はじめに
こんにちは、清水です。
意識のモデル化に興味があります。
そこで、物理で外界をどのように数式でモデル化しているかを知るために、相対論につづき量子論の輪読を行っています。
「量子力学10講 2021 谷村省吾」オンライン読書会 第5回
https://akbrobot.connpass.com/event/302548/
量子論はヒルベルト空間上に構築されます。
本記事では、公理的なヒルベルト空間についてまとめました。
ヒルベルト空間への地図
量子論とヒルベルト空間
ヒルベルト空間(Hilbert space)は、線形空間であり、内積(inner product)が備わっていて、完備(complete)である集合である。量子論でヒルベルト空間$\mathcal{H}$はつぎのように使用される。
状態
- 量子系の状態はヒルベルト空間$\mathcal{H}$の単位ベクトルである。$\ket{\psi}$や$\ket{\chi}$ などで表し状態ベクトルと呼ぶ。
(${\mathbb R}$ 上の2乗可積分空間 $L^2 ({\mathbb R})$ では、$\psi(x)$ は、波動関数と呼ばれる。) - 状態ベクトル $\ket{\psi}$ と $\ket{\chi}$ の内積を$\braket{\psi | \chi}$ と表す。内積は複素数となる。
- 内積$\braket{\psi | \chi}$ は、状態 $\ket{\psi}$ から状態 $\ket{\chi}$ が見出される確率振幅(probability amplitude)と解釈され、内積の絶対値の二乗は確率となる。 $\mathbb{P}(\ket{\chi}←\ket{\psi}) = |\braket{\chi|\psi}|^2$
- 状態ベクトルの線形結合で新しい状態を作れる。これを状態の重ね合わせと呼ぶ。
- 観測により、状態の重ね合わせは崩壊し、重ね合わせ前の1つの状態になる。
演算子(物理量)
- 物理量(オブザーバブル)をヒルベルト空間$\mathcal{H}$上の自己共役演算子 ${\hat A}$ などで表す。$\hat A : \mathcal{H} \rightarrow \mathcal{H}$
物理量には、位置演算子$\hat X$ や運動量演算子 $\hat P$などがある。
自己共役演算子の固有値は複素数ではなく実数となる。 - 物理量${\hat A}$が取り得る値(測定値)は、 ${\hat A}$の固有値(実数)のどれかである。
- 系の状態ベクトルが ${\hat A}$の固有値 $\lambda$に属する固有ベクトルであれば、測定すると必ず測定値$\lambda$を得る。
- 系の状態ベクトルが${\hat A}$の固有ベクトルではない場合、測定すると測定値は${\hat A}$の固有ベクトルのいずれかになるが一定ではなく、ボルンの確率公式にで与えられる確率に従う頻度で、測定値$\lambda$が現れる。
$\mathbb{P}(\hat A = \lambda \ket{\psi}) = \sum^k_{r=1}|\braket{{v^{(r)}_\lambda}|\psi}|^2$
時間発展 (運動方程式)
-
行列力学 ハイゼンベルク方程式
量子状態自体は時間に依存せず、物理量を表す演算子が時間と共に変化する。 -
波動力学 シュレーディンガー方程式
量子状態は時間依存する波動関数によって記述される。物理量は固定された演算子として表される。
これらの二つのアプローチは数学的に等価である。 行列力学はより抽象的で、物理量のダイナミクスに焦点を当てている。一方、波動力学はより直感的で、波動関数としての量子状態の時間発展に焦点を当てている。
空間の公理的定義
線形空間 (linear space)
集合 $V$ が、その上の二項演算 $+$ と、体 $F$ の $V$ への作用 $◦$ をもち、これらが任意の $u, v, w ∈ V; a, b ∈ F$に関して次の公理系を満たすとき、三組 $(V, +, ◦)$ は「体 $F$ 上の線形空間」と定義される
公理 | 条件 | |
---|---|---|
1 | 加法の結合律 | ${\displaystyle {\boldsymbol {u}}+({\boldsymbol {v}}+{\boldsymbol {w}})=({\boldsymbol {u}}+{\boldsymbol {v}})+{\boldsymbol {w}}}$ |
2 | 加法の可換律 | ${\displaystyle {\boldsymbol {u}}+{\boldsymbol {v}}={\boldsymbol {v}}+{\boldsymbol {u}}}$ |
3 | 加法単位元の存在 | 零ベクトル${\boldsymbol {0}}\in V$が存在して、任意の${\boldsymbol {v}}\in V$に対して${\displaystyle {\boldsymbol {v}}+{\boldsymbol {0}}={\boldsymbol {v}}} $を満たす。 |
4 | 加法逆元の存在 | 任意のベクトル${\boldsymbol {v}}\in V$に対し、その加法逆元$-{\boldsymbol {v}}\in V$が存在して${\boldsymbol {v}}+(-{\boldsymbol {v}})={\boldsymbol {0}}$となる。 |
5 | 加法に対するスカラー乗法の分配律 | ${\displaystyle a({\boldsymbol {u}}+{\boldsymbol {v}})=a{\boldsymbol {u}}+a{\boldsymbol {v}}}$ |
6 | 体の加法に対するスカラー乗法の分配律 | ${\displaystyle (a+b){\boldsymbol {v}}=a{\boldsymbol {v}}+b{\boldsymbol {v}}}$ |
7 | 体の乗法とスカラーの乗法の両立条件 | ${\displaystyle a(b{\boldsymbol {v}})=(ab){\boldsymbol {v}}}$ |
8 | スカラーの乗法の単位元の存在 | ${\displaystyle 1{\boldsymbol {v}}={\boldsymbol {v}}}$ |
