こんにちは,NECの砺波 1と申します。
音×マイクロホンの研究をしていたと思ったら,いつの間にか音(振動)×光ファイバセンシング が研究テーマになっていました。
学生時代は音響イベント検出や音響シーン分類と呼ばれるマイクロホンに係る音響検知の研究に従事していたのですが,インディ・ジョーンズへの憧れから,あらゆる場所に敷設されている光ファイバを求めて,研究テーマを変えたという経緯があります。
1. 光ファイバセンシングとは?
光ファイバセンシングとは,光ファイバケーブルを用いて音や振動,温度といった情報をセンシングする技術です。
あまりに細かな説明をしても退屈になると思うので,かいつまんで説明します。
光ファイバの片端からレーザなどを入射します。
すると,レーザが通過するに伴い,ファイバ内のいたるところで散乱光が発生します。
この光のうち,レーザが進む方向とは逆方向に散乱する光を後方散乱光といいます。
この時,光ファイバケーブルに音や振動,熱が加わっていれば,後方散乱光も変化します。
この後方散乱光の変化をセンサ装置で観測することで,光ファイバケーブル周囲の環境変化を捉えることができるのです。
光ファイバは,身の回りのあらゆる場面で遭遇し,光ファイバセンシングは既設ケーブルに対しても適用可能なため,無限の可能性を秘めているのです!
2. 分散型音響センシング
光ファイバセンシング技術のうち,音や振動に特化したもの2を分散型音響センシング(Distributed Acoustic Sensing: DAS)やcoherent Optical Time-Domain Reflectometry (OTDR),$\phi$-OTDRと呼ばれます3。
2.1 線センサとゲージ長
音や振動を取得するDASについて,まだまだふわっとした説明しかしていないので,ここから数式と図を使いつつ,説明していきます。
音を観測可能なセンサというと,真っ先にマイクロホンが思い浮かぶ方も多いと思いますが,光ファイバケーブルは線ということでマイクロホンと違いますよね(当たり前のことを言いました)?
何を言いたいかというと,光ファイバケーブルは線状なので,DAS技術は線センサ方式ということになります。
下記にDASのイメージ図を示します。
音や光が光ファイバに伝わると,光ファイバの長手方向に伸縮します。
この伸縮が後方散乱光に影響を及ぼすのです。
式にすると次のようになります。
\Delta \phi = \phi_{b} - \phi_{a} \propto \int_{ -L/2 }^{ L/2} \epsilon(x) dx
ここで,$\phi_{a}$と$\phi_{b}$はそれぞれ光ファイバケーブル上の地点$a$,$b$における後方散乱光の位相です。
また,重要なキーワードとして,$L$を ゲージ長(Gauge length: GL) といいます。
$\epsilon(x)$は光ファイバ上の地点$x$における光ファイバの歪み(伸縮)です。
この式は,光ファイバケーブルの長手方向の基準長(ゲージ長)における伸縮の積分が,2地点の後方散乱光の位相差に比例する4と言っています。
DASセンサは,いわゆる歪センサの一種であり,歪み,すなわち,ある基準長からの相対的な伸縮を記録するセンサです。
音や振動によって,光ファイバが長手方向にわずかに伸縮し,変化した後方散乱光の位相差をDASセンサは検知するのです。
この位相差 $\Delta \phi$は音や振動の圧力変化に相当するので,これをサンプリングしていけば,音や振動の時系列信号を取得できそうです。
また,光ファイバケーブル上の多地点で信号を観測可能なため 5,次式のような時空間領域の信号が観測できます。
\Delta {\bf \Phi} = [\Delta \Phi_1, \dots, \Delta \Phi_t, \dots, \Delta \Phi_T] \in {\mathbb R}^{C \times T}
ここで,$\Delta \Phi_t = [\Delta \phi_{1,t}, \dots, \Delta \phi_{c,t}, \dots, \Delta \phi_{C,t}]^\top$は時刻$t$におけるファイバ上の各地点の位相差です。
$T$は観測した総時間数,$C$は観測したファイバ上の地点数です。
$\Delta \phi_{c,t}$はファイバ上の地点$c$における時刻$t$の位相差です。
$C$の数は,センサの性能にもよりますが,数百から数万点にもなります 6。
そのため,DASの観測範囲は数100kmに及ぶこともあります。
2.2 線センサが生み出す影響
ここからは,線センサとしてのDASの特性に深堀りしながら,点センサとの比較をしていきます。
さて,前節にゲージ長(GL) という用語が出てきました。
このゲージ長が様々な興味深い効果を生み出すのです。
ゲージ長を大きくあるいは小さくした時に生まれる効果を表にしてみました。
ゲージ長 | 指向性 | 音や振動の歪み | 空間分解能 | 光学的雑音量 |
---|---|---|---|---|
大 | 鋭 | 大 | 低 | 小 |
小 | 鈍 | 小 | 高 | 大 |
指向性や音や振動の歪みという項目が出てきましたね。
感の鋭い方はすでにお気づきかもしれませんが,このゲージ長こそが線センサの大きな特徴であり,アレイセンサのような働きを示すのです。
下図に,線センサであるDASと点センサであるマイクロホン,またそれを複数並べたマイクロホンアレイを示しました。
図中では,ゲージ長の長さに対応するようにマイクロホンアレイを並べています。
また,空間上を離散的にサンプリングした各点をチャネル(Channel)と呼ぶことにします。
音響信号処理や無線通信の分野の方であれば,お分かりかと思いますが,マイクロホンアレイにおいては,ビームフォーミングなどを適用することで指向性が生まれます。
アレイセンサであれば,チャネル間の位相を制御することで(例えば,遅延和ビームフォーマ)指向性を生み出していました。
DASにおいてもゲージ長によってアレイセンサと似たことが起こるのですが,少し違います。
というのも,ゲージ長によってファイバ上に伝達した音や振動信号を物理的に積分するため,自然と指向性が生まれます。
また,図を見てもわかるように,マイクロホンでは3チャネルに相当していた範囲において,DAS観測信号は1チャネルしかありません。
これは,ゲージ長内に伝達した音や振動を全て積分し,ゲージ長内において空間的に分離できない,すなわち,ゲージ長が最小の空間分解能となるためです。
言い換えるならば,DASにおいてはサンプリングした時点で音や振動にビームフォーミングが適用されているようなものです。
その上,音や振動の位相が制御されていないため,ゲージ長による積分対象の信号同士が干渉を起こし,音や振動の歪みを生みます。
相対的に高周波成分はより大きな影響を受けますよね。
また,2.1節に示した位相差の式には含めませんでしたが,光信号を計測することになるので,それに伴う光学的雑音も音や振動には重畳します。
