#はじめに
数値線形代数ではさまざまなタイプの行列が出てきます。線形代数のライブラリ(LAPACKなど)のドキュメントを読んでいるときに,そこに書かかれている行列の定義をうっかり忘れてまったりすることがあります。また,定義はなんとなく覚えているものの,具体的な行列の形をイメージしたくなることも多いです。ときどき,英語の読み方も知りたくなることもあります。それらを参考書やインターネットで調べることは意外に時間がかかります...。
そこで本記事では計算による線形代数で頻繁に出てくる行列の定義と具体例をリストアップしました。
上述した手間をなるべく省くことができれば幸いです。
私の勉強不足による不備・不足をご指摘いただければ改訂いたしますので,その際はご連絡くださいませ。
#疎行列 (そぎょうれつ,sparse matrix)
成分のほとんどがゼロである行列。
M=
\begin{pmatrix}
1 & 2 & 0 & 0\\
0 & 4 & 0 & 0\\
0 & 0 & 7 &0\\
0 & 3 & 0 &0\\
\end{pmatrix}
#密行列 (みつぎょうれつ,dense matrix)
ゼロ要素の成分が少ない行列。
M=
\begin{pmatrix}
1 & 4 & 6 & 0\\
0 & 4 & 3 & 2\\
5 & 1 & 7 &3\\
5 & 3 & 6 &1\\
\end{pmatrix}
#上三角行列(かみさんかくぎょうれつ, upper triangular matrix)
正方行列のうち$a_{ij} =0 \ (i=2, ..., n; j = 1, .., i-1)$でそれ以外の全ての要素がゼロでないもの。
M=
\begin{pmatrix}
1 & 2 & 5 & 5\\
0 & 4 & 4 & 2\\
0 & 0 & 7 &11 \\
0 & 0 & 0 &1\\
\end{pmatrix}
#下三角行列(しもさんかくぎょうれつ, lower triangular matrix)
正方行列のうち$a_{ij} =0 \ (i=2, ..., n-1; j = i+1,...,n)$でそれ以外の全ての要素がゼロでないもの。
M=
\begin{pmatrix}
1 & 0 & 0 & 0\\
3 & 4 & 0 & 0\\
5 & 5 & 2 &0 \\
6 & 2 & 9 &10\\
\end{pmatrix}
#対角行列(たいかくぎょうれつ,diagonal matrix)
正方行列の対角成分のみ非ゼロで非対角成分がゼロのもの。
M=
\begin{pmatrix}
1 & 0 & 0 & 0\\
0 & 4 & 0 & 0\\
0 & 0 & 6 &0 \\
0 & 0 & 0 &10\\
\end{pmatrix}
#帯行列(おびぎょうれつ,band matrix)
非ゼロ成分が対角の近辺に集中しているもの。
M=
\begin{pmatrix}
1 & 2 & 0 & 0 &0 \\
2 & 4 & 5 & 0 &0\\
0 & 3 & 6 &1 &0\\
0 & 0 & 2 &5 &4\\
0 & 0 & 0 &1 &9\\
\end{pmatrix}
三重対角行列(さんじゅうたいかくぎょうれつ,tridiagonal matrix)
正方行列において対角要素とその上下に隣接する対角要素のすべてがゼロではなく,それ以外の要素がゼロのもの。
M=
\begin{pmatrix}
1 & 2 & 0 & 0\\
3 & 4 & 8 & 0\\
0 & 5 & 6 &9\\
0 & 0 & 1 &10\\
\end{pmatrix}
#上ヘッセンベルグ行列(かみへっせんべるくぎょうれつ, upper Hessenberg matrix)
正方行列において$a_{ij}=0\ (i=3,4,..., n; j=1, 2, ..., i-2)$,それ以外の成分が非ゼロのもの。
M=
\begin{pmatrix}
1 & 2 & 8 & 20 & 6\\
3 & 4 & 8 & 2 & 4\\
0 & 5 & 6 &9 & 1 \\
0 & 0 & 6 &2 & 5\\
0 & 0 & 0 &3 & 10\\
\end{pmatrix}
#下ヘッセンベルグ行列(しもへっせんべるくぎょうれつ, lower Hessenberg matrix)
正方行列において$a_{ij}=0\ (i=1,2,..., n-2; j=i+2, i+3, ..., n)$,それ以外の成分が非ゼロのもの。
M=
\begin{pmatrix}
