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WebAssemblyのSIMD対応の現状とWasm2.0での進化

Last updated at Posted at 2025-01-30

はじめに

WebAssembly(以下、Wasm)は、Webだけでなく、サーバーサイドやエッジコンピューティング、機械学習、ゲーム開発などの分野でも活用される技術として進化を続けています。その中でも、SIMD(Single Instruction, Multiple Data:単一命令複数データ)は計算処理を高速化する重要な技術の一つです。

WebAssembly Version 2.0の規格は、2025年内には正式に確定する可能性が高いと考えられます。Version 2.0では、SIMD機能もさらに強化され、最適化が進んでいます。本記事では、WebAssemblyでのSIMDの現状、Wasm 2.0での進化 について解説します。

: 「Wasm 2.0」という名称は、WebAssembly Version 2.0 仕様を便宜的に呼んでいます。正式な名称として確定しているわけではない点にはご注意ください。
また、WebAssemblyのことをなぜ「Wasm」と呼ぶのかは、5章を参照ください。


1. WebAssemblyのSIMD対応の現状

1.1 WebAssembly SIMDとは?

SIMD(Single Instruction, Multiple Data:単一命令複数データ)とは、1つの命令で複数のデータを同時に処理する仕組みです。これにより、画像処理や機械学習などの計算処理を大幅に高速化できます。

以下は、単一命令を複数のデータに同時適用するイメージを簡略化した例です。

1つの命令で複数の演算を並列に実行できるため、CPUの並列計算能力を効率的に活用し、処理時間を短縮 できます。
もともと、SIMDは Wasm 1.0(コア仕様)には含まれていませんでした。しかし、「SIMD拡張」と呼ばれるプロポーザルによって標準化され、追加機能の一つとして正式に認められています。本記事では、これを「Wasm 1.x(SIMD拡張)」と表現します。
そして、Wasm 2.0 では、16ビット浮動小数点、Relaxed SIMD、といった機能への対応が拡張される見込みとなっています。

1.2 SIMD対応の進化の軌跡

WebAssemblyにおけるSIMD機能は、初期のWasm 1.0リリース時には存在しておらず、その後、SIMD拡張プロポーザルを経て標準化が進められてきました。主要ブラウザ(Chrome、Firefox、Edgeなど)がSIMD拡張を実装し、Safariも段階的に対応を開始。さらに、最近ではRelaxed SIMDやFP16サポートといったさらなる拡張機能の実装が進んでおり、Wasm 2.0での正式な採用が期待されています。

下記の表は、WebAssemblyのSIMD対応の進化を時系列で表現したものです。

年度 イベント 詳細説明
2017 WebAssembly 1.0 MVPリリース 初期リリース時はSIMD機能は未対応
2017-2018 SIMD拡張プロポーザルの導入 Wasm 1.xとしてSIMD拡張が標準化される
2021 主要ブラウザでのSIMD対応開始 Chrome (v91), Firefox (v89), Edge (v91) で実装開始
2021-2022 Safari対応の進展 Safariがv15.4で部分対応、v16.4以降で安定化
2022 Relaxed SIMD実験的サポート開始 Chrome (v114)以降で、非決定性を許容した高速化機能を実験導入
2025(予定) Wasm 2.0での拡張機能 Relaxed SIMD や FP16サポートの正式採用
将来 Wasm 2.xでの拡張機能 さらなる最適化や拡張機能が期待される

1.2 SIMDのデータ並列度

WasmのSIMDでは、ベクトルレジスタを活用し、データ型に応じて以下のような並列処理が可能です。

データ型 SIMD並列処理数 Wasm 対応バージョン 備考
128ビットベクトル型 (v128) - Wasm 1.x (SIMD拡張) SIMD機能の根幹を成す基本的なデータ型で、スカラー型として定義されており、ローカル変数や関数シグネチャとしても利用可能(1.2.3章参照) 
64ビット整数/浮動小数点 (i64/f64) 2並列 Wasm 1.x (SIMD拡張) ローカル変数や関数シグネチャとして利用可能
32ビット整数/浮動小数点 (i32/f32) 4並列 Wasm 1.x (SIMD拡張) ローカル変数や関数シグネチャとして利用可能
16ビット浮動小数点 (f16x8) 8並列 Wasm 2.0 (予定) ローカル変数や関数シグネチャとしては利用不可(1.2.2.4章参照)
16ビット整数 (i16x8) 8並列 Wasm 1.x (SIMD拡張) ローカル変数や関数シグネチャとしては利用不可(1.2.2章参照)
8ビット整数 (i8x16) 16並列 Wasm 1.x (SIMD拡張) ローカル変数や関数シグネチャとしては利用不可(1.2.2章参照)
  • データ型が小さくなるほど、一度に処理できるデータ数が増え、より高い並列処理性能を発揮できます。
  • i16 は16ビット整数、f16 は半精度浮動小数点(FP16)を指します。後者の詳しいメリットについては後述します。

1.2.1 浮動小数点フォーマットの比較

WasmではFP16以外にも従来のFP32(単精度)、FP64(倍精度)が利用されます。それぞれの主な特徴は以下の通りです。

フォーマット ビット幅 有効桁数の目安 メモリ使用量 主な用途/特性
FP16 16bit ~3〜4桁程度 少ない 機械学習推論・グラフィックスでの軽量化
FP32 32bit ~7桁程度 標準 一般的な用途で最も広く使われる
FP64 64bit ~15桁程度 多い 科学技術計算や高精度が求められる場合
  • FP16はメモリも演算コストも低減できる反面、表現できる範囲や精度が限定されます。
  • FP32はバランスが良く、多くの処理で標準的に用いられます。
  • FP64は非常に高い精度を保てますが、メモリ量や演算時間が大きくなるのがデメリットです。

