はじめに
天体ジェットの研究では、光速を超えて見える「見かけ超光速運動 (superluminal motion)」がよく話題になります。
本記事では、研究者や大学院生を主な対象として、ジェットの速度や角度を決定する代表的な方法を整理し、さらに相対論的にスペクトルと固有運動を組み合わせる手法についても紹介します。
特に観測的な視点を意識し、具体例として SS 433 での応用や関連研究にも触れています。方法論だけでなく実際のデータ解析に結びつけながら読める内容になっていますので、一緒に楽しみながら読み進めていただければと思います。
見かけ速度とは
天体ジェットのような高速運動は、光の到達時間の効果などを考慮すると、観測される見かけの無次元速度は次式で表されます:
\beta_{\rm app} = \frac{\beta \sin\theta}{1 - \beta \cos\theta}.
ここで
- $\beta = v/c$ は真の速度、
- $\theta$ は視線との放射角度、
- $\beta_{\rm app}$ は観測的に得られる固有運動を光速で割ったものです。
この式から分かる通り、$\beta_{\rm app}$ が光速を超えて見えることがあり、それを 超光速運動(superluminal motion) と呼びます。
もちろん実際に光速を超えているわけではなく、光行時間効果による見かけ上の現象です。
それでもあたかも超光速に見えるという点が、ジェット研究の醍醐味の一つになっています。
詳細な導出や直感的な理解については、以下の記事にまとめていますので、興味のある方はあわせてご覧ください:
接近・後退ジェットの固有運動を同時に測る手法
接近側と後退側のジェットについて、それぞれの角速度を同時に観測できる場合を考えます。ここで紹介する内容は Jeffrey et al. (2016)に基づいています(とても示唆に富んだ研究なので、ぜひご覧ください)。
接近ジェットは視線に対して角度 $\theta$ で放射されます。一方、後退ジェットはちょうど反対方向に伸びるため、視線との角度は $\pi - \theta$ となります。
この幾何を考慮すると、観測される角速度(proper motion)は次のように書けます:
\frac{D}{c}\mu_{\rm approach} = \frac{\beta \sin\theta}{1 - \beta \cos\theta},
\quad
\frac{D}{c}\mu_{\rm recede} = \frac{\beta \sin\theta}{1 + \beta \cos\theta}.
ここで $D$ は天体までの距離、$c$ は光速、$\mu$ は観測される角速度です。
なぜ $D/c$ をかけるのか?
なぜ $D/c$ をかけるのか?
観測で得られるのは「角速度 $\mu$」=単位時間あたりに天球上で動いた角度です。
これを実際の速度に変換するには、角速度に距離 $D$ を掛ける必要があります($\mu D$ が横方向の速度)。
さらに、その速度を光速 $c$ で割ることで、光速に対する無次元速度 $\beta_{\rm app}$ が得られます。
したがって $D/c$ は、
- 天球上で測定した角速度 $\mu$ を
- 距離 $D$ を掛けて実速度に直し
- 光速 $c$ で割って無次元化する
という一連の変換をまとめた係数です。
接近・後退の式を足す場合と引く場合は、次のようになります:
\begin{align}
\mu_{\rm sum} &\equiv \mu_{\rm approach} + \mu_{\rm recede}
= \frac{2c}{D}\frac{\beta \sin\theta}{1 - \beta^2 \cos^2\theta},\\[6pt]
\mu_{\rm diff} &\equiv \mu_{\rm approach} - \mu_{\rm recede}
= \frac{2c}{D}\frac{\beta^2 \sin\theta \cos\theta}{1 - \beta^2 \cos^2\theta}.
\end{align}
したがって、これを解くと
\begin{align}
\beta_\perp &= \beta\sin\theta
= \frac{D}{2c}\,\mu_{\rm sum}\left(1 - \left(\frac{\mu_{\rm diff}}{\mu_{\rm sum}}\right)^2\right), \\[6pt]
\beta_\parallel &= \beta\cos\theta
= \frac{\mu_{\rm diff}}{\mu_{\rm sum}}.
