なかしゅです。
準備
本題に入る前に、必要な知識を簡単にまとめておきます。紙面の都合と己の不勉強のため、数学的厳密性を欠いた記述がなされることもあります。ご容赦ください。
多様体と接空間
Hausdorff1な位相空間$M$に対して、次の性質を満たす集合と写像の族$\lbrace(U_i, \varphi_i)\rbrace$が与えられている時、その位相空間を可微分多様体2と呼びます。
(i)$\lbrace U_i\rbrace_{i}$はMを被覆するような開集合族(すなわち$\bigcup_{i} U_i =M$)で、各$U_i$は$\mathbb{R}^m$に同相。$\varphi_i: U_i\to \mathbb{R}^{m}$は同相写像。
(ii)$U_i \cap U_j\neq \emptyset$を満たす$U_i$と$U_j$が与えられた時、写像$$\varphi_{i}\circ\varphi_{j}^{-1}: \varphi_{j}(U_i \cap U_{j})\to \varphi_{i}(U_i \cap U_{j})$$
は, $\mathbb{R}^{m}\to\mathbb{R}^{m}$なる写像として無限回微分可能である。
この時、集合と写像の組$(U_i, \varphi_i)$はチャートと呼ばれ、これを全て集めた全体の族$\lbrace (U_i, \varphi_i)\rbrace$はアトラスと呼ばれます。すなわち、端的には多様体とはこのようなチャートとアトラスの構造を有した位相空間であると言えます。より標語的に言えば、「多様体とは3局所的にユークリッド空間$\mathbb{R}^{m}$と同相な位相空間である」と理解できます。以下では、$m$次元多様体のある部分集合$U_i$上の点$p$を写像$\varphi_i$により写して$\mathbb{R^{m}}$内の点$(x^1, x^2, \cdots, x^{m})$として見る時、「チャート$(U_i, \varphi_i)$のもとで見る」という言い方をします。
いま、多様体上の微分可能な写像$f: M\to R$を考えます。どういうことかというと、この写像をある適当なチャートのもとで座標表示して$f\circ \varphi^{-1}: \mathbb{R}^{m}\to\mathbb{R}$として見たときに、これが実多変数関数の意味で微分可能であるとき、$f$を多様体上で定義された微分可能な写像と呼んでいます。
いま、このような写像に対して、多様体上の曲線$c: I\to M$($I$は$t=0$を含む開区間)との合成$f\circ c$を考えます。このとき、曲線$c$に沿った$f$の変化率は
$$ \frac{\mathrm{d}f(c(t))}{\mathrm{d}t}\Big|_{t=0} $$
と書かれます。これをチャート$(U_i, \varphi_i)$から見ると、
$$ \frac{\partial}{\partial x^{\mu}}f\circ\varphi^{-1}(x)\frac{\mathrm{d}x^{\mu}(c(t))}{\mathrm{d}t}\Big|_{t=0} $$
のように書けます。ただし、$x^{\mu}(c(t))$とは点$p\in M$を適当なチャートから見た時の第$\mu$成分のことです(すなわち、$x^{\mu}$は多様体上の点に対してそれを特定のチャートから見た時の座標成分を返す関数で、「座標関数」と呼ばれます)。ここで、$f$に対する微分作用素$X$を、各点$p\in M$において
X|_{p}=X^{\mu}\left(\frac{\partial}{\partial x^{\mu}}\right)_{p}
なるものと定義します(ここでは縮約記法を採用して、和の記号$\Sigma$は省略します)。ただし、ここで各成分$X^{\mu}\in \mathbb{R}$は
X^{\mu} = \frac{\mathrm{d}x^{\mu}(c(t))}{\mathrm{d}t} \Big|_{t=0}
