はじめに
今回の記事では,タイトルの通り,psychopy.event.getKeys()
を使う際に,条件が揃うと負の反応時間を取得できることを紹介します。基本的に負の反応時間は実験作成者が求めているものではないので,それが得られてしまって「バグかな。困ったな。」というときに参考になれば幸いです(自分が困ったことがある)。ポイントは,負の反応時間がほしくなかったらevent.clearEvents()
を忘れるなということです。
(20191119更新)
win.flip()も重要っぽいを追加しました。どうやら負の反応時間を得るのは一筋縄ではなさそうです。
方法
キーを押してから反応時間計測用のcore.Clock
オブジェクト(例えばstopwatch
という変数名)に対して.reset()
を実行し,psychopy.event.getKeys(timeStamped=stopwatch)
すると負の反応時間が得られます。実際に負の反応時間が得られるコードを見ていきましょう。
コード例 1
from psychopy import visual, core, event
win = visual.Window()
stopwatch = core.Clock()
stim = visual.TextStim(win)
l_letter = ['a','b','c']
for letter in l_letter:
stim.setText(letter)
stim.draw()
win.flip()
core.wait(2) # 刺激の提示中にキーを入力する
stopwatch.reset() # キーの入力後に時計をリセット
resp = event.getKeys(timeStamped=stopwatch) # キー入力の処理
print(resp)
win.close()
# 出力例
# [['space', -0.17376430198783055], ['space', -0.16929624899057671]]
# [['space', -0.19804733199998736]]
# [['space', -0.19725568499416113]]
core.wait()
とstopwatch.reset()
を逆にすれば負の反応時間は得られなくなります(正の値だとしても依然として正しく反応を取得できていません。正しく取得する方法はこの記事で紹介しています)。ただ,このようなコードを書く人はいないと思います。刺激を提示する前(試行の最初)か直後(つまりcore.wait()
よりも前)に時計をリセットするはずです。しかし,次の例は恥ずかしながらも実際に自分が犯してしまったミスになります。
コード例 2
from psychopy import visual, core, event
win = visual.Window()
stopwatch = core.Clock()
stim = visual.TextStim(win)
l_letter = ['a','b','c']
for letter in l_letter:
stim.setText(letter)
resp = []
# event.clearEvents()
stopwatch.reset()
for n_frame in range(120): # 120f(リフレッシュレートが60hzなら2秒)
stim.draw()
win.flip()
if not resp:
resp = event.getKeys(timeStamped=stopwatch) # キー入力の処理
print(resp)
win.close()
# 出力例
# [['space', 0.8996025759843178]]
# [['space', -0.34911786299198866]]
# [['space', -1.4165731929824688], ['space', -0.6160959279804956]]
このコードは,上のコードと同じく刺激を2秒間提示している間の反応を取得しています。違いとしては,各試行の一番初めの反応だけ取得することを意図しています。刺激の提示前にresp = []
とし,resp
が空リストのままだと,not resp
はTrue
になるので,event.getKeys()
が実行されます。キー入力があれば,resp
に[[key, rt]]
が代入されて,以降のループではnot resp
はFalse
になり,キー入力は処理されなくなります。
さらに,例1とは異なり提示のブロックの前にstopwatch.reset()
を実行しているので,一見何の問題もなさそうです(自分はないと思っていました)。しかし,ある刺激の提示中にキーを2回以上入力すると出力例のように負の反応時間が得られます。これを解決するためには,コード中でコメントアウトしてあるevent.clearEvents()
を有効にすればいいです。
なぜこんなことが起こるのか
最近ようやく気づいたことなのですが,(少なくとも)psychopyにはキー(やマウス,ジョイスティック)の入力それぞれに対応するevent buffer
というものがあり,そこで入力が保持されているようです。これはcore.wait()
を実行しているときにも行われています。
event.getKeys()
を実行すると,そのときkeyboard buffferに保持されている入力をすべて取り出します(公式リファレンス)。そして,timeStamped
を指定していると,bufferで記録されている時間(unix時間)と,指定したcore.Clock
オブジェクト(コード例のstopwatch
)が示す時間との差分について,.reset()
したタイミングを0として計算しなおした値を返してくれます。こうして反応時間が得られます。
これらの理由から,例1のようにキー入力からgetKeys()
までの間に.reset()
が挟まっていると負の反応時間が得られますし,例2のように1つ目の反応しか取り出していないかのように見えても,同じ試行の2つ目以降の反応はbufferに保持されているので,それらは次のループのgetKeys()
で処理されることになります。キー入力自体は.reset()
よりも前なので返される時間は負になってしまうということです。
例2の解決策として提示したclearEvents()
はbufferに保持されている入力を取り除きます。これを各試行の開始直前に実行させることで前の試行で発生した2つ目以降の反応が次の試行に影響することはなくなります。なお,getKeys()
が実行されても,それまでのキー入力はbufferからなくなります。
例1ではcore.wait()
と.reset()
並び替えれば済む話でしたが,だからといってcore.wait()
を使う場合が常に安全というわけではありません。以下のコードのように,試行間のブランクを設けた際に,そのブランクでキーを押すと負の反応時間が得られます。この場合も,event.clearEvents()
