Rydberg単位系
電子状態計算では単位の無次元化を行う。どんな業界でも何らかの方策で無次元化しないと計算機にのせることができない。単位の話は単純な話ではあるのだが、それなりにいろいろな方程式をいじった知識がないと意味するところがよくわからないので学部4年以降ぐらいに学ぶことになるんだと思う。それと高校までの単位の教育がビミョウであるという(5[m]と書くような)問題もある。
単位の無次元化は初学者の混乱するところなのでwikipediaに書いといた。電磁気学などでは単位系の問題は厄介だが、実はむしろ原子単位系まで含めて考察しておくことで統一的に理解しやすくなる。しっかり理解しておくと単位換算で間違いにくくなるはず。
- 初学者、といいつつ年食ってるぼくもよく間違う...計算結果を得てからどこかで因子2を間違っとることに気がついて数式の中の$e^2$を探したりする。
原子の世界のものの大きさ
簡単なのだが奥が深い話。自分でpython電卓モードとかで計算してみないといけない。シュレディンガー方程式を勉強する以前にサイズ感をある程度理解しておくと良い。ストーリーとして理解しておけば記憶に残る。
- 1molとは6x10$^{23}$個.大体は10$^{24}$とすると1cm角の角砂糖に1Å間隔で原子を詰める---1億人x1億人x1億人=1molの原子が詰まることになる。日本人が1億人なのでそれでイメージしましょう。
電子1molで電荷量は96500C(クーロン)である(ファラデー定数。クーロンの定義は歴史的にややこしい。現代の知識から言えば電子1モルで1クーロンと定義したいところだが歴史は書き換えれない)。1Å=0.1nm=10^(-10)m - それで、水素1gあたりの原子の数が1molだし電子の数も1molだが、その総電荷量は96500C。なので、96500C/1molで計算して、電子の電荷は1.6x10$^{-19}$Cとなる。電子質量は原子核の1/1800。なので、電子質量は10$^{-3}$Kg/mol/(6x10$^{23}$/mol)/1800=9.1 $\times$ 10$^{-31}$Kgと計算できる。
- 復習:1Vとは1Cの電荷に1Jのエネルギーを与えることのできる電位差(電場x距離)である(そもそも1Nが100gのものを下から支えるのに必要な力で(重力定数は10m/s$^2$)、1Jは100gのものを1m押し上げるときの仕事である).1.5Vの電池で1Aで1s流すと、1.5Jとなる。すなわち、1.5m押し上げるだけのエネルギーが電池から回路に流れ出している. このあたりの組み立て単位の関係をまず復習しておかないといけない。蛇足だが、タイヤを締めるときのネジのトルクは100Nm(クルマのエンジンのトルクもその程度).
- 光子のエネルギーについて考えてみる。可視光の波長領域は0.4-0.8μ(ミクロン)。0.5μだと光子のエネルギーが2.5eV.要するに電子を2.5Vで加速してそのまま光に変換すれば0.5μの波長の光が出せる。これはしっかり記憶しておくこと。GaAsのバンドギャップは1.5eVなので、0.5 μx 2.5eV/1.5eV=0.8μの赤色の光が出せる。GaNだと3.5eVなので0.5 μx 2.5eV/3.5eV=0.4μとなる。光速から計算すると0.5μで600THzである(かけ合わせると光速)。このように比例関係だけで計算するーいちいちプランク定数から計算しない。ものごとは参照を記憶しておいて比で概算するのが基本中の基本である。3.5eVよりキツイ光子は紫外線ー避けたほうが良い。イオン化エネルギーがその程度の化学結合を破壊できるーゴーグルしたほうが良い。原子の世界の振動数は1PHz(ペタヘルツ)=10^15Hz程度.これの逆数が1fs(1フェムト秒)。 原子の大きさを1Åとすると、原子中の電子速度はだいたいは1Å/1fs=10^(-10)/10^(-15) m/s=100Km/s。地球脱出速度の10倍。
- 「0.5μ,600THz,2.5eV」を記憶しておくが、$\hbar$=0.66 eV fsも記憶しておく。
600THzだと$E=\hbar \omega$= 0.66 eV fs x6.28 x 0.6 PHz$=2.5eVと確認できる。 - 水素の基底状態の電子のエネルギー(イオン化エネルギー)は13.6eV。これがイオン化エネルギーの最大値(ほぼ)。0.01eV=1kJ/mol(だいたい).逆に言えば0.1ミクロンより短い光子を出すのは化学反応では無理。25kVぐらいで加速した電子を何かにぶつけたら25keVを光子に転換できるチャンスが生まれる(X線が出せる.2.5eVで割ると波長は0.5Åだとわかる)。体内の分子の化学結合を簡単に破壊できるエネルギーの光子。
- 原子の世界のものの大きさは可視光の世界と共通。逆に言えば生物の進化過程で化学反応で出てくるエネルギーの光子が見えるようになったということ。なので化学反応の単位もeVとなるのは妥当と言える。
- 光速は3億m/sと記憶するc=3x10$^8$m/s。
人間だと10m/s(時速36Km).
