はじめに
近年、大規模言語モデル(LLM)をはじめとする基盤モデルが劇的な進歩を遂げ、従来は困難だった多様なタスクを単一モデルでこなす道が開けました。しかし、一方で基盤モデルだけでは不得意な領域(例えば複雑な計算や最新情報の検索)が依然として存在し、それらには専用ツール(電卓、検索エンジン、データベース等)の方が適しています。このギャップを埋めるため、基盤モデルに外部ツールを使わせるという新たなパラダイムが注目を集めています。人間が道具を駆使して問題解決能力を飛躍的に向上させてきたように、AIも強力な言語モデルの汎用性と専門ツールの精密性を組み合わせることで、より高精度・高効率な問題解決が可能になると期待されています。実際、この分野に関する包括的な調査研究「Tool Learning with Foundation Models (Yujia Qinら, 2023年, arXiv:2304.08354)」では、基盤モデルとツールの統合による問題解決手法を体系的に整理し、今後の課題と展望を提示しています。本稿では同論文の内容を中心に、基盤モデルによるツール操作やLLMエージェントの計画・意思決定、強化学習・模倣学習、外部ツールとの統合といった関連領域の最新研究動向を幅広く概観します。他の論文との比較や多様な応用例を交えながら、現状を包括的にまとめ、最後に課題と今後の展望について議論します。
以下、章構成は次のとおりです。第2節では本テーマの背景として、人間における道具使用の知見や基盤モデルの台頭、そしてAIにツールを組み合わせる意義を述べます。第3節ではTool Learning with Foundation Models論文の要点を整理します。第4節では関連する研究例を比較分析し、第5節で学習手法(模倣学習・強化学習・自己学習)の観点からアプローチの違いを論じます。第6節ではLLMエージェントのアーキテクチャ(ReActやAutoGPT、Voyager、ChatDev等)を紹介し、第7節で評価手法とベンチマークについて説明します。第8節では実世界での応用事例に触れ、第9節で現在の課題と今後の展望を整理し、最後に第10節でまとめます。
基盤モデルとツール操作の背景
「道具を使う知能」は古くから人間の重要な能力として研究されてきました。人間はチンパンジー等他の生物と比べても高度で多様な道具使用能力を持ち、複雑な道具の発明や因果関係に基づく技術の蓄積によって文明を築いてきました。認知科学では、道具使用には高度な知的推論が必要であり、人間の大脳では道具の観察・操作に特化した部位が発達していることが示唆されています。このような「道具と知能の共進化」の観点から、AIにも外部ツールを活用させることで知的課題の解決能力を拡張しようという発想が生まれました。
一方で、AI分野では基盤モデル(Foundation Model)の出現が大きなパラダイムシフトとなりました。基盤モデルとは、大規模データで事前学習され汎用的な知識とパターンを備えたモデルのことで、GPT-3やPaLM、GPT-4といった巨大言語モデルがその代表例です。基盤モデルは数ショットの例示や指示で多様なタスクに対応できる汎用性を示しましたが、同時に「算術計算」や「正確な知識の検索」といった特定の機能では、小型で特化訓練されたモデル(電卓プログラムや検索エンジン等)に劣る場面もあります。このため、**基盤モデルの「知識・推論力」とツールの「専門機能」**を組み合わせて「両者の強みを生かす」ことが重要だと考えられています。
実際、Shenら(2023)のHuggingGPTでは、LLM(ChatGPT)を司令塔としてHugging Faceコミュニティ上の多数の専門モデル(画像認識、音声認識、音声合成など)をAPI経由で呼び出し、各サブタスクを適切なツールに任せることで複雑なマルチモーダル課題を解決しています。このように**「LLM+外部モデル群」という構図により、一つの巨大モデルだけでは難しい高度なタスク(例えば画像と言語をまたぐ指示の実行など)もこなせるようになります。MicrosoftのTaskMatrix.AI**構想でも、基盤モデルを何百万もの外部APIに接続してタスクを遂行させるエコシステムが提唱されており、産業界でも大きな期待が寄せられています。
ツールとは具体的に何を指すかについても整理が必要です。一般にAIエージェントが呼び出す外部機能はAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)の形で提供されることが多く、例えばウェブ検索APIや計算API、データベース問い合わせ、他の機械学習モデルの推論APIなどが含まれます。最近の研究では、LLMにこれらAPIの仕様を与え、必要に応じて関数呼び出しを文章中に挿入させる試みが増えています。API以外にも、ツールにはオペレーティングシステム上のコマンド実行やウェブブラウザ操作、ロボットの行動コマンドなど、エージェントが内部から外部環境へ働きかけるあらゆる手段が含まれます。Qinら(2023)はツールをユーザーインタフェースの観点から分類し、チャットボットが対話文内で用いるもの(例: 言語コマンドによる検索)から、プログラムコードやGUI操作まで多岐にわたる例を挙げています。このような多様なツールを統一的に扱うためのフレームワークやインタフェース設計も研究が進んでいます(例えばOpenAIの関数呼び出し機能やLangChainなどのツールラッパーライブラリ)。
以上の背景を踏まえ、「基盤モデルにツールを使わせる」研究領域が急速に発展しています。そのゴールは、基盤モデルの持つ知識や推論能力を軸に、外部ツールの実行力や最新情報へのアクセスを組み合わせて、人間さながらに柔軟かつ強力な問題解決ができるAIエージェントを実現することです。次節では、この領域の包括的サーベイであるTool Learning with Foundation Models論文の内容を詳しく見ていきます。
Tool Learning with Foundation Models の要点