と定めています。すなわち、この微分作用素$X$の関数$f: M\to \mathbb{R}$に対する作用は、$M$上の各点$p$において、曲線$c(t)$の方向に沿った$f$の方向微分を返す、というものです。上のようにして与えた$X_{p}$を, 多様体$M$上の曲線$c$の$p=c(0)$なる点における接ベクトルと言います。すなわち、多様体上のある点$p$を通る曲線があった時、その点における接ベクトルとは「曲線$c$に沿った関数の方向微分の点$p$上における値を返すもの」となっています。
点$p$を通るようなあらゆる曲線を考えて、その曲線に対する接ベクトルを集めた集合を、多様体$M$の点$p$における接空間と定義して$T_{p}M$と書きます。正確には、点$p$を通る曲線どうしの間に同値関係を定めて、その同値類に対する接ベクトルを集めたものとして接空間を定義してあげる必要があります。詳細は省きますが、要するに、点$p\in M$における接空間を曲線に対する接ベクトルの集合として定義する時は、「$p\in M$の上では同じ接ベクトルを与える曲線」は全て同一視して考えます($p$以外の点でどれだけその2つの曲線が異なっていようとも、です)。
接空間$T_pM$は$\lbrace \left(\frac{\partial}{\partial x^{\mu}}\right)_{p} \rbrace$を基底として張られるベクトル空間で(このように選んだ基底を座標基底と言います)、その次元は$M$と一致します(基底の数が座標成分の数だけあるので当然です)。「多様体の各点$p$に対して接空間$T_pM$の元を返す」ような対応関係は接ベクトル場と呼ばれ$\mathfrak{X}(M)$という記号で書かれます。例えば、$\frac{\partial}{\partial x^{\mu}}\in\mathfrak{X}(M)$と書いたときは、「各点$p \in M$に対して、その接空間$T_pM$の座標基底の第$\mu$番目を返す」という対応関係を意味します。
多様体のすべての点$p$における接空間$T_pM$を集めたものは接束と呼ばれます。ここではこれ以上の説明をしませんが、可微分多様体のベクトル束ないしファイバー束の概念は非常に重要です。物理の文脈では、例えばゲージ理論の数学的基礎づけやトポロジカル絶縁体の理論においてはベクトル束の概念が主役になります。
余接空間と微分形式
先に導入した接空間に対して、その双対空間である余接空間というものを導入します。すなわち、接空間$T_pM$があったとき、その余接空間$ T_{p}^{\ast}M $の元$\omega$は接空間の任意の元に対して実数を返す写像$\omega: T_pM\to \mathbb{R}$となっています。適当なチャートを与えて座標表示すると、この$\omega$は$ \omega=\omega_{\mu}\mathrm{d}x^{\mu}|_{p} $という風に書かれます。ここで、$\mathrm{d}x^{\mu}|_p$とは余接空間$T_{p}^{*}M$の基底であり、双線形写像$\langle, \rangle_p: T_pM\times T_p^{\ast}M\to \mathbb{R}$を用いると、先に導入した接空間の基底とは
\langle dx^{\mu}, \frac{\partial}{\partial x^{\nu}}\rangle_p=\delta^{\mu}_{\nu}\in \mathbb{R}
という関係で結ばれます。すなわち、多様体の任意の点$p$において余接空間$T_p^{\ast}M$の基底は接空間$T_pM$の基底に対する双対基底とよばれるものになっています。余接空間の元は余接ベクトル、あるいは1-形式と呼ばれます。
いま、余接空間の基底を$\lbrace \mathrm{d}x^{\mu}\rbrace$と書きます(これらは最も基本的な1-形式です)。いま、この$\mathrm{d}x^{\mu}$同士の間に次のような積(外積、完全反対称テンソル積)を導入します。
dx^{\mu_1}\wedge dx^{\mu_2}\wedge\cdots \wedge dx^{\mu_n}=\sum_{P\in S_r}\mathrm{sgn}(P)\mathrm{d}x^{\mu_{P(1)}}\otimes \mathrm{d}x^{\mu_{P(2)}}\otimes \cdots\otimes \mathrm{d}x^{\mu_{P(r)}}
