変更・追加したもののようです。
線状降水帯に関する防災情報をどのように出すかについては、専門家によるワーキンググループでこれまで議論されてきました5。「顕著な大雨に関する情報」は線状降水帯に関する防災情報として完全なものではなく、今後この判定基準の課題を検証しどのように改良すべきかを考える必要があると考えられます。また個々の事例を見ていても、「なぜ発表されたのか」「なぜ発表されなかったのか」について振り返ることは有意義です。
こうした振り返りには発表基準の詳細が必要ですが、現状気象庁ホームページや各種論文等で十分に示されていません。また判定の状況のデータや、線状降水帯を表す赤い楕円データを気象業務支援センター経由で配信する予定は現状ないとのことです6。
そこでこの記事では、公開されている情報に加えて独自の取材により得られた判定基準の詳細について記します。また、ここで記した基準を用いた判定結果と気象庁の線状降水帯の雨域を示す楕円表示とが一致しなかった事例とその理由について振り返りを行います。
基準の詳細を公開することは、データさえあれば誰でも「顕著な大雨に関する情報」を振り返ることができて有用だと考えています。ただし当然のことですが、気象庁の公式な情報ではないため誤りが含まれている可能性があります。その点ご了承ください。 コメントでの指摘は歓迎します。
データ
気象業務支援センターから配信される以下のデータを使用しました。
また、土壌雨量指数の基準値データは、気象業務支援センターのホームページから入手しました11。
気象庁が線状降水帯をどう判定しているかの比較検証は、気象庁の雨雲の動き12や今後の雨13のページの線状降水帯の雨域を示す楕円データを取得(スクレイピング)して行いました。このデータは無保証で利用可能です14。
データの存在する時刻一覧は https://www.jma.go.jp/bosai/jmatile/data/nowc/targetTimes_N3.json から取得可能です。elementsにslmcs15が含まれている時刻に楕円データが存在します。
楕円データは現状では以下のURIで取得できます。
https://www.jma.go.jp/bosai/jmatile/data/nowc/{basetime}/none/{validtime}/surf/slmcs/data.geojson?id=slmcs
basetimeとvalidtimeは時刻一覧に書かれている値で、ともに同じ値でUTCのタイムスタンプです。データはgeojson形式で、FeatureCollectionオブジェクトとして構成されており、楕円はPolygonとして格納されています。
発表基準の詳細
5kmメッシュの前3時間積算降水量
5kmメッシュの前3時間積算降水量は次のように計算します。
- Urita et al. (2011)16に基づき、1kmメッシュの前1時間解析雨量を5kmメッシュへと変換しする。具体的には、まず5x6の1kmメッシュを面積加重平均して2.5kmメッシュ(2x2)に変換し、次に2x2の2.5kmメッシュのうち最大値を5kmメッシュの値とする。
- 得られた5kmメッシュの解析雨量を時間積算し前3時間積算降水量を求める。
5km変換と時間積算の順番によって結果が変わりますが、廣川・加藤17によれば、気象庁では現在は上記のようにまず5km変換したのちに時間積算しているそうです。
なお、ここで求めた5kmメッシュの前3時間積算降水量は、気象庁ホームページの今後の雨13でズーム時に表示される降水量の数値とは異なることに注意する必要があります。2021年7月8日7時30分の事例を見てみると、今後の雨では160の表示がありますが、上記の方法を用いて計算した場合、最大値は144mmでした。詳細は存じませんが、今後の雨の数値表示は、5km格子内の最大値を取った後に四捨五入の丸め処理を行っているのかと推測します。
100mm/3hの連結領域の抽出
5kmメッシュの前3時間積算降水量を用いて、4連結領域を抽出します。連結性は4連結(上下左右)と8連結(上下左右に加えて斜めも含む)の2通り存在しますが、気象庁の資料18を見る限り、4連結を用いているようです。
ちなみに連結領域の抽出方法はいくつかありますが、OpenCVのconnectedComponents
19を使うと簡単です。
楕円フィッティング
抽出された100mm/3hの連結領域に対して、辻本ほか(2016)20に基づき、楕円フィッティングを行います。このフィッティング方法は95%確率長円を求めるもので、主成分分析(PCA)21を用いています。
このフィッティング結果は、長軸・短軸比の計算だけでなく、地図上での線状降水帯の楕円表示でも用いられます。
計算する座標が、局所直交座標(単位m)なのか、緯度経度座標(単位°)なのか、解析雨量5km格子(経度0.0625° 緯度0.05°)なのかについては不明です。ここでは、緯度経度座標で計算しています。
発表基準
ここでは発表基準について1つずつ見ていきます。
「解析雨量(5kmメッシュ)において前3時間積算降水量が100mm以上の分布域の面積が500km2以上」については、5km格子だから5x5=25km2ではなく、経度0.0625°x緯度0.05°から面積を計算するのだと思います。