\end{align}
その結果、
\beta = \sqrt{\beta_\perp^2+\beta_\parallel^2}
= \sqrt{
\left[\frac{D}{2c}\,\mu_{\rm sum}\left(1 - \left(\frac{\mu_{\rm diff}}{\mu_{\rm sum}}\right)^2\right)\right]^2
+ \left(\frac{\mu_{\rm diff}}{\mu_{\rm sum}}\right)^2 }
が得られます。また角度 $\theta$ は $\beta$ を用いて
\theta = \arccos \left( \frac{\beta_\parallel}{\beta} \right) = \arccos \left( \frac{\mu_{\rm diff}}{\mu_{\rm sum}\beta} \right)
と表されます。つまり、距離 $D$、角速度 $\mu_{\rm approach}$, $\mu_{\rm recede}$ が決まれば、それぞれ速度 $\beta$ と放射角度 $\theta$ が計算できることになります。
観測での応用例
観測では、接近・後退ジェットの固有運動 $\mu_{\rm approach}$, $\mu_{\rm recede}$ を測定することで $\mu$ が得られます。複数の時刻で撮影した画像を比べ、どのくらい動いたか(角速度)を調べるイメージです。
具体例として Jeffrey et al. (2016) による SS 433 では、両側に放射されるジェットは、ミリ秒角スケールの電波観測でブロブ状に観測されています。これを同時に追跡することで、接近・後退両ジェットの角速度の「合計」と「差分」を直接扱うことが可能になります。この方法のポイントは、中心天体の座標を基準にせずに速度を決められるため、中心位置決定の不確かさの影響を大きく緩和できる という点です。
スペクトルと固有運動を組み合わせる手法
ここでは、もう少し特殊なケースを考えてみましょう。もし片側のジェットについて、固有運動とスペクトルからドップラーシフトを同時に測定できれば、見かけ速度と視線速度の両方が得られます。
見かけ速度と相対論的ドップラーシフトの関係から次式が得られます。
\beta_{\rm app} = \frac{D}{c}\,\mu = \frac{\beta \sin\theta}{1-\beta\cos\theta},
\quad
1+z = \frac{1-\beta\cos\theta}{\sqrt{1-\beta^2}}
ドップラーシフトの式を整理すると:
\beta_\parallel = \beta \cos\theta = 1 - (1+z)\sqrt{1-\beta^2}.
見かけ速度の式と上の $\beta_\parallel$ の式関係式から:
\beta_\perp = \beta \sin\theta = \frac{D}{c}\mu \,(1-\beta_\parallel) = \frac{D}{c}\mu \,(1+z)\sqrt{1-\beta^2}.
これら式を連立すると、速度 $\beta$ が得られます:
\beta = \sqrt{\beta_\perp^2+\beta_\parallel^2}=\sqrt{\,1-\frac{4}{(1+z)^2\left[\left(\frac{D}{c}\mu\right)^{2}+1+(1+z)^{-2}\right]^{2}}\,}.
