まえがき
電気のプロを自称しているエンジニアが、いきなり指芸を使い始める場に出くわすと、「おいおい、中学生レベルかよ!」と実力を疑いたくなります。
でも、余計なお世話かもしれません。ときには自ら演じておかなければ、孫に理科のお勉強も教えられないし、技術士(電気電子)の口頭試験で行き詰まってしまいます(噂には聞き、まさかとは思いましたが、本当に実演を求められてビックリしました)。
しかし、プロではない学生でさえも、とても恥ずかしくて使えないと思っている人も居るようだし、試験では指芸禁止の先生も居られるらしいので、代替できる方法について考えておくのも無駄ではなさそうです。
指芸の欠点
いったん覚えたつもりでも、そのうちに分からなくなります。親指・人差し指・中指を、互いに直交するように開いて・・・という基本動作は、身体が覚えているらしく忘れることはありません。というよりも、関節を外しでもしない限り、誤った指型になることはありません。しかしながら、これより先は闇です。
ところで、発電やモータの原理は右手でやるんだっけ? 左手だっけ?
- 発電・右手
- モータ・左手
どの指が何だっけ?
- 指の長い順に「電・磁・力」
- 指の短い順に「F・B・I」(力・磁・電)
米・連邦捜査局FBI(Federal Bureau of Investigation)にかけています。
えっ? 長い順だっけ? 短い順だっけ?
- 食事中電話
食指(人差し指)・磁、中指・電流や電圧、残り(親指)・力や動き。
んっ? 最後の文字「話」の意味は??。
-
First finger(人差し指)・Field(磁場)
seCond finger(中指)・Current(電流)
thuMb(親指)・Motion(動き)
単語の途中でいきなり大文字にされたって、覚えられるもんか!
さて、以上の難関をめでたくクリアできたとしても、各指を電・磁・力に結び付け、脳みそに納得させるまでに もうひと手間かかり、かなりのタイムラグを生じます(訓練を積み重ね、一瞬にして中指を電線に、人差し指を棒磁石に変身させられるようになった人は除きます)。
また、目の前に置かれた検討対象のモデルの向きによっては、自分の立ち位置とは捻じれた関係になることもあるため、指芸だけでは済まなくなります。腕芸や首芸、さらには腰芸・顔芸まで交えてタコ踊りのようになってしまいます。さすがに、これでは いくらなんでも恥ずかし過ぎます。
さらに、最悪のケースとしては、指芸の復習のつもりで街中で下手くそな芸を演じると、「俺を指さした!」、「俺に中指を立てた!」、「親指を下げられた!」などと因縁をつけられて酷い目にあわされる恐れもあります。
代替方法
使うのは次の2つの式だけです。念仏のように唱えて覚えてください。
- $\boldsymbol{F}=\boldsymbol{I}\times\boldsymbol{B}$ (左手の法則)
- $\boldsymbol{E}=\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B}$ (右手の法則)
ただし、
$\boldsymbol{F}$ : 導体棒1[m]あたりに発生する力の大きさと向き
$\boldsymbol{I}$ : 導体棒に流れている電流の大きさと向き
$\boldsymbol{E}$ : 移動導体棒1[m]あたりに発生する電圧の大きさと向き
$\boldsymbol{v}$ : 導体棒を移動させる速さと向き
$\boldsymbol{B}$ : その空間の一様な磁束(密度)の大きさと向き
あとは、ベクトル積の決まりに従いさえすれば、 $\boldsymbol{F}$ や $\boldsymbol{E}$ の向きは直ちに求められます。すなわち、ベクトル積 $\pmb{a{=}b{\times}c}$ の決まりとして、「ベクトル $\pmb{b}$ の向きからベクトル $\pmb{c}$ の向きに右ねじを回したとき、そのねじが進む方向がベクトル $\pmb{a}$ の向きになる」という基本さえおさえておけば大丈夫です。
今は指芸の代替として ベクトルの向きのことだけを考えているので、諸量の大きさの関係式 $|\boldsymbol{a}|=|\boldsymbol{b}||\boldsymbol{c}|\sin\theta$ などの難しいことまでは必要ありません。
人間とは不思議なもので、ねじが工作物の裏にあろうが、底にあろうが、正面から手を回して、たとえ手探りであっても、ねじを回す方向を誤ることはありません。式を思い浮かべながら、この天賦の才能を利用すれば、捻じれた位置にあるモデルを前にしても、答えは一瞬で求められます。
ただし、DIYをしたことがない人には、ある程度の訓練は必要かもしれません。なお、電動工具の使用は厳禁です。
裏付け
最初の $\boldsymbol{F}{=}\boldsymbol{I}{\times}\boldsymbol{B}$ は電磁気学の本では良く見る式です。これが載っていない場合でも、次のローレンツ力の式は必ず載っています。
$$
\boldsymbol{F}=q(\boldsymbol{E}+\boldsymbol{v}\times \boldsymbol{B})
$$
この式において、電界がない状態では $\boldsymbol{E}{=}0$、また、$q\,\boldsymbol{v}{=}\boldsymbol{I}$ と表せますから、
$$
\boldsymbol{F}=q\,\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B}=\boldsymbol{I}\times\boldsymbol{B}
$$
となり、同じ形の式になります。ただし、指芸を"FBI"方式で覚えてきた人にとっては、$\boldsymbol{B}$ と $\boldsymbol{I}$ が入れ替わっているので勘違いしないように注意が必要です。$\boldsymbol{F}$、$\boldsymbol{E}$ のどちらの式においても、式の最後尾に $\boldsymbol{B}$ がくることに留意してください。
2つ目の $\boldsymbol{E}{=}\boldsymbol{v}{\times}\boldsymbol{B}$ はあまり見かけない式です。ここに示されたからと言って、時や場所を考えずに使うと常識を疑われる恐れもあります。殆どの本では、$\boldsymbol{B}$ と $\boldsymbol{E}$ の関係を示す式としては $\boldsymbol{\nabla}{\times}\boldsymbol{E}{=}{-}\partial\boldsymbol{B}/\partial t$ しか載っていません。しかし、初期のマックスウェルの方程式には下記も含まれています1 2。
$$
\boldsymbol{E}=\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B}-\partial\boldsymbol{A}/\partial t-\boldsymbol{\nabla}\phi
$$
電流が流れていなければ $\boldsymbol{A}{=}0$、電荷がなければ $\phi{=}0$ ですから、
$$
\boldsymbol{E}=\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{}B
$$
となります。
仮想の閉回路を想定すれば、 $\boldsymbol{\nabla}{\times}\boldsymbol{E}{=}{-}\partial\boldsymbol{B}/\partial t$ からでも、導体棒の誘起電圧の大きさや向きは求められますが、指芸と同程度の回りくどさがあり時間がかかります。
-
小松彦三郎. “MaxwellとHeaviside”, 25ページの(B)式 (残念ながら、現在はリンク切れ) ↩
-
Maxwell, J. C. (1865-1-1). “A dynamical theory of the electromagnetic field [電磁場の動力学的理論]”, 484ページの(D)式 ↩