孫正義氏の予想「AGIは10年以内に実現する」
この記事を書こうと思ったきっかけは、2023年10月のソフトバンクワールドで孫正義氏が「AGIは10年以内に実現すると強く信じている」と話していたことです。
AGI(汎用人工知能/Artificial General Intelligence)は人間が実現可能なあらゆる知的作業を理解・学習・実行することができる人工知能のことで、孫正義氏はAGIは「人類の英知の総和の10倍賢くなる」と表現しています。
この予測が正しいかどうかはわかりませんが、もしこの予想が正しいとすると、人類の産業、歴史、死生観に大変大きなインパクトを与えることになります。
そこで、世界中の経営者や研究者のAGI予想はどのようになっているのかを調べて、AGIが実現するシナリオをどの程度想定して人生の戦略を立てると良いかを考える材料にしたいと思います。
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ANI,AGI,ASIの違い
AGIの予想調査に入る前に、AGIと似ている言葉のANIとASIについて整理したいと思います。
ANIはArtificial Narrow Intelligence(特化型人工知能)の略で、1つの問題を解決する事に特化した人工知能です。将棋やチェスなど特定の問題では人間の能力を凌駕することがありますが、人間のように多種多様な問題に対して柔軟に取り組むことはできません。現在主流となっているAIサービスは多くがこのANIに該当します。
ASIはArtificial Super Intelligence(人工超知能)の略で、人間の知能を全ての面において超えた人工知能のことで、孫正義氏によると「ASIは人類の英知の総和の10,000倍賢くなる」と表現しています。
ちなみに知能10,000倍の差は金魚と人間の差くらいだそうで、孫正義氏はASIは20年以内に実現すると予想しています。
画像はForbytesの記事から引用
世界各国の一般ユーザーの予想の分布
まずは2018年にKDnuggets(データマイニングの総合的ポータルサイト)の1,200 を超えるユーザーを対象にして実施された調査の結果をみていきます。
「AGI (汎用人工知能) はいつ実現するのでしょうか?」
1,200 を超える投票に基づいた結果は次のとおりです。
10年以内: 回答者の22.5%
11~20年後、20.1%
21~50年後、23.9%
51~100年以内、14.3%
100 年以上では 7.5%
決してしない 11.7%以下のグラフは、全体的な回答と、回答者が最も多かった 3つの地域の回答を示しています。
投票地域は、下記です。
米国/カナダ、33%
ヨーロッパ、32%
アジア 23%
ラテンアメリカ、4.4%
アフリカ/中東、3.9%
オーストラリア/ニュージーランド、3.1%
アジアの回答者はAGIについて楽観的であり、10年以内と11~20年後を合わせて2038年までにAGIを達成すると考えている人は60%程いたようです。ChatGPTがリリースされた2022年以降にこの投票をするともっと楽観的な結果がでるかもしれません。
この結果をみると孫正義氏の予想は特にアジアにおいては少数派というわけではなさそうです。
またアメリカやヨーロッパの回答者の35%ほどが2038年までにAGIを達成すると考えていたようです。
専門家による予想の分布(LLM以前とLLM後の予想の変化)
続いて、専門家による予想の結果をみていきたいと思います。
ヴィンセント・C・ミュラーとニック・ボストロムの調査(2013年)
2013年に、ヴィンセント・C・ミュラーとニック・ボストロムは、550人の AI 専門家に次のような質問をする調査を実施しました。
「人間レベルの機械知能 [または私たちが AGI と呼ぶもの] が存在する確率 (10% / 50% / 90%) は何年までに見られるでしょうか?」
この調査では、「楽観的な年(AGI になる可能性が 10% であると信じている年)と、現実的な推測(AGI の可能性が 50% であると信じている年、つまり、その年以降に考えられる年)を挙げるよう求められています。」 AGI が実現する可能性の方が高いです)、そして安全な推測です (AGI が実現すると 90% の確実性を持って言える最も早い年)。1 つのデータセットとして収集された結果は次のとおりです。
楽観的な年の中央値 (確率 10%) → 2022年
現実的な年の中央値 (確率 50%) → 2040年
悲観的な年の中央値 (確率 90%) → 2075年
記事執筆時点(2023年12月)の10年前の調査ですが、専門家のAGI実現の予想の中央値が17年後の2040年とのことでした。
ジェームズ・バラッド氏による調査
次はAGIの概念を広めたベン・ゲーツェル氏の年次AGIカンファレンスで紹介されたジェームズ・バラッド氏による調査です。
ベン・ゲルツェル氏の年次AGIカンファレンスで著者ジェームズ・バラット氏が最近実施した別の研究では、パーセンテージを廃止し、参加者がAGIがいつ達成されると思うかを単純に尋ねた。2030年までに、2050年までに、2100年までに、2100年以降、あるいは決して達成されないと思われる。
結果:
回答者の42% → 2030年までに
回答者の25% → 2050年までに
回答者の20% → 2100年までに
回答者の10% → 2100年以降
回答者の2% → 決して利用しない
2030年までにAGIが実現すると予想している人は42%とのことでした。
ちなみに2023年時点のベン・ゲーツェル氏はAGIはあと3~8年先に実現すると考えているようです。
「シンギュラリティ」は2031年までに起こる。AI研究の世界的権威が主張
第1回ヒューマンレベルAI(HLAI)カンファレンスの調査(2018年)
2018年にチェコ共和国のプラハで開催された第1回ヒューマンレベルAI(HLAI)カンファレンスの調査です。
