慣性力
ニュートンの運動方程式
$$
F=mA
$$
($m$は質点の質量,$A$は質点の加速度,$F$は質点にかかる外力)を書き換えて,
$$
F-mA = F+I = 0
$$
とする.ここで,$I=-mA$を 慣性力 と呼び,この表式をダランベールの原理と呼ぶ.
これはニュートンの運動方程式の別形式というよりむしろ,より深い原理を表している.
外力$F$のかかる系は,慣性力$I$と釣り合っているとみなすことができる.
慣性力を導入することによって,動力学の問題を静力学と同様に扱うことができる.
静力学において成立することは,動力学でも成立するということになる.
ただし,これによって動力学の問題がすべて即座に静力学の問題に変換され,釣り合いの式だけで定式化できるようになったわけではない.
当然のことながら,動力学の定式化は微分方程式によってなされるものであり,その積分に関して,慣性力がなんらかの示唆を与えるものでもない.
ダランベールの原理はある一瞬について成り立つものだから,時間がずれるとまた別の釣り合い状態に変化してしまう.
そこで,このややこしい問題から目をそらすため,仮想変位を導入することにする.
実際に系が運動してしまうと,外力と慣性力の釣り合いが崩れてしまうので,そのような変化の影響を受けず,釣り合いを保ったまま変位が発生したことを考えようというのが仮想変位である.仮想変位と実際の運動は当然異なる.
仮想仕事は,現在の力の釣り合い状態に対して仮想変位が発生したときに力がなす仕事のことである.静力学の条件では,系は完全に釣り合い状態にあるから,仮想仕事は必ずゼロになる.
ダランベールの原理から,慣性力を含めてしまえば,仮想仕事は動力学においてもゼロになる.
すなわち,系内$k$個目の質点にかかる「有効な力(effective force)」$F_k^{\rm e}$を
$$
F_k^{\rm e} = F_k + I_k
$$
と定義する($F_k$, $I_k$はそれぞれ質点にかかる外力と慣性力)と,
$$
\sum_{k=1}^N F_k^{\rm e} \delta R_k= \sum_{k=1}^N (F_k + I_k) \delta R_k = 0
$$
が成立する.
「与えられた幾何的な条件を満たすような変位に対し発生する可逆な変化(仮想変位)について,有効な力がなす仕事はゼロである」という意味である.
運動方程式とは
逆に,ダランベールの原理が満たされているところから出発して考えてみよう.
ある系に外力が加えられたとする.外力は系に対して仕事をするから,仮想仕事はゼロでなくなってしまう.
このままではダランベールの原理が成立しなくなってしまうので,系は有効な力の仮想仕事がゼロになるように慣性力を発生させることになる.すなわち,系に対して外力が加えられたとき,ダランベールの原理が満たされるように,系には慣性力が(すなわち加速度が)発生することになる.
この釣り合いを定式化したものが,ニュートンの運動方程式である.
Reference
C. Lanczos, "The variational principles of mechanics (Fourth edition)," Dover Publication, 1986.