はじめに
OpenAIがChatGPTに新たに導入したエージェント機能「Deep Research」は、インターネット上の情報を自律的に検索・統合・推論し、複雑な質問に対して長文の調査レポートを生成する画期的なシステムです。
すでにChatGPT Pro(有料版)で先行提供され、将来的には一般ユーザーにも段階的に解放される予定とされています。ただし執筆時点では有料会員のみが利用可能です。
この強力な機能を「もっとオープンに使いたい」「自分の好きなモデルや環境でカスタマイズしたい」という声を受け、開発者コミュニティが独自にDeep Researchを再現する取り組みを始めています。
本記事ではOpenAI Deep Researchの特徴やオープンソース化に向けた背景、技術的な仕組み、開発者コミュニティの動向、ライセンス問題などを詳しく解説します。
最後に、Mac環境でオープン版Deep Researchをローカル実行する手順を紹介します。
1. プロジェクトの概要
Deep Research の目的と機能
Deep Researchは「コンテンツの発見」「コンテンツの統合」「情報の推論」という3つの主要機能を備えたAIエージェントです。
ユーザーから与えられた質問に対し、ウェブ検索で情報を集め(発見)、複数の情報源から要約・統合した上で(統合)、論理的な推論を重ねて結論を導きます(推論)。
従来のChatGPTがトレーニングデータ内の知識のみで応答していたのに対し、Deep Researchはインターネット上の最新情報を収集して回答できる点が大きな特徴とされています。
OpenAIによれば、このエージェントには「人間が何時間もかけて行うリサーチを、わずか数十分で遂行する」能力があり、社内テストやベンチマークでも高い性能を示しているといいます。
たとえば難解な知識問題集「Humanity’s Last Exam」や、多段階推論を含む総合的評価基準「GAIAベンチマーク」で顕著な成果を収め、スタンドアロンのLLMを大きく上回る正解率を達成しています。
数字上はGAIAベンチマークのワンショット回答で約67%という先端スコアを記録し、難易度の高い多段階推論問題(レベル3質問)でも47.6%の正解率をマークしたとの公開データがあります。
オープンソース化の背景
Deep Researchは非常に強力ですが、そのコア実装(特にエージェントを制御する内部フレームワーク)が非公開であり、OpenAIのサーバ上で動作するクローズドなサービスとなっています。
利用にはChatGPTの有料プランやAPI経由のアクセスが必要です。
一方で、コミュニティからは「オープン環境で同様の機能を実現したい」「自前の好きなLLMでカスタマイズしたい」という要望が強まりました。
OpenAIの共同創業者サム・アルトマン氏もDeep Research公開時、「この機能は高コスト(1回あたり約50セント)だが大きな価値を生む。
一方、オープンな代替ツール(例:DeepSeek)なら5セントで同等の価値を出すかもしれない」という趣旨の発言をしており、そうした見解もコミュニティを刺激しました。
これを受けて、Hugging Faceの共同創業者トーマス・ウルフ氏らが中心となり、「Open Deep Research」という名称でDeep Research相当のオープンエージェントを構築するプロジェクトが始動。
彼らは
「Deep Researchは大規模LLM(例えばOpenAIの“o1”モデルなど)と、それにツール使用を指示するエージェントフレームワークで構成されるが、OpenAIはエージェント部分を公開していない。よって、我々がオープンソースのエージェントフレームワークを作り、誰もが好きなモデルと組み合わせられるようにする」
と表明しています。
現在の進捗と影響
OpenAIの公式発表からわずか24時間以内に、基本的な機能を備えたオープン版Deep ResearchのプロトタイプがHugging Faceチームにより公開され、ベンチマークでも本家に迫る約8割の性能を実証しています。
具体的にはGAIAベンチマークで本家が67.36%に対し、Open Deep Researchが54%を達成したとの報告があり、今後の改良でさらに性能向上が期待されます。
このオープンソース化により、研究者や開発者がDeep Researchの仕組みに基づくシステムを自由に検証・応用できるようになり、エージェントAI分野全体が加速する可能性があります。
商用利用も可能な緩やかなオープンライセンスの下で公開されているため、企業が自社サービスに類似機能を組み込むことも技術的には可能です。
総じて「クローズド最先端AIへの対抗と民主化」を象徴する一大イベントになっています。
2. 技術的な実装
使用技術スタック
オープン版Deep Researchの実装には、さまざまなプロジェクトで異なる技術が使われていますが、大まかな要素は次の4つに共通します。