このように、1-形式の$r$個の外積の形で書けるものは$r$-形式と呼ばれ、これは多様体上の各点$p$において「接空間$T_pM$の元を$r$個持ってくると$\mathbb{R}$の値を返す多重線型写像」となっています。線形代数の概念を用いれば、これは$(0, r)$型の反対称テンソルと呼ばれる量です4。
$r$-形式は、「$dx^{\mu_1}\wedge \cdots\wedge dx^{\mu_r}$に何かしらの関数$f:M\to \mathbb{R}$を掛けたもの」を足し合わせた形で与えられます。雑な言い方をすると、「関数$M\to \mathbb{R}$を係数とした線型結合」になっています(これを$C^{\infty}(M)$-加群と呼びます。$C^{\infty}(M)$とは関数$f$が所属するクラスです)。$p\in M$における$r$-形式の全体はベクトル空間をなし、それを$\Omega^{r}_{p}(M)$という風に書きます。
外微分作用素
多様体$M$上の$r$-形式に作用させて$r+1$-形式を返すような写像$\mathrm{d}: \Omega^{r}(M)\to \Omega^{r+1}(M)$を考えます。この写像は、$\omega=f\mathrm{d}x^{\mu_1}\wedge \cdots\wedge \mathrm{d}x^{\mu_r}\in \Omega^{r}(M)$に対して
\mathrm{d}\omega=\left(\sum_{\mu_i}\frac{\partial f}{\partial x^{\mu_i}}\mathrm{d}x^{\mu_i}\right)\wedge \mathrm{d}x^{\mu_1}\wedge \cdots\wedge \mathrm{d}x^{\mu_r}
\in \Omega^{r+1}(M)
を返すものとして定義されます。この$\mathrm{d}$を外微分作用素と呼びます($r$-形式に作用するものを$\mathrm{d}^{r}$のようににラベルすることもあります)
$d$の重要な性質として、「任意の$r$-形式に$\mathrm{d}$を2回作用させると$0$5になる」というものがあります。実際、$r=1$としてこれを確かめてみると、1-形式$\omega$がある関数$f\in C^{\infty}(M)$を用いて
$$\omega=\mathrm{d}f=\frac{\partial f}{\partial x^{\mu}}\mathrm{d}x^{\mu}$$
と書ける時、これに外微分を作用させると
\mathrm{d}\omega=\mathrm{d}\left(\frac{\partial f}{\partial x^{\mu}}\mathrm{d}x^{\mu}\right)=\frac{\partial}{\partial x^{\nu}}\frac{\partial f}{\partial x^{\mu}}\mathrm{d}x^{\nu}\wedge \mathrm{d}x^{\mu}
となります(縮約記法を用いていることに注意してください)。ここで、関数の微分は添字$\mu, \nu$を入れ替えても符号は変わりませんが、外積$\mathrm{d}x^{\nu}\wedge \mathrm{d}x^{\mu}$は完全反対称なテンソル積であり、添字の入れ替えによって符号を変えます。すなわち、
\frac{\partial ^2f}{\partial x^{\nu}\partial x^{\mu}}\mathrm{d}x^{\nu}\wedge \mathrm{d}x^{\mu}
=\frac{\partial ^2f}{\partial x^{\mu}\partial x^{\nu}}\mathrm{d}x^{\mu}\wedge \mathrm{d}x^{\nu}
=-\frac{\partial ^2f}{\partial x^{\nu}\partial x^{\mu}}\mathrm{d}x^{\nu}\wedge \mathrm{d}x^{\mu}
より、これは2-形式としての$0$になります。$r$が2以上の時も同様にして確かめられます。
閉形式と完全形式、ドラームコホモロジー
多様体$M$上の$r$-形式($r=0,1,\cdots, m$)$\omega$であって「$d$を作用させると0になる($d\omega=0となる$)」ようなもののことを閉形式と呼びます。
