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ファインマンカッツ公式のラフな証明

Last updated at Posted at 2024-08-20

数理ファイナンスの講義で登場したファインマンカッツ公式が面白かったので,(半分備忘録として)記事にしてみます.といっても講義内容をかなりかみ砕いた(悪く言えば数学的に雑な)議論であることに注意してください.面白さが伝わったらうれしい!という気持ちで書いています.

確率過程とか伊藤の公式とかなんやねんって方でも一応雰囲気で式は追えるはずです(はず).むしろ雰囲気を知りたい方向けの記事かもしれません.

筆者はかなりの初学者なので1誤った記述が散見されるかもしれません.その場合コメント等で教えていただけると幸いです.

また,細かい条件など((発展的)可測性,可積分性など)は省略しています.講義で紹介されていた参考文献(Medvegyev)2をあげておきますので,気になる方はこちらをご参照いただければと思います.

$\def\d{\text{d}} \def\ev#1{\mathbb{E}\left[#1\right]} \def\cev#1#2{\mathbb{E}\left[#1\middle|#2\right]}
\def\pdv#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\def\pddv#1#2{\frac{\partial^2 #1}{\partial #2^2}}$

ファインマンカッツ公式とは

次の二階の偏微分方程式(PDE)を考えます:

$$
\frac{\partial \phi}{\partial t}(t,x) + \frac{1}{2} \sigma(t,x)^2 \frac{\partial^2 \phi}{\partial x^2}(t,x) + r(t) x \frac{\partial \phi}{\partial x}(t,x) - r(t) \phi (t,x) = 0
$$$$
\text{subject to } \phi(T,x)=\psi(x)
$$

このように表されるPDEをブラックショールズ方程式と呼びます.また,ファインマンカッツ公式は次の形のより広いクラスのPDEにも適用することができますが,本稿では扱いません3

$$
\pdv{\phi}{t}(t,x) + b(t,x) \pdv{\phi}{x}(t,x) + \frac{1}{2} \sigma^2(t,x) \pddv{\phi}{x} - q(t,x) \phi + f(t,x) =0
$$

さて,上のPDEは一見解けそうにないですが,この解は次の形で表せる,というのがファインマンカッツ公式です.(すごい!)

$$
\phi(t,x) = \mathbb{E}\left[e^{-\int_t^T r(s) \d s} \psi(X_T) \middle| X_t = x \right]
$$

ここで,$(X_t)_t$ は $(W_t)_t$ を標準ブラウン運動として
$$\d X_t = r(t) X_t \d t + \sigma(t,X_t) \d W_t$$ に従う確率過程です.
( 注意:今後登場する $X_t$ はすべて上の確率微分方程式(SDE)に従うものとします )

つまり,確率過程 $(X_t)_t$ のシミュレーションを行って平均をとると解の(近似)値がわかるということです.

また,(なんともうまいことに)境界条件については $\phi(T,x)=\cev{\psi(X_T)}{X_T = x} = \psi(x)$ から自動的に満たされるようになっています.

ファインマンカッツ公式のラフな証明

次のように $(Y_t)_t$ を定義しておきます.
$$
Y_t := e^{- \int_0^t r(s) \d s} \phi(t,X_t) = \cev{e^{- \int_0^T r(s) \d s} \psi(X_T)}{X_t}
$$

証明は次の手順で行います.

  1. $\d Y_t$ を伊藤の公式により計算する
  2. $Y_t$ がマルチンゲールであることを示す
  3. $Y_t$ がマルチンゲールであるという条件から $\d Y_t$ の $\d t$の係数部分$=0$ であることがわかる
  4. (これがちょうど上のPDEになる!)

マルチンゲールについては後述しますが,おおざっぱには時間に関してバイアス(ドリフト)のない確率過程のことです.

また,境界条件についてはすでに上で述べた通り,自然に満たされます.

dY_t を計算する

$(\d X)^2$ というのがすぐ後に登場しますが,伊藤の公式の練習も兼ねて,ここで計算しておきましょう.

\begin{align}
(\d X)^2 
&= (r(t) X_t \d t + \sigma(t,X_t) \d W_t)^2 \\
&= r(t)^2 X_t^2 \d t^2 + r(t) X_t \sigma(t,X_t) \d t \d W_t + \sigma(t,X_t)^2 (\d W_t)^2 \\
&= \sigma(t,X_t)^2 \d t \\
\end{align}

ここで,伊藤ルール: $\d t^2 = 0, \d t \d W_t = 0, \d W_t^2 = \d t$ を用いました.
伊藤の公式(おおざっぱには伊藤ルール+テイラー展開)についてここで深く触れることはしませんが,これらの式は,

  • $\d t$ 一乗オーダー以上は無視する
  • ブラウン運動の性質1: $\Delta W_t := W_{t+\Delta t} - W_t$ について $\ev{\Delta W_t}=0$
  • ブラウン運動の性質2: $\ev{(\Delta W_t)^2}=\Delta t$
  • ブラウン運動の性質3: $(\Delta W_t)^2$の分散がはやく減衰する

を考えると(認めてもらうと)ある程度納得できると思います.

