1. はじめに
生成系AIや大規模言語モデル(LLM)が急速に普及する中、自然言語や画像、音声、動画といった非構造的データをベクトル表現に変換し、類似度に基づいて検索する 「ベクトルデータベース(Vector Database)」 の活用ニーズが高まっています。
従来のRDB(リレーショナルデータベース)やドキュメント指向DBでは、テキストの「キーワード検索」は得意でも、埋め込みベクトル同士の類似度を高速に計算し、「意味的に似たコンテンツを探す」「高次元空間での近似近傍検索を行う」という処理は必ずしも得意とはいえません。
そこで登場したのがベクトルデータベース。
これにより、言語モデルが算出したベクトル表現をそのまま格納して検索できるため、
- セマンティック検索(単なる単語一致でなく意味的に近い文章を探す)
- レコメンドエンジン(ユーザ行動やアイテム特徴をベクトル化して近いものを提示)
- 画像検索(画像を埋め込みベクトルに変換し、類似画像を高速に検索)
といったユースケースで強力な効果を発揮します。
ですが、いざベクトルDBを導入しようとすると、「どのサービスを選べばいいの?」「なるべく無料でPoC(概念実証)を走らせたい」という悩みを抱えるスタートアップが少なくありません。
本記事では、そんな方向けに無料プランを提供している4つの代表的ベクトルDBサービス――
- Pinecone
- Qdrant
- Zilliz Cloud
- Upstash Vector
の特徴や導入メリット、デメリット、そして各社が提供する「無料プラン」の制限・条件などを比較検討します。
特に初期段階で費用をかけられないスタートアップには嬉しい情報をまとめましたので、ぜひ参考にしてください。
2. ベクトルデータベースの基礎知識
● なぜベクトルDBが必要か?
近年のAIブーム、とりわけ大規模言語モデル(LLM)の台頭によってテキストをベクトルとして扱う機会が増えました。
さらに、画像や音声を埋め込みモデルでベクトル化するアプリケーションも拡大中です。
こうした「多次元ベクトルデータ」に対して高速な類似度検索(近似近傍検索)を行うために特化したデータベースが「ベクトルデータベース」です。
従来のDB(RDB, NoSQL)との違い
- RDB:SQLによる構造化データの検索が得意。「WHERE name = 'hoge'」のような厳格な条件マッチ
- NoSQL:ドキュメント型やKey-Value型など柔軟性は高いが、ベクトル同士の類似度計算は標準機能ではない
- ベクトルDB:高次元ベクトル空間での「ユークリッド距離」「コサイン類似度」「内積」などをベースにしたスコア計算を、高速・大規模に処理するための特殊なインデックス構造(HNSW, IVF, PQ など)を備えている
● ベクトルDBの主なユースケース
-
セマンティック検索
- 文章同士の意味的類似度を活用するQAシステム、ドキュメント検索
- 例:ChatGPTなどのLLMと組み合わせて、文書の要約や関連コンテンツを探す
-
レコメンドエンジン
- ユーザ行動履歴・アイテム特徴をベクトル化し、近いものを探す
- 例:Eコマースの「あなたにおすすめ」「この商品を見た人はこんな商品も」の実装
-
画像・動画検索
- 画像埋め込みモデル(CLIPなど)でベクトル化 → 類似画像を高速検出
- 例:ポートフォリオサイトで「この写真と似たテイスト」を検索
このように「ベクトルで表現されるデータ」の検索に最適化されているため、次世代の検索エンジンやAIアプリの基盤として注目されています。
3. 無料プランのある4サービス概要
ここからは本題である「無料プランを提供している代表的なベクトルDBサービス」について概説します。
本記事では、以下の4つに注目します。
-
Pinecone
- 完全マネージド型、業界でもトップクラスの利用実績
- 2GB分のストレージが無料で使える
-
Qdrant
- オープンソースベクトルDBをマネージド提供
- 1GBのメモリクラスタが期限なし&クレカ不要で使える
-
Zilliz Cloud
- Milvusをベースとしたマネージドサービス
- 5GB無料枠、月2.5M vCUまで含まれる
-
Upstash Vector
- サーバレスDB「Upstash」が提供する新機能
- 1GB相当の容量、1日1万リクエストまで無料
● Pinecone
-
会社・背景
