はじめに
「ウェブサイトを作るのと同じくらい簡単に、人間レベルのAIエージェントを作りたい」
そんな思いから生まれたのが、今回ご紹介する Mastra(マストラ) です。かつてReactウェブフレームワーク「Gatsby」を開発したチームが手掛ける、TypeScriptベースのオープンソースAIエージェントフレームワークであり、LLM(大規模言語モデル)を活用した高度なアプリケーション開発を加速させます。
本記事では、Mastraの核心に迫るべく、その機能、アーキテクチャ、開発背景から、類似プロジェクトとの比較、具体的な使い方、そして未来の展望まで、徹底的に解説します。
AIエージェント開発に関心のあるWeb開発者の皆さん、必見です!
1. Mastraとは何か? - 次世代Web開発者のためのAIフレームワーク
Mastraは、LLMを使ったAIアプリケーションやエージェントを迅速に構築するために設計された、TypeScript製オープンソースフレームワークです。
Gatsby開発チームによって2024年に創設され、2025年初頭にY Combinator W25バッチ採択企業としてベータ版が公開されました。
開発チームが目指すのは、「ウェブサイトを作るのと同じくらい簡単に、人間レベルのAIエージェントやアシスタントを構築できること」。
そのために、MastraはAIアプリ開発に必要な基本要素(プライミティブ)を包括的に提供します。
- ワークフロー: 複雑な処理の流れを定義・実行
- エージェント: 自律的にタスクを実行するAI
- RAG: 外部知識をLLMに組み込む仕組み
- 評価 (Evals): AIの出力品質をテスト
TypeScriptで構築され、モジュール構造のため必要な機能だけを選んで利用可能。
オープンソース(Elastic v2ライセンス)で、ローカルからクラウドまでベンダーロックインなしにデプロイできます。
Mastraのユニークな点は、単なるLLM呼び出しライブラリに留まらず、対話型開発プレイグラウンド、観測性(Observability)、ツール統合など、実運用を見据えた統合開発環境(IDE)のようなアプローチを採用している点です。
2. 主な機能と特徴 - AIエージェント開発を加速するツール群
Mastraは、LLMアプリケーション構築に必要な機能を網羅しています。
-
LLMモデルの統合:
Vercel AI SDKを活用し、OpenAI (GPT-4)、Anthropic (Claude)、Google (Gemini)、Meta (Llama)など多様なLLMを統一インターフェースで利用可能。ストリーミング応答にも対応。 -
エージェント (Agents):
LLMにツール、ワークフロー、メモリなどを組み込んだ自律システム。指示に従い、推論し、必要に応じてツール実行やRAGによる知識検索を行います。
シングルエージェントからマルチエージェントシステムまで構築可能。 -
ツール (Tools):
エージェントが呼び出せる外部機能。
型安全な関数として定義でき、入力スキーマやパラメータ検証を備えます。
自作関数、外部API、後述の「統合」によるサードパーティサービスもツール化できます。 -
ワークフロー (Workflows):
XStateベースの状態機械による、Mastraの目玉機能。
エージェントの操作をノードとエッジからなるグラフ(DAG)で表現し、順次実行、条件分岐、ループ、エラー処理、Human-in-the-loop、ネストなどを組み込めます。
.step()
,.then()
,.suspend()
,.resume()
といったメソッドチェーンで直感的に記述可能。実行履歴は自動記録され、デバッグが容易です。
これにより、AIの動作を明示的に設計・制御でき、信頼性と再現性が向上します。 -
RAG (Retrieval-Augmented Generation):
外部知識をLLMに組み込むパイプラインを提供。
ドキュメント分割、ベクトル化、DB格納、類似検索、リランキングといった一連の流れを.chunk()
,.embed()
,.upsert()
,.query()
,.rerank()
などのメソッドで簡単に実装。
PostgreSQL+pgVector, Pinecone, Qdrant, Chromaなど多数のベクトルDBに対応。社内ドキュメントQ&Aなどを容易に実現。 -
統合 (Integrations):
サードパーティサービスのAPIを自動でツール化する仕組み。
GitHub, Slack, Weather APIなどを型安全かつ簡潔に呼び出せます。
OpenAPI仕様やMCP (Model Context Protocol) を介して登録・利用。
MCP Registryで検索可能(予定)。 -
メモリ (Memory):
長い対話や複数ターンの推論を支える機能。
作業メモリ(現在の文脈)と長期記憶(セマンティックメモリ)(過去の対話履歴をベクトル検索)をサポート。
MemGPT論文に着想を得た階層型メモリを採用し、重要な情報を失いにくくしています。
LibSQL, Postgres, Upstashなどをバックエンドに選択可能。 -
評価 (Evals):
LLMの出力品質を自動評価。
回答の関連性、網羅性、正確性、トーン一貫性、毒性など約20の指標を標準提供。
0~1のスコアを返し、テストの合否判定や比較分析に利用。
カスタムEvalも定義でき、CI/CDに組み込んで品質維持に活用。 -
観測性とデバッグ (Observability):