冒頭で触れたYujia Qinらによる論文「Tool Learning with Foundation Models」は、基盤モデルとツール利用に関する包括的な調査研究です。同論文では、人間の道具使用の認知的起源から始めて、基盤モデル時代におけるAIのパラダイムシフト、ツールとモデルの補完関係といった背景を整理しています。その上で、既存研究を体系化し、**ツール学習(Tool Learning)**という枠組みを定義しています。
特に重要なポイントは、著者らが提唱する一般的なツール学習フレームワークです。モデルがユーザから与えられた複雑な指示を受け取った後、以下のステップで問題解決に当たることが理想的だと述べられています:
- インテントの理解: まずモデルはユーザの指示・質問の意図を正しく把握し、解くべきタスクを明確化します。必要に応じてタスクをサブタスクに分解し、どのような解法手順が考えられるか大まかなプランを立てます(問題の分割統治)。
- 動的な計画立案と推論: 次に、モデルは内的な**推論 (reasoning)を行いながら、各ステップで何をすべきか計画します。この際、途中で得られた情報や中間結果に応じて計画を動的に更新・調整します。いわゆるチェイン・オブ・ソウト (CoT)**による逐次的な思考プロセスを組み込み、柔軟なプランニングを可能にします。
- 適切なツールの選択と実行: 解決すべき各サブタスクに対して、利用可能なツールの中から最適なものを選択し、そのツールを使ってサブタスクを実行します。例えば「計算が必要なステップでは電卓APIを使う」「最新の知識が必要なら検索エンジンを使う」といった具合に、モデル自身が判断します。ツールを実行した結果(APIの返答など)を受け取り、それを次の推論やプラン更新に反映させます。
- サブタスクの完了と全体の統合: 全てのサブタスクがツール実行により完了したら、それらを統合して最終的な回答や成果物を生成します。必要に応じて回答を検証・修正し、ユーザへの応答とします。
この一連のプロセスが**「インテントから計画へ」**と表現される、汎用的なツール利用エージェントの流れです。著者らはこの枠組みを示すことで、様々な既存手法を整理し直し、今後の研究が目指すべき方向性を提示しています。
また、同論文では既存研究を**「ツール拡張型 (tool-augmented)」と「ツール指向型 (tool-oriented)」に分類している点も興味深いです。前者は主に基盤モデルの能力をツールで拡張することに焦点を当てた研究(例えば言語モデルに計算ツールを足して精度を向上させるなど)であり、後者はツールの使用そのものを目標とする**研究(例えばエージェントに新しいAPIの使い方を学習させること自体)を指しています。この分類に沿って、様々な先行研究(後述するToolformerやReAct、各種API接続LLMなど)が整理・言及されています。
さらにモデルの訓練方法についても詳しく議論されています。同論文第3章3.3では、ツール使用能力を高めるためのモデル訓練としてデモンストレーションからの学習(模倣学習)、フィードバックからの学習(強化学習や人間・AIの評価による学習)、そして汎用的なツール学習(未知のツールへの適応能力)の3つに分けて解説しています。それぞれについて詳細は第5節で触れますが、例えば人間やモデル自身が作成したツール使用の軌跡(例えばAPI呼び出しを含む思考過程)のデモを学習する手法、環境からの報酬や結果の正しさに基づいて方策を改善する手法、訓練にない新規ツールでも説明を読んで使いこなす一般化能力の育成など、課題に応じた学習戦略が議論されています。
評価に関しても、著者らは従来体系的評価が不足していた点を指摘し、18種類の代表的なツールを用いた独自の実験を行っています。例えば、電卓、検索エンジン、天気情報API、地図API、データベース問い合わせ、表計算ツール、Wikipedia閲覧、オンラインショッピングサイト操作、AI画像生成など、多岐にわたるツールを用意し、現在の基盤モデル(実験ではChatGPT/GPT-4などと推測されます)がそれらをどの程度巧みに使いこなせるかをテストしています。結果の詳細は論文参照ですが、総じて**「現行の基盤モデルは適切なプロンプトや設定次第でかなり高度にツールを利用できる可能性があるが、完全ではなく課題も残る」**ことが示唆されました。例えば、ある種の単純なツール呼び出しは問題なく行える一方、複雑な連続操作やエッジケースでは失敗も見られる、といった具合です。
最後に、オープンな課題としていくつか重要ポイントが議論されています。それらには「安全で信頼できるツール使用の保証」「ツール自体をAIが生成・創造する能力」「個々のユーザや環境にパーソナライズされたツール使用」「身体性を伴うエージェントへの拡張(ロボットなど実世界への適用)」「内部知識と外部ツール情報の不一致(知識の衝突)への対処」等が含まれています。これらの課題は第9節で改めて詳述します。
以上がTool Learning with Foundation Models論文の概要です。同論文は引用文献も150以上に及ぶ大部であり、本稿ではそのエッセンスを抽出しました。続く章では、この論文で紹介されたものも含め、関連する代表的研究や手法をいくつか比較・分析していきます。
関連研究の比較と分析
本節では、基盤モデルとツールの統合に関連する主要な研究例をいくつか取り上げ、それぞれのアプローチの特徴と成果を比較します。大きく分けると、プロンプト工夫により既存LLMにツールを使わせる手法、モデルを追加訓練してツール使用能力を内在化させる手法、複数エージェントやモジュールを組み合わせた手法に分類できます。それぞれ代表的な例を見てみましょう。
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プロンプトベース(推論と行動の併用):
代表的なのがShunyu Yaoら(2022)のReAct (Reasoning + Act)手法です。ReActはLLMにチェイン・オブ・ソウトによる思考文(Reasoning)と、ツールAPI呼び出し等の行動文(Action)を交互に生成させるプロンプト戦略を提案しました。例えば「まず問題について推論し、その後[SEARCH(query)]
