障害が流出してしまったとき、テストエンジニアが抱く感想は以下の2つのパターンがあると思います
・その観点は思いつかなかった
・あー、その観点があったか…。
これ、ボードゲーム(例えば将棋や麻雀)で遊んでるときの感情と似ているなと思っています。前者は知識不足が原因で、後者は麻雀で言うところのチョンボ(うっかりミス)に近いでしょうか。
個人的には、テストの観点は、知識と時間を変数にしたものになっていると思っています。知識が多いほど、時間が豊富にあるほど、テストの観点は網羅されていくでしょう。しかし、ひとつ大事な点があって、時間が豊富にあれば、必ず観点漏れを防げるわけではない、ということです。なぜかというと、複雑な条件のテスト観点は、ロジカルに物事を考える力だけでなく、発想力が必要になるからです。発想は時間をかけたほうが見つかる可能性は高いですが、時間をかけたからといって、見つかるとは限りません。
将棋を例にすると、「1時間かけて考えた手の方が、1分で考えた手よりも優れている可能性は高いが、絶対に1時間のほうが優れているわけではない」、というのと似ているかもしれません(プロ棋士には当てはまらないかもしれませんが)。
障害流出の振り返りミーティングなどで、「なぜテストで見つけられなかったのか」という質問がきたら、知識不足が原因なのか、時間(=発想)が必要な観点だったのか、切り分けられると良いかもしれません。そして、テストフェーズに時間的な余裕がないときに、障害が起きやすい理由は、こういうところにあるのかな、と思ったりするのでした。