なかしゅです。
はじめに
みなさん、クリスマスですね。クリスマスを象徴する色といえば、やはりクリスマスツリーに代表される緑でしょう。華やかな装飾に彩られた緑の木々に囲まれながら大切な人1とひとときを過ごす、そんな特別な日がクリスマスというものではないでしょうか。ところで、冬は寒いものです。人間という生き物は寒さに決して強くはないので、寒い時には心も体も温まるような何かが欲しくなる訳です。
という訳で今回は、温度グリーン関数と呼ばれるものについて解説していきたいと思います。特に物性物理の文脈でそれがどのようなモチベーションで導入されてどのように理論の中で用いられるのかについて、摂動論との関係を中心に説明したいと思います。
なお、記事の長さの関係上ある程度の前提知識を仮定せざるを得なくなりました(それでも長くはなりましたが)。明らかな説明不足と思われる箇所も多々あります(し、その自覚はあります)がご容赦ください。解析力学と場の量子論と統計力学についてのほんの少しの知識があると読みやすいかと思われます2。
グリーン関数って何?
グリーン関数とは、一言で言えば「非斉次な微分方程式の一般解を求める上で有用な、微分方程式の特性解」のことです。わかりやすい例を一つ挙げると、電磁気学において、電荷密度の空間分布$\rho(\boldsymbol{r})$によって作られる静電ポテンシャル$\phi(\boldsymbol{r})$を与える次のような式があります。
$$ \Delta\phi(\boldsymbol{r})=\left(\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}\right)\phi(\boldsymbol{r})=\rho(\boldsymbol{r}) $$
この方程式(これはPoisson方程式と呼ばれる形の式です)の一般解は、
\Delta G(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r'})=\delta(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')
を満たすような関数$G(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r'})$を用いて($\delta(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')$はディラックのデルタ関数)、
\phi(\boldsymbol{r})=\int G(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r'})\rho(\boldsymbol{r}')~\mathrm{d}^3\boldsymbol{r}'
と書くことができます。実際、上式の両辺に$\Delta$を作用させると、右辺の被積分関数内の$G(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r'})$がデルタ関数になって積分から$\rho(\boldsymbol{r})$が取り出せることがわかります。ここで登場する$G(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r'})$はPoisson方程式のグリーン関数と呼ばれるもので、いわば「微分演算子$\Delta$の逆演算子」のような役割を果たしています。このように、グリーン関数を用いると非斉次な微分方程式の一般解を直ちに書き与えることができます。
グリーン関数には「時空上の異なる点どうしの間の相関を担うもの」という役割があります。すなわち、グリーン関数は、場の中のある点における事象の影響がどのように(どれだけの重みで)異なる点に伝播するのかを教えてくれます。
この事情を上の例で確かめましょう。上の解を見てみると、空間上のある点$\boldsymbol{r}$における静電ポテンシャル$\phi(\boldsymbol{r})$は、空間上の任意の点$\boldsymbol{r}'$における「その点における電荷密度$\rho(\boldsymbol{r}')$とグリーン関数$G(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}')$の積$G(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r'})\rho(\boldsymbol{r}')$」を空間全体にわたって足し合わせたもの、として与えられています(要するに、非斉次項とグリーン関数の「畳み込み」を計算しているということです)。つまり、ある点における静電ポテンシャルに対する、別の点の電荷密度からの寄与が、グリーン関数による重みづけのもとで取り込まれているというわけです。要するに、この$G(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}')$とは「ある点$\boldsymbol{r}$の物理量に対する別の点$\boldsymbol{r}'$からの寄与を伝える(伝播する、propagateする)」役割を果たしていると考えることができます。
まとめると、グリーン関数は時空上のある点と別の点とを結びつける(=2点の間に相関を持たせる)役割を果たしていて、すなわちグリーン関数は場の異なる2点どうしがどのようなに相関を持っているのかという情報を持っています。
さらに、ここでは詳細は省きますが、グリーン関数は重要な観測可能量と直接結びついています。例えば、絶対零度の相対論的な場の量子論では、「$n$個の粒子が散乱して$m$個の粒子になる」というような散乱過程における散乱断面積が、後に定義する「$n$点グリーン関数」と呼ばれる量を用いて与えられます(詳しくは「LSZ簡約公式」で検索)。
グリーン関数がわかると、場を記述する方程式の一般解がわかり、場の相関の様子がわかり、さらに観測可能量の計算もできる。グリーン関数には場に対するこれだけの豊富な情報が含まれているわけです。したがって、ものすごく雑な言い方をしてしまえば、場の理論における主要な目標は与えられた場に対するグリーン関数を求めることだと言えるでしょう。
(絶対零度の)場の量子論におけるグリーン関数
さて、しばらくは「絶対零度の相対論的な場の量子論3」におけるグリーン関数の話をします。もっとも簡単な例として、相互作用のない自由なスカラー粒子の運動を考えます。ここでは4次元Minkowski時空の計量を$(+, -, -, -)$としています。自由スカラー粒子の作用は
$$
S[\phi]=\int \mathcal{L}(\phi)~\mathrm{d}^{4}x =\int \mathrm{d}^4 x~\left[\frac{1}{2}\partial_{\mu}\phi\partial^{\mu}\phi-\frac{m^2}{2}\phi^2 \right]
$$
のように与えられ、これに最小作用の原理を適用する(作用を$\phi=\phi(x)$の汎関数と見て、その汎関数微分が消えることを要求する)ことで、オイラー-ラグランジュ方程式
$$(\partial_{\mu}\partial^{\mu}+m^2)\phi(x)=0$$
が得られます(これはKlein-Gordon方程式と呼ばれる式です)。引数は4次元Minkowski時空における座標です。フーリエ変換を利用して4元運動量の言葉で書き換えてやると、上を満たす$\phi(x)$は
$$\phi(x)=\int\frac{d^3\boldsymbol{k}}{\sqrt{(2\pi)^32E_{k}}}\lbrace a^{\dagger}(\boldsymbol{k})e^{ik\cdot x}+a(\boldsymbol{k})e^{-ik\cdot x}\rbrace$$
のように書かれます。ここで、波数に依存する展開係数$a^{\dagger}(\boldsymbol{k}), a(\boldsymbol{k})$のことを生成演算子・消滅演算子と呼びます(波数$k$の平面波を場の演算子の中に登場させるのが生成演算子で、その逆の役割を担う(=波数$-k$の平面波を場の演算子の中に登場させる)のが消滅演算子)。
さて、作用を出発点とするこの場の量子論においては、場の演算子$\phi(x)$、およびその「正準共役運動量」
\pi(x)\equiv \frac{\partial \mathcal{L}}{\partial \partial_0\phi(x)}
に対して、次の同時刻交換関係
[\phi(x^{0}, \boldsymbol{x}), \pi(x^0, \boldsymbol{x}')]=i\delta(\boldsymbol{x}-\boldsymbol{x}')
[\phi(x^{0}, \boldsymbol{x}), \phi(x^0, \boldsymbol{x}')]=
[\pi(x^{0}, \boldsymbol{x}), \pi(x^0, \boldsymbol{x}')]
=0
を課すことによって場の量子化がなされます。場の演算子を平面波展開して生成・消滅演算子の言葉に書き換えると、上の同時刻交換関係は
