記事の内容は私個人の見解であり、所属する大学・学部学科・サークルを代表するものではありません。
はじめに
みなさん、こんにちは!凝縮系理論研究室所属の修士1年、目黒です。
この記事では表題にあります通り、物理学の面白さと言いますか、個人的に感動したアイデアや現象を、徒然なるままに紹介していこうと思います。
紹介するのは「電子スピンの起源」と「Haldane予想」についてです。それぞれの内容を詳しく説明するというよりかは、読者にワクワクを感じ取っていただきたいので、不思議ポイントを紹介するという風にしたいと思います。なのでかなり不親切な説明になっています。ご了承ください。
詳細を知りたい方は、記事の最後に参考文献を載せますので、そちらをご参照ください。
電子スピンの起源
記憶の限り、僕が一番最初に物理に感動を覚えたのは、電子スピンの起源について理解した時です。量子力学を学ぶと、Stern–Gerlachの実験からスピンという量子数の存在が示唆されます。この電子スピンという構造は、Schrödinger方程式からは絶対に出てこないものです1。それは、量子力学に相対論的な考え方を持ち込んで初めて説明されます。
Dirac方程式
相対論的量子力学においては、電子を説明するのにSchrödinger方程式ではなく、Dirac方程式というのが現れます(ここに$\psi$は4成分の量で、$\alpha$と$\beta$は4×4の行列です)。
$$i\hbar \frac{\partial}{\partial t}\psi = \left( -i\hbar \vec{\alpha}\cdot \vec{\nabla} + mc^2 \beta \right)\psi$$
よく教科書で説明されるのが、このDirac方程式はスピンの構造を持っているということなのですが、自分にはイマイチよく分かりませんでした。確かにスピン演算子をDirac方程式の固有関数に作用させると、その固有値として$\pm\frac{\hbar}{2}$がでてきます。しかし、この$\pm\frac{\hbar}{2}$という値は何故でてきたのだろう?何故もっと他の値、例えば$\pm\hbar$ではないのだろう?自分で説明できませんでした。
$$\hat{S}_{z} \psi = \pm \frac{\hbar}{2} \psi$$
対称性の観点から
Dirac方程式の構造をLorentz変換なりを使って色々いじっていたら、非相対論的量子力学(Schrödinger方程式)と相対論的量子力学(Dirac方程式)の間の決定的な違いとして、その不変性があるじゃないかと、やっと気づきました。つまり前者はO(3)の不変性を有していますが(つまり空間3方向についての回転操作で方程式が不変)、後者はO(3,1)です(つまり時空間4方向の回転操作に対して方程式が不変)。これはDirac方程式が時間・空間ともに1階微分しか含まないからです。
そして図書館に行って、数学の本、特に群論の本を色々調べていたら、このO(3,1)という群が、大雑把に言ってSU(2)2つに分解できるという事実に辿り着きました2。このSU(2)に従う、ベクトルとは違った変換性をもつ量をスピノルと言い、電子スピンはこのスピノルによって記述されます3。
これを理解できた瞬間、スピンの構造というものに非常に感動して、このDirac方程式というのが途端に美しく見えてきたのを覚えています。量子力学において電子スピンという量が出てきたので、てっきり量子性が関係あるんじゃないかと勘違いしていたのですが、そうではなくむしろ、「方程式の持つ不変性を、Galillei不変性からLorentz不変性に格上げしたことで生じる構造」 がスピンなのです。
Haldane予想
Haldaneとは何者か
次なる感動は、1次元に並んだ反強磁性スピンについての物理についてです。みなさんはDuncan M. Haldaneと言う方を知っているでしょうか?凝縮系理論物理学の分野で非常に顕著な活躍をされ、2016年「トポロジカル相転移および物質のトポロジカル相の理論的発見」により、ノーベル物理学賞を受賞されました。
彼の名前がつく用語は数多くあります。Chern絶縁体の先駆けである「Haldane模型」、量子Hall系の数値的な解析で広く用いられている「Haldane pseudopotential」など。僕のお気に入りである「Haldane予想」もその一つです4。
舞台は1次元スピン系
いま、たくさんの格子(サイト)から成る1次元系を考えます。各サイトにはスピンが住んでいます。スピンの大きさSは、$S=\frac{1}{2},1,\frac{3}{2}...$というように、整数もしくは半整数です。
さてここで、スピン波というものを考えます。これは各サイトのスピンがゆらゆら揺らいでいて、全体として波のように振る舞っているものです。
ここには、イメージとして強磁性スピン波を載せています。反強磁性の場合は、隣り合うスピンが正反対の方向を向いているスピン波を想像してもらえれば良いです。特に反強磁性スピン波について、その分散関係(エネルギーと波数の関係式)が、とても奇妙な振る舞いを見せます。
Haldane予想へ
多体スピン系の分散関係は(基本的に)解析的に解くことができません。なので数値計算に頼ります。しかし中には解析的に解けるモデルも知られています。例えばスピンの値が$S=\frac{1}{2}$の時、厳密にスピン波のエネルギー分散を計算することができます5。また、スピンの値Sが非常に大きい時も($S>>1$)ある近似を使うことで手で分散を計算することができます6。$S=\frac{1}{2}$の時も$S>>1$の時も、分散は線形分散$E(k) \propto k$、つまり、gapを持たない分散になります。
ナイーブに考えると、一番小さなスピンの値($S=\frac{1}{2}$)と大きなスピンの値($S>>1$)の両極限で線形分散ならば、その中間のスピンの値においても、反強磁性スピン波は線形分散だと想像できます。しかしながら1983年、Haldaneは彼の論文の中で驚くべき主張をします7。曰く 「1次元反強磁性スピン波の分散関係は、スピンが整数・半整数で全く異なり、前者ではgapped・後者ではgaplessになる」 と言うのです。
最初にこの主張を目にした時、あまりの衝撃に3秒ほどフリーズしてしまいました。だって、スピンの値が$S=\frac{1}{2},1,\frac{3}{2},2...$と進んでいくにつれて、分散関係の性質が行ったり来たりするなんて信じられません!しかも、この行ったり来たりのスイッチに、スピンのBerry位相(トポロジー)が関係してくるというのです。あまりにミステリアスな内容に、無我夢中で勉強しました8。