- 2021年設立、ベクトルDB専門を掲げて急成長
- 大手VCの出資、OpenAIなどとの連携実績もある
-
無料プラン(Starter)
- ストレージ2GB(例:1536次元のベクトルなら約30万件格納可能)
- 書き込み月200万件、読み出し月100万件
- 無制限利用可能(期限なし)だが7日間未使用状態が続くと自動アーカイブ
● Qdrant
-
会社・背景
- ロシア発のスタートアップが開発スタート、その後欧州を拠点にグローバル展開
- Rust製の高性能エンジン「Qdrant」のマネージドサービス
-
無料プラン
- 1GBメモリシングルノードクラスタ
- 約100万ベクトル(768次元換算)を無料で格納可能
- クレジットカード登録不要、期限なし
● Zilliz Cloud
-
会社・背景
- オープンソース「Milvus」の開発元Zilliz社による公式マネージド
- MilvusはGitHubスター数トップクラスのベクトルDB
-
無料プラン
- 5GBストレージ(768次元で約100万ベクトル)
- vCU(仮想Compute単位)2.5M/月までは無料
- 超過すると従量課金
● Upstash Vector
-
会社・背景
- Serverless Redis等で知られるUpstash社の新サービス
- 2023年ローンチの比較的新しいベクトルDB機能
-
無料プラン
- 1GB相当(ベクトル次元 × ベクトル数 ≦ 2億)
- 1日1万リクエストまで
- 無料DBは1つまで作成可能
4. 無料プラン比較表とグラフ
以下では、4サービスを比較表にまとめました。
評価記号は ◎ > ○ > △ > - の順で優位性が高いことを示しています。
(※ 各サービスとも無料プラン内で「利用できる最大ベクトル数」は次元数やメタデータサイズによって変動します。以下は目安としてご覧ください。)
上位4サービス比較表
Pinecone | Qdrant Cloud | Zilliz Cloud | Upstash Vector | |
---|---|---|---|---|
無料プラン容量 (メモリ/ストレージ) |
2GB (例: 1536次元で約30万件) 評価: ○ |
1GBメモリ (768次元で約100万件) 評価: ○ |
5GB (768次元で約100万件) 評価: ◎ |
~1GB目安 (次元×ベクトル数が 2億以内) (1536次元で約13万件) 評価: △ |
無料クエリ上限 | 書き込み: 月200万件 読み出し: 月100万件 評価: ○ |
明示的上限なし (性能に依存) 評価: ◎ |
月2.5M vCUクレジット (数十万~数百万クエリ想定) 評価: ○ |
1日1万クエリ (月30万相当) 評価: △ |
無料プラン利用期間 |
無期限 (7日未使用で自動アーカイブ) 評価: ◎ |
無期限 (クレカ不要) 評価: ◎ |
無期限 (5GB超過で従量課金) 評価: ◎ |
無期限 (1DB限定) 評価: ◎ |
オープンソース基盤 | クローズドソース 評価: △ |
Yes (Qdrant) 評価: ◎ |
Yes (Milvus) 評価: ◎ |
クローズドソース 評価: △ |
性能 (検索速度・実績) |
高速&大規模実績多数 評価: ◎ |
Rust製で高速 スループットも高い 評価: ◎ |
高機能インデックス (Milvus) 大規模データ得意 評価: ○ |
DiskANNベース 中規模までは高速 (新サービス) 評価: ○ |
スケーラビリティ | サーバレス自動拡張 有料で大規模対応 評価: ◎ |
水平/垂直スケール可能 (無料は単一ノード) 評価: ◎ |
サーバレス自動スケール (従量課金) 評価: ◎ |
サーバレスでスケール (有料プランでリクエスト拡大) 評価: ◎ |
月額費用 (有料超過時) |
ストレージ $0.33/GB/月 + リクエスト従量 評価: △ |
RAM/CPU時間 従量課金 (比較的低コスト) 評価: ○ |
ストレージ $0.3/GB/月 + vCU従量 評価: ○ |
リクエスト $0.4/10万 & ストレージ $0.25/GB/月 評価: ○ |
ベンダーロックイン | あり (クローズド) 評価: △ |
低リスク (OS版Qdrantへ移行可) 評価: ◎ |
低リスク (OS版Milvusへ移行可) 評価: ◎ |