[a(\boldsymbol{k}), a^\dagger(\boldsymbol{k'})]=\delta(\boldsymbol{k}-\boldsymbol{k'})
[a(\boldsymbol{k}), a(\boldsymbol{k'})]=
[a^\dagger(\boldsymbol{k}), a^\dagger(\boldsymbol{k'})]=0
と、波数に関する同時刻交換関係に言い換えられます。
さて、上で与えた自由場のオイラー-ラグランジュ(E-L)方程式に対するグリーン関数というものを求めてみましょう。グリーン関数は、E-L方程式に登場する微分作用素に対してディラックのデルタ関数を返すもの
$$(\partial_{\mu}\partial^{\mu}+m^2)G(x, x')=-i\delta(x-x')$$
として与えられます($-i$倍で定義したのは便宜上)。自由スカラー場においてはこの解$G(x,x')$を具体的に与えることができます。この計算を実行するにはフーリエ変換を利用すると良くて、
(\partial_{\mu}\partial^{\mu}+m^2)\int\frac{d^4 k}{(2\pi)^4}\tilde{G}(k)e^{-ik(x-x')}
=\int\frac{d^4 k}{(2\pi)^4}(-k^2+m^2)\tilde{G}(k)e^{-ik(x-x')}
=-i\int\frac{d^4 k}{(2\pi)^4}e^{-ik(x-x')}
\therefore~~\tilde{G}(k)=\frac{i}{k^2-m^2+i\varepsilon}~~(\varepsilon\to +0)
となります(ただし、積分の特異点を「とりあえず」解消するために、虚軸方向に特異点を微小にずらしています)。ゆえ、自由スカラー場のグリーン関数は
G(x, x')=i\int\frac{d^4 k}{(2\pi)^4}\frac{e^{-ik\cdot (x-x')}}{k^2-m^2+i\varepsilon}
と求められます。計算の途中過程で発散する量が出てくると厄介なので、とりあえず暫くの間は特異点をずらして実軸上での発散を形式的に取り除いておいて、計算の最後に$\varepsilon\to +0$とすることで元々の式$(\partial_{\mu}\partial^{\mu}+m^2)G(x, x')=-\delta(x-x')$が満たされるようにしてあげる、という処方を取っています。
作用(というよりはラグランジアン密度)に相互作用に起因する項がある場合、最小作用の原理から導かれるE-L方程式は非斉次な微分方程式になります。その時の解$
\phi(x)$は、冒頭で示したPoisson方程式の例のようにこの自由スカラー場の(あるいは、Klein-Gordon方程式の)グリーン関数を用いて書き表せます。
ところで、この自由場スカラー場のグリーン関数は別の方法によって与えることもできます。すなわち、「場の演算子の積(時間順序積)の真空期待値=2点相関関数」という量をこの自由スカラー場に対して計算すると、それが微分方程式の特性解という意味でE-L方程式に対するグリーン関数となっていることを確かめることができます。
ここで、「時間順序積」および「真空期待値」というものについて簡単に説明します。まず、時間順序積とは、引数の時間成分=第0成分の大きい演算子から順に左から並べるという順序で演算子の積を定義するということです(場の量子論では演算子同士が非可換なので、何らかの規則によって積の順序を定めてあげる必要があります)。例えば、2つの演算子$A(x)$と$B(y)$の時間順序積$T_{t}[A(x)B(y)]$は
T_{t}[A(x)B(y)]=\left\{
\begin{array}{ll}
A(x)B(y) & \mathrm{if}~x^0>y^0 \\
B(y)A(x) & \mathrm{if}~x^0<y^0
\end{array}
\right.
と書けます。「階段関数」
\theta(x)=\left\{
\begin{array}{ll}
1 & \mathrm{if}~x>0 \\
0 & \mathrm{if}~x<0
\end{array}
\right.
を用いれば、時間順序積をまとめて
T_{t}[A(x)B(y)]=\theta(x^0-y^0)A(x)B(y)+\theta(y^0-x^0)B(y)A(x)
と書くことができます。
また、任意の演算子$A(x)$に対する真空期待値は次で定義されます:
\langle A(x) \rangle_{0}=\langle 0| A(x) |0\rangle
ただし、この$|0\rangle$とは先に定義した消滅演算子を作用させると0になる状態で、いわゆる「真空」と呼ばれるユニークな基底状態です(この場の量子論における状態空間は、この「真空」にいろんな生成演算子を作用させたものによって張られます。説明があまりにも雑ですがそれは紙面の都合4)。場の解析力学におけるやり方と全く同じようにしてこの場のハミルトニアンを求めてみると、「真空」とは場のハミルトニアンのユニークな最低エネルギー状態であるということがわかります。
物理量(観測可能な量)と直接結びつくのは演算子そのものではなくあくまでもその期待値であるので、我々が本当に欲しいのは期待値を取ったものになります。
これより、場の演算子の「2点相関関数」を
\langle 0| T_t[\phi(x)\phi(y)]|0\rangle
と与えます。場の演算子をフーリエ変換で波数表示して、上の2点相関関数を
\langle 0| T_t[\phi(x)\phi(y)]|0\rangle
=\int \frac{d^3\boldsymbol{k}d^3\boldsymbol{k}'}{(2\pi)^3\sqrt{2E_{k}}2E_{\boldsymbol{k}'}}\lbrace \theta(x^0-y^0)e^{-ik\cdot x}e^{ik'\cdot y}
\langle 0|a(\boldsymbol{k})a^{\dagger}(\boldsymbol{k}')|0\rangle
+
\theta(x^0-y^0)e^{ik\cdot x}e^{-ik'\cdot y}
\langle 0|a(\boldsymbol{k}')a^{\dagger}(\boldsymbol{k})|0\rangle\rbrace
と書けば、これが先に求めた自由スカラー場のグリーン関数と同じ表示を持つことがわかります。階段関数の複素積分表示
\theta(x)=\frac{i}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}dz \frac{e^{-izx}}{z+i\varepsilon}
を利用すると、
\langle 0| T_t[\phi(x)\phi(y)]|0\rangle
=i\int\frac{d^4 k}{(2\pi)^4}\frac{e^{-ik\cdot (x-x')}}{k^2-m^2+i\varepsilon}
となることが確かめられます。ただし、途中計算では生成/消滅演算子の交換関係から
\langle 0|a(\boldsymbol{k})a^{\dagger}(\boldsymbol{k}')|0\rangle
=\langle 0|\delta(\boldsymbol{k}-\boldsymbol{k}')|0\rangle+\langle 0|a^{\dagger}(\boldsymbol{k}')a(\boldsymbol{k})|0\rangle
=\delta(\boldsymbol{k}-\boldsymbol{k}')+0
となることを用いています(2つ目の等号は、真空に消滅演算子を作用させると消える($a(\boldsymbol{k})|0\rangle$)ことから従います)。
ところで、この節では「自由スカラー場のグリーン関数」という言い方をしました。一方、一番初めに述べた静電ポテンシャルを決定するPoisson方程式の文脈では「Poisson方程式のグリーン関数」という言い方をしています。微分方程式の文脈では、グリーン関数は微分演算子の逆演算子として導入され、この時「〇〇方程式のグリーン関数」と呼ばれます。このグリーン関数が座標空間上の異なる2点の間の相関を担う役割を果たしていたことから、これを拡張して場の量子論ないし量子多体系の文脈ではグリーン関数を場の演算子の2点相関関数(時間順序積の期待値)として与えている、という構図になっています。
一般に相互作用のある場合は、場の演算子に相互作用の影響が現れるため(相互作用のある場の演算子は、E-L方程式の非斉次項と自由場のグリーン関数の畳み込みで与えられます)、2点相関関数は微分演算子の逆演算子にはなりません。すなわち、場の量子論におけるグリーン関数が微分方程式の意味でのグリーン関数と一致するのは自由場のケースのみです。以下、本稿で「グリーン関数」といった場合は場の演算子の2点相関関数の意味で用いることとします。
なお、場の演算子の$n$点相関関数という量を、2点相関関数からの拡張で次のように定義することができます(「$n$点グリーン関数」と呼ばれることもあります):
G(x_1, x_2, \cdots, x_n)=\langle 0|T[\phi(x_1)\phi(x_2)\cdots\phi(x)_n]|0\rangle~.