一方、$r$-形式$\omega$であって「ある$r-1$-形式$\eta$を用いて$\omega=d\eta$と書ける」ようなもののことを完全形式と呼びます。明らかに完全形式であれば$d^2=0$により$d$を作用させると消えるので、これは閉形式にもなっています。では逆はどうでしょうか?実は、この逆は必ずしも成り立ちません。すなわち、ある「特別な多様体」においては、閉形式全体の集合と完全形式全体の集合は異なってきます。そこで、多様体に対して「閉形式全体の集合と完全形式全体の集合の間にどれくらいの違いがあるか?」という指標を考えたくなります。それがドラームコホモロジーと呼ばれる概念です(より正確にいうと、「閉形式が多様体全域において完全形式になれるか?」という指標です。閉形式は局所的には完全になりますが、我々の興味があるのは多様体の大域的構造です)。
今、多様体$M$の$r$-形式($r=0,1,\cdots, m$)全体のうち、閉形式をなすもの全体の集合をコサイクル集合$Z^{r}(M)$と呼び、完全形式をなすもの全体の集合をコバウンダリ集合$B^{r}(M)$と呼ぶことにします。外微分作用素$d$を用いると、コサイクル集合は
Z^{r}(M)=\mathrm{ker}~\mathrm{d}(:\Omega^{r}(M)\to \Omega^{r+1}(M))
と書け、コバウンダリ集合は
B^{r}(M)=\mathrm{im}~\mathrm{d}(:\Omega^{r-1}(M)\to \Omega^{r}(M))
と書けます。この時、コサイクル集合$Z^r(M)$のコバウンダリ集合$B^{r}(M)$による商空間$H_{\mathrm
dR}^r(M)=Z^r(M)/B^r(M)$のことを、$r$次のドラームコホモロジー群と呼びます(つまり、これは閉形式の同値類がなす$\mathbb{R}$-係数のベクトル空間です)。すなわち、この空間には次のような同値関係が入ります: 閉形式である$r$-形式$\omega_1$と$\omega_2$があった時、もしその差$\omega_1-\omega_2$が何らかの完全形式$d\eta$($\eta\in\Omega^{r-1}(M)$)によって書けるなら、その2つの閉形式は同一視されます。もし全ての閉形式が完全形式でもある場合は、この同値関係によって生じる同値類はただ一つのみです。一方、閉形式だが完全形式でないようなものがある場合、その多様体のドラームコホモロジー群は非自明な元を持つことになります。
ドラームコホモロジーは、$r$-形式$\Omega^{r}(M)$および外微分作用素$d$のなす複体のコホモロジーである、という言い方がなされます。$r$-形式全体$\Omega^{r}(M)$は加法の下でアーベル群を、もっと言えば$\mathbb{R}$-係数のベクトル空間をなし、また$\Omega^{r}(M)$と$\Omega^{r+1}(M)$を繋ぐ写像$d^{r}$には$d^2=0$なる性質があるため、コチェイン複体
0\to \Omega^{0}(M) \stackrel{d^0}{\rightarrow}\Omega^{1}(M) \stackrel{d^1}{\rightarrow}\Omega^{2}(M) \stackrel{d^2}{\rightarrow}\cdots
を構成することができます。この複体のコホモロジーがドラームコホモロジーです。すなわち、
H_{\mathrm{dR}}^0(M)=\mathrm{ker}~\mathrm{d}^0=\lbrace M上の実数値局所定数関数\rbrace=\mathbb{R}
H_{\mathrm{dR}}^r(M)=\mathrm{ker}~\mathrm{d}^{r}/\mathrm{im}~\mathrm{d}^{r-1}
となります。
多様体$M$がいくつかの弧状連結成分からなる場合は、$M$のドラームコホモロジー群は各弧状連結成分における結果の直和によって与えられます。
ここで、ドラームコホモロジー群の重要な性質を2つ見てみましょう。これは実際に多様体のドラームコホモロジー群を計算する時に大いに威力を発揮します。
(1)ドラームコホモロジー群のホモトピー不変性:
互いにホモトピー同値な2つの位相空間$X$と$Y$6に対して、そのドラームコホモロジー群は等しい。
(2)Mayer-Vietoris完全系列: 多様体$M$およびそれの部分多様体$U$, $V$(ただし、部分多様体は$U\cap V\neq\emptyset$かつ$\lbrace U, V\rbrace$が$M$を被覆するように取る)に対して、次の完全系列が存在する。
\cdots \to H^{n}(M)\stackrel{\rho}{\to}H^{n}(U)\oplus H^{n}(V)\stackrel{\Delta}{\to} H^{n}(U\cap V)\stackrel{d^{\ast}}{\to}H^{n+1}(M)\to \cdots
ただし、$\rho$は制限写像、$d^{*}$は外微分作用素からコホモロジー群に対して誘導される双対境界写像です。ここで、系列が完全であるとは、どの隣接する3つの集合に対しても
\cdots \to F\stackrel{f}{\to} G \stackrel{g}{\to} H\to \cdots
なる写像$f$と$g$の間に$\mathrm{im}~f=\mathrm{ker}~g$が成り立っていることを言います(詳細は省きます。例えば、川澄響矢「トポロジーの基礎(上)」(東京大学出版会)などに詳しく載っています)。
ここではこれらの性質の証明はしません(完全系列の存在性の証明はとても大変です。ここではとりあえずそういう系列があるんだなぁと思ってください。この完全系列の存在には「多様体$M$のトポロジーを、部分多様体に分割して計算できる」という点に嬉しさがあると思います)。以下の計算例ではこの性質を用いています。
本題
本記事の以下において、この多様体のドラームコホモロジーの計算を行います。
この多様体はいくつかの弧状連結成分に分かれています。そこで、それぞれの弧状連結成分についての計算を行ってから最後にまとめる方針を採ります。議論を簡単にするために、多様体が「①4つの閉じた(中身が空洞の)円筒+②1つの穴の空いた円筒+③5枚の穴の空いた円板+④いくつかの線分」から構成されているものとみなします。これによって、①②③④のそれぞれに対してドラームコホモロジーを計算すれば良いことになります。
紙面の都合上、今回は1次のドラームコホモロジーの計算のみにとどめます。一般の次元のドラームコホモロジーを任意の多様体に対して計算する系統的な手続きはありません(先に上げたMayer-Vietoris完全系列やホモトピー不変性などの性質を利用して計算を楽にすることはできますが)。なお、既に述べたように、$H_{\mathrm{dR}}^0(M)=\mathbb{R}$です(単連結の場合。弧状連結成分が複数ある場合はその数の分だけ直和をとる)。
①に対する計算
中身が空洞の円筒は、連続変形によって2次元球面$S^2$にすることが出来る($S^2$とホモトピックである)ので、ドラームコホモロジーのホモトピー不変性により、$H_{\mathrm{dR}}^{n}(S^2)$を求めることに帰着できます。
さて、Mayer-Vietoris完全系列を使って、$H_{\mathrm{dR}}^{1}(S^2)$の計算を実行しましょう。空間$S^2$を次の2つの部分多様体に分割します:
S^2=\lbrace (x, y, z)\in \mathbb{R}^3 | x^2+y^2+z^2=1\rbrace
U:=\lbrace (x,y,z)\in S^2 | z>-\frac{1}{2}\rbrace
V:=\lbrace (x,y,z)\in S^2 | z<\frac{1}{2}\rbrace
この時、$S^2=U\cup V$であり、$U\cap V=\lbrace (x,y,z)\in S^2 | -\frac{1}{2}<z<\frac{1}{2}\rbrace \neq \emptyset$です。また、$U\cong(位相同型) \mathbb{R}^2$、$V\cong \mathbb{R}^2$であり、$U\cap V\cong\mathbb{R}\times S^1\simeq(ホモトピー同値) S^1$です。
このように$S^2$を分割する時、Mayer-Vietoris完全系列は
0\to H^0(S^2)\to H^0(U)\oplus H^0(V)\to H^0(U\cap V)
