サイオステクノロジーの伊藤です。
この記事は「アクセシビリティ Advent Calendar 2023」の6日目の記事です。
前日記事は山崎さんの「アクセシビリティの確保・向上の推進に使える数字」です。(勉強になりました)
私は日本DAISYコンソーシアム技術委員会の末席にいるのですが、今年はAce by DAISYの日本語訳を少しアップデートしたくらいで個人的にはほとんど活動らしい活動もできておりませんでした。
そんななか、今年は読書バリアフリーについてエポックな出来事がありました。
市川沙央さんの小説『ハンチバック』の芥川賞受賞とその反響です。
私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、
読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、――5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。
上記は『ハンチバック』主人公釈華の独白ですが、様々な理由で紙の本を読むことができない人々の存在について改めて認識した人も多く、様々な反響があったようです。
そして、日本ペンクラブ・言論表現委員会企画の「読書バリアフリーとは何か―――読書を取り巻く「壁」を壊すために」というイベントでは、作家の桐野夏生さんと市川沙央さんの対談も行われ、作家の側からも率直な意見が聞かれました。
イベント後半では、アクセシブル・ブックス・サポートセンター(ABSC)の落合さんを進行役として、国内での読書バリアフリー1についてのシンポジウムも行われました。
そのなかで落合さんからは「読書バリアフリー法に対応する<ABSC連絡窓口>設置のお願いについて2000通送ったが、300数十社しか回答がない。」という厳しい現状も紹介されたりもしていました。
ABSCさんの活動は国内の読書バリアフリーの旗振り役として重い期待がかかるところですが、ぜひ頑張っていただきたい(し、どっか予算ガッツりつけてあげてほしい)と応援しております。
時間の制約もありその場で何かが決定的に変わったり、状況に進捗があったわけではありませんが今年非常に印象深い瞬間となりました。
イベントの様子はYouTube配信で見ることができますので、興味のある方は上記のイベントページから辿ってみてください。
DRMと読書バリアフリー
ここで唐突にDRMの話になります。
読書バリアフリーを取り巻く様々な課題の中で、あまり語られることのない壁のひとつであるDRM(Digital Rights Management)ですが、読書バリアフリーの推進で避けては通れない壁になっています。
一般的に、電子書籍の大手流通についてはDRMのかかった書籍を読むために専用のリーディングシステム(AmazonにおけるKindleが代表的)が必要です。達人出版会さんやラムダノートさんほか、DRMをかけないPDFやEPUBを直接販売している例もありますが技術書など情報の足の早いものが主体で、何らかのDRMがかかるのが一般的でしょう。
電子書籍の仕様であるEPUBについてはW3CによりEPUB Accessibility 1.1が今年5月に勧告され、EPUBの仕様もアクセシビリティの向上にむけブラッシュアップ2が進んでいますが、それを読むためのシステムに制約があるとせっかくの仕様が生かされません。
著作者の権利を守る必要のある、著作者の代理人でもある出版社にとって情報を簡単にコピーされたり、勝手に流通されてしまう方式をとるわけにいかないでしょうし、やむを得ないとは思いますが、DRMと専用のリーディングシステムの制約がひとつの壁になっているというわけです。
アクセシビリティの担保されたEPUBをいかに作り検証する3か、どうコストを回収するかという問題も大きいですが、費用回収のためにもDRMは必要になるわけですね。(諸説あります)
また、このDRMを維持するためのシステムコスト4も非常に大きく、個人情報の取得に係るセキュリティや課金のためのインフラなどを合わせると、超巨大な一部の出版社を除き、中小の出版社で独自にアクセシビリティの高い電子書籍を企画してもなかなか実現できず流通に乗せられないのが現状かと思います。(上記ABSCさんの報告のように体制の取れない出版社が多いでしょう)
こうしたDRMにかかる問題を(一部)解決するために、開発や導入が進んでいるのがReadium LCP(Readium Licensed Content Protection)です。
Readium LCPの概要
Readium LCPは、EDRLab5によって開発されている電子書籍の著作権保護と利用制限を実現するための仕組みです。
図書館の貸し出しや出版社による電子書籍の販売など、著作権者が作品を保護し、適切な条件で配信するためのシステムとして開発されています。
以下が概要の紹介動画です。まぁ、これを見るのが早い。
※スタートのところ音量若干注意です、小さめ推奨!
