日本のIT企業は、海外で成功した製品やサービスの「日本版」「国産版」を作ることに異常な執着を示す。しかし、その大部分は元の製品より機能が劣り、使い勝手が悪く、市場で惨敗している。なぜ日本企業は、わざわざ劣化版を作り続けるのか。この現象には日本の企業文化と技術思考の根深い問題が表れている。
──── コピーこそが安全という発想
日本企業が海外製品の模倣に走る最大の理由は、前例主義から抜け出せない組織構造にある。「海外で成功している」という事実は、最も安全な前例として機能する。
新しいサービスを一から開発するリスクを取るよりも、既に市場で検証されたコンセプトを「改良」する方が経営陣への説明が容易だ。「Slackの日本版」「Zoomの国産版」「Notionの日本企業向け」といった企画書は、必ず通りやすい。
しかし、ここに根本的な誤解がある。成功した製品をコピーすることが「安全」なのではなく、単に「責任を回避しやすい」だけなのだ。失敗しても「海外では成功していたのに」という言い訳が用意されている。
──── 「改良」という名の劣化工程
日本企業が行う「改良」の大部分は、実際には劣化工程だ。日本人の完璧主義が、この劣化を加速させている。
元の製品のシンプルで直感的なユーザーインターフェースに、「日本人好み」の複雑な機能を大量に追加する。設定項目を増やし、カスタマイズ性を高め、詳細な説明文を至る所に配置する。結果として、元の製品の核心的価値である「シンプルさ」「使いやすさ」が完全に失われる。
「日本人は細かい設定を好む」「日本企業は多機能を求める」という思い込みに基づいて、誰も求めていない機能を追加し続ける。これは改良ではなく、改悪だ。
──── ガラパゴス化への確信犯的誘導
日本のゲーム業界がガラパゴス化で敗北したように、IT企業も意図的にガラパゴス化を推進している。「日本の商慣行に合わせて」「日本の法規制に対応して」「日本企業の文化に配慮して」という理由で、グローバルスタンダードから逸脱させる。
この結果、作られた製品は日本国内でしか使えない、日本人にしか理解できない、日本の特殊事情にしか対応できない代物になる。グローバル市場での競争力は皆無で、国内市場でも元の製品に劣る性能しか提供できない。
しかし、これは意図的な戦略でもある。ガラパゴス化によって外国企業の参入を困難にし、国内市場を保護するという発想だ。技術力では勝てないから、制度的・文化的な参入障壁を作り出そうとする。
──── 技術革新の遅れという根本問題
日本企業が劣化版しか作れない根本原因は、技術革新能力の致命的な不足にある。海外の成功製品が「なぜ成功したのか」を技術的に理解する能力がない。
表面的な機能やユーザーインターフェースはコピーできても、その背後にある技術アーキテクチャ、データ構造、アルゴリズムの革新性は理解できない。結果として、見た目は似ているが本質的に劣る模倣品が量産される。
さらに、失敗を許さない文化により、根本的な技術革新への挑戦が構造的に阻害されている。安全な模倣に逃避することで、技術力がさらに低下する悪循環が生まれている。
──── エンジニア軽視の経営構造
日本のIT企業では、技術者が意思決定から排除されている。製品の仕様決定は営業部門や企画部門が行い、エンジニアは単なる実装作業者として扱われる。
この構造では、技術的に何が可能で何が不可能かの判断が適切に行われない。技術を理解しない企画者が「あの機能も追加しよう」「この設定も必要だろう」と無制限に要求を拡張する。エンジニアは「できません」と言えない組織文化の中で、品質を犠牲にして全ての要求を実装しようとする。
結果として、統一性のない、動作の重い、バグだらけの劣化版が完成する。
──── 英語力不足による情報格差
日本企業の劣化版製造には、深刻な情報格差も影響している。日本の技術者の英語回避傾向により、海外製品の技術文書、開発者ブログ、コミュニティディスカッションへのアクセスが制限されている。
表面的な機能説明や日本語に翻訳された宣伝文句だけを頼りに製品を理解しようとするため、技術的な核心部分が見えない。「何ができるか」は分かっても「どうやって実現しているか」「なぜその設計になっているか」が理解できない。
