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量子コンピュータの基本 - 量子状態(物理状態)と観測量

Last updated at Posted at 2021-04-12

:microscope: この記事の目的

量子コンピューティングでは、一つ一つの量子ビットがどのような状態にあるのかを表す状態を量子状態と呼びます。また、量子状態を観測した時に得られる物理量(複数の組み合わせの値)を観測量と呼びます。
この記事では、量子状態と観測量に関わる数式や、エルミート演算子との関係について解説します。

:microscope: 事象と確率変数と期待値

事象とは、ある物理的な状態を観測したときに得られる結果の状態を言います。
例えば、量子コンピュータおける量子ビットであれば0または1が事象として得られますし、天候を例に取れば、快晴・晴れ・曇りのような状態(事象)が観測結果として得られます。

今、N個の事象が得られる観測対象があるとして、事象の集合を$S$とすると、$S$は以下のように書くことができます。

S=\{s_1,s_2,...,s_N\}

$S$を観測した際に、$S$の中の任意の事象$s_i$から得られる観測値を$x_i$とすると、$x_i$の集合$X$は以下となります。

X=\{x_1,x_2,...,x_N\}\qquad(式1)

さらに、事象$s_i$が発生する(起き得る)確率を$p_i$とすると、各事象が発生する確率を表す集合$P$は以下のように書くことができます。

P=\{p_1,p_2,...,p_N\}\qquad(式2)

ここで、集合$P$は確率を表すため、以下が成立します。

p_iは実数、かつ、p_i\ge0\\
\sum_{i=1}^{N}p_i = 1

(式1)及び(式2)より観測値の期待値(平均値)を求めることができます。

<X>=\sum_{i=1}^{N}p_ix_i\qquad(式3)

ここで、$x_i$は発生する確率$p_i$に基づいて得られる変数なので、確率変数と呼びます。
また、記号"<"と">"は期待値を表す記号です。

:microscope: 振幅ベクトルと対角行列と期待値

次に、上記で確認した確率や確率変数を行列及びベクトルで表現します。
まず、確率$p_i$の平方根を要素とする以下のベクトルを考えます。

\mathbf{q}=\begin{pmatrix} \sqrt{p_1} \\ \sqrt{p_2} \\ ... \\ \sqrt{p_N} \end{pmatrix}\qquad(式4)

また、(式4)をOne-hotベクトルで表現すると以下のように書くことができます。

\mathbf{q}=\sqrt{p_1}\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ ... \\ 0 \end{pmatrix}
+ \sqrt{p_2}\begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ ... \\ 0 \end{pmatrix} + ...
+ \sqrt{p_N}\begin{pmatrix} 0 \\ 0 \\ ... \\ 1 \end{pmatrix}\qquad(式5)

(式5)の各項のOne-hotベクトルはそれぞれの量子状態と捉えることができ、さらに係数$\sqrt{p_i}$は二乗すると確率となる確率振幅と見なせるので、ベクトル$\mathbf{q}$を振幅ベクトルと呼びます。

さらに、確率変数の集合$X$を以下のように対角行列に置き換えます。

X = \begin{pmatrix} x_1 & 0 & ... & 0 \\ 0 & x_2 & ... & 0 \\
  &   & \ddots &   \\ 0 & 0 & ... & x_N \end{pmatrix}\qquad(式6)

(式5)(式6)より、期待値は以下のように求められます。

\begin{align}
<X>&=\mathbf{q^T}X\mathbf{q}\qquad(式7)\\
&=\begin{pmatrix} \sqrt{p_1} & \sqrt{p_2} & ... \end{pmatrix}
\begin{pmatrix} x_1 & 0 & ... & 0 \\ 0 & x_2 & ... & 0 \\
  &   & \ddots &   \\ 0 & 0 & ... & x_N \end{pmatrix}
\begin{pmatrix} \sqrt{p_1} \\ \sqrt{p_2} \\ ... \end{pmatrix}\\
&= \sum_{i=1}^{N}\sqrt{p_i}x_i\sqrt{p_i}\\
&= \sum_{i=1}^{N}p_ix_i
\end{align}