素粒子実験等で$n$個の粒子が絡む散乱過程などを考えるときは、この$n$点グリーン関数(をフーリエ変換で運動量表示したもの)が観測量(散乱断面積)と直接結びついてくるので、相互作用のある一般の場に対してこの$n$点グリーン関数を計算することが求められます。
相互作用のある場と摂動論
今までの計算結果は全て相互作用のない自由場に対するものでした。自由場の理論ではグリーン関数を厳密に計算することができましたが、一般の場合は自由場ほど綺麗に定式化されていません。以下ではラグランジアンに相互作用項があるような場合($\mathcal{L}=\mathcal{L_0}+\mathcal{L}_{\mathrm{int}}$)を考えます。
相互作用のある系の場の理論は言ってしまえば不完全です5。例えば、自由場の理論のようにフーリエ変換(平面波展開)によって直ちに粒子描像に移行することはできません(相互作用のある場においては、平面波解が固有関数の直交系をなさないため)。より、一般の相互作用のある場をそのまま取り扱うことは困難どころか現在の場の量子論の枠組みでは不可能です。そこで、相互作用の効果を小さいとして摂動論的に取り入れたいという気持ちが湧いてきます。以下では摂動論による相互作用場の取り扱い方をごくごく簡単に紹介します。
相互作用場の2点相関関数はE-L方程式の微分演算子の逆演算子にはなっていないので、グリーン関数を求めるには2点相関関数を具体的に計算しなければなりません。しかし、上述の事情により、一般に相互作用のある場においては状態空間をうまく構成することができません(特に最低エネルギー状態=基底状態を具体的に求めることができません)。そこで、一般の相互作用のある場における真空期待値を、経路積分量子化による重み付けのもとで与えることとします:
_H\langle 0 | T[\hat{\phi}(x_1)\cdots\hat{\phi}(x_n)]|0\rangle_H
=\frac{\int \mathcal{D}\phi~\phi(x_1)\cdots\phi(x_n)~\exp\left\lbrace i\int d^4 y~\mathcal{L}(\phi)\right\rbrace}{\int \mathcal{D}\phi~\exp\left\lbrace i\int d^4 y~\mathcal{L}(\phi)\right\rbrace}~.
これは、真空の具体的な表式によらずに求められます。
経路積分量子化では、相空間内の取りうる可能なあらゆる状態に対して作用の指数関数で重みをつけた上で、全ての状態の寄与を足し合わせて最後に規格化する(=真空の寄与で割る)ことによって、場の量の真空期待値を計算することができます。やっていることとしては、統計力学においてカノニカル分布のもとで熱平均を計算することと近いです(実現可能なあらゆる状態にエネルギーの指数関数で重みをつけて、全ての状態の寄与を足し合わせて規格化する(=分配関数で割る)ことで熱平均を得る)。ただし、上の表式ではすでに$\pi$に関する積分は実行済みであるとしています。
詳細は全て省きますが、経路積分の積分測度の定め方6から、経路積分量子化によって場の演算子の積の期待値を計算するとそれは必然的に時間順序積となります。また、真空の寄与を除することによって計算結果から非本質な発散を取り除いています。なお、上の表式は「無限の過去-未来における場の演算子は、漸近的に自由場の演算子と一致する」という、相互作用場の漸近的完全性(という、場の量子論に対する要請)を用いています。
さて、改めてこの経路積分表示による真空期待値の表式を見てみると、これは指数関数の中に作用積分$S[\phi]=\int d^4 y~\mathcal{L}(\phi)$を含んでいる形をしています:
e^{i S[\phi]}= \exp\left\lbrace i\int d^4 y~\mathcal{L}(\phi)\right\rbrace=\exp\left\lbrace i\int d^4 y~\mathcal{L}_0+\mathcal{L}_{\mathrm{int}}(\phi)\right\rbrace
すなわち、相互作用のある場に対する摂動展開とは、指数関数の肩の作用積分の相互作用項を小さいとして自由場の項の周りで展開することだとわかります。これは、相互作用場のもとでの真空期待値を自由場の真空期待値まわりで展開している、ということになります。
この摂動展開の各項は
\langle \phi(x_1)\cdots\phi(x_n)\left(i\int d^4 y~\mathcal{L}_{\mathrm{int}}[\phi(y)]\right)^{n} \rangle_{0}
のように「場の演算子の積$\times$相互作用項の$n$乗」の自由場のもとでの真空期待値、という形をしています(自由場の真空期待値を単に$\langle\cdots\rangle_0$と表記しています)。相互作用項$\mathcal{L}_{\mathrm{int}}$が場の演算子の多項式で書ける場合、これはたくさんの場の演算子の時間順序積の自由場のもとでの真空期待値となっています。このような項の具体的な計算を行う上で有用なのが、Wickの定理と呼ばれる次の定理です:
【定理】(Wickの定理)
$n$点の場の演算子の時間順序積の自由場のもとでの真空期待値は、2点の時間順序積の真空期待値の積に分解できる。
\langle T_{t}[A_1A_2\cdots A_{2n}]\rangle_0
=\sum_{可能な全ての組み合わせ}(-1)^{\sigma}\langle T_{t}[A_{\sigma(1)}A_{\sigma(2)}]\rangle_0
\cdots \langle T_{t}[A_{\sigma(2n-1)}A_{\sigma(2n)}]\rangle_0
ここで、「可能な全ての組み合わせ」という時、重複を避けるため、常に全ての$j=1,2,\cdots, n$に対して$\sigma(2j-1)$<$\sigma(2j)$が成り立つように取るものとします。これを用いることで、摂動展開の各項を2点グリーン関数の積によって表すことができ、各項を計算することができます。
ところで、相互作用項(被積分関数)に現れる場の演算子は全て時空上の同一の点におけるものであり、これらは全て同じ寄与をもたらします。すなわち、Wickの定理を用いて$n$点の相互作用を2点の相互作用の組み合わせに分解するとき、全く同じ寄与をもたらす分解の仕方が存在します。この時、「2点の相互作用の組み合わせへの分解の仕方(2点の組の選び方)のうち、どのようなものが同じ寄与/異なる寄与を与えるのか?」を視覚的に考察する上で便利なのが、ファインマンによるダイヤグラムの方法です。ダイヤグラムの方法を用いると、2点の選び方(=2点の結び方)によって摂動展開の各項がダイヤグラムによって描き表され、ダイヤグラムとして同一なものに対応する項を考えればそれらは全て同じ寄与を与えるとわかります。ここではダイヤグラムの手法についての説明はしません4。
有限温度系のグリーン関数
ここまでは、「絶対零度の相対論的な場の量子論」の枠組みの中での話でした。素粒子物理学の文脈ではこのような枠組みでの議論が基本です。一方で、物性物理学においても、物質の中を動くたくさんの電子を場の描像で捉えようという事をよく行います。物質中の電子のように「遅く、たくさん集まっている」ような多体系を場として扱うときは、有限温度の非相対論的な場の量子論の枠組みで議論するべきです。寒い冬には温かみのある話がほしいですよね。より、以下では物質中の電子を有限温度のもとで記述する非相対論的な場を構成し、そこからその場におけるグリーン関数を与えたいと思います。
非相対論的な電子の多体系の場
まずは非相対論的な運動をする電子の集団を記述する場を構成しましょう。電子は(非相対論的な)量子力学に従って運動します。一体のシュレーディンガー方程式
$$ i\hbar\frac{\partial}{\partial t}|\psi\rangle= \hat{H}|\psi\rangle $$
の一般の固有状態は、位置の固有状態を波動関数の重みによって足し合わせたもの
|\psi\rangle=\int d\boldsymbol{r}~\phi(\boldsymbol{r})|\boldsymbol{r}\rangle
となっています。いま、この一粒子系の位置の固有状態$|\boldsymbol{r}\rangle$を、「真空に対して位置の固有状態の生成演算子を作用させたもの」に書き換えることを考えます(そのようにして「一粒子状態を位置$\boldsymbol{r}$に生成/消滅する演算子」を導入します。「真空」なる状態空間の元はこちらで与えます)。すなわち、「位置$\boldsymbol{r}$に粒子が1つある」状態を表す状態空間の元は$|\boldsymbol{r}\rangle=\hat{\psi}^{\dagger}(\boldsymbol{r})|0\rangle$と与えられます。さらに、粒子が2個、3個、$\cdots$ $N$個いる状態も同様に書くことができて、一般に
|\boldsymbol{r}_1, \boldsymbol{r}_2, \cdots, \boldsymbol{r}_N\rangle
=\frac{1}{\sqrt{N!}}\hat{\psi}^{\dagger}({\boldsymbol{r}_1})\hat{\psi}^{\dagger}({\boldsymbol{r}_2})\cdots
\hat{\psi}^{\dagger}({\boldsymbol{r}_N})|0\rangle
のように、$N$個の粒子がいる状態を場の演算子の積によって書くことができます(係数は規格化因子です)。
絶対零度の自由スカラー場の演算子がそうであったように、この演算子は「エネルギー固有状態$n$を生成/消滅する演算子」をエネルギー固有関数の重みで足し合わせたものとなっています(絶対零度の自由スカラー場の場合、場の演算子は「波数$k$を持つ状態の生成/消滅演算子」を平面波の重みで足し合わせたものでした。平面波は自由場のエネルギー固有状態です)。すなわち、この場の演算子は、エネルギー固有値$E_n$の固有関数$\phi_{n}(\boldsymbol{r})$を用いて
\hat{\psi}(\boldsymbol{r})=\sum_{n}\phi_{n}(\boldsymbol{r})\hat{c}_{n}
のように書けます。この時の演算子$\hat{c}_n$は「エネルギー固有状態$n$を消滅する演算子」となります。今までは、
場の演算子およびエネルギー固有状態の生成・消滅演算子どうしの反交換関係は
\lbrace\hat{\psi}(\boldsymbol{r}), \hat{\psi}(\boldsymbol{r}')\rbrace=
\lbrace\hat{\psi}^{\dagger}(\boldsymbol{r}), \hat{\psi}^{\dagger}(\boldsymbol{r}')\rbrace=0, ~~
\lbrace\hat{\psi}(\boldsymbol{r}), \hat{\psi}^{\dagger}(\boldsymbol{r}')\rbrace=\delta(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')
および
\lbrace \hat{c}_{\boldsymbol{k}}, \hat{c}_{\boldsymbol{k'}}\rbrace=
\lbrace \hat{c}^{\dagger}_{\boldsymbol{k}}, \hat{c}^{\dagger}_{\boldsymbol{k'}}\rbrace=0. ~~
