この記事は"電子工作 Advent Calendar 2024" と、マイクロマウス Advent Calendar 2024 に参加しています。
きっかけ
その優れたエネルギー重量比・体積比ですっかり一般化した感のあるリチウムイオン(ポリマー)電池ですが、移動型ロボットに用いるのは大抵の場合ラジコン・ドローン用のバッテリーパック、もしくはモバイルバッテリーではないでしょうか?
一方で、このようなエクストリームな用途1の場合、小型化・軽量化のために非常に小さなリチウムバッテリーをそのまま用いる(いわゆる生セル)で使用しているようです。
なので、このようなリチウムイオン(ポリマー)電池(以降超小型セル)の性能や取り扱いについてアレヤコレヤと検証しました。
結論
かなり長くなるので結論を先に述べます。
- 超小型セルにはアタリ・ハズレがある
- 超小型セルは容量が非常に小さく1C2の充電電流も小さいため、汎用の充電器では正確性に欠く
(容量計測にばらつき。充電が終わらない。内部抵抗計測不可など) - 超小型セルの保護回路を取り外すと内部抵抗が減るが、セル自体の抵抗に比べると小さい
- セルのタブに直接ハンダ付けする場合、見た目には多少の損傷が発生したものの性能劣化は見られなかった
- スポット溶接にはコツが必要
使用する機材
超小型セル
今回の実験対象に選んだLiPoバッテリーです。
LiPoバッテリー Octelect CX10 3.7V 100mAh
適合するコネクターが手持ちになかったのと、配線や接触抵抗の影響を最小化するため、長さ65mmのAWG28の配線とXT30に置き換えました。
(配線抵抗:27.7mΩ+コネクタ抵抗1.2mΩ=28.9mΩ)
充電・放電器
手持ちの小型汎用充電・放電器です。
LiPo、LiFe、LiHV、鉛、ニッケル水素等に対応。充電時には各セル毎の内部抵抗を計測可能です。
充電電流は0.1Aから10A。放電電流は0.1A~3.0Aで設定可能です。
電子負荷
AVHzY製 CT-3 USBテスター+SM-LD-00 電子負荷
某笑顔になれる動画サイト等で”野生の野生の消費者センター”と呼ばれている方がよく使っている3USB機器用の電力計です。専用の電子負荷を接続すると100Wまでの電力を消費させつつ電流や電圧をモニターできます。
この計測器はUSB用ですが、今回の検証ではXT-30⇨USB-C変換コネクタを作成しカットオフ電圧を3.2Vに設定することで無理やり使用しています。
(※カットオフ後の電圧上昇によりチャタリングが発生しています。放電電流が小さいためです。各計測結果ではカットオフ電圧に到達したあとのチャタリングは削除しております。)
内部抵抗計測器
東京デバイセズ製 IW7807
バッテリー内部に交流4端子法により正確な内部抵抗を計測できる計測器です。
内部抵抗を計測するには、直流法という負荷電流を切り替えた際の電圧変化を測る方法と、交流法という交流電流を流して計測する方法があります。交流法のほうが計測時間を短くできる。計測のばらつきが減らせるというメリットがあるようです。
ステーション型ハンダごて goot RX-802AS
保護回路を取り外して直接配線を取り付ける改造に使用。
コテ先はRX-80HRT-3C。なるべく高性能なハンダごてを使用することで、ハンダ付け作業の安定をはかりました。
スポット溶接器4
保護回路を取り外して直接配線を取り付ける改造に使用しました。スポット溶接とは電極を接合したい金属板に押し当てて、瞬間的に大電流を流すことで金属板を短時間で溶着する溶接方法です。
格安中華品あるあるですが、中々冷や汗の出るような内部構造をしています4。
実験・検証
実験① 充放電器によるテスト(保護回路取り外し前)
ミニ四駆を嗜んでいた頃、NiMH電池は専用の充放電器でならしを行うと新品より性能向上した記憶があります5。LiPoバッテリーも同じなのでしょうか?実験環境の動作確認をかねて実験します。
目的
未改造(配線・コネクタ以外)の状態で充放電を繰り返し、充放電容量の個体差や繰り返した際の特性変化を確認する。
実験
購入した後のバッテリーを一度1C充電した後、1C放電した状態で計測を開始しました。No6のバッテリーは明らかに容量が小さく、内部抵抗が大きいことが確認できました。ハズレと言えるかと思います。
その他のバッテリーについては充電時の積算容量は大きくばらついているものの放電容量のばらつきは小さいため、充電器の充電自体は正しくとも充電容量計算に誤差があると考えられます。
バッテリ- | 充電(1回目)[mAh] | 200mA放電[mAh] | 充電(2回目) [mAh] | 100mA放電[mAh] | 充電(3回目)[mAh] | 内部抵抗[mΩ] |
---|---|---|---|---|---|---|
No1 | 148 | 86.28 | 209 | 79.16 | 155 | 178.5 |
No2 | 56 | 78.84 | 200 | 76.53 | 206 | 194.6 |
No3 | 210 | 78.3 | 209 | 85.12 | 65 | 180.2 |
No4 | 145 | 86.33 | 184 | 90.89 | 66 | 175 |
No5 | 166 | 84.28 | 141 | 92.9 | 210 | 180.8 |
No6 | 63 | 45.84 | 47 | 52.51 | 47 | 262.7 |
こちらは2C放電時の電圧グラフです。No6は電圧が小さく形もいびつです。電力量も半分以下でした。
まとめ
未改造状態で充電・放電の繰り返しを行った結果を以下にまとめます。
- 汎用の充放電器では電流が小さすぎるためか充電電力量にばらつきが出やすい
- ただし充電自体は問題ないと考えられる
- 超小型セルにはばらつきが存在(アタリ・ハズレ)
- 充電電力量の計測ばらつきはあるが、それでも明らかに充電電力量の小さい事がわかる
- そのような個体は内部抵抗が著しく増加する
実験② 保護回路取り外し後の特性
エクストリームな用途1では、バッテリー保護回路の抵抗やスペースが勿体無いので切り離してしまうと聞きますが保護回路の抵抗はどの程度あるのでしょうか?また、バッテリーに配線を直接ハンダ付けすると「発火の危険がある6」「特性が劣化する6」と言われますが、本当なのでしょうか?実際に検証してみようと思います。
保護回路とは?