事象$S$、確率変数$X$、確率$P$を行列及びベクトルを用いて表現すると、(式7)のように書くことができます。

:microscope: 複素振幅ベクトルとエルミート演算子による表現

(式7)をさらに一般化し発展させます。
ベクトル$\mathbf{q}$を複素振幅を持つベクトル$\mathbf{\alpha}$、行列$X$をエルミート演算子$O$に置き換えます。エルミート演算子は自身の複素共役転置行列に等しく、以下を満たします。

O=(O^*)^T

ここで、エルミート演算子は自己随伴行列とも呼ばれます。

今、ここで$\mathbf{\alpha}$を以下のようにN次元のベクトルとします。

\mathbf{\alpha}=\{\alpha_1, \alpha_2, ..., \alpha_N\}^T\qquad(式8)

また、$O$を互いに直交する成分ベクトルから成る行列とします。

O=\{\mathbf{v_1}, \mathbf{v_2}, ..., \mathbf{v_N}\}\\
ただし、\mathbf{v_i}^{†}\mathbf{v_j}=\delta_{ij}\quad(i,j=1,2,3,...,N)
\qquad(式9)

$\mathbf{v_i}$は互いに直交する正規直交ベクトルで次元がN個であり、また、$\alpha$も次元がNであることから同一ヒルベルト空間に存在すると言えます。よって、複素振幅ベクトル$\mathbf{\alpha}$は$\mathbf{v}$を用いて、以下のように記述することができます。

\mathbf{\alpha}=\alpha_1\mathbf{v_1}+\alpha_2\mathbf{v_2}+...+\alpha_N\mathbf{v_N}\qquad(式10)

(式7)(式10)を用いて、$O$の期待値を求めます。

\begin{align}
<O>&=\mathbf{\alpha}^{†}O\mathbf{\alpha}\\
&=\Big(\sum_{i=1}^{N}\alpha_i\mathbf{v_i}^{†}\Big)
O\Big(\sum_{i=1}^{N}\alpha_i\mathbf{v_i}\Big)\\
&=\sum_{i=1}^{N}|\alpha_i|^2\mathbf{v_i}^{†}O\mathbf{v_i}\\
&=\sum_{i=1}^{N}|\alpha_i|^2o_i\qquad(式11)
\end{align}

ここで(式11)において、以下を用いました。

O\mathbf{v_i}=o_i\mathbf{v_i}\qquad(式12)\\
\mathbf{v_i}^{†}\mathbf{v_j}=\delta_{ij}\qquad(式13)

ここで(式11)について注目してみます。
$|\alpha_i|^2$は確率振幅の2乗なので確率を表します。
$<O>$は期待値であることから、期待値 = 確率 x 測定値の計算式より、$o_i$はiに対する測定値(実数)とみなすことができます。

さらに、(式12)に注目します。
$O$は行列、$\mathbf{v_i}$はベクトルなので、$\mathbf{v_i}$は$O$に対する固有ベクトル、$o_i$は行列$O$に対する固有値となります。

上記の2点から、次の公理が導かれます。
 演算子の固有値 = 観測した時の測定値

観測される測定値は必ず実数になります。複素数はあくまで概念的な枠組みであり、実測値にはなりません。よって、固有値も実数が得られます。
このことから、エルミート演算子の各要素も実数のみとなります。

以下の公理が成立します。
 演算子がエルミートである = 測定値が実数である

本節の冒頭で、(式1)の集合$X$をエルミート演算子$O$に置き換えました。
本節の説明で$O$の内容がわかったので、今度は$O$を$X$に戻すことを考えます。
当然の成り行きですが、$O$が実数からなる行列のため、$X$も実数からなる行列となります。
$X$の内容は(式1)からわかる通り、各事象の具体的な値を意味します。
つまり、エルミート行列は観測した時の測定値を保持していることから、これらをまとめて観測量と言います。

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