\to H^1(S^2)\to H^1(U)\oplus H^1(V)\to H^1(U\cap V)
\to H^2(S^2)\to H^2(U)\oplus H^2(V)\to H^2(U\cap V)\to\cdots
のように書かれます。ここで、$U\cap V$は単連結であることから$H^0(U\cap V)=\mathbb{R}$です。また、$U$および$V$はともに2次元球面を切ったような空間であり、いずれも連続的に縮めていくことで1点に縮こめることができます。すなわち、これは1点とホモトピー同値な(「1点に可縮な」ともいいます)多様体です。ここで、次のPoincaréの補題というものを証明なしで述べます。
【Poincaréの補題】
ユークリッド空間$\mathbb{R}^n$(より一般には、可縮な多様体$M$)において、任意の閉形式は完全形式である。
Poincaréの補題を認めると、可縮な多様体においては閉形式の集合と完全形式の集合とが一致しており、よってドラームコホモロジーは自明(ただ一つの要素しか持たない群)とわかります。それは単に$\lbrace 0\rbrace $あるいは$0$と書かれます(加群の単位元が0であるため)。すなわち、$H^1(U)\oplus H^1(V)=0$です。さらに、$U\cap V \simeq S^{1}$であり、$H^{1}(S^1)=\mathbb{R}$は直接計算によって確かめられます。より、系列
\mathbb{R}\stackrel{d}{\to} H^{1}(S^2)\stackrel{f}{\to} 0\stackrel{g}{\to} \mathbb{R}
が構成できます(ただし、$\mathrm{im}~d=\mathrm{ker}~f$、$\mathrm{im}~f=\mathrm{ker}~g$)。これが完全系列として成立するためには、$H^1(S^2)=0$でなければならないとわかります。ゆえ、$S^2$の、および$S^2$とホモトピックであった①のドラームコホモロジー群は0であるとわかります。
なお、一般に$m$次元球面のドラームコホモロジーの計算結果は一般に知られていて、
H^r(S^n)=
\left\{
\begin{array}{ll}
\mathbb{R}, & r=0 または r=n
\\
0 & \mathrm{otherwise}
\end{array}
\right.
となっています。これはMayer-Vietoris完全系列を用いて帰納的に確かめられます。
②に対する計算
穴の空いた円筒は、その穴をどんどん拡張して平べったくしてあげることで、穴のない2次元円板に変形することができます。2次元円板は1点とホモトピー同値(=可縮)なので、もとの多様体も可縮です。より、先述のPoincaréの補題からこの多様体のドラームコホモロジーは自明です。
③に対する計算
穴の空いた円板は、穴の空いた$\mathbb{R}^2$、すなわち$\mathbb{R}^2-\lbrace (0,0)\rbrace$にホモトピックです。より、多様体$\mathbb{R}^2-\lbrace (0,0)\rbrace$のドラームコホモロジーを計算すればいいというわけになります。
まず、この多様体の1次のドラームコホモロジーが自明ではないこと、すなわち、閉であるがが完全ではないような1-形式が存在することを示します。実際、例えば1-形式
\omega=\frac{-y}{x^2+y^2}\mathrm{d}x+\frac{x}{x^2+y^2}\mathrm{d}y
は閉形式ですが、完全形式ではありません。これを見てみましょう。まず、閉形式であることは外微分作用素を作用させることで確認できます。
完全形式でないことについては以下の通りです。まず、$M=\mathbb{R}^2-\lbrace (0,0)\rbrace$上で定義された関数$$F(x,y)=\tan^{-1}\left(\frac{y}{x}\right)$$
に対して, その外微分は
dF=\frac{\partial F}{\partial x}\mathrm{d}x+\frac{\partial F}{\partial y}\mathrm{d}y=\frac{-y}{x^2+y^2}\mathrm{d}x+\frac{x}{x^2+y^2}\mathrm{d}y