- 検索用サービス
- ウェブページ内容取得(リーダー)
- 大規模言語モデル(LLM)
- エージェント制御ロジック
たとえばHugging Faceの「Open Deep Research」プロトタイプは、Python製ライブラリ「smolagents」を使ってエージェントを制御し、LLMとしてOpenAIの「o1」モデルAPIを利用。
一方、Jina AI社のnode-DeepResearchではTypeScript/Node.jsでエージェントを実装し、LLMにGoogleのPaLM 2あるいはGemini相当APIを使う設計です。
以下は主なコンポーネントの概要です。
- 検索エンジン: DuckDuckGoやBrave Search APIなどを利用して外部検索を行い、ヒットしたページのURLを取得します。
- ウェブページ内容の取得(Reader): 検索結果のURLから記事本文を抽出するモジュール。Jina版では「Jina Reader」API、Hugging Face版では独自ツールを流用して実装されており、HTMLからテキストを抽出します。
- 大規模言語モデル(LLM): 質問応答や要約、推論を担当する中核。現在はOpenAIのo1モデルやGoogleのPaLM 2/Geminiなど外部APIを利用するケースが中心ですが、将来的にはMetaのLlama 2や完全オープンな「DeepSeek R1」などをローカルで動かす構想もあります。
- エージェント制御ロジック: 検索・読解・質問回答のフローを管理する部分。LLMから返される「次に行うアクション」(検索、訪問、内省、回答)を逐次実行し、足りなければ追加で検索したり、出た回答が曖昧なら再度LLMに問い合わせたりを繰り返す仕組みです。
エージェントの基本アルゴリズム
Deep Researchエージェントは、以下のようなステップをループしながら回答にたどり着きます。
- 初期化: ユーザー質問を受け取り、「解決すべき課題」として登録。
- プロンプト生成: 現在の知識や履歴を基に、LLMへ投げるプロンプト(検索の要否や要約方針など)を組み立てる。
- LLMによる応答&アクション決定: LLMがJSONまたはコード形式で「検索せよ」「このURLを読め」「回答せよ」などの指示を返す。
- 行動実行&コンテキスト更新: 指定されたアクションを実行し、その結果を内部メモリに蓄積。次のプロンプトに反映。
- 評価とループ継続判定: LLMが「Answer(回答)せよ」と出力しても、それが不十分なら却下し再度検索を行う。満足のいく回答に到達するか、トークン制限などで打ち切るまで繰り返す。
このように、人間のリサーチャーの試行錯誤をソフトウェア上で再現している点が特長です。
各実装ではログやストリーミング出力機能があり、ユーザーがエージェントの思考過程をモニタできる仕組みになっています。
システムアーキテクチャの概要
典型的には、「ユーザー質問 → エージェントロジック → LLM → アクション実行 → 結果をエージェントが再度LLMへ…」というループを回します。
検索API、ページ取得API、LLM APIなどの外部サービスとはREST経由で通信。
多くの実装はこのエージェントをサーバ化しており、CLIやブラウザ経由で質問を投げると、リアルタイムに回答が生成される仕組みです。
また、Hugging FaceのsmolagentsライブラリやMicrosoftのGuidance、LangChain、LlamaIndexなどのフレームワークを使うアプローチもあり、開発者は自分に合った技術スタックでDeep Research型エージェントを作り込めます。
3. 開発者コミュニティの動向
Deep Researchが発表された直後から、開発者コミュニティではHugging Face主導の「Open Deep Research」プロジェクトが大きな注目を集めています。
主要テックメディアでも「OpenAIのDeep Researchを24時間でクローン!?」と取り上げられました。
主要な実装例と開発者
- Hugging Faceチーム: Python製のエージェントフレームワーク「smolagents」をベースにOpenAIのo1モデルAPIを組み合わせたプロトタイプを公開。GitHubでソースコードも公開し、コミュニティからのフィードバックやPull Requestを受け付けています。
- Jina AI社: node-DeepResearchというTypeScript/Node.js実装をリリース。検索APIやReader APIにはJinaの提供するサービスを利用できます。ライブラリをインストールしてAPIキーを設定するだけで、簡易的なDeep Researchクローンが動くのが特長です。
