はじめに
システム開発において、「知識」の扱い方は非常に重要です。技術的なノウハウやプロジェクト運営の経験則、そして属人的な判断力、こうした知が、チームやプロジェクトを成功に導く鍵となります。
この「知識」を理論的に扱ったモデルとして有名なのが野中郁次郎氏の提唱する「SECIモデル」です。本記事では、SECIモデルをシステム開発プロセスに適用し、どのように知識が共有・拡張・形式化されていくかを、実際の現場視点で読み解いていきます。
SECIモデルとは何か?
SECIモデルは、知識の創造プロセスを以下の4つのステップで説明します。
S 共同化(Socialization) 暗黙知 → 暗黙知(例:OJT、ペアプロ)
E 表出化(Externalization) 暗黙知 → 形式知(例:設計書、ドキュメント化)
C 連結化(Combination) 形式知 → 形式知(例:Wiki、設計標準、API設計)
I 内面化(Internalization) 形式知 → 暗黙知(例:経験学習、TDDの反復)
これらのステップがスパイラル的に循環することで、組織内の知識が拡張・深化していくとされています。
システム開発現場におけるSECIモデルの具体例
1. 共同化:ペアプロ、コードレビューによる「経験の共有」
• 新人エンジニアが先輩とペアプログラミングをする。
• Slackでの「なぜそう実装したのか」の口頭ベースのやり取り。
• 言語化されていない設計判断の背景を観察・吸収。
これらは暗黙知同士の交換です。仕様書には書ききれない「開発の呼吸」がここで受け継がれます。
2. 表出化:設計意図の言語化とドキュメント化
• コードに込められた設計意図をConfluenceにまとめる。
• 「なぜこうしたのか」の議論をNotionに記録。
• ペアプロ中に出たベストプラクティスをWiki化。
このステップは、暗黙知を明文化するフェーズ。個人の判断基準が、チームで再利用可能な知識に変わっていきます。
3. 連結化:形式知の整理と体系化
• 各ドキュメントや標準仕様をAPIガイドラインに統合。
• CI/CDのベストプラクティスをリポジトリにまとめる。
• JIRAのタスクとNotionの知識をリンクし、横断的に再利用。
形式知同士を組み合わせて、新しいルールや知識体系を生み出す段階です。プロジェクト横断のベースラインを作るのに重要な工程です。
4. 内面化:実践を通じた「腑に落ちる」知識化
• コーディング規約を実際にプロジェクトで使い、「体で覚える」。
• TDDの手法を日常的に実践し、判断軸として根付かせる。
• 勉強会でのインプットを、実装で試すことで自分の引き出しに。
最終的に、形式知が再び暗黙知として個人に内在化され、次の「共同化」につながっていきます。
SECIモデルで開発文化を育てる
SECIモデルの本質は、「知識の循環による組織学習」です。開発チームもまた、単なる技術集団ではなく、学習する組織であるべきです。
たとえば:
• スクラムでのふりかえり → 表出化と連結化
• 設計レビュー → 表出化と共同化
• モブプロ → 共同化と内面化
• テックブログ執筆 → 表出化と連結化
これらの活動が、知のスパイラルを加速させ、チームの開発力を底上げします。
おわりに:SECIモデルでプロジェクトを「学びの場」に変える
SECIモデルを開発現場に取り入れることで、単なる「仕事」が、知を創り、育て、共有する場になります。
システム開発は、仕様書を書いて、コードを書いて、終わりではありません。常に「なぜ?」を問い、知を循環させていくことが、組織としての持続的成長につながるのです。