となっています。しかし、この$F$は$M$上の$C^{\infty}$級関数ではなく、よって$\Omega^0(M)$の元ではありません。実際、$x=0, y\neq 0$なる点において$F$はうまく定義されていません。したがって、先に与えた$\omega\in \Omega^1(M)$はまさに閉形式だが完全形式ではない1-形式となっているわけです。
さて次に、$M=\mathbb{R}^2-\lbrace (0,0)\rbrace$の閉だが完全でない微分形式は全て上の$\omega$と同値である(すなわち、同じ同値類に属する)ことを示します。今、適当な閉形式$\eta$を持ってきたとき、必ずある実数$\lambda$が存在して$\lambda \omega-\eta$を$M$上の完全形式とすることができます。実際、その$\lambda$としては
\lambda=\frac{1}{2\pi}\int_{C}\eta
を取ってくれば良いことが確認できます($\int_{C}$は点$(0,0)$を中心とする単位円に沿った1-形式$\eta$の積分)。ゆえ、$M$上の任意の閉1-形式$\eta$に対して、その同値類$[\eta]$は本質的には$\omega$の同値類と一致します: $[\eta]=\lambda[\omega]$。ゆえ、$M$上のドラームコホモロジー群は$[\omega]$というたった一つの非自明な元から生成される$\mathbb{R}$-係数ベクトル空間となり、これより$H^{1}(\mathbb{R}^2-\lbrace (0,0)\rbrace)=\mathbb{R}$が結論づけられます。
④に対する計算
線分($\mathbb{R}$の部分集合)については、明らかにこの空間は1点にホモトピックであるため、そのドラームコホモロジーは自明です。
結果のまとめ
弧状連結成分①、②、④についてはその1次のドラームコホモロジー群は自明であり、③については$\mathbb{R}であるとわかりました。より、もとの多様体$M_0$(図で与えたもの)は弧状連結成分③を5つ含むので、その1次のドラームコホモロジーは
H_{\mathrm{dR}}^{1}(M_0)=\mathbb{R}\oplus\mathbb{R}\oplus\mathbb{R}\oplus\mathbb{R}\oplus\mathbb{R}
となります。
結論
今回取り扱った多様体が比較的単純な図形の組み合わせからできていたため、そんなに面白い結果にはなりませんでしたね。というわけで皆さんもドラムを叩きましょう7。楽しいよ。
参考文献
中原幹夫「理論物理学のための幾何学とトポロジーI」(日本評論社)
https://math.stackexchange.com/questions/2158150/de-rham-cohomology-of-mathbbr2-setminus-textone-point
今野宏「微分幾何学」(東京大学出版会)
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(点つき)位相空間上の任意の異なる2点に対して、そのうちの一方だけを含みもう一方を含まないような開近傍をどちらの点に対しても取ることができるとき、その空間はHaussdorfであるといいます。簡単にいうと、Haussdorfであるとは空間上の異なる2つの点を区別できるということだと思っていただいて大丈夫です。 ↩
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写像$\varphi_{i}\circ \varphi^{-1}_{j}$が無限回微分可能でない場合(開近傍を貼り合わせる関数が滑らかでない場合)を考えることもできますが、そのような多様体は接空間の概念が定義できないので扱いにくいです。微分幾何学(およびその概念を用いた物理学)の文脈では、多様体といったら暗黙のうちに可微分なもののみに限定するのが通常です。 ↩
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ここではさりげなく実多様体に話を限っています。写像$\varphi_{i}$を$\mathbb{C}^m$の部分空間にマップするものに取り替えれば、「局所的に$\mathbb{C}^m$と同相な位相空間」=複素多様体を定義することもできます。 ↩