\lbrace \hat{c}_{\boldsymbol{k}}, \hat{c}^{\dagger}_{\boldsymbol{k'}}\rbrace=\delta_{\boldsymbol{k}, \boldsymbol{k}'}
となっています(今考えているのはフェルミオンの多体系なので、Pauliの排他律より反交換関係によって量子化をする必要があります)。場の演算子にスピンなどの内部自由度がある場合、異なる内部自由度の演算子同士は反交換するものとします。
場の演算子を用いることで、場のハミルトニアンおよび個数演算子は
\hat{\mathscr{H}}=\hat{\mathscr{H}}_0+\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}}
\hat{\mathscr{H}}_{0}=\int d\boldsymbol{r}\lbrace\frac{\hbar^2}{2m}\nabla\hat{\psi}^{\dagger}(\boldsymbol{r})\cdot \nabla\hat{\psi}(\boldsymbol{r})+V(\boldsymbol{r})\hat{\psi}^{\dagger}(\boldsymbol{r})\hat{\psi}(\boldsymbol{r})\rbrace
=\sum_{n}E_{n}\hat{c}^{\dagger}_n\hat{c}_n
\hat{\mathscr{N}}=\int d\boldsymbol{r} \hat{\psi}^{\dagger}(\boldsymbol{r})\hat{\psi}(\boldsymbol{r})
=\sum_{n}\hat{c}^{\dagger}_n\hat{c}_n
のように書くことができます。相互作用項の形の詳細はひとまずは大事ではないので気にしないことにします。
グリーン関数の定義
場の演算子が与えられたので、ここからこの場に対するグリーン関数を定義したいと思います。ここでは前節の議論とは逆向きに、グリーン関数を「異なる時空上の場の演算子どうしの積の期待値(=場の演算子の2点相関関数)」として与え、それが実際に場の方程式のグリーン関数になっていることを確かめる、という順番で議論します。ここでいう場の運動方程式はシュレディンガー方程式です。
グリーン関数を定義するにあたって、まず場の演算子のハイゼンベルグ表示
\psi_{H, \alpha}(\boldsymbol{r})=e^{i(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})t/\hbar}\hat{\psi_{\alpha}}(\boldsymbol{r})e^{-i(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})t/\hbar}
を考えます(ここでは熱平衡の下でグランドカノニカル分布に従う系を取り扱うので、$\hat{\mathscr{H}}$による時間発展ではなく$\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}}$による時間発展を考えます)。ただし、$\alpha$はスピンなどの内部自由度を区別する添字です。また、熱平衡状態にある有限温度系の期待値はグランドカノニカル分布のもとでの熱平均として取るものとし、それを
\langle \cdots \rangle \equiv \frac{1}{\Xi}\mathrm{Tr}\left[e^{-\beta(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})}\cdots\right],
~~\Xi\equiv \mathrm{Tr}\left[e^{-\beta(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})}\right]
とします(絶対零度の系とは期待値の計算方法が異なることに注意しましょう)。指数関数の中の$\beta$は逆温度です。さらに、絶対零度系の時と同じように演算子の時間順序積$T_{t}$を考えます。ただし、フェルミオンの反交換性を反映して、演算子の時間順序積は
T_{t}[A(\boldsymbol{r}, t)B(\boldsymbol{r}', t')]
=\theta(t-t')A(\boldsymbol{r}, t)B(\boldsymbol{r}', t')-\theta(t'-t)B(\boldsymbol{r}', t')A(\boldsymbol{r}, t)
と書かれます。
この時、この場のグリーン関数を、異なる時空上の場の演算子同士の時間順序積の期待値として定義します:
G_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, t; \boldsymbol{r}', t')
\equiv -i\langle T_{t}\left[\hat{\psi}_{H \alpha}(\boldsymbol{r},t)\hat{\psi}^{\dagger}_{H \beta}(\boldsymbol{r}', t')\right]\rangle
諸々の記号(ハイゼンベルグ表示、熱平均、時間順序積)を省略せずに書くと、有限温度系のグリーン関数は
G_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, t; \boldsymbol{r}', t')
=-i\theta(t-t')\frac{1}{\Xi}\mathrm{Tr}\left[e^{-\beta(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})}e^{i(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})t/\hbar}\hat{\psi_{\alpha}}(\boldsymbol{r})e^{-i(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})t/\hbar}
e^{i(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})t'/\hbar}\hat{\psi_{\beta}}(\boldsymbol{r}')e^{-i(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})t'/\hbar}\right]
+i\theta(t'-t)\frac{1}{\Xi}\mathrm{Tr}\left[e^{-\beta(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})}e^{i(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})t'/\hbar}\hat{\psi_{\beta}}(\boldsymbol{r}')e^{-i(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})t'/\hbar}
e^{i(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})t/\hbar}\hat{\psi_{\alpha}}(\boldsymbol{r})e^{-i(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})t/\hbar}\right]
となります。この表式にトレースの巡回性($\mathrm{Tr}AB=\mathrm{Tr}BA$)を用いて[^]少し変形すると、
(第1項)=
-i\theta(t-t')\frac{1}{\Xi}\mathrm{Tr}\left[e^{-\beta(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})}e^{i(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})(t-t')/\hbar}\hat{\psi_{\alpha}}(\boldsymbol{r})e^{-i(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})(t-t')/\hbar}\hat{\psi_{\beta}}(\boldsymbol{r}')\right]
となり(第2項も同様に変形できる)、時空間の異なる2点におけるグリーン関数が時間についてその差$t-t'$のみに依存する(=時間並進対称である)ことがわかります。
さて、このグリーン関数は「異なる時空上の場の演算子どうしの時間順序積の熱平均」として与えたものでしたが、これがちゃんと微分方程式の意味でシュレディンガー方程式のグリーン関数になっていること、すなわち相互作用のない場の演算子に対して
\left[i\hbar\frac{\partial}{\partial t}-\left\lbrace-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2+V(\boldsymbol{r})-\mu\right\rbrace\right]G_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, t; \boldsymbol{r}', t')=\hbar\delta_{\alpha\beta}\delta(t-t')\delta(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')
となることが確かめられます(相互作用のある場の演算子に対してはこのように綺麗な形にならないことに注意しましょう)。この計算は、階段関数の微分(正確には「弱微分」)
\frac{\partial}{\partial t}\theta(t-t')=\delta(t-t')
および、ハイゼンベルグ表示した場の演算子の時間発展の式
i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\hat{\psi}_{\mathrm{H}, \alpha}(\boldsymbol{r}, t)=\left[\hat{\psi}_{\mathrm{H}, \alpha}(\boldsymbol{r}, t), \hat{\mathscr{H}}_0-\mu\hat{\mathscr{N}}\right]
を用いることで求められます。階段関数の微分に由来するデルタ関数は、場のハミルトニアンにおける積分の計算の際にうまく消えてくれます。
自由電子ガス模型のグリーン関数
絶対零度の相対論的なスカラー場の量子論の時と同じように、相互作用のない自由場の場合にこのグリーン関数の具体的な形を求めてみます。自由電子ガス模型の場合、エネルギー固有関数の完全系は波数によって指定される平面波解として与えられるので、場の演算子は「波数$k$を持つ一粒子状態の生成/消滅演算子」を用いて
\hat{\psi}_{\alpha}(\boldsymbol{r})=\frac{1}{\sqrt{V}}\sum_{\boldsymbol{k}}e^{i\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{r}}\hat{c}_{\boldsymbol{k}, \alpha}