「1.の形状が線状(長軸・短軸比2.5以上)」については、フィッティングした楕円の長軸・短軸から計算します。
「1.の領域内の最大値が150mm以上」については、文字通りです。
「1.の領域内の土砂キキクル(大雨警報(土砂災害)の危険度分布)において土砂災害警戒情報の基準を実況で超過(かつ大雨特別警報の土壌雨量指数基準値への到達割合8割以上)又は洪水キキクル(洪水警報の危険度分布)において警報基準を大きく超過した基準を実況で超過」はやや分かりづらいですが、次のように書き直すことができます。
以下のいずれかの条件を満たす:
- 土砂キキクルで濃い紫の格子が2格子以上、かつ、大雨特別警報の土壌雨量指数基準値への到達割合8割以上の格子が1格子以上
- 洪水キキクルで濃い紫の格子が2格子以上
条件中の格子数については明示的に書かれていませんが、気象庁への独自の取材により分かったものです。また、気象協会の報道発表資料の別紙22の表2のキャプションは「気象庁実装方式(危険度分布も加味した検出回数:一次細分区域単位)。」ですが、その後ろに隠れている元の表のタイトルが「線状降水帯検出&((特別警報基準の8割超過&土砂災害危険度レベル4超過(2格子以上)) or 洪水警報危険度レベル4超過)※3時間抑制」と書かれていることからも、2格子という条件を使っていることがわかります。
過去事例
2021年7月10日現在、「顕著な大雨に関する情報」が出されたのは
- 6月29日 沖縄本島
- 7月1日 伊豆諸島
- 7月7日 島根・鳥取
- 7月10日 熊本・宮崎・鹿児島
の4日です。このうち上記の発表基準を用いて判定したものと、気象庁の線状降水帯の楕円データが一致しなかったのは以下の時刻でした。
- 7月1日8時50分 伊豆諸島
- 7月10日4時40分 熊本・宮崎・鹿児島
- 7月10日6時10分 熊本・宮崎・鹿児島
以降ではこの原因について検討します。
大雨特別警報の土壌雨量指数基準への到達割合(7月1日8時50分)
7月1日8時50分の事例は1時刻のみ気象庁ホームページで楕円が表示された事例です。ここで記した方法では、大雨特別警報の土壌雨量指数基準値が288なのに対して、土壌雨量指数が230と、到達割合0.7986という計算で発表基準に満たないと判定されました。一方で気象庁側の判定では到達割合が0.8を超え、他の条件も含めて満たされたと考えられます。
この原因については、2つ考えられます。一つは到達割合を計算する際に丸めてから判定しているという可能性です。もう一つの可能性は、GRIB2形式の土壌雨量指数データはパッキングにより値が大きいところでは5刻み(..., 225, 230, 235, ...)で表現されるため、実際には指数が231以上であったものの、丸められたことで基準に達しなかったというものです。気象庁内部ではGRIB2形式のファイルではなく、NuSDaS形式の丸められる前のデータを使って判定しているために、差が生じたと推測します。
楕円の長軸・短軸比(7月10日4時40分、7月10日6時10分)
7月10日の4時40分と6時10分の事例はいずれも、ここで記した方法では条件を満たすと判定された一方で、気象庁の赤い楕円が表示されなかった事例です。この原因は、前後の時刻の判定状況から考えると、長軸・短軸比が閾値の2.5を超えるかどうかの差だと考えられます。この差は、楕円フィッティングを行う際の座標系が影響している可能性がありますが、詳しくは今後調べる必要があります。
時刻 | 長軸・短軸比 | 気象庁HPの楕円表示 |
---|---|---|
4:30 | 2.98 | あり |
4:40 | 2.62 | なし |
4:50 | 2.26 | なし |
時刻 | 長軸・短軸比 | 気象庁HPの楕円表示 |
---|---|---|
6:00 | 2.31 | なし |
6:10 | 2.52 | なし |
6:20 | 2.45 | なし |
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気象庁大気海洋部: 配信資料に関するお知らせ ~顕著な大雨に関する情報の運用開始時刻について~. 2021年6月14日, https://www.data.jma.go.jp/add/suishin/oshirase/pdf/20210614b.pdf ↩
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気象庁: 顕著な大雨に関する情報 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/kenchoame.html (2021年7月9日閲覧) ↩ ↩2
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防災科学技術研究所: 顕著な大雨をもたらす線状降水帯の自動検出技術を開発 https://www.bosai.go.jp/info/press/2021/20210611.html (2021年7月9日閲覧) ↩
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気象協会: 顕著な大雨をもたらす線状降水帯の自動検出技術を開発 https://www.jwa.or.jp/news/2021/06/13549/ (2021年7月9日閲覧) ↩
