目次
-始めに
-出社できなくなった経緯
-診断結果
-倒れたあとの過ごし方(記憶)
-現在の状況
始めに
こちらの記事は私個人のただの記録であり、誰かの役に立つことではありませんが、全く予想もしていなかったアクシデントということで多めに見て頂ければ幸いです。
(私個人は現状高次脳機能障害との診断を受けていますので意味の分からないことを書いていたり、誤字等があれば教えて頂けると嬉しいです。記憶喪失もあるのでマークダウンなど上手く使えていないかもしれません。)
何かおかしな記述をしていたら教えて頂けると助かります。
出社できなくなった経緯
私は2021年11月にある企業に入社し、とても楽しくエンジニアとしての道を歩みはじめたところでした。
研修期間中のある日、休憩時間に外出していたところ、急に倒れ心肺停止となりそのまま病院へ運ばれたようです。原因としてはWPW症候群という心臓の病気を持っていたらしく、不意に発作が起こり倒れたようです。
倒れた後、心肺停止により頭に血が回らず脳の損傷を受けた(高次脳機能障害)、のが現在の私です。
まぁ全くWPW症候群とは思っていなかったですし、確か一度20歳すぎの心電図で要検査となったことはありますが、その時も調べて(ホルター心電図というもので調べました)結果、問題ないと言われていたはずなんですが。。
その時以外心電図で引っかかったことがなかったので心臓に病気を持ってるということは考えてもいませんでした。
(こんな確率の低い病に侵されるなら同率の宝くじにでも当たりたかったですね笑)
診断結果
病院で様々調べて頂いた結果がWPW症候群だったわけですが、それだけではなくいろいろ付随する病気等がありましたので一覧にしておきます。(記憶の範囲で)
・WPW症候群
・QT延長症候群
高次脳機能障害となったことで
・記憶障害
・注意障害
・失語症
付随して
・指先の痺れ(数本)
・味覚障害(塩分のみ)
現状(倒れてから2年)、味覚障害は少しよくなったような、失語症はこれをきちんと伝わる文章でかけていれば大丈夫、心臓にはICDというペースメーカーに似た機械(かつAEDのような電気ショック機能あり)を入れたのでまた心臓が止まっても対処できます。
心臓にはカテーテルアブレーションというものを行い不要な神経を潰したので不安はない、はず。
ただICDを入れたので約10年に一度、手術をして器具の入れ替えを行わなければいけません。
幸いだったことは高次脳機能障害となったものの、性格が変わるといった社会的行動障害といったものにはならなかったこと、高次脳機能障害は星野源さん等有名人でもなった方がいるということを知ったことは精神的によかったです。あとは仕事を前述のとおり変えたばかりだったので、環境が新しく、古いタイプの考え方の人がいないというのは大いに助けられました。
倒れたあとの過ごし方(記憶)
入院中は記憶が途切れ途切れであまり覚えてはいませんが、手術をして目覚めた?記憶、夢の中でスマホをいじっていて気づいたらアプリの場所が変わっていて「?????!」で目覚めた記憶(恐らくこの時に意識が回復した)、検査、治療が終わり経過観察はリハビリ施設で行われました。
多分この頃には普通にスマホを使っていたので妻とも連絡を取り、(コロナ禍だったので面談が制限されていたため)入院中には現在の服が残り何枚といったことを連絡していた記憶がうっすらあります。
退院してからは施設に通い障害者マーク(ヘルプマーク)も一時期つけましたが、「私が配慮してほしい事と(一般の人が考える)つけていることで配慮して上げたほうがいい事」に差があったのでつけることをやめました。
(誰も悪くはないのですが、【スマホを胸の付近に近づけないで】は伝わらず、席を譲って頂くなど、有難いけど正直どうでもいい配慮が多かった。)
現在の状況
現在はリハビリ施設に通っていますが、多くの中途障害者とは違いまだまだ働かなくてはならないので(施設に通う方の私以外は50歳以上)、復職に向けた施設への移行を検討中です。
施設も東京には多くあり、幸いプログラミング等を専門とするところもありました。
ただ、、、こちらの条件(通える場所、プログラミング、かつRubyを教えている)を満たすものは少なく、プログラミングは学べるものの言語はPHPやフロントエンドのものが多い印象でした。(→PHPも条件にあった開発には使うと思いますが、Rubyを使わない理由が分からない。というか多分更新してない=古いものをわざわざ教わる気はない=条件に合わない)
中途障害は少ないですし、その他の利用者は精神障害者。となるとそこまでの専門性を求められないことがそういった、"やっているようでやっていない施設"が増える原因なのだろうと思います。
これからの見通し
上には書ききれなかったので省いた部分が「職場はどうなった?」という部分ですが、有難いことにSlackでの連絡は日常的に続け、大いに励ましてもらいましたが、休職期間が終わる1年が近づいても体力面、スキルから大いに不安があったので一度辞めさせてもらいました。(辞めさせられたでは全くありません。私の意志です。)
職場には入ったばかりで申し訳ないという気持ちと、同期の友人やお世話になった先輩方とはとても名残惜しかったのですが、私のいろいろ中途半端な記憶では役に立たないと理解していたので一度引き、万全……になれるかはまだわかりませんが、万全になったら迷惑をかけてしまった会社に戻りたいと思っています。