のような形式でウェブ検索を行い、結果を踏まえてまた推論し…」といった一連のステップをLLM自身に考えさせるのです。これにより、純粋に文章生成のみを行う場合に比べ、モデルが動的に計画を更新しながら外部知識を取得できるようになり、事実誤りや推論ミスが減少しました。実際、ReActは知識質問応答(HotpotQAやFEVER)でWikipedia検索APIを使うことで幻覚(誤hallucination)を低減し、また対話型意思決定タスク(ALFWorldやWebShop)では強化学習や模倣学習ベースの従来手法を大幅に上回る成功率を示しました。しかもこれらは数件のプロンプト例示のみで達成されており、追加学習なしで既存LLMの能力を引き出した点は注目に値します。ReActは現在の多くのエージェントシステム(例えば後述のAutoGPTやBabyAGIのプロンプト設計)にも影響を与え、LLMエージェントの基本骨格として広く採用されています。ReActと類似の発想で、自己対話(Self-Ask)による外部ツール利用も提案されています。例えば、Pressら(2022)のSelf-Ask手法では、LLMが「これは調べるべき質問だ」と判断したタイミングで検索クエリを生成し、検索結果を踏まえて最終回答を構成するよう促しました。これも本質的にはReActと同様に、LLMの出力にツール使用アクションを挿入する仕組みと言えます。これらプロンプトベースのアプローチは、モデル重訓練を必要とせず比較的容易に既存モデルへ適用できる点が利点です。ただし、モデルがツールをどう使うかは提示した数例のプロンプト次第となるため、複雑なツール操作シーケンス(例えば複数APIを条件分岐しながら呼ぶ等)が必要な課題では、適切なプロンプト設計が難しいという課題もあります。
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モデルのファインチューニング(ツール使用能力の内在化):
次に、モデル自体を追加学習してツール使用スキルを身につけさせる手法です。Meta AIのTimo Schickら(2023)によるToolformerはその代表例で、LLMが文章生成中に適切なタイミングでAPIを呼び出し、その結果を文中に組み込むように訓練されました。特徴的なのは、この訓練データをモデル自身に自己教師的に作らせた点です。具体的には、大規模コーパス中のテキストに対し少数のAPI呼び出し例をヒントとして与え、モデルが「もしここでツールを使うなら何をするか」を予測するようにしむけ、モデル自身に疑似データを生成させます。そのデータでファインチューニングすることで、Toolformerはいつ・どのAPIを・どの引数で呼び出すか、そして結果をどう反映させるかを一連のシーケンス予測問題として学習します。実験では、計算電卓、QAシステム、検索エンジン、翻訳機、日時APIなど5種類のツールが組み込まれ、ToolformerはZero-Shot性能が大幅に向上しました。特に算術計算や知識検索のような従来GPTが苦手とした項目で顕著な改善がみられ、より大規模なモデルに匹敵する性能を小規模モデルで達成したケースも報告されています。Toolformerは、自己学習によるツールスキル獲得という新奇性から、多くの後続研究に影響を与えました。UC BerkeleyのShishir Patilら(2023)のGorillaもファインチューニング系の手法です。GorillaはLLaMAベースのモデルを大量のAPI仕様・ドキュメントデータで微調整し、ユーザからの要求に対して正確なAPIコール文(関数名や引数)を生成できるようにしました。GPT-4ですら難しいと言われる「正確な引数付きのAPI呼び出し」を克服するため、数千のAPIを含むデータセットAPIBenchが作成され、そこでの学習によってGorillaはAPI呼び出し精度でGPT-4を上回る性能を示しました。さらに文脈に関連するAPIドキュメントを検索するレトリーバを組み合わせることで、新しいバージョンのAPIにも適応しやすくし、従来モデルが陥りがちだった間違った関数名・パラメータをハルシネーションする問題も大幅に減らしています。Gorillaはモデルを「APIストア」に接続する概念とも言え、生成モデルが最新のツールを信頼性高く用いる一つの方向性を示しました。
これら以外にも、MicrosoftのBingに統合されたChatGPT Plugins(プラグイン)では、OpenAIがChatGPTにブラウザ検索や計算、コード実行などのプラグイン機能を持たせるため、モデルに追加の監督学習や強化学習(人間フィードバックによる調整)を行ったとされています。また、スタンフォード大学らのSelf-Ask with Searchでは、モデルを強化学習で調整して質問分割と検索行動の方策を学習させました。これらファインチューニング型アプローチは、モデルが内部にツール使用ポリシーをエンコードするため、推論時にプロンプトを工夫しなくても自発的・柔軟にツールを呼び出せる利点があります。しかしその一方で、大規模モデルの場合は追加学習に膨大な計算資源を要すること、学習したツール以外には対応しづらい柔軟性の低下などのトレードオフもあります。新しいAPIが登場するたびに再学習するのは非現実的なため、訓練済みモデルに対してはツール記述のインプットだけで使い方を学習させる工夫(例えばFew-Shotや説明文の条件付け)も検討されています。
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マルチエージェント・モジュール協調型:
基盤モデル1体ではなく、複数のエージェントやサブモジュールを組み合わせて問題解決に当たるアプローチも注目されています。Chen Qianら(2023)のChatDevはその一例で、ソフトウェア開発プロセスを擬似的に再現するために複数のLLMエージェントが役割分担して協調します。ChatDevでは、企画担当、設計担当、実装担当、テスト担当といった仮想社員エージェントを配置し、自然言語でコミュニケーションしながら一連のソフトウェア開発を自律的に進めます。各フェーズでの対話は「コミュニケーション最適化(コミュニケーションにおける幻覚低減)」の手法で調整され、最終的には要件定義からコード実装、デバッグまでを人手を介さず完遂しました。このような専門エージェントのチームによる手法は、単一の巨大モデルで全てを背負うよりもモジュール性・拡張性が高く、役割ごとに最適化しやすい利点があります。実際、ChatDevと類似のコンセプトとして、オープンソースコミュニティからはAutoGPTやBabyAGI、AgentVerse、Generative Agentsなど多数のマルチエージェントフレームワークが提案・実装されています。例えばAutoGPT(Significant Gravitas, 2023)は1つのゴールを与えると、サブタスクへの分解、計画立案、逐次実行・評価をループで自動遂行するエージェントであり、ウェブ上で話題を呼びました。AutoGPTは外部メモリにタスクリストを保持し、LLMが「次に何をするべきか」を逐次決定していくというもので、簡易なプロジェクトマネージャのようにも振る舞います。またMicrosoftの提案したフレームワークMetaGPT(Xu et al., 2023)も、システムエンジニアやプロダクトマネージャなど複数のGPTエージェントが対話しながらソフトウェア設計を進めるもので、ChatDevと発想を同じくします。こうしたエージェント間の通信には、言語メッセージの他に共有メモリやホワイトボード的な手法を用いるものもあります。さらに、環境とのインタラクションを重視したエージェントもあります。Guanzhi Wangら(2023)のVoyagerは、Minecraftというオープンワールド環境内で行動する生涯学習エージェントです。VoyagerはGPT-4を思考エンジンとして用い、自身は環境内で使える一連のAPI(例: 「アイテムを拾う」「道具をクラフトする」などのゲーム操作コマンド)をツールとして持っています。特徴は、環境から得られるフィードバックや失敗例を活かして自己修正・自己進化していく点です。具体的には、自動カリキュラムによって探索目標を更新し、試行錯誤の中で得たスキル(コードスニペットとして表現される)をスキルライブラリに蓄積します。新しい課題に遭遇すると、そのライブラリから再利用可能なスキルを呼び出し、徐々に高度な目標も達成できるようになります。実験ではVoyagerは他のベースライン(GPT-4にプロンプトで方策を考えさせるだけの手法など)よりも探索効率が高く、3倍以上多くのアイテムを収集し、技術ツリーの達成も飛躍的に速かったと報告されています。Voyagerは環境における継続学習とツール(操作コマンド)の獲得を両立した例であり、ゲームのみならず将来的なロボット制御にも通じる知見を提供します。
以上のように、関連研究はプロンプト工夫型からモデル改変型、単一エージェントからマルチエージェント・ロボットまで多岐にわたります。それぞれに利点・欠点がありますが、大局的に見ると**「基盤モデルの汎用的知能を活かしつつ、環境への作用は適切に制御する」という共通目標に向かっています。なお最近では、LLMエージェントに自己反省(self-reflection)や検証機構を組み込む研究もあります。例えばShinnら(2023)のReflexionは、エージェントが過去の失敗から教訓をテキストメモに記録し、次の試行でそれを読んで間違いを避けるという手法を示しました。また、Rawatら(2025)のPre-Actでは、LLMが初めに詳細なマルチステップ計画を作成し、各ステップ実行後にそれを更新するプロセスを取り入れることで、従来より一貫性のある行動系列を実現しています。このような計画強化や自己訂正**のアイデアは、他の手法(ReActやAutoGPTなど)にも組み込み可能であり、ツール使用エージェントの信頼性向上に寄与しています。
学習手法の観点から
前節で見たような多彩なアプローチを支える基盤には、どのようにモデルにツール使用を習得させるかという学習手法の問題があります。ここでは、代表的な学習パラダイムである模倣学習(教師あり学習)、強化学習、自己学習・自己改善の観点から主要な手法を整理します。
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模倣学習(教師あり学習):
人間や高性能モデルによるデモンストレーションを集め、それを模倣するようモデルを訓練する手法です。ツール使用の文脈では、例えば「質問→(思考過程とツール呼び出し)→回答」という一連の対話ログや、正解のAPIコールシーケンスのデータがデモとなります。OpenAIのWebGPT(2022年)では、人間がブラウザを使って調べながら質問に答えるログを集め、それを教師データにGPT-3をfine-tuneすることで、モデル自身がブラウザ操作+回答できるようになりました。また、ChatGPTプラグインの訓練では、開発者が作成した「どの場面でどのプラグインを使うか」の例示をモデルに学習させています。模倣学習の強みは、望ましい振る舞いを直接教え込める点にあります。特にツール使用は手順の正確さが要求されるため、専門家の軌跡を学ぶことは有効です。前節で紹介したGorillaは大量のAPIマニュアルと使用例を学習しましたし、Toolformerも疑似的とはいえモデル自身が生成したツール使用挿入データで学習しました。一方、模倣学習だけでは対応できない場面もあります。デモにない新しい問題設定では失敗しやすく、またデモ収集コストが高いという課題もあります。そこで次の強化学習が補完的に用いられます。 -
強化学習:
ツール使用を含む一連のエージェント行動に報酬を与え、試行錯誤の中で最適な方策を学習する手法です。典型例として、前述のWebGPTでは回答の品質に対する人間評価を報酬としてRLHF(人間のフィードバックによる強化学習)を行い、より良い回答方策を獲得しました。ALFWorldなどの環境では、タスク(例: 部屋からキーアイテムを持ち出す)が成功したかどうかを報酬に定め、エージェントがテキストコマンドを試行錯誤して解を見つける強化学習が行われています。ReAct論文では、模倣学習や強化学習で訓練されたエージェント(例えばALFWorld向けに事前学習したモデル)よりも、プロンプト指示だけのGPT-3(ReAct)の方が高い成功率を収めたと報告しており興味深い結果です。これは、大規模言語モデルが元々持つ汎用推論能力と少量デモからの適応力が、特定タスクに過適応した強化学習エージェントより有利に働いた例と言えます。ただし一般には、強化学習は長期的な計画や高次の目標を達成するには不可欠なアプローチです。