のように展開されます($Vは領域体積です)。また、相互作用項がないためこの系のハミルトニアンおよび個数演算子は
\hat{\mathscr{H}}=\sum_{\boldsymbol{k}, \alpha}E_{\boldsymbol{k}}\hat{c}^{\dagger}_{\boldsymbol{k}, \alpha}\hat{c}_{\boldsymbol{k}, \alpha}
\hat{\mathscr{N}}=\sum_{\boldsymbol{k}, \alpha}\hat{c}^{\dagger}_{\boldsymbol{k}, \alpha}\hat{c}_{\boldsymbol{k}, \alpha}
と書けます(ここで$E_{\boldsymbol{k}}=\frac{\hbar^2 k^2}{2m}$です)。これより、場の演算子のハイゼンベルグ表示は
\hat{\psi}_{\mathrm{H}, \alpha}(\boldsymbol{r}, t)=\frac{1}{\sqrt{V}}\sum_{\boldsymbol{k}}e^{i\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{r}}e^{-i(E_{\boldsymbol{k}}-\mu)t/\hbar}\hat{c}_{\boldsymbol{k}, \alpha}
と計算できます。(2つ目の等号は、Baker-Campbell-Hausdorffの公式[^]と呼ばれる恒等式から導かれます。このようにハイゼンベルグ表示を簡単な形で書けるのは自由場ならではの事です)。よって、グリーン関数の定義に上の表式を素直に代入して時間順序積の熱平均を計算すると
G_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, t; \boldsymbol{r}', t')
=\frac{i}{V}\delta_{\alpha\beta}\left(-\theta(t-t')\sum_{\boldsymbol{k}}e^{i\boldsymbol{k}\cdot(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')}e^{-i(E_{k}-\mu)(t-t')/\hbar}(1-f(E_{k}))
+\theta(t'-t)\sum_{\boldsymbol{k}}e^{i\boldsymbol{k}\cdot(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')}e^{-i(E_{k}-\mu)(t-t')/\hbar}f(E_{k})\right)
となります。ここで、自由フェルミオン系において、エネルギー$E_k$(波数$\boldsymbol{k}$)を持つ粒子の個数密度がフェルミ分布関数で与えられること
\langle\hat{c}^{\dagger}_{\boldsymbol{k},\alpha}\hat{c}_{\boldsymbol{k}', \beta}\rangle_0=\frac{1}{e^{\beta(E_{k}-\mu)}+1}=f(E_{k})
を用いています(記号$\langle\cdots\rangle_0$は「相互作用のないハミルトニアンによる熱平均」の意味)。
このグリーン関数は、時間および空間について並進対称(その差にしか依存しない)となっています。より、そのフーリエ変換を
\tilde{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{k}, \omega)=\frac{1}{\hbar}\int\int G_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, t; \boldsymbol{r}', t')e^{-i\boldsymbol{k}\cdot(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')}e^{i\omega(t-t')}d\boldsymbol{r}dt
G_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, t; \boldsymbol{r}', t')
=\frac{\hbar}{V}\sum_{\boldsymbol{k}}\int_{-\infty}^{\infty}\frac{d\omega}{2\pi}\tilde{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{k}, \omega)e^{i\boldsymbol{k}\cdot(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')}e^{-i\omega(t-t')}
のように定義すれば、階段関数の複素積分表示を用いることで
\tilde{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{k}, \omega)=\delta_{\alpha\beta}\left(\frac{1-f(E_k)}{\hbar\omega-E_{k}+\mu+i\delta}+\frac{f(E_k)}{\hbar\omega-E_{k}+\mu-i\delta}\right)~~(\delta\to+0)
と具体的に求まります。
「温度グリーン関数」の導入
さて、有限温度系のグリーン関数というものを前節で定義し、自由電子ガス系の場合にその具体形も与えました。今、例えば系のハミルトニアンが自由電子ガス模型の項$\mathscr{H}_0$+相互作用項$\mathscr{H}_{\mathrm{int}}$という形で与えられているものとしましょう。このとき、先に与えたグリーン関数は、種々の記号を省略せず書くと
G_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, t; \boldsymbol{r}', t')=
-i\theta(t-t')\frac{1}{\Xi}\mathrm{Tr}\left[e^{-\beta(\hat{\mathscr{H}}_0+\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}}-\mu\hat{\mathscr{N}})}e^{i(\hat{\mathscr{H}}_0+\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}}-\mu\hat{\mathscr{N}})t/\hbar}\hat{\psi_{\alpha}}(\boldsymbol{r})e^{-i(\hat{\mathscr{H}}_0+\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}}-\mu\hat{\mathscr{N}})t/\hbar}
e^{i(\hat{\mathscr{H}}_0+\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}}-\mu\hat{\mathscr{N}})t'/\hbar}\hat{\psi_{\beta}}(\boldsymbol{r}')e^{-i(\hat{\mathscr{H}}_0+\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}}-\mu\hat{\mathscr{N}})t'/\hbar}\right]
+(第2項)
となり、時間発展の部分だけでなく熱平衡分布の重みにも$\mathscr{H}_{\mathrm{int}}$が登場してくることがわかります。このような場合、絶対零度の場の量子論と同じように摂動展開をすることはできません(要するに、絶対零度の系におけるWickの定理のような関係が成り立たないということです)。これは有限温度系ならではの困難です。
そこで、グリーン関数の定義を少し変えて、摂動展開ができるような形に書き換えることを考えましょう。指数の中でハミルトニアンの前に実数$\beta$がかかったものと純虚数$it$がかかったものの両方が存在していることが問題でした。ではここで、$t$を実数ではなく純虚数$t=-i\hbar\tau$にとってみましょう(ここで$\tau$は実数です)。「ちょっと待って!$t$って時間の変数であって実数値なんじゃないの?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。うるせえ。とりあえず理論の上ではそのようなものを考えることは許されるので、これからは便宜上そういうものを扱うこととします。こうすれば指数の肩は「ハミルトニアン$\times$実数」の形で統一されるので、絶対零度の場合とほとんど同じ要領で摂動展開ができます。
有限温度系のグリーン関数に$t=-i\hbar\tau$を代入したもの
\mathscr{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \tau; \boldsymbol{r}', \tau')
\equiv-\langle T_{\tau}\left[\hat{\psi}_{H, \alpha}(\boldsymbol{r}, \tau)\hat{\psi}^{+}_{H, \beta}(\boldsymbol{r}', \tau')\right]\rangle
は温度グリーン関数、あるいは松原グリーン関数と呼ばれます7。$T_{\tau}$は「虚時間順序積」です。なお、$\hat{\psi}_{H, \alpha}(\boldsymbol{r}, \tau)$および$\hat{\psi}^{+}_{H, \beta}(\boldsymbol{r}', \tau')$はそれぞれ
\hat{\psi}_{H, \alpha}(\boldsymbol{r}, \tau)\equiv
e^{\tau(\hat{\mathscr{H}}-\mu\mathscr{N})}
\hat{\psi}_{\alpha}(\boldsymbol{r})e^{-\tau(\hat{\mathscr{H}}-\mu\mathscr{N})}
\hat{\psi}^{+}_{H, \beta}(\boldsymbol{r}', \tau')\equiv
e^{\tau'(\hat{\mathscr{H}}-\mu\mathscr{N})}
\hat{\psi}^{\dagger}_{\beta}(\boldsymbol{r}')e^{-\tau'(\hat{\mathscr{H}}-\mu\mathscr{N})}
によって定義されます(虚時間形式において両者は互いにエルミート共役ではないので、$\dagger$を用いずに$+$で表記しています)。このように定義した温度グリーン関数は、先の議論と同じようにトレースの巡回性を用いることで虚時間方向に並進対称である(差$\tau-\tau'$のみにしか依存しない)ことが言えます。
自由電子ガス模型の場合の表式は、先と同じように計算できて
\mathscr{G}^{(0)}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \tau; \boldsymbol{r}', \tau')
=-\frac{1}{V}\delta_{\alpha\beta}\sum_{\boldsymbol{k}}\left\lbrace\theta(\tau-\tau')e^{i\boldsymbol{k}\cdot(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')}e^{-(E_{k}-\mu)(\tau-\tau')}(1-f(E_{k}))