ノルム空間 (normed linear space)
集合 $V$ を体 $F$ 上の線形空間とする。$V$上のノルムを$\Vert \cdot \Vert: V → R $とする。
ノルム空間とは、組 $(V, \Vert \cdot \Vert)$を言う。
ノルムは次の性質を満たす。
公理 | 条件 | |
---|---|---|
1 | 半正値性 | ${\displaystyle \Vert x \Vert \geq 0\ (\forall x\in V),\quad \Vert x \Vert =0\iff x=0}$ |
2 | 斉次性 | $\Vert \alpha x \Vert= | \alpha | \Vert x \Vert \quad (\forall x\in V,\alpha \in K)$ |
3 | 劣加法性(三角不等式) | ${\displaystyle \Vert x+y \Vert \leq \Vert x \Vert + \Vert y \Vert \quad (\forall x,y\in V)}$ |
‖ x ‖ = 0 ⇒ x = 0 を除いてすべて満足するものは半ノルムと呼ばれ、V と半ノルム p との組 (V, p) は半ノルム空間と呼ばれる
内積空間 (inner product space)
内積空間とは体 $F$ 上の線形空間 $V$ であって、内積と呼ばれる写像
$\langle \cdot, \cdot \rangle \colon V \times V \to F$
で以下の公理を満足するものを備えたものを言う
公理 | 条件 | |
---|---|---|
1 | 共役対称性 | $\langle x,y\rangle =\overline{\langle y,x\rangle}$ |
2 | 第一引数に対する線型性 | $\langle ax+y,z\rangle= a\langle x,z\rangle+ \langle y,z\rangle$ |
3 | 正定値性 | $ \langle x,x\rangle \geq 0,\quad [\langle x,x\rangle = 0 \implies x = 0]$ |
バナッハ空間 (Banach space)
ノルム空間 $V$ がバナッハ空間であるとは、$V$ 内の各コーシー列 $\lbrace v_n\rbrace^\infty_{n=1}
$ に対して $V$ の適当な元 $v$ を選べば、$\lim_{n \to \infty} v_n = v$とすることができるときに言う。
ここで、$\lim_{n,m\to\infty}|x_n-x_m|=0$ が成り立つ無限数列 $\lbrace x_n\rbrace^\infty_{n=1}
$ ををコーシー列 と呼ぶ。
よく知られるバナッハ空間は、実数体 $R$ または複素数体 $C$ と対応し、実バナッハ空間および複素バナッハ空間と呼ばれる。
ヒルベルト空間 (Hilbert space)
内積空間であり、かつバナッハ空間である空間をヒルベルト空間と呼ぶ。
各種ヒルベルト空間の内積定義
任意のヒルベルト空間は有限次元なら $\mathbb{C^n}$ と同型、無限次元なら $\ell^2$ 空間と同型となる。
ヒルベルト空間上の抽象ベクトルと抽象演算子は、それぞれ数ベクトルと行列で表示できる。
- $n$次元複素ユークリッド空間 $\mathbb{C}^n$
\braket{\psi_w|\psi_z}:=(w^*_1, w^*_2, \cdots ,w^*_n)
\begin{pmatrix}
z_1 \\
z_2 \\
\vdots \\
z_n \\
\end{pmatrix}
- 有限ノルムな無限数列空間 $\mathcal l^2$
\braket{\psi_w|\psi_z}:=(w^*_1, w^*_2, \cdots )
\begin{pmatrix}
z_1 \\
z_2 \\
\vdots \\
\end{pmatrix}
- ${\mathbb R}$ 上の2乗可積分空間 $L^2 ({\mathbb R})$ 1次元空間中を動く粒子の状態を記述する
\braket{\psi_w|\psi_z}:=\int_{-\infty}^{\infty} \psi_w(x)^*\psi_z(x) dx
$\psi(x)$ は、波動関数と呼ばれる。粒子が座標 $x$ について $a \leq x \leq b$ の中に見つかる確率は、つぎに等しいと解釈される。
$$\mathbb{P}(a \leq x \leq b |\ \ \psi\ ) = \int^b_a |\psi(x)|^2 dx$$
- ${\mathbb R}^3$ 上の2乗可積分空間 $L^2 ({\mathbb R}^3)$ 3次元空間中を動く粒子の状態を記述する
\braket{\psi_w|\psi_z}:=\iiint_{-\infty}^{\infty} \psi_w(x,y,z)^*\psi_z(x,y,z) dxdydz
抽象を具象で表示
抽象的状態の表示ベクトル Cs
ベクトルの集合 $\lbrace \ket {\chi_1},\ket {\chi_2}, \cdots \rbrace$ を完全正規直交系(CONS:complete orthonormal system)とする。任意のベクトル $\ket \psi$ に対して、複素数$c_1,c_2,\cdots$ が一意に存在して
$$\ket \psi= \sum_s c_s \ket {\chi_s} \tag{2.66}$$
つぎのように全ての異なる向きへの射影を寄せ集めれば、元のベクトルに戻る。
\ket \psi= \sum_r \ket {\chi_r} c_r = \sum_r \ket {\chi_r} \braket{\chi_r|\psi} = (\sum_r \ket {\chi_r} \braket{\chi_r|)\ |\psi} \tag{2.68}
$$\sum_r \ket {\chi_r} \bra {\chi_r} = I 量子論の大法則 \tag{2.69}$$
抽象状態の内積は数ベクトルの内積になる!
