良いイントロダクションは名文であるだけでなく、非常に教育的なものです。
特に入門のハードルが高い分野においては数少ない道標の一つとなります。
歴史的な論文の冒頭は極端なもので、非常に簡潔に済ませるか、懇切丁寧に説明をしてくれるものかしかありません。
後者は読むだけで勉強になりますが、全訳して味を噛み締めるほどに理解が深まります。
人名を含め固有名詞までできる限り日本語表記を載せています。
標準的な訳語とは異なる場合があります。
間違いなどがありましたらお知らせください。
元論文
# exported from arXiv:1106.4772 https://arxiv.org/abs/1106.4772
@article{Chen_2013,
title={Symmetry protected topological orders and the group cohomology of their symmetry group},
volume={87},
ISSN={1550-235X},
url={http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevB.87.155114},
DOI={10.1103/physrevb.87.155114},
number={15},
journal={Physical Review B},
publisher={American Physical Society (APS)},
author={Chen, Xie and Gu, Zheng-Cheng and Liu, Zheng-Xin and Wen, Xiao-Gang},
year={2013},
month=apr }
イントロダクション全訳
背景
物質の相分類は凝縮系物理学の中心課題の一つである。
長きにわたって全ての相と相転移はランダウ (Landau) による対称性の破れの議論で説明できると考えられてきた。
1989年になると、多くの量子相がランダウ理論の枠組みから外れた相分類で表される新しい秩序を有することがわかった。1
基底状態の摂動に強い縮退や、摂動に強い非可換ベリー位相についての研究に基づき、この新しい秩序を定量的に評価する理論が出来上がり、「トポロジカルで非局所的な秩序」として理解されるようになった。23
この新しい秩序をトポロジカル秩序という。
トポロジカル秩序のある状態はエッジにおけるギャップレス励起や縮退が存在し、バルクのトポロジカル秩序が全て反映されている。45
非自明なエッジ状態はトポロジカル秩序を実験的に検出する手立てになり、後述のホログラフィー原理も反映している。67
トポロジカル秩序のある状態では、励起により一般に分数電荷が現れ8、分数統計に従うようになる。9101112
トポロジカル秩序の発見以来、我々はトポロジカル秩序の系統的かつ深い理解を求めてきた。
エンタングルメントエントロピーに関する研究により、トポロジカル秩序は長距離エンタングルメントと関係があることがわかった。1314
最近ではトポロジカル秩序は、局所ユニタリ (local unitary: LU) 変換により定義される長距離エンタングルメントの一種であることがわかった。15161718
トポロジカル秩序や長距離秩序により、相と相転移についてより一般的な、より体系的な描像が得られる (論文図1を参照)。15
対称性がなくギャップのある系は、量子相が2種類に分類される。
短距離エンタングル (short range entangled: SRE) 状態と長距離エンタングル (long range entangled: LRE) 状態である。
SRE状態はLU変換で直積状態へ変換できる状態である。
任意のSRE状態はLU変換を通して互いに移り変わることができる。
したがって全てのSRE状態は同一の相に属する (論文図1aを参照)。
LRE状態はLU変換で直積状態に変換できない状態である。
多くのLRE状態は互いに移り変われない。
LU変換で移り変われないLRE状態は異なるクラスに分類され、異なる量子相として記述される。
この相異なるトポロジカル相こそがトポロジカル秩序相である。
分数量子ホール状態1920や、カイラルスピン状態2122、$Z_2$スピン液体232425、非可換分数量子ホール状態26272829などがトポロジカル秩序相の例である。
トポロジカル秩序の数学的な基盤はテンソル圏 (tensor category)15173031や単純カレント代数 (simple current algebra)2632に置かれている。
何らかの対称性を有しギャップのある量子系は相図がさらに面白くなる (論文図1b参照)。
SRE状態であっても異なる相に分けられる。
ランダウ理論に基づく対称性の破れた状態はこの種の相分類で表されるが、もっと興味深い例がある。
対称性を破らないSRE状態2つが同じ対称性を有していても、異なる相に属することがある。
スピン1の1次元ハルデン (Haldane) 相3334やトポロジカル絶縁体353637383940は、対称性を破らないが非自明な相に分類されるSRE状態の例である。
この種の相では対称性が一切破られないので、ランダウ理論では説明できない。
この手の相を対称性で保護されたトポロジカル相 (Symmetry Protected Topological phase: SPT相) と呼ぶ。
ギャップのある量子系のLRE状態でも、対称性がない場合より対称性を有する場合の方が記述に富んだものになるだろう。