1.2.2 8ビット・16ビット整数(i8 / i16)について

Wasmコア仕様1.0では、ローカル変数や関数シグネチャとして利用できる整数型は i32 / i64 の2種類のみで、i8i16 といった小さい整数型は存在しません。一方、Wasm 1.x SIMD拡張ではベクトルの要素型として i8 や i16 が登場します。それぞれの扱いについて以下にまとめます。

  1. i8・i16 はスカラー型としては未定義

    • コア仕様でローカル変数や関数パラメータを「i8 (8ビット)」「i16 (16ビット)」にすることはできません。
    • 代わりに i32.load8_s / i32.load16_s など、ロード/ストア命令で8ビットや16ビット単位のメモリ操作ができますが、読み出し後は i32 / i64 として扱われます。
  2. SIMD拡張で i8x16 / i16x8

    • SIMD (128-bit vector) 拡張 では、8ビット要素を16個まとめた i8x16 や、16ビット要素を8個まとめた i16x8 を扱う命令が定義されています。
    • これにより、8ビット整数×16要素16ビット整数×8要素 を一括で加算・減算・論理演算などできるようになります。
    • 高速な並列処理が可能な一方で、やはり「スカラー型」として i8 / i16 を直接ローカル変数に定義できるわけではありません。
  3. 将来的にもスカラー i8 / i16 の追加予定はなし

    • Wasm 2.0 (仮称) でも、スカラー型として i8 / i16 を追加する計画は公に示されていません
    • 既存の i32 / i64 を基本単位とする設計を変えると、後方互換性や実装コストが大きく影響を受けるため、今後も i8 / i16 は「メモリ操作」や「SIMDのレーン型」として扱われる見込み です。
  4. fp16も同様な扱い

    • Wasmコア仕様2.0では、fp16のSIMDが追加されますが、fp16もi8やi16と同様に、ロード/ストア命令はありますが、スカラー型としては未定義で、ローカル変数や関数シグネチャとしては利用できません。

1.2.3 128ビットベクトル型(v128)の役割

v128は、WebAssemblyのSIMD機能の根幹を成す基本的なデータ型です。

  • 複数データの一括処理:
    128ビットの固定幅コンテナとして、1つのv128に8ビット、16ビット、32ビット、または64ビットの値を複数格納可能です。たとえば、16個の8ビット整数、8個の16ビット整数、4個の32ビット整数、または2個の64ビット整数を1つのSIMD命令で同時に演算できるため、画像処理や機械学習推論など、大量のデータを高速に処理することが可能です。

  • 型システムとの統合:
    v128はWebAssemblyの型システム上、スカラー型と同様に扱われるため、ローカル変数や関数のパラメータ、関数シグネチャとしても利用できます。これにより、SIMD演算を型安全かつ一貫した方法で扱うことができ、プラットフォーム間の互換性も保たれます。

  • ハードウェア抽象化と最適化:
    v128は、各種ハードウェア(x86のSSE/AVX、ARMのNEONなど)のSIMDレジスタの機能を抽象化したものであり、WebAssemblyのバイナリにおける並列計算命令の基本単位として利用されます。コンパイラはv128を用いた自動ベクトル化により、ループ処理や配列演算を最適化し、ネイティブコードに近いパフォーマンスを実現する手助けをします。


1.3 WebAssembly SIMDの活用分野

WebAssembly SIMDは、特に データ並列処理が有効な分野 において、大幅なパフォーマンス向上をもたらします。

具体的な活用例:

  • 画像・動画処理(フィルタ処理、色補正)
  • 物理シミュレーション(流体計算、剛体計算)
  • 機械学習推論(ニューラルネットワークの推論最適化)
  • 3Dゲームエンジン(キャラクターアニメーション、ライティング計算)
  • リアルタイムデータ解析(ストリーミング処理、暗号解析)

1.4 主要ブラウザの対応状況

現在、SIMDは以下の主要ブラウザでサポートされています。

ブラウザ SIMDサポートバージョン
Google Chrome v91 以降
Microsoft Edge v91 以降 (Chromiumベース)
Mozilla Firefox v89 以降
Safari v15.4〜 で部分対応、v16.4 以降安定
  • これらのブラウザでは、デフォルトでSIMDが有効化 されている場合が多く、特に WebGLやWebGPUと組み合わせることで、ネイティブアプリに匹敵するパフォーマンスを発揮 できます。
  • Safariについては15.4で一部対応が始まり、16.4以降でより安定化しています。

2. WebAssembly 2.0におけるSIMDの進化

2.1 Relaxed SIMD

Relaxed SIMD は、多少の非決定性(同じ入力でも、わずかに異なる結果になる可能性)を許容する代わりに、さらなる高速化 を実現する最適化手法です。ブラウザ側の対応状況は、主要ブラウザ実装状況 のRelaxed SIMD を参照ください。

📝 Relaxed SIMDのポイント

  • 非決定性を許容することで、環境やベンチマークによっては2〜3倍近い高速化 が報告されている
  • 機械学習・物理シミュレーションなど、高速化が求められる分野に最適
  • Google Chrome 114 以降で実験的にサポート

