こんにちは。株式会社タイミーでプロダクトマネージャーを担当している高石( たかし / @tktktks10 )と言います。
タイミーでは「働きたい時間」と「働いてほしい時間」をマッチングするスキマバイトサービスを提供していますが、今回はそんな働き手と事業者のWIN-WINを日々考え実現し続けるプロダクトに密接に関わる 「マーケットデザイン」 という分野であり学問を紹介していきたいと思います。
マーケットデザインは、何がしかのマッチングプラットフォームを展開するプロダクトや企業に応用できる可能性を秘めています。まだあまり一般企業の間では積極的に情報交換はされていないように思いますが、この記事をきっかけに興味をもって頂ける方が増えたら嬉しいです。
それでは、始めていきましょう。
『マーケットデザイン』 とは
「一言でいえば、世の中にさまざまある『資源』を望ましく配分するために、どう社会制度を設計(デザイン)すればいいかを考える学問です」
東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)センター長の小島武仁教授は、このようにマーケットデザインを紹介しています。*1
市場原理主義によれば、市場(マーケット)は手を加えずとも自ずとその需給と価格の調整が行われるとされてきました。しかしながら、参加者間における情報格差やお金で解決できない問題など、市場機能ではうまく解決できない「市場の失敗」が現実問題は至る所に存在します。こういった市場の摩擦に目を向け制度を持ち込む(メカニズムをデザインする)ことで、自然と市場の参加者が効率的に便益を享受できる状態を目指す試みがマーケットデザインです。
この分野が盛り上がることになったきっかけの1つに、アメリカで1990年代半ばに行われた通信や放送に利用する周波数配分問題への取り組みがあります。それまでの周波数帯配分はヒアリングを通じて行われており価格づけや資産の有効活用面に課題が存在しましたが、経済学者のポール・ミルグロムやロバート・ウィルソンらによって独自のオークション方式が持ち込まれ、買い手の効用と売り手の利益双方を最大化させる、まさに市場の参加者がWIN-WINになる大成功を収めたとされ、2020年のノーベル経済学賞を受賞しました。*2*3
その他待機児童問題や男女の結婚問題など様々な応用事例がありますが、学問としてのマーケットデザインの特徴は、理論としての裏付けはさることながら、”実際の社会課題に対してどのような解決を行なったか” が重要視されることです。
つまり数学などの理論に対比すれば、問題解決のために終わりのない問題解決を検証し繰り返す、 エンジニアリング(工学) の色が非常に濃い分野だと言えます。従って、研究機関と行政だけでなく、直接社会の課題を解決している一般企業にもシナジーのある領域でしょう。
ここまでの話をわかりやすく書いた書籍もあるので、導入としておすすめです。自分もここから入りました。*4
学問としてのマーケットデザインの成り立ちと歴史
このように近年こそ学問としての注目を浴びているマーケットデザインですが、その中身は多数の研究分野が織り重なって出来上がっているため、元となる関連の深い分野やその歴史を知ることが理解の入り口となります。
とはいえ、各分野について掘り下げればそれだけでもぞれぞれ書籍が出来上がってしまう深さを持つ学問です。ここでは「初めてマーケットデザインを知った方」向けに、そのバックグラウンドを辿ることができるような情報を紹介したいと思います。
オークション理論
オークションは太古の昔から行われてきました。絵画や骨董品をはじめとして次々と価格が釣り上がる中、できるだけ安い価格で全体からトップの価格を表明し財を勝ち取るために心理戦を繰り広げます。
心理戦、いわば一種のチキンレースを繰り広げるイメージのあるオークションですが分野としては研究が進んでおり、参加者が自身の評価額を安全かつ正直に表明できつつ主催者の利益も担保する手法の1つに「2位価格オークション」という考え方があります。*2*5