$\d Y_t$ は伊藤の公式を用いると次のように計算できます.
ここでは,$\beta_t = e^{\int_0^t r(s) \d t}$ とし,引数 $t,X_t$ を省略します.(特に引数は大事なので,式を追う分には問題ないと思いますが,それはそれとして適宜補ってください)

\begin{align}
\d Y_t 
&= -r \beta_t^{-1} \phi \d t+ \beta_t^{-1} \left\{ \pdv{\phi}{t} \d t + \pdv{\phi}{x} \d X_t +\frac{1}{2} \pddv{\phi}{x} (\d X_t)^2 \right\}\\
&= -r \beta_t^{-1} \phi \d t +\beta_t^{-1}\left\{ \pdv{\phi}{t} \d t + \pdv{\phi}{x} (r X_t \d t + \sigma \d W_t) +\frac{1}{2} \pddv{\phi}{x} \sigma^2 \d t \right\}\\
&=  \left\{ -r \phi + \pdv{\phi}{t} + \pdv{\phi}{x} r X_t \d t +\frac{1}{2} \pddv{\phi}{x} \sigma^2 \right\} \beta_t^{-1} \d t + \beta_t^{-1} \sigma \d W_t
\end{align}

...おるやん!!ってなりましたか?(なったとしたら記憶力がよい)
そうです.$\d t$ の係数部分が初めのPDEの左辺になっています.$(Y_t)_t$ がマルチンゲールであるならば,$\d t$の係数部分$=0$ であるはずなので(軽く後述),$\phi$ がPDEを満たすことが確認できます.ということで $(Y_t)_t$ がマルチンゲールであることを次に示していきましょう.

Y_t はマルチンゲール

まず,確率過程 $(Z_t)_t$ がマルチンゲールであるとは,情報系を $\mathbb{F} = (\mathcal{F}_t)_t$ (確率過程がその上で値を持つ経路の ”情報” を集めてきたもの) としたとき,$s \leq t$ に対して,$\cev{Z_t}{\mathcal{F}_s} = Z_s$ となるということです.

つまり,確率過程をある時刻 $s$ まで観測したとき,その後の時刻 $t$ での確率過程の期待値は $s$ での値になるということです.ドリフト項がない,と表現することもできると思います.

さて,$Y_t$ は次のように表されるのでした.

$$
Y_t = \cev{e^{-\int_0^T r(s) \d s} \psi(X_T)}{X_t}
$$

期待値の中身は $t$ によらないことがわかります.
ここで,次に示す,条件付き期待値の tower property を使います.

tower property: 確率変数 $Z$ について,$s \leq t$ のとき次が成り立つ.

$$
\cev{\cev{Z}{\mathcal{F}_t}}{\mathcal{F}_s} = \cev{Z}{\mathcal{F}_s}
$$

ここで,$Z$ が $t,s$ によっていないことに注意してください.これの直観的な説明は以下です.
まず $s \leq t$ なので 時刻 $t$ の方がより詳しい情報を持っているということに注意します.そして上式を自然言語的に表現すると,
「時刻 $t$ でのより詳しい条件付き期待値をしっていると,これを時刻 $s$ において平均化することで時刻 $s$ での条件付き期待値が計算できる」
となります.

これを今の式に適用して,$Z = e^{-\int_0^T r(s) \d s} \psi(X_T)$ とすると,

$$
\cev{\cev{e^{-\int_0^T r(s') \d s'} \psi(X_T)}{X_t}}{X_s} = \cev{e^{-\int_0^T r(s') \d s'} \psi(X_T)}{X_s}
$$

となります.ただし,$X_t$ がマルコフ過程であり,$\mathcal{F}_t$ は単に $X_t$ と表せることを用いました.
上式はまさにマルチンゲールの定義式です.よって $(Y_t)_t$ はマルチンゲールだといえます.

\phi がPDEを満たしていること

$Y_t$ がマルチンゲールであることが確認できました.
一方,一般にマルチンゲール $(M_t)_t$にはドリフト項がありません.
なぜなら、ドリフト項がある,すなわち

\begin{align}
\d M_t = \tilde{r}(t,M_t) \d t + \tilde{\sigma}(t,M_t) \d W_t \ (\tilde{r} \neq 0) \\
\Leftrightarrow M_t = M_s + \int_s^t \tilde{r}(\tau,M_\tau) \d \tau + \int_s^t \tilde{\sigma}(\tau,M_\tau) \d W_\tau \ (\tilde{r} \neq 0)
\end{align}

とすると,ある $t,s$ で $\cev{M_t}{\mathcal{F}_ s} = M _ s + \int_ s^t \tilde{r} (\tau,M _{\tau}) \d \tau \neq M_s$ となりマルチンゲールになりません.

よって,ドリフト項がないことから,$\d t$ の係数部分は0であることがわかります.すなわち,$\phi$ は

$$
\pdv{\phi}{t} + r x \pdv{\phi}{x} \d t +\frac{1}{2}\sigma^2 \pddv{\phi}{x} -r \phi = 0
$$

を満たすことがわかりました.やったね!

  1. というかまだ期末試験すら受けておらず,試験勉強の一環としてこの記事を書いています.

  2. Peter Medvegyev, 2007, Stochastic Integration Theory, Oxford graduate texts in mathematics.

  3. 時間反転させるとフォッカープランク方程式も含みます.さらに,この形式のPDEは時間を虚時間にするとシュレーディンガー方程式を表現できますが,量子系では測度が構成できないらしいため,少なくともここで紹介しているファインマンカッツ公式は適用できません.(参考:wikipediaファインマンカッツの公式)

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