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MATLAB/Simulink を用いた半導体設計のメリットを再考する

Last updated at Posted at 2025-01-15

はじめに

前回の記事では SystemC の現状 について紹介し、その中で少しだけ MATLAB/Simulink に触れました。SystemC は高位合成 (HLS) やシステムレベル設計で頻繁に利用される一方、アナログ/デジタル混在の大規模システムやアルゴリズム検討では、複数ツールを使い分ける必要があり導入ハードルが高いと感じる方も多いかもしれません。

そこで今回は、MATLAB/Simulink を用いた場合の効果 をさらに深掘りします。特に近年は MATLAB/Simulink と Cadence Stratus の統合 が進み、MATLAB コードから直接 SystemC コードを生成 するフローも確立されつつあります。本記事では、以下の点を中心に整理していきます。

  1. MATLAB/Simulink の基本的な利点
  2. Cadence 社が提供する統合ソリューション(Stratus、PSpice 系)
  3. MATLAB から SystemC コードを自動生成する最先端ワークフロー
  4. 高位合成 (HLS) 的な視点で見た際の開発効率・設計品質の向上
    • バックプレッシャー の有無など、インターフェース面での制約

1. MATLAB/Simulink とは

1.1 MATLAB

MATLAB は数値解析や信号処理、最適化などに強みを持つ科学技術計算向けのプログラミング環境です。複雑なアルゴリズムを実装・検証・可視化しやすく、アプリケーションや研究現場で広く利用されています。

1.2 Simulink

Simulink は MATLAB と連携し、ブロック線図ベース でシステムをモデリングできる環境です。

  • GUI で直感的にモデル化
    ブロック同士を接続してシグナルフローを定義するだけで、複雑なシステムの全体像を可視化できます。
  • 制御・信号処理・アナログを含むマルチドメイン対応
    制御工学だけでなく、DSP、アナログ回路の近似モデルなどを統合的に扱えるため、広範囲の分野に適しています。

1.3 Stateflow

Simulink と合わせて使われる 状態遷移図 (State Machine) ベース の設計ツールです。

  • ステート(状態)とトランジション(遷移)を可視化
    フローチャートのような表現で制御ロジックやアルゴリズムの動作を明確にできます。
  • HDL Coder との連携
    Stateflow で定義したステートマシンをそのまま HDL(Verilog/VHDL)へ落とし込むことも可能で、一種の高位合成フローとして機能します。

2. 半導体設計における課題

一般的な半導体設計プロジェクトでは、以下のような課題がよく見られます。

  1. アナログとデジタルが混在
    大規模 SoC (System on Chip) には、デジタルロジックだけでなく、ADC/DAC、RF 回路、パワーマネジメント回路など多種多様なアナログ要素が含まれます。ツールを分けてシミュレーションする必要があり、統合的な評価が面倒になりがちです。

  2. 上流段階でのアルゴリズム検討
    画像処理や通信、制御などのアルゴリズムは実装前に十分な検証を行いたいものの、設計フローやツールの断絶によって試行錯誤がしにくい場合があります。

  3. 短納期と高コストのプレッシャー
    半導体市場の激しい競争に加え、急速なプロセス微細化で開発コストは上昇し続けています。複数のツールを行き来する非効率的なフローでは納期・品質の両立が難しくなります。


3. Cadence 社の統合ソリューション

3.1 MATLAB から直接 Stratus を起動

2023 年 5 月 31 日に東京で開催された MATLAB EXPO 2023 Japan では、MATLAB/Simulink と高位合成ツール Stratus の統合ソリューションが注目されました。

  • 設計効率の向上
    MATLAB/Simulink で作成したアルゴリズムを、Stratus へ直接送れるため、ツール間のデータ変換や手動操作を減らし、フローを短縮できます。
  • 早期の PPA (Power, Performance, Area) 評価
    アルゴリズム検討の段階でハードウェア実装時の性能や消費電力、面積を推定できるため、最適化に向けた大きな指針を早期に得られます。
  • 統合された開発環境
    MATLAB から Stratus をシームレスに起動できる環境は、設計と検証を一貫して進められる大きなメリットがあります。