-\theta(\tau'-\tau)e^{i\boldsymbol{k}\cdot(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')}e^{-(E_{k}-\mu)(\tau-\tau')}f(E_{k})\right\rbrace
となります。
温度グリーン関数の周期性
実は、温度グリーン関数は虚時間方向に特徴的な周期性を持っています。実際、虚時間方向の平心対称性から$\tau-\tau'=\tilde{\tau}$として、$\tilde{\tau}<0$の時の温度グリーン関数の表式にトレースの巡回性を用いると(下式2つ目の等号)
\mathscr{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \tilde{\tau})
=\frac{1}{\Xi}\mathrm{Tr}\left[e^{-(\beta+\tilde{\tau})(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})}\hat{\psi}^{\dagger}_{\beta}(\boldsymbol{r}')e^{\tilde{\tau}(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})}\hat{\psi}_{\alpha}(\boldsymbol{r})\right]
=-\mathscr{G}^{(0)}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \tilde{\tau}+\beta)
となり、虚時間方向に$\beta$だけ動かすと符号が反転します。これより、虚時間方向には周期$2\beta$の周期性があることがわかります。これより、温度グリーン関数を$\tau-\tau'$に関する周期$2\beta$の周期関数としてフーリエ変換することができて、$\omega_n=n\pi k_B T$($n$は整数)として
\tilde{\mathscr{G}}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', i\omega_n)=\frac{1}{2}\int_{-\beta}^{\beta}e^{i\omega_n \tau}\mathscr{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \tilde{\tau})~d\tau
\mathscr{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \tau)=k_B T\sum_{n} e^{-i\omega_n \tau}\tilde{\mathscr{G}}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', i\omega_n)
となります。さらに、$\tilde{\tau}<0$において$\mathscr{G}^{(0)}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \tilde{\tau})=-\mathscr{G}^{(0)}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \tilde{\tau}+\beta)$となることを用いて積分を変形すると、
\tilde{\mathscr{G}}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', i\omega_n)=
\frac{1}{2}(1-e^{-i\omega_n \beta})\int_{0}^{\beta}e^{i\omega_n\tau}\mathscr{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \tau)~d\tau
のようにできます。$\omega_n=n\pi k_B T$より$e^{-i\omega_n\beta}=(-1)^{n}$であるから、フェルミ粒子系においては$n$が奇数の場合、すなわち$\omega_n=(2n+1)\pi k_BT$となる時にのみ温度グリーン関数のフーリエ成分が非ゼロとなることがわかります。この$\omega_n$を、フェルミオン系における松原振動数と呼びます。なお、場の演算子に交換関係を課して量子化するボソン系の場合は、同様の議論を行うと$\omega_n=2n\pi k_BT$においてのみフーリエ成分が存在することがわかります(従ってボソン系における松原振動数は$\omega_n=2n\pi k_BT$です)。
温度グリーン関数の摂動展開
さて、ハミルトニアンに相互作用項がある場合の温度グリーン関数について見ていきましょう。再度述べますが、温度グリーン関数では指数の肩は「ハミルトニアン$\times$実数」の形のもののみとなっているので、虚時間形式において摂動展開が可能となっています。
ハミルトニアンが$\hat{\mathscr{H}}=\hat{\mathscr{H}}_0+\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}}$と書ける場合を考えます。$\hat{\mathscr{H}}_0$は自由電子ガスのハミルトニアン、あるいはそこに一粒子ポテンシャルのみを加えたものです(以下ではそれを「一粒子項ハミルトニアン」と呼ぶことにします)。いま、$\hat{\mathscr{H}}_0$による虚時間発展の効果を先に演算子に取り込んだ「相互作用表示」を採用します:
\hat{\psi}_{I, \alpha}(\boldsymbol{r}, \tau)=e^{\tau(\hat{\mathscr{H}}_0-\mu\hat{\mathscr{N}})}\hat{\psi}_{\alpha}(\boldsymbol{r})e^{-\tau(\hat{\mathscr{H}}_0-\mu\hat{\mathscr{N}})}~.
ここで、「(相互作用表示における)虚時間発展演算子」を
\hat{\mathscr{U}}(\tau, \tau')=e^{\tau(\hat{\mathscr{H}}_0-\mu\hat{\mathscr{N}})}e^{-(\tau-\tau')(\hat{\mathscr{H}}-\mu\hat{\mathscr{N}})}e^{-\tau'(\hat{\mathscr{H}}_0-\mu\hat{\mathscr{N}})}
として定義すると、相互作用表示とハイゼンベルグ表示の間の関係を
\hat{\psi}_{H, \alpha}(\boldsymbol{r}, \tau)=\hat{\mathscr{U}}(0, \tau)\hat{\psi}_{I, \alpha}(\boldsymbol{r}, \tau)\hat{\mathscr{U}}(\tau, 0)
と書くことができます。これによって、温度グリーン関数を相互作用表示した場の演算子によって書き与えることができます。また、ハミルトニアンの相互作用項についても$$\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}, I}(\tau)=e^{\tau(\hat{\mathscr{H}}_0-\mu\hat{\mathscr{N}})}\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}}e^{-\tau(\hat{\mathscr{H}}_0-\mu\hat{\mathscr{N}})}$$
と相互作用表示することとします。
実は(といっても計算でわかりますが)、虚時間発展演算子$\hat{\mathscr{U}}(\tau, \tau')$は
\frac{\partial}{\partial \tau}\hat{\mathscr{U}}(\tau, \tau')=-\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}, I}(\tau)\hat{\mathscr{U}}(\tau, \tau')
なる式を満たしており、演算子の積の順序に注意してこれを解けば
\hat{\mathscr{U}}(\tau, \tau')
=\sum_{n=0}^{\infty}\frac{(-1)^n}{n!}\int_{\tau'}^{\tau}d\tau_{1}\int_{\tau'}^{\tau}d\tau_{2}\cdots\int_{\tau'}^{\tau}d\tau_{n}~T_{\tau}\left[
\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}, I}(\tau_1)\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}, I}(\tau_2)\cdots\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}, I}(\tau_n)\right]
\equiv T_{\tau} \exp\left[-\int_{\tau'}^{\tau}\right]
と書くことができます。
さて、いよいよ相互作用項のある場に対する温度グリーン関数の表式を与えます。温度グリーン関数の定義
\mathscr{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \tau; \boldsymbol{r}', \tau')
=-\langle T_{\tau}\left[\hat{\psi}_{H, \alpha}(\boldsymbol{r}, \tau)\hat{\psi}^{+}_{H, \beta}(\boldsymbol{r}', \tau')\right]\rangle
に登場するハイゼンベルグ表示の場の演算子を、先の関係によって相互作用表示のものに書き換えると
\mathscr{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \tau; \boldsymbol{r}', \tau')
=-\frac{1}{\Xi}\mathrm{Tr}\left[e^{-\beta(\hat{\mathscr{H}}_0-\mu\hat{\mathscr{N}})} \hat{\mathscr{U}}(\beta, \tau)\hat{\psi}_{I, \alpha}(\boldsymbol{r}, \tau)\hat{\mathscr{U}}(\tau, \tau')\hat{\psi}^{+}_{I, \alpha}(\boldsymbol{r}', \tau')\hat{\mathscr{U}}(\tau', 0)\right]
+\frac{1}{\Xi}\mathrm{Tr}\left[e^{-\beta(\hat{\mathscr{H}}_0-\mu\hat{\mathscr{N}})} \hat{\mathscr{U}}(\beta, \tau')\hat{\psi}^{+}_{I, \alpha}(\boldsymbol{r}', \tau')\hat{\mathscr{U}}(\tau', \tau)\hat{\psi}_{I, \alpha}(\boldsymbol{r}, \tau)\hat{\mathscr{U}}(\tau, 0)\right]