あり (クローズド) 評価: △ |
総合おすすめ度 |
○ (高性能で実績豊富) |
◎ (無料枠&高速かつOSベース) |
◎ (無料5GB&Milvus由来) |
○ (サーバレス & 低コスト拡張) |
各サービスの強み・特徴
-
Pinecone
- 豊富な商用実績と手厚いドキュメント・サポートが魅力
- クローズドソースだが、安定したサーバレス運用が可能
- 無料プランで2GB利用可能(1536次元なら約30万件を目安)
-
Qdrant Cloud
- オープンソースQdrantベース + 1GB無料メモリが無期限
- 768次元で約100万件の格納が目安(※1536次元なら約半分)
- 高速かつコミュニティが活発で、リクエスト上限が明示されないのも◎
-
Zilliz Cloud
- Milvusベースで高機能なインデックスを多数サポート
- 5GB無料かつ月2.5M vCUクレジット込み → 大規模データのPoCに最適
- 有料移行すれば自動スケールで数千万~億単位も対応
-
Upstash Vector
- サーバレス設計でスケールトゥゼロや使った分だけの従量課金
- 無料プランは1日1万クエリまで & ~1GB程度まで(1536次元なら約13万件)
- まだ新サービスでメタデータフィルタ等が未実装(一部ロードマップ)
どれを選ぶか?
-
無料枠を重視してPoCを大きめにやりたい
- ⇒ Qdrant (1GBで比較的多くのベクトルを無料格納できる)
- ⇒ Zilliz (最大5GB無料でさらに大容量)
-
サーバレスの手軽さ・柔軟な従量課金
- ⇒ Upstash Vector (1日1万クエリなら無料、本番運用も安価にスケール)
- ⇒ Pinecone (商用向けに洗練されたサーバレスだが有料超過コストに注意)
-
将来的に自前ホストへ移行可能なオープンソース基盤
- ⇒ Qdrant Cloud (Rust製 & コミュニティ活発)
- ⇒ Zilliz Cloud (Milvusベース & 機能豊富)
-
大手の実績・企業利用の安心感
- ⇒ Pinecone (ベンダーサポートが充実、海外の導入事例が非常に多い)
- ⇒ Zilliz (Milvus開発元、グローバル展開も積極的)
それぞれ長所・短所が異なるため、スタートアップ・個人開発であればまずは「Qdrant CloudかZilliz Cloud」で試すのが総合的におすすめです。
より軽量・サーバレスなアーキテクチャを重視するなら「Upstash Vector」も良い選択肢となります。
大企業レベルの運用やグローバル実績を重視するなら「Pinecone」が引き続き有力候補です。
次に、グラフ(テキストベースのイメージ)で大まかな比較を可視化します。
【無料プランの最大ベクトル格納数(目安)】
Qdrant | ██████████████████████ (約100万件)
Zilliz | ██████████████████████ (約100万件)
Pinecone | ████████████████ (約30万件)
Upstash | ████████ (約13万件)
【月間の無料リクエスト件数】
Pinecone | ██████████ (100万件)
Zilliz | ████████ (80~100万件相当)
Upstash | ███ (30万件/月ペース)
Qdrant | (明確上限なし)
※ 上記グラフはあくまで概算のイメージです。実際の利用状況や次元数、ベクトルの圧縮有無などで変化します。
※ Qdrantは「何リクエストまで無料」といった具体的上限は公開されていませんが、無料クラスタの性能的には1秒あたり数百~千程度の検索は可能とされています。
以下では、それぞれの詳細を見ていきます。
上部で十分にまとまっているので、以降は興味のある方のみ読んでください。
5. 各サービスの詳説:メリット・デメリット・導入ステップ
ここからは4サービスそれぞれについて、もう少し深堀りします。
メリット・デメリット、そして最初のPoC構築を行う際の簡単な導入フローを紹介します。
5-1. Pinecone
■ サービス概要・特徴
- 完全マネージド型(SaaS) のベクトルデータベース。
- インフラ管理不要でスケールしやすく、エンタープライズ機能も多い。
- 無料プランのStarterで2GB(約30万ベクトル)を扱える。
