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はじめての圏論

Last updated at Posted at 2016-12-17

圏論は第二次世界大戦中にアメリカの数学者Samuel EilenbergとSaunders MacLaneによって構築されました。
当初は純粋数学の一理論でしたが、現在ではプログラミングやデータベース等、様々な分野に応用されるようになっています。

ここまで大きく広がった圏論ですが、そもそもどのような動機で生まれたのか、生まれる過程でどのような思考があったのでしょうか?

この記事では、EilenbergとMacLaneによる人類初の圏論の論文[Nat]をひもとき、圏論が生まれる様子を見ようと思います。

はじめての圏論

まずは、人類初の圏論の論文を探す事から始めましょう。
このヒントはMacLaneによる圏論のバイブル[Cat]の参考文献にあると考え、調べてみました。
この本の参考文献にあるEilenbergとMacLaneの論文の中で最も古いものを見ると、1942年に書かれた論文[Gro]と[Nat]が見つかります。

それぞれ内容を確認すると、[Gro]にはNaturalityの議論はあるものの、Functorなどの言葉は登場しません。
一方、[Nat]ではFunctorやNatural Equivalenceが定義されており、これを人類初の圏論の論文と考えた方が良さそうです。

詳しくは後ほど解説しましすが、この論文で定義される圏論は現在の一般的な定義とは異なった形になっています。
圏論が現在の形で定式化される前の、発達段階の状態が垣間見え、興味深いです。
また、もっと一般的に言えることでも、この論文では対象を絞った言及をしている箇所があります。この辺りも綺麗に一般化する前の雰囲気を感じます。

圏論が誕生した動機

この論文は何を動機として書かれたのでしょうか。冒頭の文章を引用します。

Frequently in modern mathematics there occur phenomena of "naturality": a "natural" isomorphism between two groups or between two complexes, a "natural" homeomorphism of two spaces and the like. We here propose a precise definition of the "naturality" of such correspondences, as a basis for an appropriate general theory.

和訳すると、このような感じでしょうか。

現代数学では、しばしば「自然性」(naturality)という現象、すなわち、2つの群の「自然な」同型や、2つの複体の「自然な」同型、2つの空間の「自然な」位相同型などが生じる。ここでは、適切な一般理論の基礎として、そのような対応の「自然性」の正確な定義を提案する。

圏論を紹介する様々な文献に書いてありますが、現代数学のいろいろなところに顔を出す「自然性」を定義しようとしたんですね。
現在、「圏論」と呼ばれるようになっていますが、元々は「自然同値」を定式化したかったことが分かります。
"Category Theory"という名前がついたタイミングは分かりませんが、もしかすると、"Category Theory"でなく、"Naturality Theory"となっていたかもしまれせん。

自然性とは?

では、具体的に「自然性」とは何でしょうか?
[Nat]の冒頭でも示されている例を挙げてみます。

指標群

$G$ を有限群とし、$P = \mathbb{R}/\mathbb{Z}$ を加法群とします。このとき、$G$ から $P$ への群準同型写像を指標(character)と呼びます。
2つの指標 $f, g$ に対して、指標同士の積を $fg(x) := f(x) + g(x) (x \in G)$ と定めることで、$G$ から $P$ への指標全体は群になります。これを指標群(character group)と呼び、$Ch(G)$ で表します。

群と、その指標群との同型

有限群 $G$ とその指標群 $Ch(G)$ は同型であることが知られていますが、これは「自然な」同型ではありません。
特に、$G$ を素数位数 $p$ の巡回群とするとき、$G$ の生成元 $x$ に対して $G$ から $Ch(G)$ への同型写像が対応します。この対応は $x$ が写る $Ch(G)$ の生成元の選び方によって決まり、$p-1$ 通りありますが、この同型写像同士は特別な区別がされません。

群と、その指標群の指標群との同型

しかしながら、$G$ とその指標群の指標群 $Ch(Ch(G))$ の間には「自然な」同型写像が存在します。
なぜなら、$G$ に対して生成元に依存しない $Ch(Ch(G))$ との同型写像が1つ存在するからです。

まとめると、このような関係です。

\begin{align}
G \simeq Ch(G) & \quad 生成元の選び方に依存する同型 \\
G \simeq Ch(Ch(G)) & \quad 生成元の選び方に依存しない、自然な同型が存在
\end{align}

一体、この2つの同型は何が違うのでしょうか。
これを数学的に定式化するために、EilenbergとMacLaneが考え出したのが自然同値です。

個人的な感想ですが、この論文では指標を使って自然同値を説明していますが、現在の標準的な圏論の教科書はベクトル空間の双対空間を使って自然同値の説明をしているものが多いように思います。おそらく、時が経つにつれ、より分かりやすい例に変わっていったのではないかと思います。ベクトル空間の双対空間を使って自然同値の説明を始めたのは誰なのか、いつからなのか、少し興味があります。

関手

EilenbergとMacLaneは自然性を議論するため、関手(functor)を定義しました。
現在目にする定義とは異なりますが、次のように関手を定義しました。

関手 $T$ は次の要素から構成されます。

1. 群関数(group function)