3.2 PSpice アナログ・ミックスシグナルシミュレータとの連携

ケイデンス社は OrCAD PSpice Systems Option も提供しており、アナログ・ミックスシグナルシミュレータ (PSpice) と MATLAB/Simulink を連携できる機能をサポートしています。

  • アナログを PSpice で精密に検証し、デジタルや高レベル制御は Simulink で記述
    アナログ/デジタル混載設計の統合検証が可能になり、大局的なシステム評価と詳細なアナログ動作解析を同時に進められます。

4. MATLAB から SystemC コードを直接生成 する最新ワークフロー

近年、MATLAB/Simulink (あるいは Stateflow) で定義したアルゴリズム を元に、SystemC コードを直接生成 し、それを高位合成ツール (HLS) と連携させる方法が確立されてきました。

4.1 MATLAB から SystemC への変換フロー

MathWorks が提供する HDL Coder の機能拡張などにより、主に以下のステップを実現できます[1][2][3][5][6]:

  1. 浮動小数点アルゴリズムの固定小数点化
    MATLAB 上で開発した演算を、実装に適したビット幅へと変換。
  2. 合成可能な SystemC コードの自動生成
    固定小数点化したアルゴリズムをもとに、Stratus 等の HLS ツールが解釈できる SystemC を出力。
  3. SystemC テストベンチ生成
    検証用のテストベンチが自動生成されるため、手作業による記述ミスや検証漏れを減らせる。
  4. Cadence Stratus での統合検証・最適化
    出力された SystemC を Stratus に読み込み、最終的な RTL 生成や PPA 評価を実施。

補足: このワークフローにより、アルゴリズムとハードウェアの橋渡しがよりスムーズになります。実装前の検証で “動かない” 問題が減り、上流でのトライアンドエラーが実現しやすくなるのが大きなメリットです。

4.2 主要な利点

  1. 生産性の向上

    • 従来の手書き RTL 設計より開発者1人あたりの生産性が大きく向上し、年間 200 万ゲート相当の検証済みコードを生成できる事例も報告されています[4]。
    • マイクロアーキテクチャ探索が容易になり、最適解を見つけるまでの反復回数を増やせます。
  2. 設計品質の確保

    • Cadence の GenusJoules と組み合わせ、手書き RTL と同等以上の PPA を達成可能とされています[4]。
    • MATLAB 環境でアルゴリズムを十分に検証できるため、後工程での不具合や仕様変更を最小限にできます。

4.3 制約事項

  • Cadence Stratus のみが公式サポート対象 [5]
    他の HLS ツールでは機能が利用できない可能性があります。
  • ポイントツーポイント通信のみサポート [5]
    つまり、AXI/AHB といった SoC でよく使われるバスには対応していません。複雑なバスや抽象的な通信機構が未サポートとなるため、モデル化範囲に制限があります。

4.4 バックプレッシャーへの対応

SoC では、周辺モジュールなどに対し バックプレッシャー を掛けてフロー制御を行う場面がよくあります。しかし、HDL Coder が生成する SystemC コードには、現時点で直接的なバックプレッシャー制御機構が標準で提供されていないようです。MathWorks の公式ドキュメントでもバックプレッシャーに関する具体的な記述は見当たらず、必要な場合は手動で適切な制御ロジックを実装する必要があると思われます。

補足:
大規模 SoC で AXI/AHB などのバスインターフェースを利用する際には、バックプレッシャーのやり取りが必要になることが多いのですが、HDL Coder で出力されるポイントツーポイントの SystemC では、現時点ではこうした機構がないようなので、ツール仕様の範囲を超えたカスタマイズが必要となるかもしれません。なにかしらの対応方法があるかもしれないので、本格的に導入を検討する場合は Cadence やMathWorks のサポート への問い合わせをお勧めします。