\begin{equation}
\begin{split}
\braket{\theta|\psi}&=(\sum_r \bra {d_r {\chi_r}})(\sum_s \ket { c_s \chi_s} )=\sum_r \sum_s \braket {d_r {\chi_r}| c_s \chi_s} \\
&=\sum_r \sum_s d^*_r c_s \braket {\chi_r| \chi_s} = \sum_r \sum_s d^*_r c_s \delta_{rs} = \sum_r d^*_r c_s
\end{split}
\end{equation} \tag{4.6}
抽象的演算子の表示行列 Ars
\begin{equation}
\begin{split}
\hat A \ket{ \psi}&=\hat I \hat A \hat I \ket{ \psi} \\
&=(\sum_r \ket {\chi_r} \bra {\chi_r})\ \ \hat A \ \ (\sum_s \ket {\chi_s} \bra {\chi_s}) \ \ \ket{ \psi} \\
&=\sum_r \sum_s \ket {\chi_r} \bra {\chi_r} \hat A \ket {\chi_s} \braket {\chi_s | \psi} \\
&=\sum_r \sum_s \ket {\chi_r} A_{rs} c_s A_{rs}は複素数
\end{split}
\end{equation} \tag{4.9}
ここで $$A_{rs} := \bra {\chi_r} \hat A \ket {\chi_s} \tag{4.10}$$
$$d_r= \sum_s A_{rs} c_s \tag{4.12}$$
結局
\ket{ \theta}=
\begin{equation}
\begin{split}
\hat A \ket{ \psi}
&=\sum_r \ket {\chi_r} d_r
\end{split}
\end{equation}
おわりに
量子論の世界観はシンプルで美しい。
- ヒルベルト空間上のベクトルと演算子が、それぞれ量子状態と物理量になる。
- 物理量の測定値は演算子の固有値のいずれかで、その測定確率は状態ベクトルと固有ベクトルの内積で決まる。
- ヒルベルト空間上の抽象ベクトルと抽象演算子は、それぞれ数ベクトルと行列で表示できる。
気になっているつぎの項目も、調べていきたい。
- 量子論とシミュレーション仮説、数学的宇宙仮説、多世界解釈などの関係について
- 量子論の局所実在論の破れと大乗仏教との関係。中観派(空の理論、龍樹)や唯識派(存在は主観的で実体がない)。
- 圏論(category theory)上の量子論。ヒルベルト空間の代わりに、モノイド圏を使うようです。
参考 書籍
量子力学10講 2021 谷村省吾
参考 動画
名大の授業:谷村省吾教授「現代の量子論」第4回 ー ヒルベルト空間,リースの表現定理
https://www.youtube.com/watch?v=o4BK5PayZfY&ab_channel=NagoyaUniversityOpenCourseWare%E3%80%8C%E5%90%8D%E5%A4%A7%E3%81%AE%E6%8E%88%E6%A5%AD%E3%80%8D
線形位相空間、ベクトル空間、ノルム空間、内積空間、バナッハ空間、ヒルベルト空間等
参考 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/線形空間
https://ja.wikipedia.org/wiki/ノルム空間
https://ja.wikipedia.org/wiki/内積空間
https://ja.wikipedia.org/wiki/バナッハ空間
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヒルベルト空間
https://ja.wikipedia.org/wiki/ユークリッド空間
https://ja.wikipedia.org/wiki/完備距離空間
https://ja.wikipedia.org/wiki/局所実在論
https://ja.wikipedia.org/wiki/中観派
https://ja.wikipedia.org/wiki/唯識
https://ja.wikipedia.org/wiki/モノイド圏