世論調査回答者のほぼ 40% (最大層) は、AGIが5~10年以内に出現すると予想しており、28%は今後20年以内に出現すると予想しています。まったく出現しないと考えている人はわずか2%です。
このイベントは、ヨーロッパで開催される初のHLAIカンファレンスとなりました。この会議には、DeepMind のイリーナ ヒギンズ氏、Facebook AI Research のトーマス ミコロフ氏、SingularityNET の CEO であり人型ロボットSophiaのソフトウェア開発者である Ben Goertzel 氏など、AI 分野の多くの有力な思想家が集まりました。
40%の参加者が、「AGIが2023~2028年に出現している」と考えていて、他の調査と比較してかなり楽観的な数値がでています。当然かもしれませんが、AI系の企業を対象とした調査では楽観的な数値になる傾向がありそうです。
Katja GraceとJohn Salvatierらによる調査(2017年)
2017年にKatja GraceとJohn Salvatierらは、2015年のNIPSおよびICMLカンファレンスで論文を発表した352 人のAI専門家を対象に実施した調査について発表しました。
調査結果に基づいて、専門家は 2060 年までにAGIが発生する可能性は50%であると推定しています。
研究者らは、言語の翻訳(2024年まで)、高校生の作文の執筆(2026年まで)、トラックの運転(2027年まで)、小売業での労働(2031年まで)など、今後10年間でAIが人間を上回る多くの活動を行うと予測している。ベストセラーの本を執筆し(2049 年まで)、外科医として働く(2053 年まで)。研究者らは、45 年以内に AI がすべてのタスクで人間を上回り、120 年以内にすべての人間の仕事を自動化する可能性は 50% あると考えており、アジアの回答者はその日が北米人よりもずっと早いと予想しています。
2060年までにAGIが発生する可能性は50%であるとのことで、この調査結果はこれまで紹介した調査と比較して現実的な数値となっています。
Katja GraceとBen Weinstein-Raunらによる調査(2021年)
2021年にKatja GraceとBen Weinstein-RaunがにNIPSまたはICMLのカンファレンスで論文を発表した約4,271人の研究者を対象に実施した調査を実施しました。回答数は738件でした。
この調査の質問ではHLMI(High-Level Machine Intelligence)について尋ねています。HLMIの定義は、人間の労働者よりもより良く、より安価にあらゆるタスクを達成できる補助なしの機械とします。
HLMI の可能性が50%になるまでの総予測時間は37年、つまり2059年でした。
その他著名な人物のAGIについての予想
AIの先駆者ハーバート A. サイモンは1965年に「20年以内に、人間ができるあらゆる仕事を機械ができるようになるでしょう。」とかなり楽観的な予想を立てていました。
米国の未来学者レイ・カーツワイルは、2006年の著書「The singularity is near」にて、「2029年に汎用型AIが誕生する」と述べています。
ChatGPTを開発したOpenAIのサム・アルトマン氏は2019年に「2025年までにAGI は業界の多くの人々にとって手の届くところにあると感じられるだろう」と発言しています。また2022年に2019年の発言を引用して「時計の半分を過ぎたところですが、かなり良い気分です」と発言しています。
デミス・ハサビス氏(グーグルディープマインドCEO)は2023年7月のインタビューで、「今後10 年以内にAGIまたはAGIに似たものに近づいたとしても、私は驚かないと思います。」と語っています。
ディープラーニングを考案して、AIのゴッドファーザーと呼ばれるジェフリー・ヒントン氏は2023年のCBSのインタビューで「ごく最近まで、AGIができるまで20~50年かかるだろうと思っていたが、今は 20年かそれ以下かもしれない」と答え、「5年くらいと考えている人もいますがそれは馬鹿げていますが?」と聞かれて「数年前まではまさかと言っただろうが、今はその可能性を完全に排除するつもりはない」と答えています。
ガートナー社による2023年のAI分野のハイプ・サイクル
ガートナー社による2023年のAI分野のハイプ・サイクルもみてみましょう。
ハイプ・サイクルの図は、曲線を使って新技術の登場によって、関心が高まり、期間と誇張(「ハイプ」)が高まり、やがて失望を経て安定するまでを説明しています。必ずしもすべての技術がハイプ・サイクル通りになるとは思いませんが参考程度に紹介します。
このハイプ・サイクルの中でAGIは黎明期から過度な期待期に入ろうとしているところのようです。
まとめ
様々な調査結果をみてみるとAGIの実現にアジアは楽観的でアメリカ、ヨーロッパは保守的であり、企業家は楽観的で研究者はやや保守的という傾向があるかもしれません。
多くの調査を俯瞰してみると個人としてもAGIに対して楽観シナリオ(2030年頃までにAGIが実現)と、現実シナリオ(2050年頃までにAGIが実現)、悲観シナリオ(2100年頃までにAGIが実現、もしくは実現しない)くらいを用意して、人生の戦略を立てておくと良いかもしれません。
また、記事を書いている2023年12月7日のGeminiのニュースをみて人類はAGIにかなり近づいているのではないかと感じました。どういったベンチマークをどう達成するとAGIと呼ぶことができるのかも別途調べてみたいと思います。
※上記のgeminiのデモ動画がフェイクであるという指摘もあり、実際にはGeminiの性能を誇張しているデモのようですが、すごいことには変わりないかと思います。
2022年のChatGPT誕生後、もしくは2023年のGemini誕生後の調査では、AGIの実現時期について楽観的な意見が増えてくる可能性がありますので、今後の最新の調査結果も追っていきたいと思います。