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BSIM4モデルの互換性とインターフェース部分の実装について

Last updated at Posted at 2025-01-05

BSIM4モデルの互換性とインターフェース部分の実装について

─ モデルの仕組み・実装方法と、SPICE シミュレータが独自に工夫する理由 ─


はじめに

BSIM4 は、UC Berkeley が開発した MOSFET モデルで、現代の IC 設計や回路シミュレーションにおいて事実上の標準といえるモデルです。
ユーザー視点では「BSIM4モデルなら SPICE シミュレータを問わず、同じパラメータで同じように使えるはず」と思われるかもしれません。

しかし実際には、

  1. モデルそのもの(理論式・パラメータ)はほぼ共通 ... 各 EDA ツールが同じバージョンの BSIM4 に対応し、互換性を保っている
  2. モデルを読み出す“C/C++ 関数インターフェース”はベンダー独自 ... ソースコードレベルでは互換性なし

という状態です。
さらに、「BSIM4 のパラメータは数百あるが、どうやって巨大モデルカードを扱うのか」「他社ツールのモデルを流用できるのか」「FMI (Model Exchange) のように入出力を規格化する仕組みはないのか」など、現場での疑問も絶えません。

本記事では、こうした 「BSIM4モデルの互換性」「実装の非互換」 がどのように両立しているのか、そして 運用面での疑問 をまとめて解説します。


1. BSIM4モデルとは何か — 理論・パラメータは共通

● UC Berkeley が提供するリファレンスコードの中身

UC Berkeley は BSIM4 モデルの理論式だけでなく、**リファレンスコード(C 言語)**を提供しています。このコードは、BSIM4を実装する際の参考として広く使われています。以下が主な構成です。

  • ヘッダファイル: パラメータ構造体や定数を定義するファイル
    • bsim4defs.h: モデル構造体 (BSIM4model) とインスタンス構造体 (BSIM4instance) の定義
  • ソースファイル: モデルの計算ロジックや初期化関数
    • bsim4.c: ドレイン電流や容量、偏微分係数を計算する主要な関数
    • bsim4init.c: モデルパラメータを初期化する関数

これらのファイルには、次のような機能が含まれます。

  1. パラメータの初期化

    • しきい電圧(vth0)、移動度(u0)、寄生容量などの初期値設定。
  2. モデル評価関数

    • 例: BSIM4eval 関数が、指定された端子電圧(vdsvgsvbs)をもとにドレイン電流や微分係数(gmgdsgmb)を計算。
  3. 補助関数

    • 温度補正やチャネル長変調の計算など、詳細な物理モデルの補助ロジック。

以下は BSIM4eval() のような関数の典型例です。

/*======================================================================
 *  BSIM4eval():
 *  端子電圧 (vds, vgs, vbs) とモデル情報 (model, instance) をもとに
 *  ドレイン電流 Id や微分 (gm, gds, gmb) を計算する関数
 *====================================================================*/
int BSIM4eval(
    BSIM4model    *model,    // モデル全体 (プロセス/パラメータ)
    BSIM4instance *here,     // このMOSFET固有のインスタンス情報
    double vds,              // ドレイン-ソース電圧
    double vgs,              // ゲート-ソース電圧
    double vbs,              // バルク-ソース電圧
    double temperature,      // 動作温度
    double *Id,              // 出力: ドレイン電流
    double *gm,              // 出力: gm = ∂Id/∂Vgs
    double *gds,             // 出力: gds = ∂Id/∂Vds
    double *gmb              // 出力: gmb = ∂Id/∂Vbs
    /* 必要に応じて他のノイズ/容量パラメータも出力する */
)
{
    // 実際にはここで数百行~数千行の計算が入る:
    // 1) (vgs, vds, vbs) による領域分岐 (弱反転, 強反転, etc.)
    // 2) 各物理パラメータの展開 (しきい電圧, チャネル長変調, etc.)
    // 3) Id の計算
    // 4) gm, gds, gmb の計算
    // 5) 返り値を *Id, *gm, *gds, *gmb に書き込む