Pineconeは「エンジニアがベクトル検索部分のインフラ構築・運用から解放される」ことを強く打ち出しており、Serverlessアーキテクチャで背後のクラスタ管理を自動化しています。
ハイブリッド検索やメタデータフィルタなども標準サポートし、ドキュメントが非常に充実している点が魅力です。
■ メリット
-
導入の手軽さ
- アカウント登録後、すぐにインデックスを作成可能。APIキーを発行し、Python/Node.jsなどのSDKから呼び出すだけ。
- インフラ管理(サーバ台数やバージョン管理、セキュリティパッチ)が不要。
-
高性能・高信頼
- 高次元ベクトルを扱う大規模ユースケースの実績が豊富。
- Pinecone独自の最適化による低レイテンシ検索、優れたフェイルオーバー構成。
-
拡張しやすい料金体系
- 小規模なら無料枠でOK。将来的にデータ規模・リクエスト数が増えれば有料プランへスムーズ移行。
- エンタープライズ向け機能(RBAC、SOC2 Type II準拠など)も豊富。
■ デメリット
-
クローズドソース
- ベンダーロックインが避けられない。独自のインデックス構造やAPIであり、OSSのように自前運用には切り替え困難。
-
無料枠超過時のコスト感がやや高め
- 200万書き込み/100万読み出しを超えると従量課金が発生し、月額費用が増えやすい。
-
7日間未使用でインデックスが自動アーカイブ
- 開発段階でしばらくアクセスがないとデータが一時的にアーカイブされ、再利用時に再構築が必要。
■ 導入ステップ(PoC例)
-
アカウント登録
- Pinecone公式サイトからStarterプランでサインアップ。
- クレジットカード登録は不要。
-
インデックス作成
- Pineconeコンソール上で「New Index」を作成し、次元数や命名を設定。
- 例:
dim=768
(sentence-transformersで生成した768次元ベクトルを想定)。
-
SDKインストール
pip install pinecone-client
- Pythonの場合。Node.js, Goなど他言語SDKもある。
-
データ投入(アップサート)
import pinecone pinecone.init(api_key="YOUR_API_KEY", environment="us-west1-gcp") index = pinecone.Index("my-index") # 例: 768次元ベクトル embeddings, id = レコードID data_to_upsert = [ ("doc1", [0.1, 0.2, ... 768次元 ...], {"title": "Example doc 1"}), ("doc2", [...], {"title": "Another doc"}) ] index.upsert(vectors=data_to_upsert)
-
検索クエリ
query_vector = [0.05, 0.1, ... 768次元 ...] result = index.query(vector=query_vector, top_k=5, include_metadata=True) print(result)
-
利用状況モニタリング
- Pineconeコンソールで書き込み数・読み出し数・ストレージ使用量を可視化。
- 無料プラン制限内に収まっているか随時確認。
5-2. Qdrant
■ サービス概要・特徴
- Rust製の高性能ベクトルDB「Qdrant」のマネージド版。
- 無料クラスタ(1GBメモリ)で約100万ベクトルを永久無料で利用できる。
- オープンソースプロジェクトがベースで、将来自社ホストへの移行も簡単。
Qdrantは公開ベンチマークなどで高いRPS(リクエスト毎秒)と低レイテンシを示し、ベクトルDB業界で注目を集める新興OSSです。
クラウド版はクレカ不要で 「永久無料1GB」 を提供しているため、スタートアップのPoCには最適といえるでしょう。
■ メリット
-
無料枠が大きい
- 768次元で約100万件ものベクトルを格納できるので、かなり本格的な検証が可能。
- リクエスト数上限も明示されていないため、通常のPoCレベルなら困らない。
-
Rust製で高性能
- ハイパフォーマンスかつ低メモリフットプリント。