音速と飛行機は同じ速さで300m/s(時速1000Km/s、ヨーロッパまで10時間)。
光速/音速=10^6。光速/電子速度=3x10$^8$m/s/10$^5$m/s=300.桁で言って100の違いがある。原子の世界では光速と言えども意外と遅い。1Å/1fsだから。とくに137という数字が微細構造定数と呼ばれる(300と言ったがザクッとした話ーどう決めるかのルールをきちんと決めると137という数字が光速/電子速度として出てくる)。 - 比で考える方法は実学でも役に立つ。フェルミなんとかと言われたりする。その要はキーになる参照を最低限記憶しておき、それを有機的に組み合わせて物事のサイズ感を、関連づけて把握していくこと。優秀な科学者はこれに長けているとされる。自分のものさしを作ることが必要。
- (光速を30万km/sと教えるのはやめてほしい。あるいは100万KWとか言ったりするけど4桁で繰り上がる日本式と3桁で繰り上げる欧米式を変に混ぜるのには注意がいる)。
- まとめ:1mol=6x10^23,電子質量は陽子の1/1800,電子1molで96500C,
「0.5μ,600THz,2.5eV」,光速$c$=3x10^8m/s,GaAs 1.5eV,GaN 3.5eV,Hのイオン化エネルギー13.6eVから上の話を再現してみる。
電磁気の方程式の単位系
MKSA(SI)系
電磁気の方程式では、MKSA(SI)での真空のMaxwell方程式+ローレンツ力をまず基準に据える。4つの物理次元がある。Maxwell方程式は${\bf E,D,B,H}$に関するものだがその条件式として$\epsilon_0$、$\mu_0$が${\bf D}=\epsilon_0{\bf E}$、${\bf H}=\frac{1}{\mu_0}{\bf B}$の部分に入っている。電荷はクーロンで測る。1クーロンの2つの電荷が及ぼし合う力も計算できる。光速$c=1/\sqrt{\epsilon_0 \mu_0}$も計算できる。MKSAはマクロな意味での物質の誘電率や透磁率を考えるのに都合がよい。以下の議論では真空の場合を考える。
---現実には光速$c$がむしろ基礎的定数である。$c$を基本定数と考えるなら、$\mu_0$の値には適当な値(どう選んでもいいのだが歴史的理由で$\mu_0=4 \pi \times 10^{-7}$kg m C$^{-2}$とする.wikipediaなど参照)を与えることで$c=1/\sqrt{\epsilon_0 \mu_0}$から$\epsilon_0$が定まることになる。物理的に同じ大きさの電荷が$\mu_0$の与え方次第で違う値として表現されることに注意する(たとえば1m離して1Nを与える2つの静電荷は何クーロンか?の答えが$\mu_0$の与え方次第で違う値になるということ)。
非有理Gauss単位系
電子系を扱う物質科学の理論式では次元削減のための数式として(Rydberg単位系における4つの次元削減式のうち)$4\pi \epsilon_0=1$のみを採用する単位系で記述されることも多い($\hbar,m_e,e^2$は消さない)。この場合、MKSAの次元からA(あるいはクーロン)が抜けて、すべての量をMKSの次元のみで表現する3元系の単位系となる。$c=1/\sqrt{\epsilon_0 \mu_0}$から$\mu_0$の値と次元は定まることになる。すなわち$\mu_0=4 \pi/c^2$である。故に$c$を導入するなら、$4\pi \epsilon_0=1$,$\mu_0=4 \pi/c^2$とすればよい。(この時点では4つのMaxwell方程式の変更はない。