    // ここではダミーで戻すイメージ
    *Id  = 1.23e-4;   // 例えば 1.23e-4 [A]
    *gm  = 8.9e-5;    // [S] (∂Id/∂Vgs)
    *gds = 1.1e-5;    // [S] (∂Id/∂Vds)
    *gmb = 5.0e-6;    // [S] (∂Id/∂Vbs)

    return 0;  // 正常終了
}

このように、“現在の端子電圧” を引数で受け取り、ドレイン電流偏微分値 を出力として返す形が主流です。

これらのリファレンスコードは、EDA ベンダーや開発者が自社ソルバに BSIM4 を組み込む際の基盤として使用されますが、そのままでは使用されず、次節で述べるようにカスタマイズが加えられます。

● UC Berkeley が定義した標準モデル

BSIM4 は、MOSFET における短チャネル効果、サブスレッショルド領域、接合容量、温度依存などを細かく式で定義した理論モデルです。
バージョンとして “BSIM4.6” “BSIM4.7” “BSIM4.8” などがあり、それぞれ改良やバグ修正が加わってきました。

● ユーザーが書く「モデルカード」はほぼ互換

.model MyNmos bsim4
+ vth0=0.5 u0=300 rdsw=150 ...

のように、.model bsim4 ... でしきい電圧や移動度などを設定する部分は、いずれの SPICE シミュレータでもほぼ同じ
同じバージョンの BSIM4 に対応していれば、同じパラメータセットをコピペして使える“互換性”があるというわけです。

● それでも結果が微妙に違う場合は?

ベンダー各社が内部実装で最適化や収束アルゴリズムを変えているので、まったく同一の波形や数値が出るとは限りません。
しかし、大枠の特性は同じ理論モデルに基づくため、十分に近い結果が得られます。


2. “インターフェースは違う”とはどういう意味?

● ソースコードレベルでの呼び出しがバラバラ

BSIM4 のリファレンスソース(C 言語)を Berkeley が提供しているものの、それは必ずしも統一 APIとはなっていません。
EDA ベンダーが自社の SPICE ソルバに合わせて、

  • 行列組み立て
  • ニュートン法ルーチン
  • マルチスレッド最適化

などを行う際、各社が独自に C/C++ 関数やクラスを作って取り込むため、API はバラバラです。

● ユーザーから見えるのは“.model bsim4”だけ

ユーザーは SPICE ネットリストに**.model bsim4** と書くだけで済みますが、
実は裏側で「ベンダー独自のファイル構造やラッパ関数」で BSIM4コードが組み込まれています。
そのため、ソースやバイナリレベルでの流用は不可能でも、モデルカード(パラメータ)レベルでは互換性が保たれているのです。


3. 他社ツールのモデルを持ち込むことはできるのか?

● モデルカード(パラメータ)なら可能

「シノプシスのツールで作られた BSIM4 パラメータセット」をテキストで抜き出し、Cadence ツールに貼り付ける… これは同じバージョンの BSIM4をサポートしていれば大抵動きます。
Cadence は自社の BSIM4実装コードで「同じパラメータ」を解釈し、近い結果を出せる仕組みです。

● ソースコードやバイナリは流用不可

「シノプシス独自にビルドしたBSIM4ライブラリ」をCadenceツールが読み込む…という自動変換は行われません。
各ベンダーが自分のソルバに合わせて独自ビルドをしているため、他社のライブラリを読み込む仕組みはないのです。


4. MOSFETモデルを「後から関数を追加」する仕組み

● ソルバ開発者はリファレンスコードを改変し、追加機能を実装

Berkeley の BSIM4リファレンスは“最低限の評価関数”しか備えていない場合が多く、EDA ベンダーや自作ソルバは、

  1. モデルソースをフォーク
  2. 行列スタンピングやダイオード容量計算等の独自関数を追加
  3. ビルドシステムに組み込む

という形で後から関数を追加します。
こうして完成したソルバ内“BSIM4モジュール”は、ユーザーからは “1つのモデル” と見えますが、実際には共通部 + 独自追加部の複合体です。


5. BSIM4には数百パラメータ… どうやって管理する?

● 巨大モデルカードの現実

BSIM4 には数百のパラメータがあり、ファウンドリや企業が提供するモデルライブラリファイルは数千行~数万行に及ぶこともあります。
これをひとつのネットリストに全部書くと超巨大になるため、通常は**.include** や .lib 構文で別ファイル化しています。
ユーザーから見れば、大容量ライブラリをインクルードしておき、主要パラメータだけ上書きすれば済むので、大きな煩雑さはありません。

● 多くのパラメータはデフォルトあり

大半のパラメータにはデフォルト値があるため、ユーザーが1つ1つ手打ちする必要はありません。
ファウンドリ配布のライブラリを使い、必要箇所だけ上書きする形が実務的です。


6. プログラムコードはモデルごとに完全別々? それとも共通?