1 & 2 & 0 & 0 & 0\\
3 & 4 & 8 & 0 & 0\\
2 & 5 & 6 &4 & 0 \\
7 & 4 & 6 &2 & 5\\
9 & 5 & 3 &3 & 10\\
\end{pmatrix}
#同伴行列(どうはんぎょうれつ,コンパニオンぎょうれつ,companion matrix)
特性多項式(固有方程式) $det(A -tI)$の展開は,$A$が$nxn$行列のとき
$$P(t) = t^n+c_1t^{n-1}+c_2t^{n-2}+...+c_{n-1}t^1+c_n$$
となる。いま例としてn=5を考える。
このとき行列Aのコンパニオン行列とは以下の形をさす。
C =
\begin{pmatrix}
0 & 0 & 0 & 0 & -c_5\\
1 & 0 & 0 & 0 & -c_4\\\
0 & 1 & 0 & 0 & -c_3 \\
0 & 0 & 1 & 0 &-c_2\\
0 & 0 & 0 & 1 & -c_1\\
\end{pmatrix}
#単位行列(たんいぎょうれつ,identity matrix)
正方行列のうち対角成分が1,それ以外がゼロであるもの。 記号$I$や$E$などと表す。
I =
\begin{pmatrix}
1 & 0 & 0 & 0 & 0\\
0 & 1 & 0 & 0 & 0\\
0 & 0 & 1 & 0& 0 \\
0 & 0 & 0 &1 & 0\\
0 & 0 & 0 &0 & 1\\
\end{pmatrix}
#零行列 (ぜろ(れい)ぎょうれつ, zero matrix, null matrix)
すべての性分がゼロである行列。記号$O$で表す。
O =
\begin{pmatrix}
0 & 0 & 0 & 0 & 0\\
0 & 0 & 0 & 0 & 0\\
0 & 0 & 0 & 0& 0 \\
0 & 0 & 0 & 0 & 0\\
0 & 0 & 0 &0 & 0\\
\end{pmatrix}
#対称行列 (たいしょうぎょうれつ,ymmetric matrix)
$a_{ij}=a_{ji}$の関係がなりたつもの。
M=
\begin{pmatrix}
1 & 2 & 9 & 3\\
2 & 4 & 2 & 0\\
9 & 2 & 7 &3\\
3 & 0 & 3 & 10\\
\end{pmatrix}
#交代行列(こうたいぎょうれつ,alternative matrix) or 反対称行列(はんたいしょうぎょうれつ, antisymmetric matrix)
正方行列のうち対角成分がゼロで非対角性分が$a_{ij}=-a_{ji}$の関係が成り立つもの。
M=
\begin{pmatrix}
0 & 2 & 9 & -3\\
-2 & 0 & 2 & 0\\
-9 & -2 & 0 &-3\\
3 & 0 & 3 & 0\\
\end{pmatrix}
#エルミート行列(えるみーとぎょうれつ, Hermitian matrix)
正方行列$H$の転置複素共役$H^\dagger$において,
$H^\dagger=H$をみたす行列のこと。
H=
\begin{pmatrix}
5 & 2+i & 9 & 3+i\\
2-i & 0 & -2-4i & 7-6i\\
9 & -2+4i & 4 &3\\
3-i & 7+6i & 3 & 4i\\
\end{pmatrix}
ユニタリ行列(ゆにたりぎょうれつ, Unitary matrix)
正方行列$U$とその転置複素共役$U^\dagger$との間に,
$UU^\dagger = U^\dagger U = I$
という関係がなりたつ行列。$I$は単位行列。
M=
\begin{pmatrix}
1 & i \\
-i & 2 \\
\end{pmatrix}
転置行列 (てんち行列,transposed matrix)
行列$A$の転置行列$B$は$b_{ij}=a_{ji}$の関係がなりたつもの。
$B$を$A^T$とかく。
直交行列(ちょっこうぎょうれつ, orthogonal matrix)
正方行列Mとその転置行列$M^T$との間に,
$M M^T=M^T M = I$という関係が成り立つもの。
M=
\begin{pmatrix}
0 & 1 \\
1 & 0 \\
\end{pmatrix}
#参考文献
本稿を執筆するうえで参考になった書籍は以下の通りです。
[1] ギルバート ストラング,『世界標準MIT教科書 ストラング:線形代数イントロダクション 』,近代科学社,2015.