はじめに
この記事を開いていただき、ありがとうございます!
PHONE APPLI でエンジニアリングマネージャー (本部長) をやっている指田です。
アドベントカレンダーは初めて書くのですが、何を書こうかなーと考えてみたときに、そろそろ本部長になって一年くらい経つから、今までのマネージャーとしての苦難の道?をアウトプットしてみようと思います。
この記事を読むと得られるもの
今回は、以下のようなことを伝えられればと思っています。
- あるエンジニアのマネージャーになるまでの軌跡を知ってもらう
- エンジニアリングマネージャーをやってみてもいいかも、とちょっと勇気づけられるかも
なぜエンジニアリングマネージャーになろうと思ったのか
もちろん上司に言われたから、という外発的なきっかけはあるのですが、今回はマネージャーになった内発的な理由を考えてみました。
開発エンジニア時代の違和感
僕が若い頃、それこそ エンジニアになって5年目くらいまでは、自分の技術を研ぎ澄ましてスペシャリストとしてキャリアを築き上げて行こうと思っていました。
そんなふうに思ってはいたのですが、日々の開発プロジェクトが上手く進まないことが増えてきたんですよね。
原因について振り返って考えてみたときに、どうやら開発のピュアな部分である設計とかコーディングが遅いから、ではなさそうと気づきました。
違和感の正体
原因は、開発プロジェクトのあらゆるところでコミュニケーションが上手くいっていない、とか、後輩が育っていない、とか、それまで僕が考えていた”開発”の概念とは違うところにありました。
特にひどかったのが、そのころ SI案件の開発に従事していたときでしたが、社内政治の関係で、誰からみてもユーザーに喜ばれない機能を開発していました。
「俺はなんのために、誰のために開発をやっているんだろう?」と脱力したことを今でも覚えています。
そうです。いくら技術力を磨いたところで (もちろん、技術力は前提として必要ですが)、それが必ずしも良いプロダクトを作ったり、開発のスピードを早めたりするわけではない、ということを学んだのでした。。
そうだ、マネージャーをやってみよう!
そんな訳で、もっと裁量権のある立場になって、ユーザーに喜んでもらえるものを開発できるようになろう!と思ったのがきっかけでした。
そのころはすでに5人くらいの開発チームのリーダーをやって 4、5年経っていましたが、もっとユーザーに直接意見が言えたり、効率的なチーム体制を築きあげたり、そんなことをやっていきたい、と漠然と考えるようになりました。
ただ、開発(設計、コーディング)すること事態は好きでしたし、むしろ得意だったので、自分がマネジメント専任になることは、そのころ考えたこともありませんでした。
エンジニアリングマネージャーになって
違和感を感じたときから、もう20年経つでしょうか。
現在は PHONE APPLI で開発事業部の本部長をしています。あの頃好きだった設計やコーディングは、今ではほぼしていません。
やりたくない、ということではなく、マネージャーとして勉強することに時間を取られてしまい、できていないというのが実情です。来年は少しでも手を動かしたいな、と密かに思っています。
実際にエンジニアリングマネージャーになって、苦労したこと、それでもやって良かったことを、みなさんに紹介していきたいと思います。
マネージャーになって苦労したこと
苦労する、ということは、そこが成長のポイントだと思うので、そのような前向きな観点で読んでもらえればと思います。
決定の質を高められない
マネージャーになって思ったことは、職位が高くなればなるほど、少ない情報で、素早く、的確に判断しなければならない、ということを実感、というかそのような状況を突きつけられました。
たとえば、トラブルが発生した時とかですね。
この悩みに対する解は一つではないと思うのですが、常に考え、言語化することが、一つの解だと思っています。
仕事のこともそうですし、世間一般のことについても、常に考え、話す癖をつけるようにしました。
恥ずかしながら、最近になって新聞を良く読むようになりました。思考の訓練にとても役立ちます。
権限委譲ができなかった