特に、機械学習推論や物理シミュレーションなどでは、わずかな誤差よりも処理速度が重要になるケースが多いため、Relaxed SIMDによる非決定性は実用上問題になりづらく、大きなメリット を得られます。

2.1.1 Relaxed SIMDにおける非決定性の詳細

Relaxed SIMD では、同じソースコード・同じ入力値であっても、CPU や実行環境の違いによって演算結果が微妙に異なる場合があります。具体的には以下のような事例が該当します:

  1. 四捨五入や丸め誤差の処理

    • CPUの内部レジスタや命令によって、浮動小数点演算の丸めルールが若干変わる場合があり、同じ数値入力でも最終的な結果が少し変わることがあります。
  2. 並列処理の割り当て順や命令再順序

    • 実行エンジン(JSエンジンや Wasm VM)が、最適化の過程で命令を再配置したり、CPUが特定の命令セットを使ったりすることで、異なる計算手順を踏む場合があります。
  3. ベクトル命令の実装差

    • Relaxed SIMD は「厳密な決定性」をやや緩めることを許容しているため、ハードウェア・アーキテクチャごとに最適化を施した結果、最終的に得られるビットパターンがほんの少し変わってくることがあります。
なぜ許容されるのか?
  • 高速化の恩恵

    • 多くの数値処理(機械学習やシミュレーション、3Dグラフィックなど)では、1ビットレベルの誤差や丸めの違いが最終結果にほとんど影響を与えません。
    • そのため「厳密さより速度」が重視されるケースでは、Relaxed SIMDのパフォーマンス向上が大きなメリットとなります。
  • アプリケーションによる「誤差許容度」

    • 例えばニューラルネットワークの推論などは、重みや入力に多少の誤差があっても精度全体が大きく崩れることは稀です。
    • グラフィックスでも、フレームごとのわずかな違いは人間にはほとんど知覚されません。
考慮すべき点
  • 厳密な再現性を必要とする場面(暗号処理、厳密な数値検証、テストの完全一致が求められるケース)では、Relaxed SIMDは使用を控えるか、非決定的な挙動がどこで起こりうるかを把握しておく必要があります。

2.2 半精度浮動小数点(FP16)サポート

FP16(半精度浮動小数点) のサポートにより、メモリ消費量を削減しながら処理速度を向上 させることができます。

📝 FP16のメリット

  • メモリ使用量がFP32の半分
  • 機械学習の推論や画像処理で、精度を維持しつつ高速化
  • WebGPUとの統合(後述)により、グラフィックス処理や機械学習推論などで活用可能

特に機械学習の分野では、FP32ほどの精度を必要としないケースが多く、FP16にすることでメモリ帯域と演算コストを削減できるため、大幅なパフォーマンス向上が期待できます。


2.3 高度なSIMD最適化

WebAssembly 2.0では、SIMD機能をより柔軟かつ高度に活用するため、以下のような最適化・新機能が進められています。

  1. コンパイラによる自動ベクトル化の最適化
  2. CPU-GPU連携によるハイブリッド処理
  3. WASI環境(ブラウザ外)でのSIMD活用

これらの取り組みにより、従来よりも高い並列度と最適化 を実現でき、場合によってはネイティブコードに迫るパフォーマンスが期待できます。以下、それぞれをもう少し詳しく説明します。


2.3.1 コンパイラによる自動ベクトル化の最適化

自動ベクトル化(auto-vectorization) とは、コンパイラがソースコード(C/C++/Rustなど)を解析し、ループ処理や配列演算などを自動的にSIMD命令へ変換 する技術です。WebAssembly向けのコンパイラ(Emscripten, LLVM-basedツールチェーン, Rustコンパイラなど)では、以下のような最適化が進められています。

  • ループ解析: 例えば、配列の要素を順次加算するだけの単純なループであれば、コンパイラが「SIMDレジスタを使えば複数要素を一括処理できる」と判断し、i32x4 などのベクトル命令を利用する形に変換します。
  • データのアラインメント最適化: ベクトル命令はしばしば「メモリアラインメント」(データが16バイト、32バイト境界に揃っていること)を要求または推奨します。コンパイラがこれを考慮し、配列の配置を最適化することで、SIMD命令を適切に発行できるようになります。
  • ランタイム分岐の除去: SIMD命令を使う際に厳密な境界チェックや特殊ケースを取り除くことで、高速化が得られます。ただし、非決定性が許容されない処理(Relaxed SIMDを使わない場合)では厳密さを維持しなければならず、最適化が難しくなる場合があります。

これらのコンパイラレベルの最適化 が進んでいくことで、開発者が明示的にSIMD命令を呼び出さなくても、WebAssemblyバイナリが内部的にSIMD命令を多用 し、高速化するケースが増えてきています。


2.3.2 CPU-GPU連携によるハイブリッド処理

WebAssemblyコード(CPU側で動く部分)とGPU処理(WebGPUやMetal/Vulkan/Direct3Dなど)を組み合わせることで、ハイブリッドな並列処理 が可能になります。具体的には以下のような流れで最適化が期待されます。

  1. CPU側(Wasm)でのSIMD処理

    • 軽量な前処理・後処理、またはGPUに渡すデータの整形などをSIMD命令で並列化し、CPU時間を削減。
    • 例えば、画像サイズを変換したり、機械学習モデルの重みをプリプロセスするなど。
  2. GPU側での大量並列演算