例えば、OpenAIのAlphaGoや強化学習エージェントが示すように、複数ステップ先を見据えた戦略最適化は強化学習の真骨頂です。LLMエージェントでも、環境相互作用型(ゲーム、ナビゲーション、ロボット操作など)のタスクでは報酬設計と強化学習による方策改善が取り入れられています。最近のPre-Act研究では、LLM自身に詳細なプランを作らせそれに沿って行動させる方策を訓練データ化し、比較的小規模なモデル(Llama系)を教師あり+カリキュラム学習で調整することで、GPT-4を上回る成功率を達成したといいます。このように、人手のデモでは網羅しきれない失敗パターンを克服するため、強化学習は重要な役割を果たします。ただし報酬設計や安全性の確保など課題も多いため、模倣学習との併用(まずデモでウォームスタートし、その後RLで洗練する)や人間フィードバックの活用などが実践されています。 -
自己学習・自己改善:
文字通り、エージェント自身が経験から学び成長するアプローチです。Toolformerは自己教師データ生成でしたが、さらに実行環境でのフィードバックループまで含めて学習する例もあります。先に述べたVoyagerは、失敗時にLLMが自己評価し「なぜ失敗したか」「次はどう修正すべきか」を推論し、それを基に次の試行でプロンプトを改善するという自己改善サイクルを回していました。この過程で、動作可能なプログラム(Minecraft内の行動スクリプト)が生成されるとそれをスキルライブラリに蓄積し、次回からはコード再利用によって効率が上がる、という経験の蓄積が行われています。また、ShinnらのReflexionでは、エージェントが対話の履歴を点検し「ここで間違えた」という自己反省文を残し、それを次回プロンプトで参照することで同じミスを回避しました。これらはモデルの重み自体を更新するわけではありませんが、外部メモリやプロンプト再設計を通じて事実上学習しているものとみなせます。モデルパラメータの更新を伴う自己学習の方向性としては、例えばYaoら(2023)のCREATORという研究があります。CREATORでは、LLMが自ら補助となるツール(関数)を合成・改良し、それを用いて問題を解決するという「ツール自作」を試みています。具体的には、数学問題やテーブル問題に対して、モデルがその場で小さなPython関数を生成し実行することで答えを導き出します。生成した関数がうまく動かない場合はエラーメッセージを読み取り、関数を修正して再度試す、といった試行錯誤も行われます。CREATORの結果では、ツール(関数)作成を繰り返すことでタスク成功率が向上し、ツール生成という新たな次元での自己改善が有効であることが示されました。このように、エージェント自身が不足するツールを生み出すことができれば真の汎用性に近づくため、将来的な展望として注目されています。
まとめると、模倣学習による他者からの経験の摂取、強化学習による試行錯誤による戦略最適化、自己学習による経験蓄積とツール創発という3つの流れがあり、現在の多くのシステムではこれらを組み合わせて性能向上を図っています。例えば、まず人間やGPT-4のデモ対話でエージェントをファインチューニングし、その後シミュレータ内で強化学習で磨きをかけ、さらに実運用中に得た失敗事例を反省して改善する、といった具合です。学習手法の選択・組み合わせはタスクの種類や制約によって異なりますが、目指すところは**「より少ない人手で、より高い汎用性を持つツール使用知能を育てる」**ことだと言えます。
エージェントアーキテクチャ
LLMにツールを使わせるエージェントを構築する際には、そのアーキテクチャ設計も重要です。エージェント内部でどのように情報を保持し、計画を立て、行動するか――これらの機能をモジュール化して考える試みがなされています。Wangら(2025)のサーベイでは、LLMベースの自律エージェントのアーキテクチャをプロフィール(役割や人格設定)、メモリ(記憶)、プランニング(計画)、アクション(行動)の4モジュールに分解して整理しています。このモデルでは、例えば:
- プロフィール: エージェントに与えられた役割や人格に関する情報。例えば「このエージェントは内向的な性格である」「エージェントは博士号を持つ科学者である」等の設定をプロンプトに含めることで、その後の応答方針に影響を与えます。これは単一エージェントの場合明示しないことも多いですが、複数エージェント(ChatDevなど)では各エージェントの専門や役割を定義する部分に相当します。
- メモリ: エージェントがこれまでに得た知識・経験を保存する仕組み。LLMは長文コンテキスト内にある程度の記憶はできますが、対話やタスクが長引くとコンテキストウィンドウから溢れて忘れてしまいます。そこで、過去の重要情報を要約して保存する長期メモリ(ベクトルデータベースへの格納やファイルへの記録)を組み込むケースがあります。またVoyagerのようにスキルライブラリとしてプログラム断片を記憶する例もあります。メモリモジュールは、エージェントが学習したことを蓄積し、環境からの観測を元に自己状態を更新するための要です。
- プランニング: エージェントの目標達成のための行動計画を立てる機構です。LLMエージェントではプランニングも生成タスクの一部として扱われ、チェイン・オブ・ソウトによる段階的なプランや、Tree-of-Thoughtsのような分岐探索的プランなどが試みられています。Plan-and-Executeという形で、まずLLMに詳細プランを出力させてから実行フェーズに移るという方式も提案されています(先述のPre-Actがこれに当たります)。また、人間が高レベルの目標だけ与え、サブゴールの分割はエージェントが行う(AutoGPTのような)ケースでは、サブタスク列挙モジュールがプランニングの一部と言えます。プランニング機能は内省的な検討をエージェントにさせる上で重要であり、不十分だと場当たり的な行動に終始してしまうため、近年特に重視されています。