バッテリーの保護回路とは、過充電放電、過熱などからバッテリーを保護する回路です。大抵のバッテリーには保護回路が接続されており、今回の超小型セルにも定番のDW01とMOS-FETによる保護回路が接続されています。
DW01はバッテリー電圧を監視して過充電・過放電・過電流時に電流をNch MOS-FETの駆動をカットすることでバッテリーを保護します。
この回路を取り付けることでバッテリーを安全に取り扱える一方、多少の電力損失は発生してしまいます。
改造
ハンダ付けによる接続
前述のはんだごてを用いて配線を直接ハンダ付けしました(配線は同条件です)。作業条件は以下のとおりです。
- 鉛入り共晶はんだ(Sn60%)
- 340℃設定
- 配線はあらかじめ予備ハンダする
- ハンダ付け時間は20秒
(バッテリー端子の予備ハンダ+配線のハンダ付け)
改造前後のバッテリーの劣化を目視確認したところ、黒い部分が溶けているように見えます。
スポット溶接による接続
配線を直接スポット溶接はできないため、小さく切ったニッケルタブに配線をハンダ付けし、そのニッケルタブをバッテリーにスポット溶接しました。(以下イメージ図)
ハンダ付けしたのはニッケルタブのため、バッテリー本体にはダメージがなさそうなのがよく分かると思います。
ただ、ニッケルタブを一度ハンダ付けするのが面倒だし、電極の押し当て方や電流設定にミスがあるとうまく溶接できないだけでなく、激しめに火花が飛ぶ、溶接対象の金属板がえぐれて飛び散るなど危険を感じる場面がありました。
実験
前回の実験でNGだったバッテリーの代わりを入手し、内部抵抗を計測後したのちに改造を行い再度内部抵抗を計測しました。容量劣化がないかを確認すべく充電後の放電容量のチェックも行いました。
バッテリ- | 放電容量(未改造)[mAh] | 内部抵抗(未改造) [mΩ] | 改造 | 放電(改造後) [mAh] | 内部抵抗(改造後)[mΩ] | 容量差[mAh] | 内部抵抗差[mΩ] | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
No1 | 79.16 | 178.5 | スポット | 88.48 | 138.8 | +9.32 | -39.7 | |
No2 | 76.53 | 194.6 | ハンダ | 86.67 | 135.6 | +10.14 | -59 | |
No3 | 85.12 | 180.2 | スポット | 83.42 | 136 | -1.7 | -44.2 | |
No4 | 90.89 | 175 | ハンダ | 80.89 | 130 | -10 | -45 | |
No5 | 92.9 | 180.8 | スポット | 84.67 | 135 | -8.23 | -45.8 | |
新No6 | (計測忘れ) | 181.8 | ハンダ | 81.68 | 135 | - | -46 |
この結果から、保護回路は40~50mΩ程度の抵抗があり、改造方法の違いによる内部抵抗の差は特になさそうです。さらに、放電にともなう電圧変化をプロットしました。
これらの結果から、ハンダ・スポット溶接、いずれの改造方法でもバッテリーの劣化は特に無い ように思えます。
まとめ
保護回路取り外しの改造において、以下の通りまとめます。
- ハンダ付けすると見た目には劣化がみられた
- スポット溶接はコツが必要で手間もかかった
- もしかしたらバッテリー同士を接続する場合は手間が少ないかもしれない
- 改造後は保護回路分の抵抗が下がった(40~50mΩ程度)
- 改造方法による特性の違い(劣化)はとくに見られなかった
おまけ・今後
今後は18650等の比較的大きいバッテリーにもスポット溶接を使ってみようと思います。また、メカの組み立てにも使えないか、色々と試行錯誤してみる予定です。
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Cレート。そのバッテリーの容量値に対する充放電電流値の比です。1000mAhのバッテリーを1Cで放電する場合、1000mAで1時間放電することを意味しますし、2Cで充電するということは2000mAで0.5時間充電することになります。ラジコン用などでは50C放電・5C充電なんというツヨツヨバッテリーがありますが、超小型セルは軟弱だと思われるので、充電は1C。放電は0.5~2Cで実験しました。 ↩
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さいちょう氏はこの電力計を用いて、モバイルバッテリーの容量が額面通りであるかどうかを検証したり、USB充電器の性能を検証したりしています。 ↩
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Powerex MH-C9000PROならし(ブレークイン)ができる高級充電器の例 ↩
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リチウムや内部の電解液が可燃性で激しく燃えることは有名でしょう。また、電極同士のショートを防ぐセパレータが樹脂でできているため、ハンダの熱により溶けてショート故障や特性の劣化の可能性が考えられます。 ↩ ↩2