- フィルタ検索や複数類似度指標にも対応し、広いユースケースをカバー。
-
オープンソースによる柔軟性
- ベンダーロックインが少なく、必要に応じて自社Kubernetes上にQdrantを構築して移行可能。
- コミュニティも活発で、GitHub上での議論・スター数も急増中。
■ デメリット
-
新興サービスゆえ商用実績が少なめ
- Pineconeに比べると企業での大規模運用事例はまだ限定的。ただし急速に増えている。
-
UIやツール類は発展途上
- コンソール画面はシンプルで、やや機能が少ない。
- 細かなモニタリングや高度な可視化はOSSコミュニティの拡充待ちの部分がある。
-
大容量化には有料プラン or セルフホスト
- 1GBを超えると従量課金になるが、料金体系がやや複雑(RAM・CPU時間など)。
- セルフホスト化も検討必要。
■ 導入ステップ(PoC例)
-
サインアップ
- Qdrant Cloud公式サイトでアカウント作成。
- クレジットカード不要。
-
無料クラスタの作成
- リージョン(例:欧州西部)を選択、プランを「Free」で開始。
- 1GBメモリノードが数分で稼働する。
-
APIキーの取得 & SDK設定
pip install qdrant-client
from qdrant_client import QdrantClient client = QdrantClient( url="https://YOUR-CLUSTER.cloud.qdrant.io", api_key="YOUR_API_KEY" )
-
コレクション作成
client.recreate_collection( collection_name="my_collection", vectors_config={ "size": 768, "distance": "Cosine" } )
-
ポイントのアップロード
import numpy as np vectors = np.random.rand(1000, 768).tolist() payloads = [{"doc_id": i} for i in range(1000)] client.upsert( collection_name="my_collection", points=[ (i, vectors[i], payloads[i]) for i in range(1000) ] )
-
類似検索(k近傍検索)
query_vec = np.random.rand(768).tolist() hits = client.search( collection_name="my_collection", query_vector=query_vec, limit=5 ) for hit in hits: print(hit)
-
性能計測 & 調整
- HNSWのパラメータ(M, ef_construct, ef_search)を調整し、速度と精度を最適化。
- 無料クラスタで十分なパフォーマンスが得られればそのままPoCに利用。
5-3. Zilliz Cloud
■ サービス概要・特徴
- Milvus(C++製のOSSベクトルDB)をベースにしたマネージドサービス。
- 5GBの無料ストレージ枠で、大量データのインデックス作成に強みがある。
- AI向け機能(自動ベクトル化や圧縮技術など)を積極的に開発。
ZillizはオープンソースMilvusの開発元であり、世界最大級のベクトルDBコミュニティを持つといわれています。
Milvusはさまざまなインデックス方式(HNSW、IVF、IVF-PQなど)をサポートし、大規模データセットへの対応やインデックス構築の高速化が強みです。
■ メリット
-
5GBの無料枠は業界最大級
- 768次元で約100万ベクトルまで格納可能。
- vCPUリソース2.5M/月までは無料で、PoCを十二分に回せる。
-
Milvus由来の多彩なインデックス
- IVF系、HNSW、DiskANNなど状況に応じ選択可能。
- 大規模データの取り込み・バッチ処理などに強い。
-
サーバレスで自動スケール
- リクエスト負荷が増えると自動的にスケールし、利用量に応じて課金。
- 特定プラン(Dedicated)で固定リソースも選べる。
■ デメリット
-
高精度・高並列検索でQdrantに若干劣る場面も
- 設定やインデックス選択によっては遅延が増える場合がある。