位相群の組 $(G,H)$ に対し、群 $T(G, H)$ を定める群関数

2. 写像関数(mapping function)

準同型 $\gamma:G_1 \rightarrow G_2, \, \eta:H_1 \rightarrow H_2$ の組に対し、

T(\gamma, \eta): T(G_1, H_2) \longrightarrow T(G_2, H_1) \tag{1}

を満たす準同型 $T(\gamma, \eta)$ を対応させる写像関数

また、写像関数は次の性質を満たすとする。

3. 写像関数の性質1

$\gamma:G \rightarrow G, \, \eta:H \rightarrow H$ が恒等写像のとき、$T(\gamma, \eta):T(G, H) \rightarrow T(G, H)$ も恒等写像

4. 写像関数の性質2

積 $\gamma_2\gamma_1, \, \eta_2\eta_1$ が定義できるとき、

T(\gamma_2\gamma_1, \, \eta_2\eta_1) = T(\gamma_2, \eta_1) T(\gamma_1, \eta_2) \tag{2}

となる。(添え字に注意)

この論文では、これを関手と定義しています。
ここで、(1)や(2)で $H$ や $\eta$ に関する添え字が逆転していることから、これを反変関手(contravariant functor)と呼びます。
添え字が逆転しないケースを、共変関手(covariant functor)と呼びます。

この論文では、話の流れとして指標群と元の群の関係を最初に説明しているため、初めて登場する関手は反変関手の方になっています。現在の圏論の教科書では共変関手の説明から入るのが一般的だと思うので、ちょっと新鮮でした。

また、実際の例として、次のような関手が挙げられています。
1. 直積 $G \times H$ から作られる関手
2. 離散群のテンソル積 $G\circ H$ から作られる関手
3. 「fixed locally compactな位相アーベル群から、他の位相アーベル群へのすべての準同型」の群から作られる関手
4. 上記3の群として指標群を利用した場合の関手

関手の同値性

これら関手に対して、いよいよ同値性を定義します。

$T, S$ を $G$ (第一引数)が共変、$H$ (第二引数)が反変な関手とします。

\tau(G, H): T(G, H) \longrightarrow S(G, H)

が与えられるものとします。
$\tau$ が次の条件E1, E2を満たすとき、「$\tau$ は $T$ から $S$ への自然同値(natural equivalence)を定める」と言い、「$T$ は $S$ と自然同値である」と言います。(記号では $\tau: T \leftrightarrow S$ と書く)

条件E1(term-by-term isomorphism)

各 $\tau(G, H)$ は $T(G, H)$ から $S(G,H)$ への双連続な同型写像

条件E2("naturality" condition)

各 $\gamma: G_1 \rightarrow G_2, \, \eta: H_1 \rightarrow H_2$ に対し、$\tau(G_2, H_1) \, T(\gamma, \eta) = S(\gamma, \eta) \, \tau(G_1, H_2)$

自然同値の例

自然同値は、反射律、対称律、推移律を満たすため、同値関係となります。
そして、この論文では、自然同値の例として、

G \simeq Ch(Ch(G)) \\
(G_1 \times G_2) \circ H \simeq (G_1 \circ H) \times (G_2 \circ H) \\
Hom(G_1 \times G_2, H) \simeq Hom(G_1, H) \times Hom(G_2, H) \\
Hom(G, Hom(H, K)) \simeq Hom(G \circ H, K) \\

などが挙げられています。

自然同値でない例

自然同値でないものの例として、$G と Ch(G)$の関係が挙げられています。自然同値でない理由としては、さらっと

for the simple reason that the functor $I$ on the left is covariant, while the functor $Ch$ on the right is contravariant.

と書いてあります($I$は恒等関手のことです)。
要するに、共変関手から反変関手への自然変換は存在しない、ということですね。

一般化

この論文では、「群と準同型」のように、対象を限定した定義をしていました。
しかし、関手と自然同値のこのような構成は、「位相空間と連続写像」「単体複体と単体写像」「Banach空間と線形変換」のような、類似の公理を満たすものに適用可能であることが示唆されています。
そして、より広い自然性の概念が、関手の間の同値性として、これに続く論文で研究されるだろうと述べて、はじめての圏論の論文は締めくくられています。

最後に

駆け足ではありましたが、はじめて圏論(関手や自然同値)について触れられた論文を紹介しました。
現在の定義とは異なる記述であり、また、曖昧さを感じる箇所もありました。
ただ、圏論が誕生しようとしている過渡期の雰囲気が面白く、今回紹介させていただきました。

現在の圏論を学んいる方も、こういう一面を知ることで、更に興味が沸けば幸いです。

参考文献

[Cat]: S. MacLane, Categories for the Working Mathematician, Graduate Texts in Mathematics, Springer (1978).
[Gro]: S. Eilenberg and S. MacLane, Group Extensions and Homology, Annals of Mathematics, 43(1942), 757-831.
[Nat]: S. Eilenberg and S. MacLane, Natural Isomorshisms in Group Theory, Proceedings of the National Academy of Sciences, 28(1942), 537-543.

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