- 個人開発者: dzhngやAssaf Elovic、Nick Scamara、Michael Shumerなどが、LangChainや自前の検索インデックス構築など別のアプローチで実装を試みています。目指すゴールはいずれも「Deep Researchに匹敵するオープンなリサーチエージェントを作る」ことで一致しており、有志による競争的協調が進んでいる状況です。
GitHubのIssueやDiscord、Reddit、Hacker Newsなどでも活発な議論が行われ、「まだ本家Deep Researchの完成度には及ばないが、オープンソース故に急激な改善が見込める」といったポジティブな評価が多く見られます。
Hugging Faceは「今後はブラウザ操作やマルチモーダル対応など、さらに高度な機能にも挑戦していく」と宣言しており、非常に活発なコミュニティが形成されています。
4. ライセンスや法的問題点
使用されているライセンス
オープン版Deep Researchは多くがApache License 2.0やMITライセンスなど緩やかなオープンソースライセンスで公開されています。
これにより、コードの改変・再配布や商用利用が可能で、ユーザー企業が自社のサービスや製品に組み込むことも許容されます。
OpenAIとの関係・制限事項
OpenAIはDeep Researchのソースコードや詳細仕様を公開していないため、コミュニティ版はあくまで「逆コンセプト実装」です。
OpenAIの知的財産を流用しているわけではないので、OpenAIが法的手段に訴える可能性は低いと見られます。
ただし、OpenAIのAPI(GPT-4やo1モデルなど)を呼び出す場合、OpenAIのAPI利用規約に従う必要があります。
Google PaLM 2/Geminiを使うならGoogle Cloudの利用規約に従う、といった具合です。
また、ウェブスクレイピングや著作権の問題については、通常の検索→一部引用レベルに留まるため大きなリスクは指摘されていませんが、サイトの利用規約やスクレイピングポリシーを順守することは望ましいでしょう。
5. Mac環境でのローカルセットアップチュートリアル
ここからは、Mac(Intel/Appleシリコン問わず)上でオープン版Deep Researchを動かす例として、Jina AIの「node-DeepResearch」プロジェクトを使った手順を紹介します。
LLM推論は外部APIに任せるため、MacローカルにGPU環境は不要です。
ターミナルで操作しながら動作を確認してみましょう。
前提条件
-
Node.jsのインストール
Homebrew経由でbrew install node
などを行い、Node.js(npm含む)を導入しておきます。バージョンはLTS版(Node 18以上)推奨。 -
Gitのインストール
git clone
コマンドを使うために必要です。macOSの場合はXcode Command Line Toolsを入れればOK。 -
APIキーの準備
- Gemini(Google PaLM)APIキー: Google CloudのGenerative Language API用キー。
- Jina Reader APIキー: ウェブページ本文を取得するためのキー。
- Brave Search APIキー(任意): DuckDuckGo検索の代わりに利用可能。取得できない場合はDuckDuckGoがデフォルトになります。
取得が難しい場合などは実装を改変してOpenAI APIキーなどに差し替える方法もありますが、ここではGeminiキーを前提とします。
セットアップ手順
-
プロジェクトの取得
git clone https://github.com/jina-ai/node-DeepResearch.git cd node-DeepResearch
ここで
node-DeepResearch
ディレクトリが作成されます。 -
依存関係のインストール
npm install
これで必要なNode.jsパッケージがインストールされます。
-
環境変数の設定
ターミナルで以下を実行(Shellを閉じるとリセットされるので注意)。export GEMINI_API_KEY="あなたのGeminiキー" export JINA_API_KEY="あなたのJina Readerキー" export BRAVE_API_KEY="あなたのBraveキー" # 任意
.env
ファイルに記入したり、~/.zshrcに追記しておくと便利です。 -
動作テスト(シンプルな質問)
npm run dev "1+1="
「1+1は?」という質問を投げ、LLMが応答を返します。動作が正常なら2が表示されるはずです。LLM APIが利用できないとエラーが出るので、キー設定を再確認してください。
-
動作テスト(Web検索を伴う質問)
npm run dev "フランスの首都は?"