- ただし大半の実用ケースで問題なく高速。
-
日本国内での知名度が低め
- PineconeやWeaviateに比べ日本語コミュニティ情報がやや少ない。
-
料金体系が分かりづらい
- 無料枠超過分はvCPU・メモリ・ストレージなど複数要素で従量課金。
- 大幅スケール時のコスト予測は要注意。
■ 導入ステップ(PoC例)
-
Zilliz Cloud登録
- GitHubアカウントやGoogleアカウントでサインアップ可能。
- クレジットカード情報を登録せずにFree Tierを利用開始。
-
プロジェクト作成 & コレクション作成
- コンソールから無料プランのワークスペースを作り、Milvusインスタンスを起動。
- 5コレクションまで無料。
-
Python SDKインストール
pip install pymilvus
from pymilvus import connections, FieldSchema, CollectionSchema, DataType, Collection # 接続設定 connections.connect( alias="default", uri="https://[YOUR_ZILLIZ_ENDPOINT]", token="YOUR_API_KEY" )
-
スキーマ定義 & コレクション作成
fields = [ FieldSchema(name="id", dtype=DataType.INT64, is_primary=True), FieldSchema(name="embedding", dtype=DataType.FLOAT_VECTOR, dim=768) ] schema = CollectionSchema(fields, "demo collection") collection = Collection("my_collection", schema)
-
データ挿入・インデックス作成
import numpy as np data = [ list(range(1000)), # id np.random.rand(1000, 768).tolist() # embedding ] collection.insert(data) # インデックス構築 index_params = { "index_type": "HNSW", "params": {"M": 8, "efConstruction": 64}, "metric_type": "COSINE" } collection.create_index("embedding", index_params) collection.load()
-
検索クエリ
query_vec = np.random.rand(1, 768).tolist() results = collection.search(query_vec, "embedding", param={"ef": 64}, limit=5) print(results)
-
モニタリング
- コンソールでvCU使用量やストレージ容量を確認。
- 2.5M vCU/月以内なら無料。
5-4. Upstash Vector
■ サービス概要・特徴
- サーバレスDB「Upstash」が提供する新機能。
- DiskANNベースで大容量データにも対応可能。
- 無料プランでは1GB相当・1日1万リクエストまで使える。
UpstashはRedisなどのインメモリ型サービスを「サーバレス」で提供してきましたが、新たにベクトル検索機能「Upstash Vector」をリリースしました。
基本的な類似検索APIとシンプルなメタデータ格納が可能ですが、フィルタ機能などはまだ限定的。
サーバレスで手軽に始められるのが最大の魅力と言えます。
■ メリット
-
サーバレスならではの手軽さ
- スケールトゥゼロが可能で、使用しない時間は実質課金ゼロ。
- 1日1万リクエストまで無料なので、PoCや小規模運用には十分。
-
大規模データもディスクベースで扱える
- DiskANNのアプローチを採用し、メモリに乗りきらないデータをディスク上で検索可能。
-
料金が比較的安価
- 超過リクエストは従量制 ($0.4 / 10万リクエストなど)。
- 帯域も200GBまで無料、ストレージは$0.25/GB/月程度。
■ デメリット
-