5. MATLAB/Simulink のメリットをあらためて整理

5.1 システムレベルモデル化と可視化

Simulink/Stateflow を用いることで、アナログ+デジタル混載 の大規模システムも上流段階から一括してモデル化できます。大枠を早期に把握することで、部品ごとの最適化だけでなく、システム全体の動作や性能を俯瞰しやすくなります。

5.2 コード生成による開発効率向上

  • MATLAB→HDL の自動生成
    RTL コード(Verilog/VHDL)を生成して FPGA/ASIC 実装へ結びつけるフロー。
  • MATLAB→SystemC の自動生成
    Cadence Stratus のような高位合成ツールと組み合わせるためのフロー。
    いずれも手書きコードを大幅に削減し、ヒューマンエラーを抑えられるのが強みです。

5.3 多ツールとの連携

  • PSpice や Virtuoso AMS Designer などを介したアナログ領域とのコシミュレーション
  • SystemC ベースの高位合成環境 (Stratus 等) との統合
    これらを同一プロジェクトで組み合わせれば、「大局的なシステム」から「詳細なアナログ特性」「実装レベルの HDL」までをシームレスに行き来できるようになります。

5.4 高位合成(HLS)視点でのメリット

  • Stateflow→HDL Coder は高位合成の一形態と考えられる
    状態遷移をグラフィカルに設計し、自動的に RTL を生成。
  • MATLAB→SystemC はさらに高い抽象度を扱える
    設計者はアルゴリズム開発に専念し、下流のハードウェア化はツールが自動でサポート。
  • PPA 見積もり/最適化 が初期フェーズから可能
    ハードウェア実装を意識しながらアルゴリズムを調整でき、後戻りを軽減。

6. 導入時の注意点

  1. 導入範囲の明確化
    上流のアルゴリズム検討のみ利用するのか、FPGA/ASIC 実装や SystemC 出力まで含めるのかで、必要なライセンスやツールが変わります。
  2. 既存フローとの統合
    すでに RTL 設計フローや SystemC ベース検証環境がある場合、MATLAB/Simulink で生成した成果物をどこで組み込むかを検討し、フロー全体を整合させましょう。
  3. アナログ部の精度と速度のバランス
    アナログ回路を簡易モデルで行うとシミュレーションは速い反面、実チップ動作を完全に再現できない場合があります。必要に応じて SPICE シミュレーションと併用するなど、粒度を調整しましょう。
  4. MATLAB→SystemC 生成の制約
    ポイントツーポイント通信のみサポート(AXI, AHB, APB など未対応)やバックプレッシャー制御が標準で備わっていないなどの仕様があるため、複雑な通信やフロー制御を使う場合は追加のモデル化が必要です。
  5. 教育・トレーニング
    チーム全体でモデルベースデザインや高位合成ツールの運用ノウハウを共有し、導入初期に学習コストを確保しておくとスムーズです。

まとめ

SystemC と同様、MATLAB/Simulink も半導体の上流設計やシステムレベルシミュレーションに非常に有用なツールです。最近では、Cadence 社が提供する Stratus との連携が進化し、MATLAB コードから直接 SystemC を生成して HLS フローに組み込む 方法が標準化されつつあります。

  • アナログ/デジタル混載への対応
    → OrCAD PSpice Systems Option や Mixed-Signal Blockset による統合評価
  • 高位合成(HLS) の効率化
    → MATLAB→SystemC 生成や Stateflow→HDL Coder で、手書きコードの大幅削減と高速イテレーション
  • 手書きRTLと同等以上の PPA
    → Genus、Joules など Cadence の各種エンジンと連動し、性能・電力・面積を最適化

これらを導入することで、アルゴリズム検討から実装・検証までのフローを シームレス に繋ぎ、短い期間で高品質を実現できる可能性が高まります。もし従来フローに限界を感じているなら、MATLAB/Simulink + SystemC コード生成 + Cadence Stratus の連携をぜひ検討してみてはいかがでしょうか。


参考リンク


以上

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