基本的にはシンプルなパスワードベースの保護機能がリーダーに埋め込まれていて、取得したファイルを対応リーダーで開くと、ライセンス管理を行うサーバーと通信して電子書籍を開くようになっています。
これについても公式のデモ動画を見ると一番わかりやすいので、YouTubeの動画を紹介します。
デモはフランス語ですが、英語字幕もあり、字幕を日本語の自動翻訳にすることである程度何をやっているのかわかるかと思います。
そのほか、以下のような特徴が謳われています。
- 仕様がオープンであるため、相互運用性がある。
- ベンダー中立のソリューションであるため、特定の流通プラットフォームに縛られない。
- 認定料が必要なもののその他のDRMシステムと比べたら安い(らしい)。
- SDKを利用して独自のリーディングシステムに導入できる。(必要とあればアクセシブルなリーダーを自分たちで作れる)
著作権保護のためのシステムということもあり、ライセンスプロバイダーになるためにはEDRLabとの契約のほかライセンス料の支払い等も必要なため簡単に試すというわけにはいきませんが、ライセンスサーバーそのものはBSD-3のオープンソースとしてGitHubに公開されています。
ちなみにGolang製でDBはsqlite、MySQL、MS SQL Server対応だそうです。
サイトの説明を読むと、導入支援もしてくれるそうですよ?(費用はどの程度するのだろうか、石油王を待ちたい)
リーディングシステムにLCPを組み込むためのSDKおよび、そのリファレンス実装でもあるThorium Readerも提供されています。
ちなみにThorium ReaderはPCでEPUBを読むためのリーダーとしても優秀で(若干縦書きに弱いけど)、フリーですしWindows、Mac対応なので手元に一つ入れておくのもおすすめです。
ここから先のせかい?
実はReadium LCPは実験段階のプロジェクトというわけでは無く、世界各地ですでに実運用されている実績のあるシステムです。
EDRLabがパリに拠点をもつヨーロッパの団体であるため、アジアでは上海図書館くらいしか実績がないようですが、今後国内の図書館などでも事例が出てくるのではないかと期待しています。
Amazonや商業出版社の提供するサービスに対するオルタナティブな選択肢として、また図書館などが読書バリアフリー法に則った独自のサービスを展開するプラットフォームとして検討がすすむといいなと思っております。(風の噂で実地検証をどこかでされているとも聞く)
また、いいなと思ってるだけではなくて、来年以降も細々とでも貢献していきたい(できれば私もガッツリな活動資金が欲しい)ですね。
明日は guruguru-dekiruko さんによる「クロスプラットフォームのアクセシビリティ事情について」の記事です。
では、こんなところで。
来年もよろしくお願いいたします。
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読書バリアフリー法は「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」が正式な名称 ↩
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APL・JEPA共同開催セミナーの高見さん発表資料「EPUB 3.3 とアクセシビリティ対応」に詳しい。 ↩
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イタリアのLIA財団によるアクセシビリティ認証機関の稼働開始など。 ↩
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DRMはパテント料も高いし特許持ち合いも複雑怪奇で、導入は専門家の知識が必要ですね。 ↩
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European Digital Reading Lab(EDRLab)は、ヨーロッパのデジタル出版の進化を推進するための非営利の研究開発組織でReadium Foundationの主要なメンバー。Readium FoundationはもともとIDPFによるプロジェクトのひとつだったり、この辺の経緯はいろいろある。 ↩