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微分幾何学の文脈では、多様体$M$の点$p$を与えた時、「$T_pM$の元$q$個、$T_p^{\ast}M$の元$r$個を入力として、$\mathbb{R}$に値を返す多重線形写像」のことを一般に
$(r,q)$-型テンソルであると言います。この呼び方のもとでは、例えば接ベクトル(接空間$T_pM$の元)は$(1,0)$-型テンソルということになります。 ↩ -
ここでの0は数としての0ではなく$r+1$-形式としての$0$であることに注意しましょう。 ↩
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位相空間$X$と$Y$がホモトピー同値であるとは、連続写像$f: X\to Y$およbび$g: Y\to X$があって、その合成写像が$f\circ g \sim \mathrm{id}_Y$, $g\circ f \sim \mathrm{id}_X$を満たす時のことを言います。ここで、連続写像の間の同値関係$\sim$については、$a: X\to Y$と$b: X\to Y$に対して連続写像$F: X\times I\to Y$が存在して$F(x,0)=a(x), F(x, 1)=b(x)$を満たす時$a\sim b$($a$は$b$にホモトピックである)と定めています。この写像$F$を、$a$と$b$の間のホモトピーと呼びます。 ↩
-
というわけでドラムの話をします。ドラムって楽しいんですよ。バンドをやるとなるとフロントマンは専らボーカルで、ギターやベースは前で暴れ、キーボードは華やかな旋律やサウンドを担います。ドラムはどこにいるかというと大抵後ろの方です。ドラマーは観客から最も遠い位置にいます。そもそもドラムには明確な音程すらありません。ただビートがあるのみです。ここまで言うとドラムってなんか地味じゃない??って思われがちかもしれませんが、まさにそのビートこそがドラムの最も重要かつ輝かしい役割であり、ドラマーが作り出すビートはバンド全体の雰囲気を左右しさえします。そう、ドラムってめちゃめちゃ重要でめちゃめちゃかっこいいポジションなんですよ。音楽(バンド音楽)を聴く機会があったらぜひドラムや打楽器のリズムに着目しながら聴いてみてください。普段と違う音楽の聴き方をすると何か新しい発見があるかもしれません。
ついでに言うと、ドラムって別にただパワーででかい音を叩いているわけではないんです。時に繊細に、時にテクニカルに、時に歌うように、叩き方によって色々な表現の仕方があるのもまたドラムの魅力です。これは打楽器全般に対する魅力でもあります。ドラムの発音原理は至ってシンプルなので、叩き方、すなわち身体やスティックの使い方がサウンドを直接的に支配します(もちろん素材やチューニングなどによっても大きく変わってきます)。言ってしまえば「どこをどのように叩けば、いい音として響くような振動モードを励起することができるのか?」ということになります。身体運動によって変幻自在なビートとサウンドを生み出すことができるのが、ドラムの魅力であり僕がドラムを好きな理由です。
ちなみに、僕が普段使ってるスティックはPROMARK社のスタンダードなやつですが、最近はVIC FIRTH社のterra 5Aというスティックを買ってみました。素材はヒッコリーで先端(チップ)は三角形で、ちょっと軽いですが手馴染みが良く指先や手首でのスティックコントロールがしやすいので好きです。
ドラムといえば、有名な「逆問題」の論文にKacの"Can One Hear the Shape of a Drum?"というものがありますね。ドラムの音を聴く=振動モード(2次元波動方程式の解)を知ることによって、ドラムの形=波動方程式の境界条件を導くことができるか? という内容だったような気がします(読んでない)。ドラムを叩く人はヘッドの張り具合を調整することで音色を変化させるチューニングという作業を行います。チューニングはドラムの音を聞きながら張り具合を確認するという作業なので、工程的には波動方程式の解から境界条件を求めるという逆問題に似ていますね。ほんとか??? ↩