- アクション実行: 実際に外部ツールや環境に作用を及ぼすフェーズです。ここでは、どのような行動スペースが与えられているかが鍵です。ウェブ上のエージェントなら例えば「クリック」「入力」「スクロール」といったブラウザ操作、API呼び出しエージェントなら利用可能な各API、それ以外に「他エージェントへの発話」も行動の一種です。エージェントアーキテクチャでは、このアクションモジュールがプランニングやメモリと連携し、適切なタイミングで適切なツール(アクション)を起動できるよう設計します。ReActのようにLLMの出力そのものに行動文字列を含める場合、アクションモジュールはLLM出力の解析・実行器とも言えます。一方、システムを分けている場合(例えばPlanner LLMとExecutorモジュールを分離)は、Plannerが出した計画書に基づき実行モジュールが順次ツールを呼ぶといった構造になります。
以上は概念的な分解ですが、具体的なシステムに落とし込む際には様々なバリエーションがあります。例えばAutoGPTではメモリとしてファイルにこれまでの進捗メモを保存し、プランニングは「次のタスク」をLLMに考えさせ、アクション実行はPythonコードやウェブAPIの実行としていました。LangChainのようなフレームワークは、この一連の流れを簡単に記述できるモジュール群を提供しています。LangChainでは、プロンプトテンプレートでチェイン・オブ・ソウトを誘発し、Toolクラスで定義された関数を呼び出すと、呼び出しと結果を再度プロンプトに戻す、といったループ制御を内包しています。これはReAct原則を実装したもので、開発者は利用したいツールを登録するだけでLLMエージェントを動かせます。
マルチエージェントの場合、アーキテクチャに通信モジュールが加わります。ChatDevではエージェント間の対話そのものが自然言語チャットですが、背後では各エージェントの役割プロフィールに応じて発言を調整する仕組み(コミュニケーション最適化)がありました。複数エージェントを管理するオーケストレータを置く方式もあります。例えばHuggingGPTではChatGPTが中央制御となり、各専門モデルを呼び分けました。一方、自律的な複数エージェント環境(Generative Agentsなど)では共通の環境メモリ(ホワイトボード)に各自が書き込み読むことで間接的に情報交換するアーキテクチャも報告されています。
最後に、エージェントの実行環境についても触れておきます。CLI操作型、GUI操作型、Web API型、物理ロボット型など様々ですが、それぞれに専用のインタフェースモジュールが必要です。例えばブラウザ操作ではDOMを解析して要素を選択・クリックするブラウザ操作APIが、ロボットではセンサ入力を扱う認識モジュールとモータ指令に変換する制御モジュールが必要になります。GoogleのSayCanに基づくPaLM-Eでは、画像・センサ情報をEmbedding空間にマッピングし、LLMと統合することで視覚や実世界入力への対応を図りました。
このように見てくると、エージェントアーキテクチャ設計はソフトウェア工学的なシステムデザインと似た様相を呈しています。LLMという強力な生成モジュールを中核に据えつつ、その周辺に適切なメモリ・計画・実行ユニットを配置し、全体が統合的に機能するように設計することが求められます。良いアーキテクチャは複雑なタスクをこなす際のスケーラビリティや拡張性に寄与し、逆に不十分な設計だとモデルの潜在能力を発揮しきれません。したがって、今後も適材適所のモジュール分割や新しい設計パターンの模索が続くでしょう。
評価手法とベンチマーク
ツール使用エージェントの性能を評価することも、本領域の重要な課題です。しかし従来、この評価は統一的な指標・ベンチマークが未整備であると指摘されてきました。そこで本節では、現在提案・利用されている評価手法やベンチマークを紹介します。
1. 基本能力の評価: Yehudaiら(2023)はエージェント評価の観点として、(a) 計画力、(b) ツール使用スキル、(c) 自己反省能力、(d) 長期記憶という4つの基本能力を挙げています。例えば計画力は、エージェントが与えられた課題を何ステップかに適切に分割できるか、目標達成まで見通したプランを構築できるか、といった能力です。ツール使用スキルは、必要なときに正しいツールを選択し、正確に使いこなせるか(誤ったAPI呼び出しをしないか、など)が問われます。自己反省能力は、一度の対話内でエージェントが自らの回答や行動を省みて修正できるかどうか、長期記憶は対話や作業が長引いても過去の重要情報を保持して使えるかどうかです。これらの能力ごとに、小さなテストタスクが用意されることがあります。例えば計画力なら「論証のステップ数を推論させる問題」、ツール使用なら「計算が必要な質問に電卓を使わせるテスト」、自己反省なら「わざとトリックを入れた質問に一度間違えさせ、その後ヒントを与えて訂正できるか」といった具合です。こうしたピンポイントの能力評価は、エージェントの弱点分析に有用です。
2. タスク指向の評価: エージェントをより包括的に評価するため、特定の応用シナリオに沿ったベンチマークが複数提案されています。いくつか代表的なものを挙げます。
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ウェブ環境エージェント評価: WebGPTの登場以降、ブラウザ操作を含むタスクが注目されました。Meta AIのWebShop(Yao et al., 2022)は、与えられた商品説明にマッチする商品をオンラインショップサイトから見つけ出すタスクで、エージェントは検索やクリック、カート投入など一連のウェブ操作を行います。このタスクでの成功率や報酬(例えば予算内で目標商品を買えたか)が評価指標となります。またALFWorld(Shridhar et al., 2021)は、テキストで記述された部屋環境でアイテム操作を行うタスクで、エージェントは「open fridge」「grab apple」等のコマンドを使って目標状態を達成できるかを競います。最近では、より総合的なウェブエージェント評価としてWebArena(Ammanabrolu et al., 2023)が提案され、ブラウザ上での情報収集、フォーム入力、ナビゲーションなど複数カテゴリのタスクをまとめています。これらはエージェントにとって現実的なインターネット利用シナリオを模擬しており、汎用エージェントの性能評価に近づいています。