    • WebGPU(またはネイティブAPI)を通じて、大規模データをGPU上で一括処理
    • 例えば、機械学習の推論の主要部分や3Dグラフィックスの描画などをGPUにオフロード。
    • GPU上でも半精度浮動小数点(FP16)を扱い、さらに高い並列度を発揮する。
  3. 結果の受け取り・最終処理

    • 計算結果をWasmコードに戻し、簡単な集約や表示、ネットワーク送信などを行う。

このようなCPU+GPUの協調 により、両方のSIMD能力を最大限に活かせます。CPU側ではSIMD命令を使って小規模な並列処理を、GPU側では数万〜数十万の並列演算をこなすため、総合的なスループットが大幅に向上 するわけです。


2.3.3 WASI環境(ブラウザ外)でのSIMD活用

WASI(WebAssembly System Interface) とは、WebAssemblyをブラウザ外(サーバーサイドやエッジ環境など)で活用するためのAPI標準化プロジェクトです。ブラウザ以外のランタイム(Wasmtime, Wasmer, Node.js --experimental-wasi など)でも、SIMD命令を利用することで次のような最適化が進んでいます。

  • サーバーサイド画像/動画処理: CDNのエッジサーバーなどで、WasmモジュールをSIMD対応ビルドにすることで、負荷の高いトランスコードやサムネイル生成を高速化。
  • リアルタイム解析: ストリーミングデータの処理や暗号演算などで、SIMD命令を使って並列化し、従来のネイティブコードに近いパフォーマンス を目指す。
  • サーバーレス環境: WASI対応のサーバーレスプラットフォーム(Fastly Compute@Edge, Cloudflare Workers WASM, etc.)でSIMD命令を活かせば、軽量コンテナ的なスピンアップ+高性能 を両立できる。

ブラウザ以外の領域でも、SIMDとWASIの組み合わせにより、高い移植性と性能 を両立するソリューションが増えています。


GPUによる並列処理との組み合わせ

上記いずれのシナリオでも、GPUによる並列処理を組み合わせる ことで更なるパフォーマンス向上が見込めます。特に、機械学習や大規模シミュレーションでは、

  • Wasmで軽量なロジックをSIMD化 し、
  • メインの行列演算/画像処理をGPUにオフロード する」

という構成が多く見られます。これにより、CPUとGPU双方の特性を最大限活用でき、ネイティブ言語で書いたアプリケーションに迫る性能 をブラウザやエッジ環境でも得ることが可能です。


2.4 WebGPUとの統合

「WebGPUとの統合」 とは、WebAssembly(Wasm)で動くコードが、より直接的・効率的にGPUを活用できるようになる ことを指します。
従来のWebGLはグラフィックス描画が中心でしたが、WebGPUは汎用的なGPUコンピュート(GPGPU) をサポートしており、機械学習や大規模な並列計算にも使いやすいAPIになっています。

2.4.1 WebGPUの概要

  • WebGPU は Direct3D 12 / Vulkan / Metal などのネイティブAPIを抽象化した、次世代ブラウザ向けグラフィックス&コンピュートAPI
  • JavaScriptやWasmから呼び出すことで、より低レベルなGPUリソース管理 が可能になり、ネイティブ並みの高パフォーマンスを得やすくなります。
  • 機械学習大規模シミュレーション など、グラフィックス以外の用途への拡張を強く意識しています。

2.4.2 FP16 × WebGPU の利点

  • FP16が使えると、メモリ転送や演算コストが削減 でき、GPU処理をさらに高速化できます。
  • 画像・映像処理や機械学習推論などでは、FP32の高精度を必ずしも必要としないケースが多く、FP16を使うことで性能向上とメモリ節約の両立 がしやすくなります。
  • WebGPUのコンピュートシェーダー(WGSL)でFP16演算を活用することで、ブラウザ環境やWASIランタイムでもGPUを使った高速な並列処理 が実現可能です。

2.4.3 Wasm+WebGPUの典型的な流れ

  • Step 1: Wasm側でデータ(画像や行列、NNモデルの重みなど)を準備
  • Step 2: WebGPU APIを呼び出し、GPUバッファを確保して、必要に応じてFP16形式でデータを転送
  • Step 3: コンピュートシェーダ(WGSL)を実行し、GPUで並列演算
  • Step 4: 演算結果を再びWasm側に戻す
  • Step 5: 後処理(結果表示やさらに別の演算)を実行

以下のMermaid図は、このフローをイメージ化したものです。

このようにCPU(Wasm)+GPU(WebGPU) の連携を活用することで、Web環境でもネイティブアプリに匹敵する高速な数値演算やグラフィックス処理が期待できます。


2.4.4 フロー全体をFP16にするメリット

前述のフローすべて(Wasm側の前処理・後処理を含む)をFP16 で統一すると、以下のような追加的な利点があります。

  1. メモリ使用量削減の継続

    • 前処理から後処理まで、一貫してFP16を使えば、常にFP32の半分のメモリ で済みます。
    • 特にスマートフォンやIoT端末など、メモリに制約がある環境で効果大です。
  2. 転送コストのさらなる削減

    • CPU(Wasm)⇔ GPU(WebGPU)の間で、常に半精度フォーマットを使うことで、データ転送量がFP32の半分 になります。
    • これにより通信・バッファ転送のボトルネックが軽減され、パフォーマンスが向上します。
  3. 変換処理の省略