今でこそ高効率・正確な数値計算法や(Lanczos法など)、中性子散乱という実験技術が確立していますが、それらがまだ十分でなかった時代に、これほど強烈な主張を提出するとは...。Haldaneはどこまで先を見通していたのか?彼の頭の中を想像すると、とても不思議な気持ちになります。
おわりに
見切り発車で書いてきたので、説明がかなりいい加減で、全くまとまりの無い文章になってしまいました。ですが、これから専門的に物理を学んでいくPhysiKyuの皆さんに、「よく分からないけど面白そうだ」という気持ちになっていただけていたら、この記事の目的は達成されたことになります(なので、これで良しとしたい)。
また、ここでは紹介しきれなかった僕のお気に入りは、まだまだたくさんあります!Laughlinの思考実験、Replica tric、Composite fermion/bosonというアイデアなど...。読者の方々にも、そういったお気に入りがあると思います。そのとき感じたワクワク、不思議だと思う気持ちを、大切にしていきたいものですね。
参考文献
・相対論的量子力学(量子力学選書), 川村嘉春, 裳華房
Dirac方程式の構造については、この教科書で勉強しました。O(3,1)のSU(2)への分解や、スピノル代数についても詳しかったと思います。
・リー群と表現論,小林 俊行, 大島 利雄, 岩波書店
上述の話を数学的に調べるために読みました。結構分厚いですが、丁寧にものが書いてあった記憶があります。勉強したはずなのですが、「易しい本だったなぁ」という感覚が残っているだけで、肝心の内容が全く思い出せません...(なのでこの本について質問されても「良い本だったよ〜^^」しか言えません)。
・Condensed Matter Field Theory, A.Altland, B.D.Simons, Cambridge University Press
スピン波理論(厳密解:Jordan-Wigner変換とHolstein-Primakoff変換、および分散関係の計算)や反強磁性スピン鎖のトポロジー、WZW模型について勉強しました。僕のお気に入りの教科書です!
・Field Theories of Condensed Matter Physics, E.Fradkin, Cambridge University Press
同じく1次元スピン鎖について詳細に書かれています。共形場理論への応用もかなり書かれています。
参考サイト
https://www.sterlitech.com/blog/post/2016-physics-nobel-prize
https://www.jst.go.jp/erato/saitoh/ja/research/research_03.html
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手で後付けすることはできる。Pauli方程式という。 ↩
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正確に言うと、4次元直交群O(4)と2次元特殊ユニタリ群SU(2)2つの直積が同相。同相は数学における同一視の方法で、どういった基準で同一視するかでさまざまな「同相」が定義できる。 ↩
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もう一方のSU(2)は、いわゆる粒子・反粒子の2つの自由度を記述している。 ↩
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より詳細な解説は、東京大学の方々が作成されたアドベントカレンダーを参照してください。https://event.phys.s.u-tokyo.ac.jp/physlab2023/posts/25/# ↩
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Jordan-Wigner変換で1/2スピン演算子をスピンレスフェルミオンの演算子に書き換えたあとで、フェルミオンについて対角化することで問題が解かれます。この変換は、1/2スピン演算子の固有空間(Hilbert空間)が2次元で書けることと、フェルミオンに関するPauliの排他原理(ある状態にフェルミオンは1つある/ないという状況しか実現されない)を対応させています。 ↩
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Holstein-Primakoff変換。スピン演算子をboson的な演算子へ変換してから、1/Sで展開し、boson演算子の2次形式でまとめることで得られます。ここでboson演算子はスピン波の生成・消滅演算子になっています。1/Sでの展開は、ハミルトニアンに出てくるboson演算子の3次以上の過程、つまりスピン波間の散乱を無視するという近似に対応しています。 ↩
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F.D.M. Haldane, Phys. Rev. Lett. 50, 1153 (1983) ↩
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Haldane予想の正当性について。まず実験的な証拠はS=1の時など()ありますし、理論的にも、この予想を支持することができます(すごく難しい話になります)。まずスピン波の分散関係がgapped・gaplessになるという事実は、異なるサイトのスピン間の相関が無い・有るという事実に対応しています(前者は指数関数的な減少、後者はべき的減少)。1次元スピン系を説明する模型は、連続極限で低エネルギー励起だけ取り出してくることでWess-Zumino-Witten模型というものに帰着します。そのWZM模型に対して、スピンの値が整数・半整数で場合分けしてスピン-スピン相関のくりこみ群解析を行うと、前者はいわゆるdisorderd stae(相関が無い)、後者はordered state(相関が有る)へフローしていきます。これがHaldane予想を支持する1つの解析的な事実です。なお後者に関しては、その秩序立った状態に対してスピン空間の自発的対称性の破れが起こることから、対応するNambu-Goldstonモードとして1次元反強磁性スピン波の線形分散が出てくるというカラクリになっています。 ↩