2位価格オークションとは「1番高い入札額を示した参加者が落札権利を獲得し、全体で2番目に高い額を払う」と言った方式です。これに対し、通常イメージするであろう1番高い額を表明をした人が1番高い金額を払う方式は1位価格オークションと呼ばれます。
直感の通り1位価格オークションはギャンブル性が高く、他の参加者に勝つために高く表明しすぎた額で支払いを行なってしまったりするリスクがありますが、2位価格オークションでは他者の目を気にせず正直に自身の最大評価額を表明することが、最適な戦略(落札しても払いすぎることはないし、落札できなくても損をすることはない)となります。2位価格オークションのこのような性質は、耐戦略性・効率性・個人合理性を満たしていると表現します。
…と、これより詳細な情報は参考書籍を読んでいただければと思いますが、この方式はフリマサイトの入札システムや広告枠のオークションに応用されるなど、実は意外と見えないところで社会実装が進んでいます。
マッチング理論
皆さんは高校や大学受験で第一志望を表明する際、素直に一番行きたいが倍率の高い大学に表明するか、あえて倍率の低い第二志望に表明するか悩んだ経験はないでしょうか。また小さなお子さんを持つ方であれば、落選のリスクを抱えながらどの保育園に志望するのが一番良いのか、高度な情報戦を繰り広げたことはないでしょうか。はたまた、就活市場が加熱し企業が学生を青田買いするような事象も問題の1つです。
このように、互いに希望順位(選考)を持つ2者間で、両者が安全に納得できるような組み合わせを決める仕組みを考えよう、という分野がマッチング理論です。とりわけ、金銭で解決できない領域が対象とされます。
先ほどと同じく有名な手法を取り上げると 「受入保留方式」 と言うものがあり、考案者の名にちなみ「ゲール=シャプレー・アルゴリズム」と呼ばれたりもします。
受入保留方式は、参加者は他者の希望順を気にせず素直に自身の希望順を表明することで、最適な結果が得られる代表的なアルゴリズムとして有名です。ここで言う最適とは、最終的に得られた結果のペアの組み合わせにおいてそれ以上に参加者が好むような組み合わせが存在しないことを指し、マッチングが安定的であると表現します。
この方式によって実際に待機児童問題の解決や、高校入試の選考制度に対して改善提案が行われるなど実社会への応用が続いています。*6
社会的選択理論
集団で意思決定を行う方法を考える分野であり、例えば政治などで民衆の意見を統一する際に好ましい投票・意思決定方法をどんなものか、などを取り扱ったりします。
単なるくじによる決定からボルダ方式・コンドルセ方式など多様な意思決定方法が存在しますが、興味深い性質として「アローの不可能性定理」があり、ここから導かれる「ギバード=サタースウェイトの定理」では、
3つ以上の候補から投票によって意思決定を行う場合、全員が正直に選考を表明できる方法は独裁制しか存在しない。
と言及しており、つまるところ集団全員がいつでも合議的かつ納得のいく意思決定を行う完全無欠な手段は無い、ということを示しています。
みんなで一緒により良い意思決定ができる方法を考えていこう、という矢先に出鼻を挫くような定理ですが、このように理論的に意思決定の限界が示されていることで「現実の特定条件下で、最も良い意思決定をするにはどうしたらよいだろうか?」という現実的な課題解決を行うマーケットデザインに焦点が当たっているという意味では、偉大な発見だったと考えられます。
その他関連の深い分野
各理論を深掘りしていくと自ずと辿り着きますが、より歴史的にはゲーム理論、行動経済学、ミクロ経済学などが現在の理論を支えているようです。
結局どこからがマーケットデザインなのか
ここまで紹介してきてわかる通り、マーケットデザインとして紹介されている事例の多くはオークション理論やマッチング理論の応用例そのものであることが多く、名前は違えど別物どころか重なる部分が多くなります。
1点相違があるとすれば、冒頭述べた通り 実在する社会の問題や制度に着目し、理論の応用(社会実装)を行っている取り組みや領域 がマーケットデザインと呼ばれるようです。
企業がマーケットデザインの考え方を取り入れる意義と、立ち向かうべき課題
顧客に対し高速な仮説検証サイクルを回せる、分野との高い親和性