この種の相をSymmetry Enriched Topological相 (SET相) と呼ぶ。
SET相の研究では射影対称群 (projective symmetry group: PSG) が導入される。4142
この手の状態の例は数多くあるが、4143444546体系的な理解はまだされていない。
動機
量子相を理解するにあたって、また研究の指針を得るにあたって、トポロジカル秩序と長距離エンタングルメントが鍵となってくる。
たとえばギャップのある1次元状態には長距離エンタングルメントが存在しない。1647
故に対称性がない場合、全ての1次元は同一の相に属する。
対称性がある系では1次元のギャップのある相は全てSPT相か対称性を破った相のいずれかになる。
SPT相も対称性を破った相もともに短距離エンタングル相なので理解がしやすい。
任意の対称性を持ちギャップがある1次元ボゾニックないしフェルミオニックな量子相の完全な分類ができる。47484950
(この結果の特別な例として、1次元のフェルミオニックで$T^2=1$の時間反転対称性がある系の分類が挙げられる。495152)
LU変換を使って、2次元の相互作用のあるボゾンやフェルミオンのある系におけるノンカイラルなトポロジカル秩序の体系的・定量的な理論が開発された。151731
対称性により保護されたベリー位相がさまざまなトポロジカル相の研究に使われてきたことも言及しなければならない。5354
1次元の分類問題に基づき、この論文ともう一つの論文55では高次元のSPT相について扱う。
SPT相は短距離エンタングルメントなので比較的体系的な理解がしやすい。
(分類問題を簡単にするには、これ以外にもK理論で分類される自由フェルミオン系のみに注目するアプローチがある。5657)
もう一つの文献55では単純だが非常に非自明な例を見る。
そこで紹介する非自明な例は、この論文で扱う一般的かつ体系的な結果に直結している。
2次元でギャップのある他の例については種々の文献4558474859にて紹介されている。
概要と結果
群論を使うと対称性の破れについて (より正確には、対称性を破る短距離エンタングル相) の体系的な理解が得られる。
この論文では群コホモロジーの理論を通して、ボゾンないしキュービット (qubit) の対称性を保った短距離エンタングル相の体系的な理解が得られることを見る。
ボゾン系では以下の結果が得られた。
-
$(1+d)$次元ボレル (Borel) コホモロジー群$\mathcal{H}^{1+d}[G,U_T(1)]$の各元について、on-siteの対称性$G$を有する空間$d$次元のSPT相を構成できる。
この$G$には反ユニタリの時間反転変換が入っていてもいい。
$\mathcal{H}^{1+d}[G,U_T(1)]$については付録Dにて紹介するが、対称性の群$G$から計算できる可換群である。
$\mathcal{H}^{1+d}[G,U_T(1)]$の単位元は自明なSPT相に対応し、他の元は非自明なSPT相に対応する。
たとえば$\mathcal{H}^{2}[SO(3),U(1)]=Z_2$なので、$SO(3)$スピン回転対称性のある1次元整数スピン鎖で並進対称性のないものは、2種類のSPT相がある。
片方は自明な$S=0$の相で、もう片方はハルデン相である。3334 -
対称性$G$の低エネルギー有効理論は$2π$で量子化されたトポロジカル$\theta$項のみが入った非線形シグマ模型で与えられる。
$(d+1)$次元の$2π$で量子化されたトポロジカル$\theta$項は$\mathcal{H}^{1+d}[G,U_T(1)]$で分類され、連続対称性の入った非線形シグマ模型のトポロジカル項の一般化になっている。 -
$d$次元の非自明なSPT相は境界でギャップレス励起を生じるか境界に縮退した項を出すことを見る。
境界での縮退はトポロジカル秩序または自発的対称性の破れが原因だろう。
これは本質的にはトポロジカル秩序に関するホログラフィー原理に似ている。
SPT相の境界における励起は非局所的なラグランジアン(non-local Lagrangian: NLL)の項を有する非線形シグマ模型で書けて、連続な非線形シグマ模型のウェス-ズミノ-ウィッテン (Wess-Zumino-Witten: WZW) 項6061の一般化になっている。
$(1+1)$次元にて連続群の対称性のある場合、WZW項が入った非線形シグマ模型はギャップレスであり、カッツ-ムーディカレント代数 (Kac-Moody current algebra)61で書ける。 -
on-siteの$G$対称性と並進対称性を有するSPT相は以下のようにして得られる。
1次元ではこの相は$\mathcal{H}^1[G,U_T(1)]\times\mathcal{H}^2[G,U_T(1)]$でラベル付できる。474849
2次元では$\mathcal{H}^1[G,U_T(1)]\times\left(\mathcal{H}^2[G,U_T(1)]\right)^2\times\mathcal{H}^3[G,U_T(1)]$でラベル付できる。
このうち$\mathcal{H}^1[G,U_T(1)]\times\left(\mathcal{H}^2[G,U_T(1)]\right)^2$の部分は他の文献47で得られる。