    • 「CPU側でFP32を生成 → GPU側でFP16に変換」などのステップが不要になり、フォーマット変換に伴うオーバーヘッド が削減されます。
    • 軽微な演算でも積み重なると大きな差につながります。
  4. 誤差モデルの一貫性

    • パイプライン全体を半精度に統一すれば、誤差や丸め特性が一貫し、デバッグやチューニングがやりやすくなります。
    • 機械学習などでは大半の場合、FP16の誤差は許容範囲に収まります。
注意点
  • 精度要件の確認

    • FP16の範囲や精度では不十分なアルゴリズム(非常に大きな値や繊細な数値計算が必要な場合)もありえます。
    • 必要に応じて、一部ステップだけFP32に切り替えるなど柔軟に設計してください。
  • CPU側の実装状況

    • GPUがFP16をネイティブで処理できても、CPU(Wasm側)でのFP16サポート が十分でない環境も存在します。
    • その場合、ソフトウェア変換やエミュレーションが走り、逆にオーバーヘッドが発生する可能性があります。
  • フォールバック戦略

    • FP16 SIMD命令をサポートしない環境に向けて、別途FP32版やSIMD非対応版を用意するなど、後方互換性 をどう確保するかも検討が必要です。

2.5 ブラウザ外(WASI環境)でのSIMD活用

WebAssemblyはブラウザだけでなく、WASI(WebAssembly System Interface) を通してサーバーサイドやエッジなど、さまざまな環境で利用されます。以下はWASI環境でのSIMD活用イメージを示した簡単な図です。

  • WASI対応ランタイム(例:Wasmtime, Wasmer, Node.js --experimental-wasiなど)では、WebAssemblyのSIMD命令もサポートが進んでおり、サーバーサイドでもネイティブに近い性能 が期待できます。
  • 画像処理・動画トランスコード・機械学習推論・エッジデバイスのリアルタイム解析など、ブラウザ以外の用途 でもSIMDを活用する動きが拡大しています。

2.6 x86 (Intel/AMD) におけるRelaxed SIMD・FP16対応状況

Relaxed SIMD はWebAssemblyレイヤー(仕様)の提案で、「同じ入力から厳密に同じビット結果を出力する」という決定性を多少緩和し、高速化や命令再順序を認める仕組みです。
x86(Intel/AMD)上でこれを活用すると、既存のSSE/AVX/AVX-512命令 をより自由に再配置でき、パイプラインのステールや補助処理を省けるため、理論的には大幅な速度向上 が期待されます。
以下、Relaxed SIMD と x86 アーキテクチャの関係をより詳しく見てみましょう。


2.6.1 Relaxed SIMD と x86アーキテクチャ

  1. 命令再順序・丸めモードの違い

    • x86上の浮動小数点演算(SSE, AVX, AVX-512など)には、内部レジスタの広さ丸めモード命令の再順序 が絡んできます。
    • WebAssemblyの通常モードでは、「同一入力→ビット単位で同じ結果」をほぼ保証する ために、エンジンが一部命令の順序固定や追加の補正演算を行う場合があります。
    • Relaxed SIMD では「多少の非決定性や丸め差異があってもいい」と宣言されるため、コンパイラ/JITがx86 SIMD命令を最適化的に再配置 しやすくなり、レジスタの丸め挙動をそのまま利用できるケースが増えます。
  2. SSE vs AVX vs AVX-512

    • x86には世代ごとに進化したSIMD拡張があり、SSE (128-bit)AVX (256-bit)AVX-512 (512-bit) の順にレジスタ幅や命令セットが拡張されてきました。
    • 通常のWebAssembly SIMDでは「128ビット幅」が基本でしたが、Relaxed SIMD によって、一部の実装がマルチインストラクション(例: AVX 256-bit命令を2つに分割など)を自由に組み合わせるときのオーバーヘッド を減らせる可能性があります。
    • また、AVX-512 は命令の再順序や幅広い演算機能を備えており、Relaxed SIMDを適用することでさらに大きな並列度 を生かしやすくなるかもしれません(ただし、実際にはCPU世代によるAVX-512のサポート状況が複雑)。
  3. 決定性を犠牲にするメリット

    • 例えば、中間演算の丸めがIEEE754規格と微妙にずれる演算順序が異なるために最終ビットが違う、などの現象が起こり得ます。
    • これを完全に抑止するには、あえて順序を固定したり、余分な命令で正規化チェックを挟むなどの手間が必要でした。
    • Relaxed SIMDを使うと、こうした厳密さを省く ことで、同じハードウェア命令をより生の形で連続して実行 でき、パイプラインのスループットを高められる利点があります。
  4. 実測でどの程度速くなる?