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ソフトウェア開発エージェント評価: ChatDevやAutoGPTのような開発タスク向けには、コードの正しさ・品質が評価基準となります。例えばChatDev論文では、エージェントが開発したプログラムが全ての単体テストを通過できるかが一つの評価でした。OpenAIのCodex系モデル評価で用いられるHumanEval(関数合成問題集)も、エージェントがコードを生成しユニットテストを自動実行して合格率を見るという指標があります。近年、MicrosoftはGPT-4による自動ソフトウェアエージェントを評価するため、仕様から完成品までどれだけ人手介入なく行けるか、といった指標を検討しています。これらはまだ統一的なベンチマークには至っていませんが、GitHub CopilotやChatGPTのコーディング支援能力を超えた自律開発力を測る尺度として今後整備が進むでしょう。
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科学タスクエージェント評価: 科学分野でも、LLMエージェントが文献検索・実験計画・計算を行う能力を試すベンチマークが模索されています。例えば、論文の要約と関連論文探索を行う研究支援エージェントを評価するには、最終的に見つけた論文リストの適切さや要約の正確さが指標となります。また、計算化学や物理シミュレーションで、エージェントがツール(シミュレータや電卓)を用いて問題を解けるか、といった観点も考えられます。現在は個別研究ごとに評価ケースを設けている段階ですが、将来的には例えば「科学チャレンジの自動解答コンテスト」のような形で統一評価が行われる可能性もあります。
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対話エージェント評価: 複数ターンの対話における一貫性、人格保持、知識更新などを測る基準です。LLMエージェントの場合、通常の対話システム評価(自然さ、文法正しさ等)に加え、長期的一貫性(たとえば10ターン後にも初期の設定を覚えているか)やツール利用による正確性(ユーザの疑問に対し検索して正しい情報源を引用できるか)などが入ります。Facebook AIのBlenderBot3ではインターネット検索を組み込んだ対話システムの評価を行っており、ユーザ調査で情報正確性や有用性の指標を用いました。LLMエージェント評価サーベイでも、対話エージェントの評価は人格や感情といった主観項目も絡むため難しいが、ユーザ満足度やタスク達成度で測る方法が論じられています。
3. 総合ベンチマーク: 複数の能力を横断的に測るための総合ベンチマークも提案され始めています。例えばAgentBench(仮称)は、様々なドメイン(ウェブ、ロボット、対話、ゲーム等)でのタスク詰め合わせをエージェントに解かせ、その平均的な成功率を測る構想です。HumanAI Eval(Huang et al., 2023)は人間とAIエージェントが協働してタスクをこなす設定で、どれだけ人の負担を軽減できたかを評価します。また、OpenAGI(Liang et al., 2023)は強化学習エージェントの総合ベンチマークですが、今後LLMエージェント版への発展も考えられます。
4. 評価手法: 定量評価だけでなく、評価手法そのものも研究されています。Yehudaiら(2023)はエージェント評価を主観評価(人間判断)と客観評価(自動指標)に大別しました。主観評価としては、人間アノテータがエージェントの応答品質をスコア付けする方法、あるいはTuringテストのように「人間とエージェントの応答を見分けられるか」を調べる方法があります。前者は各能力について詳細に評価できる反面、コストやバラツキの問題があります。後者は一発勝負的な評価ですが、人と同等かどうかを見る指標として利用されます。一方、客観評価としては上記ベンチマークにおける成功率・正答率・得点などが典型です。例えば、WebShopなら購入成功/失敗、ALFWorldならタスク達成/未達成でbinaryの成功率が測れます。コード生成ならテストケースパス数が指標です。加えて、エージェント特有の指標としてステップ効率(必要以上に無駄なツール呼び出しをしていないか)、コスト(API使用料や計算資源)が使われることもあります。安全性評価も重要な観点で、例えば「与えられたAPI権限を悪用しないか」「ユーザに有害な提案をしないか」等をチェックリストで検証することがあります。
全体として、エージェント評価はまだ発展途上であり、多面的な評価枠組みが模索されています。現在の傾向としては、より現実に即した複雑なタスクで評価する動きと、評価自体を自動化・簡便化する動きがあります。前者は、モデルの能力向上に伴い簡単なタスクでは差が出にくくなっているためで、例えばオンライン環境で更新され続ける動的ベンチマーク(リアルタイムのニュース質問など)も提案されています。後者は、頻繁なモデルアップデートに対応して評価コストを抑えるため、エージェント同士に相互評価させる案(例: LLMに別のLLMの回答を採点させる)などが検討されています。
以上、評価についてまとめると、**「タスクの達成度」「過程の質」「安全性・効率」**などを組み合わせてエージェントを評価する必要があり、一つの指標では捉えきれないことが分かります。今後、コミュニティで標準的な評価セットが確立していけば、手法間の比較や研究の進展がさらに加速すると期待されます。
実世界への応用事例
ツール学習エージェントの研究は活発ですが、その成果は徐々に実世界の応用にも現れ始めています。本節では、いくつかの注目すべき応用分野と事例を紹介します。
