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余因子行列、日米の差

Last updated at Posted at 2023-02-24

 留学帰りのエリートが書くような大層なタイトルになってしまいました。 しかし、留学どころか、英文の数学書など一冊も持っていない私のポエムです。十分な批判精神を持ってお読みください 。ここに書いている内容は、余因子行列、日米版 Wikipedia の差です。

訂正: 
この記事は「ポエム」どころではなく、「線形代数を学ぶうえでの重要な注意点」を含んでいます。それを裏付ける偉い先生のコメントを見つけました。この記事の最後にある「追記」をご覧ください。

余因子行列 - Wikipedia(日本語版)
Adjugate matrix - Wikipedia(英語版)

上記の日本語版 Wikipedia の方を一部要約すると、

n次正方行列 A の余因子行列とは、(i, j)成分が (i, j)余因子である行列の転置行列のこと。(本投稿では、以降、定義Aと称する)
単に (i, j)成分が (i, j)余因子である行列(転置をしない)を「余因子行列」と呼ぶ場合もある。(本投稿では、以降、定義Bと称する)

とあります。「厳密さを旨とする数学において、同じ用語で2つの異なる意味があるとは何事か!」、「どちらが正しいのかはっきりしろ!」と言いたくなります。

 現在の Wikipedia とは異なり、以前のものは「・・・と呼ぶ場合もある」の近くをクリックすると、英語版の Wikipedia の「Adjugate matrix」にジャンプするようになっていました。こちらの要旨は、次のとおりで、以前も現在も同じ内容です。

The adjugate of A is the transpose of the cofactor matrix C of A,
$\ \mathrm{adj}(\mathbf{A})=\mathbf{C}^\mathrm{T}\ $

他の関連文書とも突き合わせてみると、日米の間で
  定義Aの余因子行列 = Adjugate matrix
であることは間違いなさそうです。

 そうなると、定義Bの余因子行列は英語版の上記行列 $\mathbf{C}$ を表していることになります。英語版では、$\mathbf{C}$ のことを cofactor matrix と称しています。cofactor = 余因子、matrix = 行列 ですから、単純に訳せば cofactor matrix も「余因子行列」になります。ここから、定義が2種類もあるような混乱が生じているように思われます

 しかし、日本版の google で「余因子行列」を検索してみても、定義Bに該当するような検索結果はなかなか出てきません。日本で生活する限り、Wikipedia の例外的な記述はあまり気にすることなく、定義Aだけに絞って覚えておくのが無難なようです。

 また、日本では余因子行列を表す記号は、多くは $\tilde{\phantom{a}}$(チルダ)を使っていますが、英文の検索結果では、 $\tilde{\phantom{a}}$ はなかなか見当たらず、殆どが $\mathrm{adj}$ を使っているようです。

 学生時代、最初に余因子行列に出会ったときには、「たった1回の変換でなぜこんなにも複雑な手間を掛けさせるのだ!」と腹立たしかったため、その後、英語版の Wikipedia で $\mathrm{C}$ を介した2段階の定義を見て、「我が意を得たり」の感想でした。しかし、いま思うとどちらにも長短があるようです。手計算で逆行列を求めるとき、メモ用紙上でこの変換操作が必要になりますが、日本方式の方が、頭は疲れますが手順は省けます

 さいごに、日米の差を表にすると次のようになります。

名称 記号(日) 記号(米)    備考  
元の正方行列 $\mathrm{A}$ $\mathrm{A}$
余因子
Cofactor
$\tilde{\mathrm{a}}_{\,ij}$ $\mathrm{C}_{ij}$ $(-1)^{i+j}|\mathrm{A}$の$i$行と$j$列を除去$|$
Cofactor-matrix --- $\mathrm{C}$ $i$行$j$列の要素が$\mathrm{C}_{ij}$の行列
余因子行列 $\tilde{\mathrm{A}}$, $\mathrm{adj}(\mathrm{A})$ $i$行$j$列の要素が$\tilde{\mathrm{a}}_{\,j\,i}$の行列。
Adjugate-matrixと同じもの
Adjugate-matrix $\mathrm{adj}(\mathrm{A})$ $\mathrm{C}$の転置行列 $\mathrm{C}^{\mathrm{T}}$。
余因子行列と同じもの
逆行列
Inverse-matrix
$\mathrm{A}^{-1}$ $\mathrm{A}^{-1}$ $\displaystyle\frac{\tilde{\mathrm{A}}}{|\mathrm{A}|}$, $\displaystyle\frac{\mathrm{adj}(\mathrm{A})}{|\mathrm{A}|}$, $\displaystyle\frac{\mathrm{C}^{\mathrm{T}}}{|\mathrm{A}|}$

追記:

「線型代数学」(東京大学出版会,足助太郎著)に関する補足事項

上記サイトの中の「よくある・あまりない質問とそれに対する回答 [2022/10/9]」の項に次のような記述があります(太字化は私tsubolaboによります)。

Q : 余因子行列(66頁,定義 2.3.14)の定義が正しくない(転置をとらないのが正しい)のではないか? [2012/6/18]

A : 和訳の問題が絡むので,まず訳語を用いないで説明します. (i,j)成分が (j,i)余因子であるような行列を adjugate matrix,(i,j)成分が (i,j)余因子であるような行列を cofactor matrixと呼びます. adjugate matrixは adjoint matrixとも呼ばれますが,随伴行列(定義 5.2.1)と紛らわしいので避けることが多いようです. 本書では「余因子行列」で adjugate matrixを指しています(357頁(索引)も参照のこと). 一方,「余因子」は英語では cofactorなので,「余因子行列」を直訳すると cofactor matrixとなります. その意味では指摘はごもっともです. しかし,調べた範囲では日本語の「余因子行列」は adjugate matrixを指すので,本書でもこれに従いました. 直訳とはずれがありますので,英語の文献を読み書きする際には注意が必要です. [2012/6/18](同日一部修正)

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