また角度 $\theta$ は $\beta$ を用いて
\theta = \arccos \left( \frac{\beta_\parallel}{\beta} \right) = \arccos\left[\frac{1}{\beta}\left(1 - (1+z)\sqrt{1-\beta^2}\right)\right]
と表されます。
したがって、観測から距離 $D$、角速度 $\mu$、赤方偏移 $z$ が決まれば、そこから真の速度 $\beta$ と放射角度 $\theta$ を直接求めることができます。
観測での応用例
ここで整理した「固有運動+スペクトルを連立させて直接 $\beta$, $\theta$ を解く」という手法は、文献ではあまり見かけない比較的マイナーな切り口だと思います。少なくとも、筆者が少し研究している SS 433 では用いられている例を見たことはありません。他分野で応用されている可能性はありますが、まだ自分の勉強が十分に追いついていない部分もあります。
近い例としては、SS 433 では Marshall et al. (2013) が挙げられます。
この研究では、Chandra によるX線分光で得られたドップラーシフトと、電波観測からの固有運動を組み合わせて解析し、それぞれの結果が整合的かどうかを比較しています。
ただし Marshall らは、固有運動と赤方偏移を連立させて解いたのではなく、スペクトルの赤方偏移だけ(接近・後退両ジェットをあわせて)から速度を求めています。
とはいえ、SS 433 の歳差運動モデルから予想される角度との整合性を X線・電波の両方で確認する試みも彼らは行っており、多波長にわたってジェットのダイナミクスを調べる上で非常に興味深い研究です。
ちなみに、Marshall らのスペクトルのドップラーシフトだけを使って速度と角度を求める方法については、こちらの記事で詳しくまとめていますので、よろしければあわせてご覧ください:
モデルで角度を与えて速度を決める手法
見かけ速度の式は $\beta$ と $\theta$ の両方に依存しているため、どちらかが決まらないと速度は一意に求まりません。実際の観測では両方を同時に測るのは難しいため、過去の観測から構築されたモデルなどを用いて角度 $\theta$ を制約する、というアプローチがよく使われます。この場合、固有運動の測定だけで速度 $\beta$ を導けます。
見かけ速度の式
\beta_{\rm app} = \frac{D}{c}\,\mu = \frac{\beta \sin\theta}{1 - \beta \cos\theta}
を $\beta$ について整理すると
\beta = \frac{\mu}{\mu \cos\theta + \frac{c}{D}\,\sin\theta}.
放射角度 $\theta$は既知を前提なので、距離 $D$、角速度 $\mu$ が測定できれば、真の速度 $\beta$ が直接求まることが分かります。
観測での応用例
SS 433 の文脈では、この切り口を実際に用いた代表例が Blundell et al. 2004 です。
Blundell らの方法は、歳差運動モデルから放射角度 $\theta$ を決め、典型的な速度($0.26c$ 付近)を基準に前後へ動かし、電波観測画像(VLA)と比較することで速度を推定するというものです。
ここで重要なのは、見かけの移動量が「接近ジェットは早く伝わり、後退ジェットは遅く伝わる」という非対称性を持つ点 です。片方のジェットだけに基づく解釈は不安定になりますが、両側を同時に扱えば光行時間効果も含めて整合的に説明でき、モデルの妥当性を強く裏付けられます。実際、Blundell らはジェットの輝度分布のピーク位置をトレースすることで、速度が単一値ではなくある程度の幅を持つことを示し、さらに距離を 5.5 kpc と見積もることに成功しました。
ちなみに、ここまで書くと綺麗に聞こえますが、実際の解析はそう単純ではありません。光行時間効果による非対称性や歳差運動していることもあり、後退ジェットでは複数の構造が重なりやすく、解釈に難しさがありました。そこで Blundell らは、まず接近ジェットを基準に速度を決め、その速度を後退ジェットにも当てはめることで、距離の整合性を確かめるというアプローチをとっています。理論式をそのまま適用するというより「観測データに寄り添った工夫」といった側面が強いですが、まさにそうした試行錯誤こそが観測研究の面白さだと思います。
おわりに
今回は、ジェットの真の速度 $\beta$ と放射角度 $\theta$ を観測的にどう決めるか、という視点からいくつかの方法を整理しました。
固有運動、スペクトル、そしてモデルによる角度制約など、それぞれに利点と限界があり、どの切り口を選ぶかは対象や観測条件によって異なります。
特に、$\beta_{\rm app}$ は $\beta$ と $\theta$ の両方に依存するため、一意に解くには必ず「もう一つの式」が必要です。今回紹介したように、その与え方には複数のアプローチが存在し、そこにこそ観測研究の工夫や面白さが詰まっていると思います。
本記事が、ジェット研究の方法論を俯瞰しながら、「観測と理論をどうつなげるか」という視点を考えるきっかけになれば幸いです。