となります。上で求めた虚時間発展演算子の表式を代入してまとめると、これは
\mathscr{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \tau; \boldsymbol{r}', \tau')
=-\frac{1}{\Xi}\mathrm{Tr}\left[e^{-\beta(\hat{\mathscr{H}}_0-\mu\hat{\mathscr{N}})}
\sum_{n=0}^{\infty}\frac{(-1)^n}{n!}\int_{0}^{\beta}d\tau_{1}\cdots\int_{0}^{\beta}d\tau_{n}~T_{\tau}\left[\hat{\psi}_{H, \alpha}(\boldsymbol{r}, \tau)\hat{\psi}^{+}_{H, \beta}(\boldsymbol{r}', \tau')
\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}, I}(\tau_1)\cdots\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}, I}(\tau_n)\right]\right]
と書かれます。さらに、大分配関数$\Xi$も
\Xi=\mathrm{Tr}\left[e^{-\beta(\hat{\mathscr{H}}_0-\mu\hat{\mathscr{N}})}
\sum_{n=0}^{\infty}\frac{(-1)^n}{n!}\int_{0}^{\beta}d\tau_{1}\cdots\int_{0}^{\beta}d\tau_{n}~T_{\tau}\left[
\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}, I}(\tau_1)\cdots\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}, I}(\tau_n)\right]\right]
のように、一粒子項ハミルトニアンと相互作用項を分離した形で書くことができます。ここで、虚時間発展演算子の中の順序積$T_{\tau}$が、温度グリーン関数の定義式における順序積を吸収していることに注意しましょう。
というわけで、我々の目的はこのようにして書かれる温度グリーン関数を摂動論的に求める事だということがわかりました。ところで、この温度グリーン関数の表式は絶対零度の場の量子論における$n$点グリーン関数の経路積分による表式とよく似ています($it/\hbar \leftrightarrow \tau$, $\mathcal{L}_{\mathrm{int}}\leftrightarrow \hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}, I}$なる対応関係があると考えられます)。実際、この分子を見てみると、摂動展開の第$n$次の項は「2点の場の演算子の積$\times$相互作用項の$n$乗」の順序積の一粒子項ハミルトニアン$\hat{\mathscr{H}}_0$のもとでの熱平均、という形になっていることがわかります。「一粒子項ハミルトニアンのもとでの熱平均」が「自由場のもとでの真空期待値」に対応しているというわけです。
これより、この温度グリーン関数の摂動展開は、絶対零度の系における摂動展開と同じ要領で行えるのではないかと期待できます。さらに、この期待に応えるかのように、有限温度系の虚時間形式においては絶対零度の系に対するWickの定理と同じような主張が成立します(Bloch-De Dominicisの定理):
虚時間形式において、$n$点の場の演算子の順序積の一粒子項ハミルトニアンのもとでの熱平均は, 2点の順序積の熱平均の積に分解できる。
\langle T_{\tau}[A_1A_2\cdots A_{2n}]\rangle_0
=\sum_{可能な全ての組み合わせ}(-1)^{\sigma}\langle T_{\tau}[A_{\sigma(1)}A_{\sigma(2)}]\rangle_0
\cdots \langle T_{\tau}[A_{\sigma(2n-1)}A_{\sigma(2n)}]\rangle_0
相互作用のある場において, 温度グリーン関数の摂動展開の各項は
\langle T_{\tau}\left[\hat{\psi}_{H, \alpha}(\boldsymbol{r}, \tau)\hat{\psi}^{+}_{H, \beta}(\boldsymbol{r}', \tau')
\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}, I}(\tau_1)\cdots\hat{\mathscr{H}}_{\mathrm{int}, I}(\tau_n)\right]\rangle_0
のような形になっています。さらに相互作用ハミルトニアンが場の演算子の多項式で書ける場合, これはたくさんの場の演算子の時間順序積の一粒子項ハミルトニアンのもとでの熱平均になっています。Bloch-De Dominicisの定理はまさにこのようなものを計算する時に威力を発揮します。Wickの定理もBloch-De Dominicisの定理も、$n$点の演算子の順序積の期待値を2点の順序積の期待値の積の組み合わせによって書き表すことができるという定理です。異なるのは、期待値が自由場のもとでの真空期待値であるか一粒子項ハミルトニアンのもとでの熱平均であるかという点です。
温度グリーン関数と解析接続
さて、有限温度系のグリーン関数に対しては摂動計算が困難でしたが、その定義を少し変更して作った温度グリーン関数は絶対零度の場の量子論の時と同じ要領で摂動展開の計算ができるということを見てきました。ですが、この温度グリーン関数は実時間において定義されたグリーン関数とは違って直接的に物理量とは結びつきません(そもそも「虚時間」って何なんでしょうか)。物理的に意味のある結果を得るためには、解析接続によって温度グリーン関数の計算結果を実時間の世界に「持ち込んで」あげる必要があります。以下でもう少し詳しく見てみましょう。
まず、温度グリーン関数に対して、「レーマン表示」と呼ばれる表示に書き直すことを考えます。これは、エネルギー固有状態の完全系を用意してトレースを具体的に書き下した後に(虚)時間方向についてフーリエ変換したものになっています。温度グリーン関数のトレースを固有状態の完全系を基底にとって計算すると、 $\sum_{m}|m\rangle\langle m|=\hat{1}$を適宜挟むことで
\mathscr{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \tau; \boldsymbol{r}', \tau')
=-\frac{1}{\Xi}\sum_{n, m}e^{-\beta(E_n-\mu N_n)}\left[\theta(\tau-\tau')e^{(E_n-E_m+\mu)(\tau-\tau')}\langle n|\hat{\psi}_{\alpha}(\boldsymbol{r})|m\rangle \langle m|\hat{\psi}^{\dagger}_{\beta}(\boldsymbol{r}')|n\rangle
-\theta(\tau'-\tau)e^{-(E_n-E_m-\mu)(\tau-\tau')}\langle n|\hat{\psi}^{\dagger}_{\beta}(\boldsymbol{r}')|m\rangle \langle m|\hat{\psi}_{\alpha}(\boldsymbol{r})|n\rangle\right]
となります。ここで、場の演算子が粒子の生成/消滅演算子で書けるため、エネルギー固有状態$|n\rangle$と$|m\rangle$の粒子数の差は$\pm 1$となっている時においてのみ$\langle n|\hat{\psi}_{\alpha}(\boldsymbol{r})|m\rangle$および$\langle n|\hat{\psi}^{\dagger}_{\beta}(\boldsymbol{r}')|m\rangle$が消えないという事実を用います。これを$\tau-\tau'$の関数として虚時間方向についてフーリエ変換すれば、
\mathscr{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', i\omega_n)
=\int_{0}^{\beta}\mathscr{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \tau)e^{i\omega_n \tau}~d\tau
=\frac{1}{\Xi}\sum_{n,m}\left(e^{-\beta(E_n-\mu N_n)}+e^{-\beta(E_m-\mu N_m)}\right)\frac{\langle n|\hat{\psi}^{\dagger}_{\beta}(\boldsymbol{r}')|m\rangle \langle m|\hat{\psi}_{\alpha}(\boldsymbol{r})|n\rangle}{i\omega_{n}+E_n-E_m+\mu}
となります(ただし、松原振動数について$e^{i\omega_n\beta}=-1$となること、および先の事情から$N_m=N_n+1$であることを用いています)。これが温度グリーン関数のレーマン表示です。
さてここで、「遅延グリーン関数」と呼ばれる次のような量を定義します。
G^{R}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, t; \boldsymbol{r}', t')
=-i\theta(t-t')\langle\lbrace{\hat{\psi}_{\mathrm{H},\alpha}(\boldsymbol{r}, t), \hat{\psi}^{\dagger}_{\mathrm{H},\alpha}(\boldsymbol{r}', t')\rbrace}\rangle
これは$t>t'$でのみ値をとらない量です(そのため、「過去$t'$の影響が未来$t$に伝播する」という意味で遅延という名がついています)。いま、先と同じ手続きでこの遅延グリーン関数をレーマン表示により書き表すと、
G^{R}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \omega)=
\frac{1}{\Xi}\sum_{n,m}\left(e^{-\beta(E_n-\mu N_n)}+e^{-\beta(E_m-\mu N_m)}\right)\frac{\langle n|\hat{\psi}^{\dagger}_{\beta}(\boldsymbol{r}')|m\rangle \langle m|\hat{\psi}_{\alpha}(\boldsymbol{r})|n\rangle}{\hbar\omega+E_n-E_m+\mu+i\delta}
となります。これと温度グリーン関数のレーマン表示を見比べてみると、両者はよく似ています(違うのは、分母が$i\omega_n$を含むか$\hbar\omega+i\delta$を含むかのみです)。
この事情をより明確にするため、「スペクトル関数」