ゲージ長を大きくすることで,無相関な光学的雑音 7を低減し,信号対雑音比を向上させることができます。
2.3 その他の特性
DASでは,後方散乱光を検出するにあたり干渉計測を用います。
この時,コヒーレントなレーザを光ファイバ内に入射する必要があるので,散乱光同士も光ファイバ内で干渉を起こします。
これをフェージング(Phasing/Interference fading) といいます。
2.1節では,たくさんのチャネルを取得できると書いたのですが,チャネル$c$によって干渉具合が変化し,信号対雑音比が変化してしまうのです。
DASは,信号対雑音比の異なる複数のマイクロホンが並んだアレイセンサ と捉えることもできそうです。
3. 音収録に特化した技術例
ここからは,より音に特化した内容について議論していきます。
手前味噌ですが,光ファイバマイクロホンというものがあります 8。
これは,下図中の右側に示すように,筒上の物体に対して光ファイバケーブルを巻きつけたマイクロホンです。
筒が共振体となることで,光ファイバ上のチャネル間の音や振動の干渉を低減することが期待でき,信号対雑音比が向上します。
また,通常の電子的なマイクロホンと異なり,光を媒体とするマイクロホンのため,耐電磁性や防爆性に優れています。
加えて,光ファイバセンシングにおいては,大規模データセットや深層学習の学習済みモデルパラメータのオープンソース化が進んでいない現状 9があります。
文献 10 11では,DCASE Workshop 12などで知られる,環境音分析分野のマイクロホンに係るオープンソースである深層学習の学習済みモデルをDASに適用することで,学習データ量の少なさを解決しています。
文献 10 11では,マイクロホンの観測シミュレーションを利用したDAS観測シミュレーションも提案しています。
信号処理領域のフラグシップ会議であるICASSPでも発表を行っています 13。
4. 終わりに
本稿では,アレイセンサとしての観点から光ファイバセンシングを整理してみました。
NECでは,音(振動)×光ファイバセンシング の共同研究や招待講演などのプレゼンスの機会を積極的に探っています!
ご興味をお持ちいただけた方はぜひともご連絡ください。
E-mail: noriyuki-tonami[at]nec.com
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https://scholar.google.com/citations?user=eQ5IT9gAAAAJ
E-mail: noriyuki-tonami[at]nec.com ↩ -
より正確には,後方散乱光のうち入射光と同じ周波数成分をもつRayleigh散乱に対して干渉計測し,後方散乱光の位相差を歪みとして観測する光ファイバセンシング技術や装置 ↩
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余談ですが,呼称がほとんど統一されておらず,DASなどの用語はぱっと見,光ファイバセンシングを想起させにくく,分野に参入したての頃はいろいろ大変だった ↩
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正確には,光ファイバケーブルに伝わる熱やその他光学的要因が加わるが,ここでは無視して考える。 ↩
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打ち出したレーザから後方散乱光の返ってくる時間を計測すると,光ファイバ上のどの位置の散乱光なのか特定できる。打ち出し地点から近い点の後方散乱光は早くに戻り,遠い点の後方散乱光は遅くに戻ってくる。 ↩
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大量の地点数でサンプリングできるとともに,光速が音速より十分に速いとみなせば,各チャネルは時刻同期できていると考えることができる。 ↩
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多くはショット雑音となり,レーザの光量がある程度確保されていることで,中心極限定理に従い白色性雑音となって現れる。 ↩
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美島 咲子,河野 航,松下 崇,樋野 智之,"光ファイバマイクロホンを用いた分散型光ファイバセンシングによる音源位置推定の基礎的検討," 日本音響学会 2022年秋季研究発表会,pp. 263–264,2022. ↩
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地震活動の監視(振動)にDASはよく用いられるのですが,音響に関しては研究がそれほど進んでいない印象です。 ↩
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Noriyuki Tonami, Sakiko Mishima, Reishi Kondo, Keisuke Imoto, Tomoyuki Hino, "Event Classification with Class-Level Gated Unit Using Large-Scale Pretrained Model for Optical Fiber Sensing," Proc. Detection and Classification of Acoustic Scenes and Events (DCASE), pp. 196–200, 2023. ↩ ↩2
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砺波 紀之,美島 咲子,近藤 玲史,井本 桂右,樋野 智之,"光ファイバセンシングのための学習済み環境音認識モデルを用いたイベント分類," 日本音響学会 2023年秋季研究発表会,pp. 379–382,2023. ↩ ↩2
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Noriyuki Tonami, Wataru Kohno, Sakiko Mishima, Yumi Arai, Reishi Kondo, Tomoyuki Hino, "Low-rank constrained multichannel signal denoising considering channel-dependent sensitivity inspired by self-supervised learning for optical fiber sensing," Proc. International Conference on Acoustics, Speech, and Signal Processing, 2024. ↩