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年をとって考えるのをやめるエンジニア

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エンジニアは何歳で定年か

プログラマ35歳定年説は、昨今の言説によれば、「プログラマには一定額以上の給料を払いたくない」「年功序列で年をとると給料があがる」「プログラマにはらってもいいと経営層が思っている金額を出せるのが35歳まで」というロジックらしいのだが、まあクソみたいな話である。

よいプログラムを書いて欲しければ金を払えという話だ。年齢は関係ない。

とはいえ、年齢を重ねると、いや家庭を持って、子供という非生産者が家庭に加わると、否が応でも金が必要になり、結局年をとるとそれだけの理由で給料をあげてもらわないとやってられないという切実な事情も理解できる。

理想的な給与体系というのが、私はいまだに分からない。

完全能力給としたとして、家庭が重石になっているような場合、本人の能力はあるが成果は出せない(たとえば子供が病気で頻繁に早退・欠勤するなど)場合は、どう評価する?

能力を評価するのであれば、成果が出ていなくても評価するべきじゃないのか?

それに、能力のあるなしを言われても、子供に金がかかる事実はなにをどうやっても変えようがない。子育て支援とか、子育てしやすい社会ってのと、子供がいても能力がないやつには給料出さないよというのは、両立できるのだろうか。

色々と悩ましい問題はあるが、私自身はエンジニアが現場のエンジニアでいることに定年なんてあって欲しくないし、クソ喰らえと思っているし、自分は死ぬまでエンジニアリングの仕事をしていたいと思っている。

もちろん、それで相応の給料をもらうというのは当然の前提だ。


考えるのをやめる人

きっかけが何なのかは分からない。年齢的なものなのか、何か事情があるのかは、分からない。

ある日をさかいに、考えるのをやめてしまうエンジニアというのを何人か見てきた。

何かの理由で心が折れてしまったのかもしれないが、踏み込んだ事情は分からない。

同じように、ある日をさかいに勉強することをやめてしまうエンジニアというのも見てきた。

これについては、もしかすると元々勉強なんかずっとしていなくて、たまたま過去のちょっとした経験で生き延びられていただけの可能性はある。

逆に、若い者には敵わん的なことを言っていた人が、ある日をさかいに急に最近のホットなウェッブテクノロジーとかをばりばりと勉強してばりばりと実装できるようになっている例も見たことがある。

人生とは、奇っ怪だなあと、本当に思う。


彼らは生きていけるのか

考えることをやめ、学ぶことをやめたら、彼らはエンジニアではいられない。

少なくとも一流のエンジニアではいられない。

何か別の方法で飯を食う算段をしなければならない。

もしぬるい会社なら、ぬるいエンジニアとして生きていけるのかもしれない。ぬるいエンジニアというのがどういう仕事をする人なのか、私はよく分からないが。

大手なら、抱えている業務の種類が多いので、別の業務に再配置されるということもあるのかもしれない。大手の人事制度がどれだけ柔軟なのか、私はよく分からないが。

ただ、単純にバッファが大きいという理由だけでも、大企業なら生きていけるのではないかと思う。

ずっと現役のエンジニアだったり、管理職になってもプレイングマネージャだったりすることが求められる中小のベンダでは、止まることは死を意味する。

なぜなら、若者は優秀で、日々変化する技術トピックに目を輝かせて飛びついて勉強し、当たり前のものとして吸収する。どうせなら新しくて楽しい仕事は彼らに回したい。

そして考えることをやめたエンジニアは、新しいことを学びもしないので、彼らにアドバイスする側にも回れない。いや、そもそも、考えることをやめてしまうタイプの人は、小手先の技術ではない本質的な考え方や哲学の部分の土台がないことが多いような気がする。偏見かもしれないが。

馬力で頑張ってきたのが、息切れしてしまったのかもしれない。

どう考えても生きていけるはずがない彼らは、ではどうすれば生きていけるのだろう。


生き残り方

現場のエンジニアリングからは離れるという方法はあると思う。管理する側に回るわけだ。

ただ、どんどん「技術のことを知らないのに、指示だけは出さなければならない」というつらい立場になる。私には耐えられないが、そういうのが性にあっているか、割り切れるひとはそれでいいだろう。

ただし、分からないのに不適切な口出しだけはする類の上司にはなりたくないものである。

次に、分かることだけ、できることだけやる、という生き残りかたはある。レガシーシステムのメンテ、などである。これはこれで悪くない。レガシーシステムそのものへの風当たりはあるかもしれないが、そんなものは担当者の責任ではない。レガシーシステムのお守りをして定年まで逃げきれば勝ちかもしれない。

次に、若者の部下になってしまうという手もある。分からないので、手取り足取り教えてくださいと、若者に頭を下げるのである。これも別に悪いことではない。だって自分は分からなくて、若者が分かっているのなら、教えを乞うのは恥ずかしいことではない。

ただこの業界によくあるパターンとして、若者側が教えるのが上手という保証はどこにもないということと、教えてもらうことで若者側のパフォーマンスを奪ってしまうことになるという懸念がある。

だから部下になるなら、スーパーな若者の部下になるべきなのだが、スーパーな若者は放っておいても上司になるので、結果的にこうなることは、まあ珍しくない。

こうしてみると、考えるのをやめてスターチャイルドになっても、地球を握りつぶすこともなく、しずかに生きていくことはできるのかもしれない。


おわりに

だけどどうしても私は思ってしまう。

「どうしてこの人は、考えるのをやめてしまったのだろうなあ」と。