● 共通フレームワーク + モデル固有構造体

SPICE 系ソルバには「パラメータを読み込み、モデルを初期化し、端子電圧を与えて電流・容量を返す」という共通フレームワークがあります。
それに対し、BSIM4 / BSIM3 / PSP などモデルごとに構造体があり、数百のパラメータを固有に持っています。

  1. ベンダー独自の“モデル登録”APIにより、

    • 「BSIM4モデル」は bsim4defs.h で定義されたパラメータリスト・評価関数を持つ
    • 「BSIM3モデル」は bsim3defs.h
  2. 共通フローでパラメータを割り当て、初期化し、評価時に呼び出す

こうした仕組みで、複数のMOSFETモデルを同じソルバの中で動作させることが可能になっています。
つまり、“パラメータをどう読み書きするか”は共通ロジック“実際の方程式や構造体”はモデル固有、という分担が多いわけです。


7. FMI3.0 Model Exchange (ME) と MOSFETモデルの比較

● FMI3.0 (ME) は「入出力やアルゴリズム呼び出し」を厳格に規定

FMI (Functional Mock-up Interface) 3.0 の Model Exchange は、

  • 状態方程式
    $$
    \dot{\mathbf{x}}(t) = f(\mathbf{x}, \mathbf{u}, t)
    $$
    の入出力を標準化
  • イベント処理や、時間積分の仕組み も一定のルールで定義
  • $\mathbf{u}$ (入力)、$\mathbf{x}$ (状態)、$\mathbf{y}$ (出力) が規格化されたインターフェースに従う

これにより、どのツールで生成した FMU でも、同じインターフェースで数値解を進められるという高い相互運用性が実現しています。

● MOSFETモデルは“パラメータ名・意味”だけが共通

一方、BSIM4 などの MOSFETモデルでは、

  • “チャネル長変調” や “寄生容量” などの方程式パラメータ定義は共通だが、
  • 関数呼び出し手順アルゴリズムは、ベンダーごとに独自実装

つまり、FMI のような厳格API互換は存在しないものの、「しきい電圧や移動度といったパラメータが同じ意味を持つ」ことで、モデルカードレベルの互換が実現しているのです。


まとめ

  1. BSIM4モデルは“理論式・パラメータ”のレベルで互換性が高い

    • バージョンが同じなら、各ベンダーで同等の物理効果を考慮。
    • ユーザーが .model bsim4 + param... を書くと、どのツールでも似た結果が出せる。
  2. ベンダー独自のインターフェースや評価関数は共通規格化されていない

    • ソースやバイナリを取り込んで使うことはできず、各社がリファレンスをフォーク&追加してソルバに組み込む形。
    • 後から関数を追加する際は、モデルのコードをビルド前に書き換え、独自機能を加えている。
  3. 数百パラメータをどう扱うか

    • ファウンドリなどのPDKでは巨大なモデルライブラリを .include 等で分割管理し、デフォルト値を活用して管理。
    • パラメータごとの読み書きはソルバの共通フレームワークが担い、モデルごとに固有の構造体や評価関数を差し込む。
  4. FMI3.0 (ME) との対比

    • FMI3.0 は「モデルの入出力やアルゴリズム呼び出し」を統一した規格。
    • MOSFETモデル(BSIM4など)は「パラメータと方程式は共通だが、API はベンダーごとに違う」という形。
    • すなわち “パラメータレベル”の互換性のみが存在し、FMI のような厳密なインターフェース規定はない。

最終的に、ユーザーとしては .model bsim4 ... の互換性恩恵を享受し、ベンダーが内部で各自フォーク・改造を行うおかげで多彩な最適化や機能を活かせる仕組みになっています。
こうして「BSIM4モデルの互換性」と「インターフェースの非互換」が同時に成り立っているわけです。


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