    • まだ本格的なベンチマークは限られていますが、Chrome/V8チームの発表 などで「特定のワークロードで2〜3倍ほど高速化が確認された例がある」旨が紹介されています。
    • ただし、これは環境やコードパターンによって大きく左右されるため、暗号化や学術的な数値計算など、厳密性が必須の場面では控える 必要があるでしょう。

2.6.2 FP16のハードウェアレベル対応 (Intel/AMD)

  1. 従来はFP32変換が中心

    • x86では長らくFP16を直接演算する命令が存在せず、ロード/ストア時にFP32に変換したうえで内部演算を行うケースが大半でした。
    • Relaxed SIMDを有効にしても、ネイティブFP16命令がない世代 のCPUでは、そこまで大きな高速化は見込めないかもしれません。
  2. IntelのAVX-512 FP16 (Sapphire Rapids以降)

    • 第4世代Xeon (Sapphire Rapids) などのサーバー向けCPUでは、AVX-512 FP16 が実装され、FP16をネイティブ演算できるように。
    • Relaxed SIMDと組み合わせると、AVX-512 FP16命令を最大限に活用 できる可能性があり、計算順序や丸めを多少緩和することでさらに高速化 するシナリオが想定されています。
    • ただし、実運用ではまだ新しいCPUであり、ランタイムの対応や検証事例 が限られています。
  3. AMD Zen 4

    • AMDのZen 4は FP16 を含むAVX-512命令セットを実装していません。これは、AMDがAVX-512命令の実装に伴う消費電力の増加や、クロック速度への影響などのトレードオフを懸念しているためです。これまでのZen、Zen+、Zen 2、Zen 3と同様の設計方針がZen 4にも適用されています。

2.6.4 今後の展望 (x86 + Relaxed SIMD)

  • 主要ブラウザエンジン(Chrome/V8、Firefox/SpiderMonkey、WebKit/JavaScriptCore)のRelaxed SIMD実装 が進むにつれ、x86アーキテクチャ のSSE/AVX/AVX-512命令をより最適に使えるようになると考えられます。
  • 最先端CPU(Sapphire Rapids, Zen 4等) でのFP16ネイティブ命令+Relaxed SIMD の組み合わせは、特に機械学習や大規模数値演算で大きな性能向上が期待できます。
  • ただし、実測ベンチマーク はまだ限られ、アプリ側で誤差許容度やフォールバック手段 をどう整備するかが課題です。
  • 結果的には、x86でもARM同様に「多少の非決定性を許容して高速化」 という流れが広がり、ブラウザ内外(WASI環境など)でWasmtimeやNode.jsがRelaxed SIMD を積極的に活用する未来が見据えられます。

2.7 ARMとApple MシリーズにおけるFP16とRelaxed SIMD対応状況

ARMアーキテクチャ (ARMv8.2以降) はNEON拡張でFP16演算をサポートし、AppleのM1/M2などもCPU・GPUレベルで半精度浮動小数点演算に対応 しています。本節では、ARM系CPUによるFP16と、Relaxed SIMD の対応状況についても触れます。


2.7.1 ARMv8.2 NEON FP16拡張

  • ARMv8.2 でNEON命令が拡張され、FP16の加算・乗算・ロード/ストア などがハードウェアレベルで行えるようになりました。
  • これにより、FP32→FP16のソフト変換 を挟まなくても、CPU上で半精度演算が実行でき、画像処理や機械学習で大幅な性能/メモリ効率向上 が期待できます。
  • サーバー向けARMチップ(AWS Graviton、Ampereなど)ではSVE(Scalable Vector Extension)を使ってさらに大規模に並列化したFP16演算が可能なものもあります。一方、モバイル/デスクトップ向けSoCは主にNEON でFP16を扱います。

2.7.2 Apple Mシリーズ (M1~)

  • Appleシリコン(M1~)は、ARMv8アーキテクチャをベース にApple独自の拡張を加えたSoC。
  • CPU NEON がFP16演算をネイティブサポートするほか、GPUNeural Engine でも半精度処理を最適化しており、Metal APIやCore ML経由で大きな高速化を実現しています。
  • WasmでFP16を使った場合、JavaScriptエンジンやWasmランタイムがNEON命令を適切に生成 してくれれば、M1~ のCPU性能を生かせるでしょう。GPUとも連携すれば、さらに高い並列度を発揮します。

2.7.3 Relaxed SIMD対応状況(ARM/Apple環境)

Relaxed SIMD はWebAssemblyレイヤーの仕様(提案段階)であり、“同じ入力→厳密に同じビット結果” という決定性を多少緩和し、高速化や命令再順序を自由化する 仕組みです。これがARMベースのCPU(含むAppleシリコン)で使われた場合、以下のような動作・メリットが考えられます。

  1. NEON命令の最適化余地が増える

    • 通常のSIMDの場合、厳密な丸めや演算順序をエミュレートするために、一部の命令を抑制したり順序を固定する必要があります。
    • Relaxed SIMDでは「結果に多少の誤差(丸め、順序の違いなど)があってもよい」という条件があるため、コンパイラやJITランタイムがNEON命令を再配置・再結合 しやすくなり、理論上はより高速化が見込めます。
  2. 丸め/サチュレーション挙動の違い

    • ARM NEONには、FP演算での丸めモードやサチュレーションの仕組みがあり、正確なIEEE754準拠 に合わせるためにオーバーヘッドが生じるケースがあります。
    • Relaxed SIMDでは「多少の丸め差異」を認めることで、ネイティブNEON実装 そのままを使いやすくなり、実測で数十%〜数倍近い性能向上 が報告される事例もあるようです(まだ実験段階のものが多い)。
  3. Appleシリコンへの具体的対応

    • WebKit/SafariやJavaScriptCoreエンジンがRelaxed SIMDを実装していく過程で、M1/M2のNEON命令を最大限に利用 する可能性があります。
    • ただし、開発者が直接コントロールするわけではなく、内部JITの最適化 によるところが大きいです。現在(2024年頃)は実験的対応段階で、今後のエンジンのアップデートにより安定化・高速化が期待されます。
  4. 注意点: 厳密性が必要な場面