これまでマーケットデザイン分野における研究成果に着目すると、待機児童問題・研修医の配分問題・電波オークション・腎臓移植など、医療や教育をはじめとした非営利機関との社会実装が中心でした。単にお金では解決できない公共財を扱うことや、より多くのプレイヤーを中央集権的に把握できるという親和性からその社会応用を可能にしてきたためです。
一方冒頭に述べた、
マーケットデザインは、エンジニアリングの色が非常に濃い分野である
という理由より、顧客を抱え日々価値提供を試行錯誤している企業も非常に相性が良い分野です。
ITが台頭する前の時代においては、プレイヤーの情報を網羅できるのは行政など中央集権機関が中心でした。しかしながら、多くのプレイヤー(または顧客)がデジタルプロダクトを使うようになった現代では、企業であってもそのデータを収集・活用することができます。しかも、特にエンジニアを多く抱えプロダクトを内製している企業では、この仮説検証を自らのリズムで好きなだけ実施することができます。社会応用をベースにするマーケットデザインの分野においては、非常に高い親和性だと言えるでしょう。
理論としての正しさに加え「わかりやすさ」や「使いやすさ」を提供できるか
ここからは個人の見解が大きくなりますが、エンドユーザ向けにマーケットデザインの考え方を適用していく上では、まだまだ残された課題もあるように感じます。
先ほど述べた通り、現代において官公庁のシステムから一般企業のシステムまで、エンドユーザへの接点はスマートフォンやPCなどのデジタルプロダクトへ急速に変遷しています。その過程においては、顧客にとってわかりやすく使いやすいプロダクトが生存し、わかりづらく使いづらいプロダクトは淘汰されていきます。これはマーケットにとっては好ましいことだと言えるでしょう。
これを社会や人々の課題を解決するマーケットデザインの視点から見ると、要求される水準のハードルが(良い意味で)上がっているとも言えます。いくらメカニズムが合理的であり数学的に正しかったとしても、エンドユーザがそれらを理解し気軽に使えるインターフェースがなければ、そのメカニズムは選ばれることはなく機能しません。この点は、日々エンドユーザに対してシンプルかつ明確な価値提案を考えている、プロダクトづくりに携わっている人々が力を発揮する所ではないでしょうか。
おわりに
マーケットデザインという分野を知ったからといって明日からいきなり応用できるかとまで言われると難しいかもしれませんが、そのバックグラウンドになっている理論体系を学び巨人の肩に乗ることで、中長期的にプロダクトとして提供できるアイデアの幅が膨らむように感じます。
なお、本記事の執筆にあたってはなるべく複数の文献や書籍を当たるように留意していますが、表現や定義に齟齬を見つけた方はコメント欄や修正リクエストでお知らせください。
直接顧客にプロダクトを提供しているテック企業こそ、マーケットデザインの考え方を取り組む意義に富んでいると思います。まだまだ勉強会やディスカッションが盛んになる余地はあると感じているので、プロダクト開発と今回のトピック周辺で広く話してみたい!と感じた方はお気軽に(たかし / @tktktks10 )までお声がけください。
参考文献
*1 西山 里緒, "2022年注目の経済学「マーケットデザイン」とは何か。気鋭の東大教授が語る", BUSINESS INSIDER, 2022.1.5
*2 川越 敏司著, "基礎から学ぶマーケット・デザイン", 有斐閣, 2021.12.18
*3 広野 彩子, "米国「周波数オークション」仕掛け人が明かす改革の舞台裏", 日経ビジネス, 2019.11.22
*4 アルヴィン・E・ロス著, "Who Gets What: マッチメイキングとマーケットデザインの新しい経済学", 日経BPマーケティング, 2016.3.1
*5 坂井 豊貴, "ギャンブル性を低減する「第二価格オークション」の仕組み", ゴールドオンライン,
2018.6.28
*6 "行政DXにおける経済学の活用-待機児童問題におけるマーケットデザインの導入", CyberAgent Developers Blog, 2022.5.12