3次元では$\mathcal{H}^1[G,U_T(1)]\times\left(\mathcal{H}^2[G,U_T(1)]\right)^3\times\left(\mathcal{H}^3[G,U_T(1)]\right)^3\times\mathcal{H}^4[G,U_T(1)]$でラベル付できる。
この論文の構成は以下のとおりである。
セクションIIでは0, 1, 2, 3次元のさまざまな対称性の群が入ったボゾニックなSPT相を列挙し、そのSPT相の例を見る。
セクションIIIでは局所ユニタリ変換についての簡単な復習をする。
セクションIVではSPT相の基底状態波動関数の標準的な形について議論する。
セクションVではon-siteの対称性変換で基底状態の標準的な波動関数を変えないものを考察する。
セクションVIではon-siteの対称性変換を対称性の群のコサイクルから構成する。
セクションVIIではトポロジカルな非線形シグマ模型を導入し、そのSPT相について議論する。
またトポロジカルな非線形シグマ模型のエッジ状態は、対称性が陽に破られない限り、ギャップレスになるかまたは縮退することを見る。
セクションVIIIでは対称性の群のコサイクルからトポロジカルな非線形シグマ模型を構成、分類する。
セクションIX, Xで、トポロジカルな非線形シグマ模型の基底状態が全て自明で固有のトポロジカル秩序を有することを確認する。
特に等価なコサイクルから構成された場合は同じSPT相に入ることを見る。
セクションXIではトポロジカルな非線形シグマ模型のコサイクルとベリー位相の関係を深掘りする。
セクションXIIではon-siteの対称性と並進対称性を共に有するSPT相を扱う。
-
G. ’t Hooft, Dimensional Reduction in Quantum Gravity (1993), gr-qc/9310026 ↩
-
L. Susskind, J. Math. Phys. 36, 6377 (1995), arXiv:hep-th/9409089v2 ↩
-
J. M. Leinaas and J. Myrheim, Il Nuovo Cimento 37B, 1 (1977) ↩
-
D. Arovas, J. R. Schrieffer, and F. Wilczek, Phys. Rev. Lett. 53, 722 (1984) ↩
-
M. Levin and X.-G. Wen, Phys. Rev. Lett. 96, 110405 (2006), cond-mat/0510613 ↩
-
A. Kitaev and J. Preskill, Phys. Rev. Lett. 96, 110404 (2006), hep-th/0510092 ↩
-
X. Chen, Z.-C. Gu, and X.-G. Wen, Phys. Rev. B 82, 155138 (2010), arXiv:1004.3835 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
F. Verstraete, J. I. Cirac, J. I. Latorre, E. Rico, and M. M. Wolf, Phys. Rev. Lett. 94, 140601 (2005), quant-ph/0410227 ↩ ↩2
-
M. Levin and X.-G. Wen, Phys. Rev. B 71, 045110 (2005), cond-mat/0404617 ↩ ↩2 ↩3
-
G. Vidal, Phys. Rev. Lett. 99, 220405 (2007), cond-mat/0512165 ↩
-
D. C. Tsui, H. L. Stormer, and A. C. Gossard, Phys. Rev. Lett. 48, 1559 (1982) ↩
-
V. Kalmeyer and R. B. Laughlin, Phys. Rev. Lett. 59, 2095 (1987) ↩
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X.-G. Wen, F. Wilczek, and A. Zee, Phys. Rev. B 39, 11413 (1989) ↩
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R. Moessner and S. L. Sondhi, Phys. Rev. Lett. 86, 1881 (2001), cond-mat/0007378 ↩
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R. Willett, J. P. Eisenstein, H. L. Stroörmer, D. C. Tsui, A. C. Gossard, and J. H. English, Phys. Rev. Lett. 59, 1776 (1987) ↩
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I. P. Radu, J. B. Miller, C. M. Marcus, M. A. Kastner, L. N. Pfeiffer, and K. W. West, Science 320, 899 (2008), arXiv:0803.3530 ↩