    • ARM NEONは“Flush-to-zero”や“Round-to-nearest”など、細かい挙動がハードウェア依存となる部分があります。
    • Relaxed SIMDを有効にすると、プラットフォーム間で結果が微妙に異なることもあり、暗号処理や厳密な検証 には不向き。
    • Appleシリコンでも同様に、厳密なIEEE754準拠を完全保証 できなくなる可能性があるため、アプリケーションが誤差許容度を把握 しておくことが重要です。

2.7.4 今後の見通し

  • ARMベースCPU (Apple含む) はモバイル・デスクトップ・サーバー問わずシェアが拡大しており、FP16やRelaxed SIMD最適化 を活かして性能を引き出す取り組みが活発化しています。
  • WebAssemblyエンジン(V8, JavaScriptCore, Wasmtime, etc.)でのRelaxed SIMD対応 が進めば、ARM環境でさらに高速 なベクトル演算が得られるでしょう。
  • Appleシリコンは特にGPUやNeural Engine との連携を重視しており、WebGPUやMetalとの協調によって、軽量ロジックはCPUのRelaxed SIMD、巨大データ演算はGPU といった使い分けが今後さらに発展していくと考えられます。

2.8. Relaxed SIMD の注意点:暗号や精度が厳密に必要な場面

Relaxed SIMD を有効にすると、同じ入力でも、環境やCPU世代によって演算順序・丸めモードが変わりやすくなる ため、暗号処理・厳密テスト など結果の再現性が重要なケースでは注意が必要です。これは、x86 だけでなく ARM/Appleシリコン でも共通する課題です。

2.8.1. 非決定性が増す理由

  • Relaxed SIMDは「1ビット単位で同じ結果を保証しなくても良い」という設計方針のため、コンパイラ/JITが自由に命令再配置・丸めモードを活用 できます。
  • x86 (SSE/AVX/AVX-512) でも、内部レジスタの丸めやフラッシュトゥゼロ など環境依存の挙動をそのまま使えるようになり、結果が微妙に異なる可能性が出ます。
  • ARM (NEON/SVE) や Apple Mシリーズでも、厳密なIEEE754との乖離 や演算順序再配置によって、ビット単位の一致が崩れる恐れがあります。

2.8.2. 暗号処理や完全再現テストへの影響

  • 暗号アルゴリズムでは、鍵生成やハッシュ計算 などでビット単位の再現性が必要な場合があります。
  • ユニットテストや厳密検証を行うコードでも、「同一入力→同一ビット出力」 が崩れると問題になるケースがあります。
  • Relaxed SIMDを使うと、環境ごとに最終ビットが異なる結果が得られる場合があるため、こうしたシナリオには不向き です。

2.8.3. 精度より速度が重視される場面向け

  • ニューラルネットワーク推論(少数点以下の誤差が全体精度に大きく影響しにくい)、画像・映像処理(多少の丸め誤差は視覚的に気にならない)といった分野では、Relaxed SIMDを使うメリットが大きいです。
  • CPU(x86/ARM)側で重いループをベクトル化しつつ、わずかな誤差が許容範囲に収まるのであれば、最大限に最適化 して実行性能を高められます。

2.8.4. 要フォールバック戦略

  • 「暗号や厳密演算だけはRelaxed SIMDを無効化する」「モジュール単位で通常のSIMDとRelaxed SIMDを切り替える」などの戦略が必要になることがあります。
  • ブラウザやWASIランタイムが対応を進める中で、アプリケーションが誤差許容度を把握し、設定を切り替える 仕組みが一般的になると考えられます。

Relaxed SIMD の注意点のまとめ

  • Relaxed SIMD はx86/ARM問わず、非決定性を許容し高速化を狙う 仕組みです。
  • 暗号やビット単位で一致が必要な計算には 不向き であり、誤差許容度が高い処理(機械学習推論、画像・映像処理など)で積極的に使う のが望ましい。
  • CPUごとの丸めモードや再順序最適化 を自由に行うため、大幅な性能向上が見込める反面、結果の完全再現性は保証されなくなるトレードオフがある点には留意してください。

3. FAQ

Q1. FP16 と Relaxed SIMD は同時に使えますか?

結論としては、「両方同時に使うことは可能」 です。

  • 独立した拡張機能 であり、排他的な制約はありません。
  • ただし、それぞれの機能(FP16 / Relaxed SIMD)をサポートしているブラウザやランタイムである必要があります。
  • 両方を併用すると、計算精度より速度・メモリ効率を重視するワークロード(機械学習推論や画像処理など)で、さらに高速化やメモリ削減が見込めます。
  • 一方で、誤差が大きくなる可能性があるため、厳密性が求められる処理には注意が必要です。

Q2. 主要ブラウザやランタイムがSIMD拡張に対応していない場合はどうなりますか?

  • ほとんどの主要ブラウザ (Chrome/Firefox/Safari/Edge) はSIMDをサポート していますが、古いバージョンや一部の環境ではSIMD機能が無効化されている場合もあります。
  • WasmのバイナリがSIMD命令を含んでいると、それを理解できない実行環境では実行がエラーになるか、フォールバックが必要 です。
  • フォールバックとして、SIMD命令を使わないWasmコードを別途用意しておくか、あるいは機能検出を行い動的に切り替えるのが一般的です。

Q3. Relaxed SIMD と Threads (マルチスレッド) を同時に使ってさらに高速化できますか?

