はじめに
IT企業で人を育成していると、PMがなかなか育たないという課題に行き着く。
「あの人はコーディングがとても速いんだ」とか「あの人はすごく抜け漏れのない仕様をかけるね」という評価をされながらも「ちょっと管理は任せづらいんだよね」という評価を上からされている人は少なくない。
「なんかスケジュール感がないんだよね」とか「なんか責任感がないんだよね」とか「なんか安心して管理を任せられないんだよね」という言葉がよく悩みとして聞こえてくる。
ここには、教育業界における「記号接地問題」がある。
記号接地問題とは?
記号接地問題というのは、子供にとって、学校で教えることが記号になってしまっていて、自分の生活にくっついていない(つまり本人にとって地に足の接していない状態になってしまっている)という問題である。
その結果、「学校の授業がなかなか頭に残らない」「一夜漬けだけしてしまって、本人の糧にならない」ということが起きている。
例えば、歴史の授業で記号接地問題を考えてみよう。
「第二次世界大戦の話」というのは、子供の心にも非常に残りやすい。
凄惨な写真もたくさん残っているし、日本には広島の原爆ドームという第二次世界大戦の凄惨さの象徴的な世界遺産もある。なので「戦争が怖い」とか「核爆弾は非常に危険なものだ」というような印象は子供にも伝わりやすい。
一方、「第二次世界大戦に参戦した話」というのは、子供に教えるのは難しい。
「なぜ日本は参戦したのか」「なぜ日本は参戦を止められなかったのか」という話を、子供に理解させるのは非常に難しい。 会社員的な表現をするなら、「参戦するか、参戦しないかは、各部署によって意見が異なり、日本という企業においては、一番その時幅を利かせていた部署が参戦を希望したために参戦をしてしまった」という話で会社員にはある程度伝わるのだが、「人それぞれの利害があって思いの違いがあって、意見を通せる人が通せちゃう時があるんんだよ」ということを齢15程度の学生生活の経験に結びつけること(接地させること)は本当に難しい。
これが学校教育における記号接地問題であるが、会社員の育成においても記号接地問題が起きている。それがIT業界におけるPM育成である。
PM育成はなぜ難しいのか?
私自身、今会社で課長職に当たるものをやっているが、メンバーを育成していると「PMが何をやってるのか、あまりよく分かりない」という声をよく聞く。
バルテスは、テストの会社なので、おおよそのプロジェクトは「テスト実施者・テスト設計者・PM」という役割に分かれているが、テスト実施者とテスト設計者の仕事は非常に分かりやすい。
PMをやったことがない人に接地した表現をするなら、テスト実施者は「テストケースを一つずつやっていって、バグを見つけたら起票すること」が仕事で、テスト設計者は「テスト実施に使うテストケースを作ること」が仕事である。やることも明快だし、成果物も分かりやすい。
一方、PMはどうだろうか?
もし、あなたが若手の社員に「PMって何してるんですか? 管理って何をすればいいんですか?」っていうことを質問されたら、その人がイメージできるような回答は諳んじられるだろうか?
「スケジュール管理、リスク管理、いろんな人とのネゴシエーション」という表現はPMの仕事を正確にとらえているが、その表現で「うんうん。それが仕事だよね」と納得できるのはPMを経験したことがある人だけかもしれない。
「結局1日8時間どう過ごしてるんですか?」「私の成果はこのテストケースを作ったことですが、PMの成果がよく分からないので見せていただけませんでしょうか?」と訊かれたら、綺麗に答えられるだろうか?
私も前に「小谷さん(私の苗字)って1日8時間ずっとチャット見てるだけで、何やっているかよく分かんないんですよね」と言われたことがある。
PMをやったことがある人なら「チャットにこそ、スケジュールやリスクや人とのネゴシエーションに関係することが飛び交っている」という感覚が分かるのだが、質問した人は私を責める口調で言ったのではなく、本当に分からない様子であった。
「PMは何をやっていて、なぜ必要なのか」をPMをやったことがない人の仕事生活に紐づけて説明することが難しい、これがIT業界におけるPM育成の記号接地問題である。
おわりに
もしあなたの会社がPM不足に困っているならば、ただ正確に正しい表現で「PMの仕事というのは、スケジュール管理・リスク管理・人とのネゴシエーションだ」と発信するのはあまりPM不足改善に寄与しないかもしれない。
それよりもPMをやったことない人に伝わる表現で「PMというのは、皆さんに関係するところではこういう仕事をしています。例えばこういう時に頑張っているのがPMです」と発信する方が、PMをやったことない人にとってのPMの解像度が上がって、記号ではなく接地した役職になるかもしれない。