新サービスで実績・情報が少ない
- 2023年登場でまだユーザコミュニティが少なく、検証事例が不足。
-
メタデータフィルタ未対応
- (将来対応予定と公式アナウンス)現時点では単純なベクトル近似検索しかできない。
-
シングルノード構造で性能面が不透明
- 高並列の検索負荷がかかった場合、どこまで耐えられるか十分なベンチマークが公表されていない。
■ 導入ステップ(PoC例)
-
アカウント登録
- Upstash公式サイトで無料アカウント作成。
- GitHubやGoogleアカウント連携可能。
-
新しいVector DBの作成
- コンソールから「Create Database」→「Vector」を選択。
- リージョンやプラン(Free)を指定。
-
REST API・SDK利用
- Upstash提供のHTTP APIまたは専用SDKを使ってデータ登録・検索可能。
- 例:Node.jsの場合
@upstash/redis
を流用。
-
ベクトルの書き込み
import { Vector } from "@upstash/vector"; const client = new Vector({ url: "https://YOUR-URL", token: "YOUR-TOKEN", }); await client.createCollection("my_collection", 1536); // 次元数指定 // ベクトルの登録 const vector = Array(1536).fill(0).map(Math.random); await client.add("my_collection", { id: "doc1", vector: vector, metadata: { title: "Sample" } });
-
類似検索クエリ
const query = Array(1536).fill(0).map(Math.random); const results = await client.query("my_collection", { queryVector: query, topK: 5 }); console.log(results);
-
リクエスト数と容量をチェック
- 1日1万リクエストを超えそうなら有料プランや従量課金に移行検討。
6. 用途別のおすすめとシナリオ
4つのサービスを見てきましたが、スタートアップのPoCやプロダクション導入にはどれがおすすめか?
ここでは代表的なシナリオを挙げながら、用途別の推奨サービスを整理します。
● PoCを最優先。無料枠で実データをガッツリ試したい
-
おすすめ: Qdrant Cloud or Zilliz Cloud
- 無料で100万ベクトル規模を扱えるため、「PoCだけどデータ量が多い」というケースでも安心。
- Qdrantなら1GB無料クラスタ、Zillizなら5GB無料ストレージ。
- とりあえずクレカ登録不要で始めるならQdrantがベスト。
● エンタープライズレベルの安定・サポート重視
-
おすすめ: Pinecone
- すでに大手企業で多数の導入実績があり、セキュリティ認証や高SLAプランも充実。
- 完全マネージドで手厚いサポートを受けたい場合には最適。
- ただし無料枠を超えるとコストがやや割高になる点は留意。
● サーバレス環境・モダンアーキテクチャが好み
-
おすすめ: Upstash Vector
- スケールトゥゼロが可能なサーバレス型
- 1日1万リクエスト以内で済むなら無料利用OK
- シンプルな類似検索が主目的なら十分。ただしフィルタ検索はまだ非対応。
● いずれベクトル検索を大規模拡張したいがOSS運用も視野
-
おすすめ: Qdrant or Zilliz Cloud
- 両者ともオープンソースベースであり、自社ホストへの移行が容易。
- QdrantはRust製でシンプルかつ高性能、ZillizはMilvusの豊富なインデックスを活かせる。
- OSSで将来はクラウド+オンプレのハイブリッド運用も検討可能。
7. (参考)セルフホストやハイブリッド運用の可能性
今回比較した4サービスはいずれもマネージドSaaSですが、実際にはオープンソースエンジン(QdrantやMilvus)を自前で運用する選択肢もあります。
スタートアップが自前運用に踏み切るメリット・デメリットを簡単に整理すると:
● メリット(自前運用)
- クラウド費用の削減:大規模データの場合、IaaS(AWS EC2など)のみのコストで済む可能性。
- ベンダーロックイン回避:OSSなのでソースコードやデータ移行の自由度が高い。
- 柔軟なチューニング:カスタムインデックス、独自最適化パラメータを突き詰められる。
● デメリット(自前運用)
- 運用管理の負担:バージョン管理、セキュリティパッチ、クラスタ監視、障害対応は自社責任。
- インフラエンジニアリングが必要:KubernetesやHelmチャートなどのノウハウが求められる。
- スケールアウトが複雑:分散クラスタ構成時のシャーディング、レプリケーションなどを自力で構築・保守。
スタートアップ段階で運用リソースに余裕がない場合、まずはマネージドSaaSでPoC → 成長に合わせてセルフホスト検討という流れがおすすめです。
QdrantやMilvusはいずれもOSS版を公式が提供しており、マネージドプランからの移行ドキュメントも整備されています。
8. まとめと次のアクション
ここまで、スタートアップ向けベクトルデータベースとしてPinecone・Qdrant・Zilliz・Upstashの4サービスを比較検討してきました。
最後にポイントを簡単に振り返り、具体的な次のアクション例を示します。
● 4サービス比較の要点
-
Pinecone
- 長所:完全マネージド、高い安定性、豊富なエンタープライズ機能
- 短所:クローズドソース、無料枠超過後のコスト高、7日非使用でアーカイブ
-
Qdrant
- 長所:1GB無料で100万ベクトルまでOK、Rust製で高性能、OSSベース
- 短所:新興サービス、日本語事例少なめ、大容量時には有料orセルフホスト検討
-
Zilliz Cloud
- 長所:5GB無料枠、Milvus由来の多彩なインデックス、サーバレス自動スケール
- 短所:日本語情報や導入事例が少ない、大規模並列検索でチューニング必要
-
Upstash Vector
- 長所:サーバレス型で手軽、1日1万リクエスト無料、DiskANNで大容量にも対応
- 短所:サービスが新しく実績不足、フィルタ機能未対応、メタデータ検索に制限
● 次にやるべきこと(アクションプラン)
-
小規模データでまずPoC
- 自社のユースケース(例:数万~数十万レコード)の埋め込みベクトルを生成し、実際にベクトルDBへ投入して検索速度や開発体験を試す。
- どれか1サービスに絞るのではなく、複数サービスでPoCするのも良い。
-
パフォーマンス計測とコスト見積り
- 特に書き込み頻度・検索頻度が高い場合、無料枠を超えるかどうかを試算。
- 本番導入時は有料プランの料金表を調べ、月額費用を概算する。
-
サービスのドキュメント・コミュニティを確認
- 公式ドキュメント、GitHub Issue、Discord/Slackコミュニティの活発度をチェック。
- スタートアップにとって、トラブル時に素早く情報を得られるかは重要。
-
将来の拡張方針を検討
- ベクトル数が100万を超えそうなら最初からZillizやQdrantの有料プランを視野に入れる。
- 性能要件が厳しければPineconeやQdrantでの大規模インデックス運用を計画する。
- OSSを自前でホストする場合のコストと運用体制をシミュレーションする。
● おわりに
ベクトルデータベースは、自然言語処理や画像検索、レコメンドエンジンなど最先端アプリケーションの基盤として欠かせない存在となりつつあります。
- 「取り急ぎ数十万のベクトルを登録して検索性能を試したい」
- 「将来的にはエンタープライズ対応や大規模分散処理も見据えたい」
- 「なるべく低コスト・低リスクで始めたい」
という要望を持つスタートアップには、まずQdrantやZillizなどの大容量無料プランを活用して、プロダクト実装に組み込んでみるのがよいでしょう。
あるいは、Pineconeのわかりやすいマネージド体験で短期PoCを回して、確実に動くことが判明したら有料拡張を検討するのもアリです。
Upstashは、サーバレス特有の「使った分だけ支払い」を重視する人に向いています。
いずれにしてもベクトル検索の重要性は今後さらに高まると予想されるため、早めに無料プランで触れてみて自社プロダクトへ活用できるか検証してみてはいかがでしょうか?
本記事が皆さんのベクトルDB選定の一助となれば幸いです。