をcore.wait()
(かwin.flip()
)の前に実行することで負の反応時間を防げます。いずれにせよ,event.clearEvents()
を忘れないことが重要です。
from psychopy import visual, core, event
win = visual.Window()
stopwatch = core.Clock()
stim = visual.TextStim(win)
l_letter = ['a','b','c']
for letter in l_letter:
# event.clearEvents()
stim.setText(letter)
stim.draw()
win.flip()
stopwatch.reset() # キーの入力後に時計をリセット
core.wait(2) # 刺激の提示中にキーを入力する
resp = event.getKeys(timeStamped=stopwatch) # キー入力の処理
print(resp)
# ITI
win.flip()
core.wait(1) # ここでキーを押すと負の値が得られる
win.close()
ちなみに,event.waitKeys()
は実行時にデフォルトでevent.clearEvents()
が内部で実行されるようになっているので,わざわざ明記する必要はないです(公式リファレンス)。
win.flip()
も重要っぽい(20191119追記)
色々試しているうちに,話がそう単純ではなく,getKeys()
での反応時間算出にはwin.flip()
も影響することが分かりました。以下のコードを実行すると,一つ前のループから持ち越されたキー押しの反応時間として10msにも満たない値が得られます。
from psychopy import visual, core, event
win = visual.Window()
stopwatch = core.Clock()
stim = visual.TextStim(win)
l_letter = ['a','b','c']
for letter in l_letter:
stim.setText(letter)
resp = []
# event.clearEvents()
stopwatch.reset()
stim.draw()
win.flip()
while stopwatch.getTime() < 2:
if not resp:
resp = event.getKeys(timeStamped=stopwatch) # キー入力の処理
print(resp)
win.close()
# 出力例
# [['down', 0.5086547629907727]]
# [['down', 0.0033315849723294377], ['down', 0.0070590279647149146]]
# [['down', 0.004310511983931065], ['down', 0.009222752996720374]]
刺激を提示してからwhile stopwatch.getTime() < 2
のループに入ることで,2秒間反応時間を取得する処理を繰り返し続ける状態になります。while
ループが終わって次のwin.flip()
が実行されるまで画面は更新されないので,刺激は表示されたままになります。stim.draw()
とwin.flip()
が繰り返されないこと以外は2つ目の例と同じはずなのに,負の反応時間が得られなくなってしまいました。かといって,反応時間として適切でもなさそうです。なお,draw()
とflip()
をwhileループの中に入れると2つ目の例のように負の反応時間を得ることができるようになりました。
どうやら,win.flip()
でキー入力のタイミングがリセットされてしまうらしく1,この例であればその直後にgetKeys()
が実行されるので,10msくらいの値が得られるみたいです。
入力タイミングが「リ」セットつまりwin.flip()
以前には入力時のタイミングを保持していると考える根拠は以下のコードにあります。
from psychopy import visual, core, event
win = visual.Window()
stopwatch = core.Clock()
stim = visual.TextStim(win)
l_letter = ['a','b','c']
for letter in l_letter:
stim.setText(letter)
resp = []
stopwatch.reset()
stim.draw()
win.flip()
while stopwatch.getTime() < 2:
resp += event.getKeys(timeStamped=stopwatch) # キー入力の処理
print(resp)
win.close()
このコードでは,先程の例と同様に画面の更新を行わずに2秒間キー入力を検出する状態になっていますが,異なるのは,1試行で複数の反応を受け付けるようにしている点です。この場合,win.flip()
は2秒間実行されていませんが,それぞれのキー入力のタイミングは正しく測定されていそうです。
なぜwin.flip()
を使うとevent buffer
で保持されている情報が更新されるのか,そしてその更新はおそらく1回だけしか生じないのかは私にはよくわかりません。どなたかもしご存知でしたらご教示いただけると幸いです。いずれにせよ,特に負の反応時間が必要ということでなければ,event.clearEvents()
を使うことをおすすめします。
おわりに
本記事では,psychopy.event.getKeys()
が負の反応時間を返す場合について紹介しました。負の反応時間はif not resp:
の条件式で最初の反応しか取得しないようにしてるから大丈夫だろうという自分の驕り・慢心から生まれたバグだったようです。event bufferについてはどこかでも解説されていたような気がしますが(十河先生の本?),このようなバグり方の観点から説明した記事はなかったのではないでしょうか。実験によっては負の反応時間も役に立つことがあるかもしれません。その際はご自身の実験手続きと相談して,win.flip()
をうまく扱ってください。
event.clearEvents()
は反応の取得における基本の「き」です。みなさんも慣れてきた頃に忘れないようにしてください。
-
ただし,おそらく,1度目の
win.flip()
で更新された値に固定されると思われます。2つ目の例ではevent bufferにキー入力が残った状態で,何回もwin.flip()
されていますが,それっぽい負の反応時間が得られています。検証していないのでこの推測が正しいかはわかりません。 ↩