権限委譲することによって自分のリソースを空けて自分しかできないことをやる、移譲した部下にとっても良い経験となる、、、頭ではわかっているのですが、なかなかそれができませんでした。
なぜかと言うと、僕の部下もいつも忙しそうで、いろいろなことを移譲してしまうと、彼ら彼女らの負荷が高くなってしまって申し訳ない、、と躊躇してしまい、結局自分でやってしまっていました。
この悩みに対する解は「ひとは成長する、ということを信じる」だと今では思っています。
もちろん部下にとっても、移譲されることは大変なことになると思うのですが、間違いなく成長するはずです。
今では、”申し訳ない”という気持ちは抑えて、色々な権限委譲を進められていると思っています。
メンバーと直接話す機会が少なくなった
僕の組織は、現在 90名ほど在籍しているのですが、これくらいの人数になると、一人ひとりと直接コミュニケーションを取ることが難しくなってきています。
昔のように、5人くらいの開発チームのチームリーダーだったら、落ち込んでいるメンバーがいれば直接励ませるし、メンバーが間違ったことをやれば直接叱れるし、システムが完成したときは一緒に喜べるし、あの頃は純粋に楽しかったなぁ、とたまに感じます。(あの頃はあの頃で大変だっと思いますが)
また、今は僕の部下のマネージャーが直接メンバーをサポートしているので、逆に僕が直接メンバーにアプローチをしないほうが良いときもある、、と考えています。
僕にとっては、これが一番苦手で、どのように間接的にメンバーと関わっていくか、今後の課題と捉えています。
予算計画 (事業計画) をどうしたら良いのか分からない
本部長になってから、はじめの明確なつまずきは、お金のことでした。
今までは開発の勉強ばかりしていたので、管理会計などのお金の勉強をしてきませんでした。
減価償却って聞いたことあるけど・・というレベルでした。
もし今後、事業の責任者になりたい方がいらっしゃれば会計の勉強はされたほうが良いと思います。
僕は、Udemy で会計関連を学びました。。!
マネージャーになって良かったこと
より大きなことが出来るようになった
直接手を動かすことはなくなりましたが、開発チームという大きなリソースの采配ができるようになったので、自分がやりたいことの (もちろん、自分だけがやりたいことではないです) 実現性が高まりました。
前述した、エンジニアになって5年目くらいに立てた志が、少しづつ前に進んでいると感じています。
若いエンジニアのサポートを、組織としてできるようになった
開発リーダーのときのような直接のサポートはできなくなってしまいましたが、頑張っている若手メンバーに活躍の機会を作ったり、評価を綿密にしたり、という別の形でサポートできるようになったのは良かったなぁと思っています。
僕が若い頃は、理不尽なことが多かったので。。。なるべく若い人たちがモチベーションを高く保てる組織にしたいと思っています。
人として成長できる
見える範囲が広がるので、高い視座が得られるなと思っています。
見えていないところについては、思い込みの部分が大きかったことに気付かされます。
(たぶん、いまも見えていない部分があって、思い込んでいる部分があると、もちろん思っています)
これからも、マネージャーとして、人として成長していきたいと思います。
さいごに
マネージャーに必要なものをひとつ上げるとしたら?といわれたら何か考えてみました。
決断力、コニュニケーション能力、、いろいろありますが、僕は 志 だと思います。
どんなに決断力、コニュニケーション能力に優れているマネージャーだとしても、人を動かせないと、マネージャーとしてはいま一歩だと思います。
志は、自分のためではなく利他的なものなので、その志に人は動かされるのだと思います。
人が動く、それはマネージャーの思い、つまり志に突き動かされて、組織は動いていくのだと考えます。
これからも、志を磨いて組織を動かし、企業で働くひとにとって喜んでもらえるプロダクトづくりをしていきたいと考えています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ひとりでもエンジニアリングマネージャーになりたい、と思ってくれる人がいることを願っています。
メリークリスマス!