この浅い理解に基づいて作られた製品が、元の製品を超えられるはずがない。
──── 内製化という名の技術力低下
日本企業のDX失敗の一環として、「脱海外依存」「技術の内製化」が叫ばれている。しかし、技術力のない企業が内製化を進めても、劣化版しか生まれない。
「海外製品に依存するのは危険だ」「国産技術を育成すべきだ」という大義名分の下で、明らかに技術力不足の企業が無謀な内製化プロジェクトを立ち上げる。経営陣は「国産」という言葉に陶酔し、技術的現実を無視する。
結果として、開発費は海外製品の購入費用の数倍になり、完成した製品は元の製品の数分の一の性能しか持たない。
──── 電機業界の韓国敗北の再現
IT業界で起きている劣化版製造は、電機業界が韓国企業に敗北した構造と完全に同一だ。技術志向を自称しながら実際は技術を軽視し、市場ニーズを無視して自己満足の製品を作り続ける。
サムスンやLGが「売れるものを作る」という市場志向を徹底していた時期に、日本企業は「良いものを作れば売れる」という技術万能主義に固執していた。現在のIT業界でも、アップルやグーグルが市場の変化に即座に対応している間に、日本企業は「改良版」「国産版」の開発に数年を費やしている。
この間に市場は更に進歩し、日本企業の「改良版」が完成した時には既に時代遅れになっている。
──── 中間管理職の保身システム
劣化版製造を推進するもう一つの要因は、中間管理職の保身システムだ。新しい技術への挑戦は失敗リスクが高いが、既存製品の「改良」は安全で説明しやすい。
プロジェクトマネージャーや事業企画担当者にとって、「Slackライクなツールを社内向けに改良する」という企画は最も都合が良い。技術的リスクは低く、市場性は既に証明されており、失敗しても責任は限定的だ。
しかし、このような保身的判断の積み重ねが、企業全体の技術競争力を削いでいる。
──── ユーザー不在の開発プロセス
日本企業の劣化版には、決定的にユーザー視点が欠けている。「日本人好み」「日本企業向け」という勝手な思い込みに基づいて機能を追加するが、実際のユーザーニーズは調査していない。
元の製品がシンプルで使いやすいのは、徹底的なユーザー調査とユーザビリティテストの結果だ。しかし、日本企業はこのプロセスを省略し、社内の「常識」や「経験」に基づいて機能を決定する。
結果として、誰も求めていない複雑な機能が満載で、肝心の使いやすさは皆無という製品が完成する。
──── システム的解決の困難性
この劣化版製造システムは、個別企業の問題を超えた構造的問題だ。創造的破壊を恐れる文化、前例主義、技術軽視、英語回避、これらすべてが複合的に作用して劣化版を生み出している。
一つの企業だけが変わっても、業界全体の構造は変わらない。顧客企業も「国産」「安心」「サポート」といった非技術的要因で製品を選択する傾向があり、劣化版でも一定の市場は確保できてしまう。
この構造的問題を解決するには、企業文化、教育システム、労働市場、すべてを同時に変革する必要がある。
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それでも、グローバル競争の激化により、劣化版製造システムは持続不可能になりつつある。クラウドサービスの普及により、国境を越えた製品比較が容易になり、劣化版の競争力不足が誰の目にも明らかになっている。
個人レベルでは、日本企業の劣化版に依存せず、グローバルスタンダードの製品を積極的に活用することが重要だ。英語学習により情報格差を解消し、海外の技術コミュニティに参加することで、劣化版製造システムから脱出することは可能だ。
技術者として生き残るためには、日本企業の内向き思考から脱却し、グローバル市場で通用する技術力と視野を身につけることが不可欠だ。
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※本記事は日本のIT企業の製品開発における構造的問題についての個人的見解です。特定の企業や製品を批判するものではありません。