フランスの首都を尋ねる英語の質問例です。DuckDuckGo/Braveで検索してページ内容を取得し、最終的に「Paris」と回答する過程がログで表示されます。
-
Webサーバーモードの起動(任意)
npm run serve
これでローカルサーバーがポート3000で立ち上がるため、
http://localhost:3000
にアクセスすると簡易UIが使えます。あるいは以下のようにAPIを直接叩き、ストリーミングで回答を受け取ることも可能です。# 質問を送信 curl -X POST "http://localhost:3000/api/v1/query" \ -H "Content-Type: application/json" \ -d '{"q":"What is the capital of France?","budget":1000000}' # 返ってくるrequestIdを使い、ストリームに接続 curl -N "http://localhost:3000/api/v1/stream/<requestId>"
-
トラブルシューティング
- APIキー不足: Geminiキーが入手困難なら、OpenAI API対応にコードを改造するなどの方法があります。
-
npm関連エラー: Node.jsのバージョンを確認し、ビルド環境を整える(
xcode-select --install
など)。 - 実行速度: 外部LLM API呼び出しに依存するため、応答に数秒~数十秒かかる場合があります。
- 日本語質問: 現状は英語中心で実装されており、日本語への対応にはエージェントコードの調整が必要です。
- LLMの変更: より強力なモデルを使いたい場合、OpenAIのGPT-4(API)を利用するなどの改造が考えられます。完全オープンなLLMをローカルで動かすにはGPUやPython環境が必要になる場合があります。
以上で、Mac上でOpen Deep Researchクローンをセットアップし動作させる手順の説明は完了です。
適切に構築できれば、あなたのMacが簡易版ChatGPTブラウズ機能のような「調査エージェント」として振る舞うようになります。
ぜひ色々な質問を試し、その挙動を観察してみてください。
現時点では完全な回答が得られない場合もありますが、オープンソースコミュニティの力で日々改良が進んでいますので、アップデートにも注目しておきましょう。
おわりに
本記事では、OpenAI Deep Researchという革新的なエージェント機能と、それに呼応する形で始まったオープンソース化の動きについて、その概要から技術詳細、コミュニティの熱気、そして実際の利用方法までを解説しました。
わずか数日で本家に迫る精度を実現した動きは、AI開発コミュニティの勢いや協調の強さを象徴しています。「54%」というベンチマークスコアはまだ改善の余地がありますが、Hugging Faceのトーマス・ウルフ氏らが「これは始まりに過ぎない」と語っているように、今後さらに性能や機能面が強化されていくでしょう。
オープン版Deep Researchは、ブラウザ操作や画像解析など次世代機能を視野に入れており、実装もApache 2.0ライセンス等で広く公開されています。
商用利用にも制限が少なく、企業や研究者が自由に検証・改良できることも大きなメリットです。ぜひ興味のある方はGitHubリポジトリを覗いてみたり、自分のMacにセットアップして試してみてください。
閉ざされた最先端技術に対し、オープンソースコミュニティが対抗し、刺激し合うことで、最終的にユーザーや社会により良いAIエージェントが生まれてくることが期待されます。
あなたもこの「深層リサーチ」エージェントの世界に参加し、未来のリサーチ体験を先取りしてみてはいかがでしょうか。
参考文献