  • はい、可能です。こちらも両方の拡張機能をサポートするランタイムやブラウザであれば、同時に利用できます。
  • Threads 拡張は WebAssembly でマルチスレッドを実現するもの、Relaxed SIMD は並列ベクトル演算における非決定性許容による高速化を可能にするもので、各々が独立した最適化ポイント となります。
  • ただし、スレッド安全性やメモリ管理には注意が必要です。

Q4. SIMDが非対応・利用不可の環境を完全に切り捨てることはできないのでしょうか?

  • WebAssemblyの大きな利点は「どの環境でも同じバイナリを実行できる」点ですが、拡張機能をフル活用すると、それをサポートしていない環境では動作しない 場合があります。
  • 今後は多くの拡張が標準化・実装されていき、SIMD対応が当たり前になっていくと考えられます。しかしレガシー環境をどう扱うかは、アプリ開発者の判断になります。

Q5. C/C++やRustでWasm SIMDを使うには特別なコンパイラオプションが必要ですか?

  • 多くの場合、適切なターゲット指定やSIMDサポートフラグ を有効にする必要があります。
    • 例えば、Emscripten なら -msimd128 フラグ、Rust なら -C target-feature=+simd128 などを明示すると、SIMD最適化を利用しやすくなります。
  • ただし、コンパイラの自動ベクトル化 に頼るだけだと、コードパターンによってはSIMD化されない場合もあるため、intrinsic関数(ベクトル命令を直接呼び出すAPI)を利用する方法も検討してみてください。

Q6. FP16で精度が不足する場合、どうすればいいですか?

  • 一部の計算ステップだけFP32やFP64 に戻す方法が考えられます。
    • 例えば、ニューラルネットの推論全体はFP16、ただし最後の集計部分や勾配計算などはFP32で行う、など。
  • そもそもFP16を使わない(FP32で一貫する)という選択肢もあります。アプリケーションの精度要件 に応じて使い分けましょう。

Q7. 「Wasm 2.0」への移行で後方互換性は保たれますか?

  • WebAssemblyは常に後方互換性を重視 して設計されています。
  • 既存のWasm 1.0バイナリが動かなくなるということは基本的にありません。ただし、新拡張に依存したバイナリは拡張非対応の環境 では動かない可能性があります。
  • 実際には、Relaxed SIMDやFP16などは段階的に実装される拡張 なので、環境ごとに対応状況が異なる点に注意しましょう。

Q8. レガシーなハードウェアや古いOS環境だとSIMD自体がない場合は?

  • 一部の非常に古いデバイスや組込み向けCPUなどでは、SIMD命令セットがそもそも存在しない場合があります。
  • WebAssemblyランタイムは、ソフトウェアフォールバック などで最低限の動作を保証することが多いですが、速度面で大幅に劣化する可能性があります。
  • こうしたケースでは、ネイティブ並の性能 は望みにくく、SIMDを使わないビルド も併用して提供する方法が考えられます。

Q9. SIMDを使ったコードの性能を測定するベンチマーク方法は?

  • ブラウザであれば、Web Performance APIconsole.time() などを使って測定し、通常のWasmコード(SIMD非使用) と比較するのが一般的です。
  • サーバーサイド(WASI等)では、高精度な測定ツールtime コマンドや Perf、プロファイラなど)を使うとよいでしょう。
  • 性能計測時には、JITのウォームアップベンチマークループ を十分に回すなど、最適化が安定するまで計測する工夫が必要です。

4. まとめ

🚀 Wasm 2.0でのSIMDの進化ポイント

  1. Relaxed SIMDによるさらなる最適化(環境や用途により大幅高速化)
  2. FP16の追加でメモリ削減と処理高速化
  3. コンパイラの最適化、WebGPUとの統合
  4. WASI環境(ブラウザ外)でもSIMDを活用可能に

WasmにおけるSIMDの進化は、機械学習や物理シミュレーションなど計算量の多いアプリケーションのWeb上での実行を一段と加速 し、サーバーサイドやエッジでの活用 においても大きな可能性を秘めています。


5. おまけ: WebAssemblyのことをなぜ「Wasm」と呼ぶの?

最後に、WebAssemblyという名称をしばしば「Wasm」と呼ぶ理由について簡単に解説します。

  1. 略称としての「Wasm」

    • 「WebAssembly」は若干長い名称なので、コミュニティや公式ドキュメントでも短縮形の “Wasm” が広く使われるようになりました。
    • WebAssembly公式サイト(https://webassembly.org/)などでも、「Wasm」という言葉が登場します。
  2. .wasm バイナリファイル

    • WebAssemblyのコンパイル済みバイナリは、.wasm 拡張子が利用されるのが一般的です。
    • これにより、「Wasm = WebAssemblyバイナリ」というイメージが定着し、名称も自然に浸透。
  3. Wasm はWebAssemblyとほぼ同義

    • 「Wasm」=「WebAssemblyバイナリ」だけでなく、WebAssemblyそのもの を指す際にも「Wasm」という呼び方が定着しています。
    • 「Wasm 2.0」「Wasm GC」「Wasm Threads」など、多くの拡張や提案でも「Wasm」を冠する名称が使われており、事実上の別名・略称と考えて問題ありません。

📌 参考リンク


以上

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