\rho_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \omega)
=
\frac{1}{\Xi}\sum_{n,m}\left(e^{-\beta(E_n-\mu N_n)}+e^{-\beta(E_m-\mu N_m)}\right)\langle n|\hat{\psi}^{\dagger}_{\beta}(\boldsymbol{r}')|m\rangle \langle m|\hat{\psi}_{\alpha}(\boldsymbol{r})|n\rangle\delta(\omega-(E_m-E_n-\mu)/\hbar)
=\frac{1}{\Xi}\sum_{n,m}e^{-\beta(E_n-\mu N_n)}\left(1+e^{-\beta\hbar \omega}\right)\langle n|\hat{\psi}^{\dagger}_{\beta}(\boldsymbol{r}')|m\rangle \langle m|\hat{\psi}_{\alpha}(\boldsymbol{r})|n\rangle\delta(\omega-(E_m-E_n-\mu)/\hbar)
というものを定義して、温度グリーン関数および遅延グリーン関数を
\mathscr{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', i\omega_n)
=\int_{-\infty}^{\infty}d\omega'~\frac{ \rho_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \omega')}{i\omega_n-\hbar\omega'}
G^{R}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \omega)
=\int_{-\infty}^{\infty}d\omega'~\frac{ \rho_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \omega')}{\hbar\omega+i\delta-\hbar\omega'}
と書くことにします。これは、複素関数
Z_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', z)
=\int_{-\infty}^{\infty}d\omega'~\frac{ \rho_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \omega')}{z-\hbar\omega'}
を用いると、統一的に
\mathscr{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', i\omega_n)
= Z_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', i\omega_n)
G^{R}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \omega)=
Z_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \hbar\omega+i\delta)~~(\delta\to+0)
と書けます。つまり、温度グリーン関数と遅延グリーン関数はこの$Z_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', z)$を通して繋がっているという事が言えます。
一般の相互作用のある場については、実時間で定義された遅延グリーン関数を摂動論的に計算することはできません。そこで、相互作用場に対する計算は次のようにして行います。
- 虚時間形式のもとで摂動論的に温度グリーン関数を計算し、それをフーリエ変換して$\mathscr{G}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', i\omega_n)$を求める
- 1.の手続きで離散的な松原周波数$i\omega_n$に対して得られた$Z_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', i\omega_n)$の値から、解析接続8によって関数$Z_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', z)$の定義域を複素平面$z$全体に拡張する
- この$Z_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', z)$に対して、$z\to \hbar\omega+i\delta$と上半面から実軸に近づけることで$ Z_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \hbar\omega+i\delta)= G^{R}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \omega)$の値を得る
このようにして、摂動論の適用できる虚時間形式における計算結果を、実時間に「持ち込む」ことが可能になります。
ところで、温度グリーン関数の値から複素数平面全体に解析接続する方法は一意ではありません。実際、「離散的な点$i\omega_n$においては同じ値を与えるが複素関数としては異なる」ような解析接続の仕方が存在します(例えば、ある$Z$に対してそれと$e^{2\beta nz}(n\in\mathbb{Z})$倍だけ異なるような関数$Z'$がまさにそのような例です)。ですが、解析接続によって得られる$Z$の漸近的振る舞いが遅延グリーン関数のそれと一致するべしという条件を課すと、解析接続の仕方は一意に定まり、この時温度グリーン関数から遅延グリーン関数を一意的に得ることができます。ここで、遅延グリーン関数は$\omega\to\infty$において
G^{R}_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \omega)
\sim\frac{1}{\hbar \omega}\int_{-\infty}^{\infty}~d\omega'\rho_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \omega')~~(\omega\to\infty)
=\frac{1}{\hbar \omega}\delta_{\alpha\beta}\delta(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')
なる振る舞いを示すことがわかります(スペクトル関数の$-\infty\sim\infty$積分はデルタ関数になります)。より、温度グリーン関数から解析接続によって得られる複素関数$Z_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', z)$のうち、その漸近的振る舞いが
Z_{\alpha\beta}(\boldsymbol{r}, \boldsymbol{r}', \hbar\omega+i\delta)
\sim\frac{1}{\hbar \omega}\delta_{\alpha\beta}\delta(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}')~~(\omega\to\infty)
となるようなものを選べば、そのような$Z$を通して温度グリーン関数の計算結果から実時間における遅延グリーン関数の値をユニークに得ることができる、という論理になっています。
まとめ
今回の記事の主題を一言でまとめると、「絶対零度の場の量子論におけるグリーン関数の手法と同じようなことを、有限温度の場の量子論に対して行うにはどうすれば良いか?」というものが適切だと思います。絶対零度の場の量子論においてもそうだったように、物性物理でも可観測量がグリーン関数と結びつくので、与えられた場に対するグリーン関数の計算を行うことはとても重要な意味を持ちます。この記事ではダイヤグラムを用いた摂動展開の系統的な計算手法についての説明を全て省いたため、これを読んだだけでは具体的な計算ができるようにはなりません。ですが、それでも「出来る」という事実を強調しておくことは大事だと思うので、この記事にはそういう意義があると勝手に思っています。
改めて述べますが、紙面の都合と私の能力不足によりかなり説明不足かつ冗長な内容になってしまったことをお詫び申し上げます。この記事を読む際は270度ぐらい斜に構えて読んでください。とりあえず、「なんか物性物理(電子の多体系の場)でも絶対零度の場の量子論と同じようなことができそうだ」という気持ちだけが伝われば、執筆者としては幸いです。
というわけで皆さん、良いクリスマスを。僕の恋人は理学書です。うそです9。
参考文献
・小形正男「物性物理のための場の理論・グリーン関数」(SGCライブラリ-142、サイエンス社)
・坂本眞人「場の量子論 不変性と自由場を中心にして」(量子力学選書、裳華房)
・坂本眞人「場の量子論(II) ファインマン・グラフとくりこみを中心にして」(量子力学選書、裳華房)
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恋愛に限定された話ではありません。 ↩
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人によってはこれを見て身構えてしまうかもしれませんが、大丈夫です。 ↩
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すなわち、Lorentz不変(或いはPoincaré不変)な作用によって記述される場の理論の事です。 ↩
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気になる方は「漸近的完全性」という語で検索してみるとこの辺の事情(相互作用場の理論的取り扱いの難しさ)がわかるような気がします。 ↩
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相空間内の各経路に対する重みを足し合わせる際、「ある時刻における点とその微小時間$\Delta t$後における点を結ぶ相空間内の経路」からの寄与を離散的に取り込んでから連続極限を取っているので、この積分測度のもとで計算すると必然的に時間順序積が得られる、という仕組みです。 ↩
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松原というのは松原武生先生(京都大学名誉教授)のことです。松原先生は、このようなグリーン関数を考えることによって場の量子論における摂動論の手法を統計力学に適用しました。 ↩
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「解析接続って物理的な変数の定義域を拡張する操作だから、解析接続で得られるものって物理的に意味あるの?」とお思いの方もいるかもしれません。確かに。でも、関数の性質が良い限りは解析接続の手法は問題ないし、実際この手法で物理的に意味のある計算結果が得られているので、まあ大丈夫なのでしょうと思っています(数学的な部分の詳細には全く詳しくないです、ごめんなさい)。 ↩
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ほんとだよ。 ↩