開発から本番まで一貫した観測性を提供。
OpenTelemetryベースの分散トレーシングを自動付与し、各ステップの入出力、ツール呼び出し、所要時間などを詳細に追跡。
ローカル開発用UI 「Mastra Playground」 では、対話的テスト、実行ログ、エラー、Evalスコアを確認可能。プロンプト調整やデバッグが捗ります。
Mastra Cloud (Beta) ではクラウド上で同様のダッシュボードを提供。
LibSQLによるローカルストレージも内蔵(Docker不要)。
3. アーキテクチャと技術スタック - モダンな技術で構築された堅牢な基盤
Mastraは、現代的なJavaScript/TypeScriptスタックで構築されています(Node.js v20+必須)。
-
TypeScript + Node.js:
全体がTypeScriptで書かれ、型安全性を重視。実行はNode.js上。
PNPMとTurborepoによるモノレポ構成。 -
Vercel AI SDK:
LLMアクセス部分を委譲。
多様なモデルに対応し、切り替えやリトライ、ストリーム処理を抽象化。
MastraはこれをLLMドライバーとして利用。
Next.jsアプリとの連携も容易。 -
XStateによるワークフローエンジン:
状態機械ライブラリXStateを基盤に、LLMステップ実行やツール呼び出しに対応した独自のグラフオーケストレーターを構築。
複雑なフロー制御を直観的に扱える。 -
OpenTelemetryによるトレーシング:
各実行にTrace ID、各イベントにSpanを割り当て、標準フォーマットで出力。
Jaeger等での可視化やMastra Cloudでの監視に活用。ログも集約。 -
データストレージ層:
Mastra Storage抽象レイヤーにより、実行履歴、トレース、メモリなどを柔軟に格納。
デフォルトはLibSQL(Turso)、PostgreSQL等への差し替えも検討中。 -
音声処理 (Mastra Voice):
テキスト読み上げ(TTS) と 音声認識(STT) を統合。
OpenAI Whisper, Azure Cognitive Services, Google Cloud Text-to-Speechなどをドライバ経由で利用可能。
リアルタイムストリーミングにも対応し、対話型AIアシスタント開発を支援。
5. 類似プロジェクトとの比較 - Mastraの独自性と立ち位置
AI開発ツールが乱立する中、Mastraは独自のポジションを築いています。
-
Hugging Face:
モデル/データハブ vs 開発フレームワーク。
Python中心 vs JS/TS中心。 -
Hugging Face AutoTrain:
モデル作成 vs モデル活用。
ノーコード vs コード(Mastra)。 -
LoRA Hub:
モデル微調整 vs モデル活用。(補完関係) -
LangChain:
Pythonライブラリ vs TypeScript統合フレームワーク。
部品提供 vs 統合ランタイム/UI。
関数チェーン vs 状態機械ワークフロー。 -
AutoGPT/BabyAGI:
特定スクリプト vs 汎用フレームワーク。
ブラックボックス vs 可視化/制御可能。 -
Vertex AI / Semantic Kernel:
クラウドプラットフォーム vs オープンソース/クラウド非依存。
Mastraは、「LLM活用アプリ開発のフルスタック統合フレームワーク」であり、特にTypeScript/Web開発者にとって親和性が高く、開発体験を重視している点が強みです。
6. Mastraの使い方と導入事例 - すぐに試せる手軽さと広がる可能性
セットアップと基本
Node.js v20以上があれば、以下のコマンドで簡単に始められます。
# Mastraプロジェクト作成
npx create-mastra@latest my-mastra-app
# 依存関係インストール & 開発Playground起動
cd my-mastra-app
npm install
npm run dev
http://localhost:3000
などでMastra Playgroundが起動し、ブラウザからエージェントとの対話やワークフロー実行が可能です。
コード例:
// agents/simpleAgent.ts
import { Agent } from "@mastra/core/agent";
import { openai } from "@ai-sdk/openai";
export const simpleAgent = new Agent({
name: "SimpleAgent",
instructions: "ユーザーの質問に簡潔に答えてください。",
model: openai("gpt-4-turbo"),
});
// ワークフロー定義例
import { Workflow } from "@mastra/core";
import { MyTool } from "../tools/MyTool"; // 自作ツール
const myWorkflow = new Workflow("MyFlow")
.step(MyTool) // ツール実行
.then(openai("gpt-4-turbo")) // LLMで結果を処理
.commit();
導入事例
リリースから間もないですが、多様なユースケースが登場しています。