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M. Freedman, C. Nayak, K. Shtengel, K. Walker, and Z. Wang, Ann. Phys. (NY) 310, 428 (2004), cond-mat/0307511 ↩
-
Z.-C. Gu, Z. Wang, and X.-G. Wen, Phys. Rev. B 91, 125149 (2015), arXiv:1010.1517 ↩ ↩2
-
Y.-M. Lu, X.-G. Wen, Z. Wang, and Z. Wang, Phys. Rev. B 81, 115124 (2010), arXiv:0910.3988 ↩
-
I. Affleck, T. Kennedy, E. H. Lieb, and H. Tasaki, Commun. Math. Phys. 115, 477 (1988) ↩ ↩2
-
C. L. Kane and E. J. Mele, Phys. Rev. Lett. 95, 226801 (2005), cond-mat/0411737 ↩
-
B. A. Bernevig and S.-C. Zhang, Phys. Rev. Lett. 96, 106802 (2006), cond-mat/0504147 ↩
-
C. L. Kane and E. J. Mele, Phys. Rev. Lett. 95, 146802 (2005), cond-mat/0506581 ↩
-
J. E. Moore and L. Balents, Phys. Rev. B 75, 121306 (2007), cond-mat/0607314 ↩
-
L. Fu, C. L. Kane, and E. J. Mele, Phys. Rev. Lett. 98, 106803 (2007), cond-mat/0607699 ↩
-
X.-L. Qi, T. Hughes, and S.-C. Zhang, Phys. Rev. B 78, 195424 (2008), arXiv:0802.3537 ↩
-
X.-G. Wen, Phys. Rev. B 65, 165113 (2002), cond-mat/0107071 ↩ ↩2
-
S.-P. Kou, M. Levin, and X.-G. Wen, Phys. Rev. B 78, 155134 (2008), arXiv:0803.2300 ↩
-
S.-P. Kou and X.-G. Wen, Phys. Rev. B 80, 224406 (2009), arXiv:0907.4537 ↩
-
M. Levin and A. Stern, Phys. Rev. Lett. 103, 196803 (2009), arXiv:0906.2769 ↩ ↩2
-
X. Chen, Z.-C. Gu, and X.-G. Wen, Phys. Rev. B 83, 035107 (2011), arXiv:1008.3745 ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
N. Schuch, D. Perez-Garcia, and I. Cirac, Phys. Rev. B 84, 165139, (2011), arXiv:1010.3732 ↩ ↩2 ↩3
-
X. Chen, Z.-C. Gu, and X.-G. Wen, Phys. Rev. B 84, 235128 (2011), arXiv:1103.3323 ↩ ↩2 ↩3
-
F. Pollmann, E. Berg, A. M. Turner, and M. Oshikawa, Phys. Rev. B 81, 064439 (2010), arXiv:0910.1811 ↩
-
A. M. Turner, F. Pollmann, and E. Berg, Phys. Rev. B 83, 075102 (2011) ↩
-
L. Fidkowski and A. Kitaev, Phys. Rev. B 83, 075103 (2011) ↩
-
T. Hirano, H. Katsura, and Y. Hatsugai, Phys. Rev. B, 77, 094431 (2008), arXiv:0710.4198 ↩
-
Y. Hatsugai, New J. Phys., 12, 065004 (2010), arXiv0909.4831 ↩
-
X. Chen, Z.-X. Liu, and X.-G. Wen, Phys. Rev. B 84, 235141, (2011), arXiv:1106.4752 ↩ ↩2
-
A. Kitaev, the Proceedings of the L.D.Landau Memorial Conference “Advances in Theoretical Physics”(2008), arXiv:0901.2686 ↩
-
A. P. Schnyder, S. Ryu, A. Furusaki, and A. W. W. Lud- wig, Phys. Rev. B 78, 195125 (2008), arXiv:0803.2786 ↩
-
M. Levin, unpublished ↩
-
E. Witten, Nuclear Physics B 223, 422 (1983). Comm. in Math. Phys. 4, 455 (1984) ↩ ↩2