-
気象庁: 線状降水帯予測精度向上ワーキンググループ(第1回)http://www.jma.go.jp/jma/kishou/shingikai/kondankai/senjoukousuitai_WG/part1/gaiyou.html (2021年7月9日閲覧) ↩
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2021年5月28日開催 気象振興協議会第一部会より ↩
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気象庁予報部: 配信資料に関する仕様 No.11601 ~解析雨量・速報版解析雨量~ https://www.data.jma.go.jp/suishin/shiyou/pdf/no11601 ↩
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気象庁予報部: 配信資料に関する技術情報 第474号 ~速報版降水短時間予報、高頻度化した土壌雨量指数の提供開始~ https://www.data.jma.go.jp/suishin/jyouhou/pdf/474.pdf ↩
-
気象庁予報部: 配信資料に関する技術情報 第508号 ~高解像度化した大雨警報(土砂災害)の危険度分布(土砂災害警戒判定メッシュ情報)の提供開始について~ https://www.data.jma.go.jp/suishin/jyouhou/pdf/508.pdf ↩
-
気象庁予報部: 配信資料に関する技術情報 第446号 ~表面雨量指数、精緻化した流域雨量指数、大雨警報(浸水害)の危険度分布、洪水警報の危険度分布、大雨警報(浸水害)・洪水警報の危険度分布(統合版)、速報版解析雨量の提供について~ https://www.data.jma.go.jp/suishin/jyouhou/pdf/446.pdf ↩
-
気象業務支援センター: 警報・注意報発表基準一覧表ファイル(気象庁提供)http://www.jmbsc.or.jp/jp/online/c-onlineGsd-a.html (2021年7月9日閲覧) ↩
-
気象庁: ナウキャスト(雨雲の動き・雷・竜巻) https://www.jma.go.jp/bosai/nowc/ ↩
-
気象庁: 今後の雨(降水短時間予報)https://www.jma.go.jp/bosai/kaikotan/ ↩ ↩2
-
気象庁ホームページ防災気象情報のURL構造 https://qiita.com/e_toyoda/items/7a293313a725c4d306c0 ↩
-
Stationary Linear Mesoscale Convective System の略かと推測するが、詳細不明。 ↩
-
Urita, S., H. Saito and H. Matsuyama (2011): Temporal and Spatial Discontinuity of Radar/Raingauge-Analyzed Precipitation That Appeared in Relation to the Modification of Its Spatial Resolution. Hydrological Research Letters, 5, 37–41. https://www.jstage.jst.go.jp/article/hrl/5/0/5_0_37/_pdf ↩
-
廣川康隆・加藤輝之: 強雨域の統計解析に適した5km分解能解析雨量の変換手法. 日本気象学会2021年度春季大会, SP6-02+. ↩
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気象庁: 線状降水帯に関する情報について https://www.jma.go.jp/jma/kishou/shingikai/kentoukai/tsutaekata/part9/tsutaekata9_shiryou_2.pdf ↩
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https://docs.opencv.org/3.4/d3/dc0/group__imgproc__shape.html ↩
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辻本浩史・増田有俊・真中朋久 (2016): 現業レーダデータを用いた土砂災害事例における線状降水帯の抽出. 砂防学会誌, 69(6), 49-55. https://www.jstage.jst.go.jp/article/sabo/69/6/69_49/_pdf/-char/ja ↩
-
大気海洋分野の方言だと経験的直交関数(EOF)解析と呼ばれる ↩
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気象協会: 顕著な大雨をもたらす線状降水帯の自動検出技術を開発 別紙資料 https://www.jwa.or.jp/wp-content/uploads/2021/06/26976256029ee31a9fc99b2c4d2a73f7.pdf (2021年7月9日閲覧) ↩