- iOSアプリ自動サポートBot: FAQ検索(RAG)と外部API連携で問い合わせに自動応答。
- 航空宇宙PDFからのCAD図面生成: RAGでPDF解析し、パラメータ抽出してCADスクリプト生成。
- WhatsAppボットでの対話型IoT: 自宅のモノと会話。マルチエージェントでデバイスを制御。
- AIビートラボ(音楽生成): マルチエージェント協調による音楽生成デモ。
- 旅行プラン自動生成: エージェント同士が競合・評価し合いプランを作成。
- 音声アシスタント: Mastra Voiceを活用し、ブラウザで動作する音声対話を実現。
チャットボットに留まらず、複雑なロジックや複数LLM連携も、Mastraなら比較的容易に実装可能です。
7. 最新の開発状況と今後の展望 - 活発な開発と広がるエコシステム
Mastraはベータ版ながら、週単位でアップデートされる活発なプロジェクトです。
-
最近の主なアップデート:
- Mastra Cloud (Beta): ホスト型実行環境。ワンクリックデプロイと監視ダッシュボード。
- 音声機能拡充: リアルタイムSpeech-to-Speech対応。Azure, Google音声サービス追加。
- Nested/Dynamic Workflow: ワークフローの再利用性と柔軟性向上。
- Storageモジュール: 実行データの柔軟な保管。
- MCPエコシステム: ツール定義の共有・発見を促進するMCP Registry公開。
-
今後の展望:
- 安定版リリース (v1.0): 2025年中のリリース目標か。
- 統合・連携強化: Next.js, Vercelに加え、Salesforce, Slackなどとの連携深化。
- Mastra Cloud一般提供: マネージドサービスとしての展開。
- コミュニティエコシステム拡大: MCP Registryを通じたプラグインやテンプレート共有の活発化。
- 競合との差別化: オープンソース、JSフルスタック、開発者体験を武器に浸透。
Mastraは 「次の百万人のAI開発者」 のためのプラットフォームを目指し、急速に進化しています。
Web開発者が手軽に高度なAIエージェントを構築できる未来は、すぐそこまで来ています。
Mastraはその最有力候補の一つとして、今後ますます目が離せない存在となるでしょう。
参考文献
- Mastra GitHub Repository: https://github.com/mastra-ai/mastra
- Mastra Official Website/Docs: https://mastra.ai/ (※ YCページ https://www.ycombinator.com/companies/mastra やドキュメントサイトへのリンクが適切か確認)
- Mastra Docs - Using with AI SDK: https://mastra.ai/docs/getting-started/ai-sdk (※実際のドキュメントURLを確認)
- Mastra Docs - Storing Embeddings: https://mastra.ai/docs/integrations/vector-dbs (※実際のドキュメントURLを確認)
- Mastra Blog & Changelog: https://mastra.ai/blog (※実際のブログ/チェンジログURLを確認。例: https://mastra.ai/blog/changelog-2025-03-04)
- Sam Bhagwat's LinkedIn Post (Beta Announcement): https://www.linkedin.com/posts/sambhagwat_excited-to-announce-that-mastra-is-now-officially-activity-7298765793213784064-yeRz
- Hacker News Discussion (Show HN): https://news.ycombinator.com/item?id=39584524 (※実際のHN投稿IDを確認)
- Abhi Aiyer's X/Twitter: https://twitter.com/abhiaiyer
- Abhi Aiyer's LinkedIn: https://www.linkedin.com/in/abhiaiyer/ (※必要に応じて追加)
- Mastra Showcase (Evals, AI Beats Lab...): https://mastra.ai/showcase (※実際のショーケースURLを確認)
- Hugging Face AutoTrain: https://huggingface.co/autotrain
- Hugging Face LoRA: https://huggingface.co/docs/diffusers/main/en/training/lora
- LoRA Hub GitHub: https://github.com/sail-sg/lorahub
- Compare AgentGPT vs. Mastra: https://sourceforge.net/software/compare/AgentGPT-vs-Mastra/ (※参考情報として記載)
(注: 上記URLは提供された情報に基づき記載していますが、一部推測やプレースホルダーを含みます。正確なURLは公式サイト等でご確認ください。)