$\epsilon_0$、$\mu_0$のかかわる${\bf D}=\epsilon_0{\bf E}$と${\bf H}=\frac{1}{\mu_0}{\bf B}$のみにこれらが変更される)。 ただし$c{\bf B}$をひとかたまりに考えるのが標準的な手法でありGauss単位系と呼ばれる(こうするのでローレンツ力の式においても${\bf F}= q({\bf E} + \frac{\bf v}{c} \times c{\bf B})$として、$c{\bf B}$をひとかたまりに考えることになる)。いちいち$c{\bf B}$と書かずに「Gauss単位系での${\bf B}$」と呼ぶことにする(また$ 4\pi {\bf H}/c$を「Gauss単位系での${\bf H}$」,$4 \pi{\bf D}$を「Gauss単位系での${\bf D}$」と呼ぶことにする。${\bf E}$については呼び直しがない)。そうすると非有理Gauss単位系となる。これは形式として${\bf D=E},{\bf H=B}$を保ちたいからである。$c$という次元のある量を乗除するので次元が変わってしまう点に注意。くくりかたを変えたので、その分だけMaxwell方程式を修正する必要がある。
- 上のように、「次元削減」と「定義の変更($4\pi$だけでなく$c$の因子を乗除する)」が組み合わさっている点に電磁気の単位のややこしさがある。よくCGSなどと言われるがCGSかMKSかに本質的違いはない
- 非有理Gauss単位系では、${\bf B}$の物理次元が$c$の分ずれていることに注意する。この方法には光速を尊重するメリットがあるーローレンツ力の式から明らかなように${\bf E}$と${\bf B}$の次元が同じとなり、磁気的な力が${\bf v}/c$という無次元量で作用する形に書けている。Maxwell方程式から$\mu_0,\epsilon_0$がなくなり、光速$c$のみが方程式に入ってくる。電荷の次元はN$^{-1}$mとなる(クーロンの法則で考えるのが早い)。${\bf E}$と${\bf D}$の次元は同じであり、${\bf H}$と${\bf B}$の次元は同じである。
- 原子を考えるときの、相対論的効果(おもにスピン軌道相互作用)を議論する時、${\bf v}$を電子速度として${\bf v}/c$での展開を考えるのでご利益は大である。もちろんクーロン力の式も単純である。ただし、MKSA単位系に戻すときには「${\bf B}$については$c$で割ること。そして、$\epsilon_0$を用いて次元を復活させ4元系での値にすること」の二点には注意が必要である。
- 真空で考える。電磁場への入力となるのは「電荷、電流」であり出力となるのは「ローレンツ力」である。${\bf E,B}$の定義はローレンツ力に入っているので注意がいるけど、${\bf D,H}$は中間的なものでしかないので好きなように定義して構わない、という事情がある。
- 「スピンと軌道の電子論(楠瀬博明、講談社)」の最初に電磁気の単位系についての議論がある。もうすこし一般的な議論がしてある。単位の理屈をそれなりに理解しておいたほうが得である。ただ、ぼくの考えでは、MKSA(SI)を理解した上で、上述のことを理解しておけばだいたいは間に合うので、楠瀬ほど一般的に議論しなくてもいいと思う(むずかしくなってしまう)。
- あえて物理定数を一つ加えて物理次元を一つ増やすこともできる(たとえばmolが単位として導入されることも多い。このとき数式は5元系となる。mol=6x10^23を導入することで4元系に戻すことができる)。