1. ソフトウェア開発の自動化: 前述のChatDevやAutoGPTは、ソフトウェア開発パイプラインへの応用として大きな可能性を示しました。特にChatDevは仮想企業の開発チームを模し、要件定義からテストまで自然言語エージェントだけで完遂しました。これは将来的に、AIエージェントがコーディングアシスタントを超えてプロジェクトマネージャや設計者の役割まで担う可能性を示唆しています。現在すでにGitHub CopilotやChatGPTによるコーディング支援は実用化されていますが、さらに進んでAIエージェント同士が協調しながらソフトウェアを自律開発する時代が来るかもしれません。実際、企業レベルでもMicrosoftはOffice製品において、GPT-4を中核にExcelやOutlook等のツールを操作してユーザ要求を実行する「Copilot」を開発しています。これはLLMが裏でOffice APIを叩いて資料作成やメール送信を行うもので、ChatDev的な「複数役割」ではないものの、LLMが実アプリを直接動かす実世界例と言えます。
2. 情報検索・質問応答: ユーザの質問に対し、エージェントがインターネットから最新情報を検索して回答する応用です。これは検索エンジンの高度化とも言え、OpenAIとBingの提携によるBing Chatでは既に実装されています。Bing ChatはGPT-4が組み込まれ、ユーザクエリに対しWeb検索を行い、その結果を要約・引用して回答します。従来の検索エンジンはキーワード列挙と静的な結果提示でしたが、LLMエージェントにより対話的かつワンストップで必要情報を提供できるようになりました。例えば「来週パリに行くので現地の天気と最新の美術館イベントを教えて」と尋ねると、エージェントが天気予報APIとイベント情報サイトを調べ、統合した答えを返してくれるイメージです。これは情報キュレーションの自動化とも言え、旅行案内やニュース要約など幅広い応用が考えられます。実際、HuggingGPTの実験では言語・画像・音声モデルを組み合わせて「音声で質問→音声認識→文から画像生成→画像について質問→回答を音声合成」といったマルチモーダルなQAを行っています。将来的には、対話型エージェントが社内ナレッジベースを検索して業務質問に答えたり、政府の公開データから必要情報を集約したりと、専門領域に特化した情報エージェントも期待されています。
3. データ分析と自動レポート生成: LLMとツールの組み合わせにより、データ処理や分析の自動化も可能になっています。例えば、あるエージェントに表計算ソフトの操作権限を与えれば、ユーザの曖昧な指示から適切なグラフやピボットテーブルを作成し、洞察をレポートすることができます。OpenAIのCode Interpreter(現ChatGPTのAdvanced Data Analysis機能)は、ユーザがアップロードしたデータに対しLLMがPythonスクリプトを生成・実行して分析し、その結果を対話で説明するものです。これはLLMがPythonという汎用ツールを使いこなしている例であり、統計解析や機械学習モデルのトレーニングすら自動で行える可能性を示します。企業では日次業務レポートをAIエージェントが作成する試みもあり、データベース接続から図表作成、報告書文章生成まで一貫して自律化する動きがあります。これにより人間は分析結果の解釈や戦略立案に専念できるようになるでしょう。
4. ロボット制御・自律エージェント: 基盤モデルとツール操作の融合は、物理世界にも広がりつつあります。Googleの研究したPaLM-SayCanでは、LLM(PaLM)がロボットの高水準指示を理解し、低水準の実行はロボットの強化学習で得たスキル(affordance)に任せるという分業で、ロボットに複雑な依頼をこなさせました。例えば「キッチンを片付けて」といった指示に対し、LLMは「まずテーブルの上の物を持ってゴミ箱に入れる」というプランを立て、実行はロボットのスキル(物体検出・移動操作)が行います。LLMは知識豊富ですが物理的制約を知らないため、ロボット側のフィードバックで提案アクションをフィルタする仕組みが取られました。「ロボットがLLMの手足となり、LLMがロボットに知能を貸す」という関係は、今後の家庭用サービスロボットや製造業の自動化で鍵になるかもしれません。すでに家庭内清掃ロボットにLLMを組み込む実験や、ドローン操作に対話で指示する試みも報告されています。また前述のVoyagerはゲーム内とはいえ生涯学習を実現しましたが、この手法を実ロボットの長期スキル獲得に応用する構想もあります。例えば農業ロボットが季節を通じて経験を積み道具の使い方(トラクターやドローン操作など)を覚える、といったことも理論上可能でしょう。
5. 教育・創作支援: ツール使用エージェントは教育やクリエイティブ分野でも力を発揮します。例えば生徒がエージェントに数学の問題を質問すると、エージェントは内部で計算ツールや定理データベースを使って解を導き、ステップバイステップで解説できます。物理のシミュレーションツールを呼び出して実験の視覚化を行う家庭教師エージェントも考えられます。創作分野では、画像生成AIや音楽生成AIをLLMがディレクションすることで、ユーザの曖昧なアイデアからプロトタイプ作品を作ることができます。HuggingGPTのデモでは「詩に合う絵を作って」といった指示に対し、言語モデルが詩を考え、それを画像生成モデルに渡してアートを生成する、といったコラボレーションが実現しました。今後、映画制作やゲーム開発において、シナリオ記述から映像レンダリング・音声合成までエージェントが統合的に支援する可能性もあります。
6. その他の応用: 医療分野では、エージェントが患者データを基に必要な検査項目を判断し、その結果を解釈して診断レポートをまとめる、といった支援が考えられています(ただし安全性の観点から人間のチェックは不可欠)。法律分野では、契約書を解析して過去の判例データベースを参照しながらリスクを指摘するエージェントが有用でしょう。金融では、マーケットデータ分析ツールと連携して投資判断レポートを自動生成することもできます。
このように応用範囲は極めて広く、「LLMエージェント + 専門ツール」の組み合わせにより、多くの知的労働を自動化・効率化する道が開けています。実世界応用で重要なのは、研究プロトタイプとは異なり信頼性と安全性を確保することです。例えばソフトウェア開発ではバグのないコードを生成することが求められますし、医療なら誤診や個人情報漏洩があってはなりません。したがって実用化にあたっては、人間のレビューやフェイルセーフ機構、厳密なテストが組み込まれるでしょう。そうしたハードルはありますが、産業界の関心は高く、既にいくつかの企業では自社データに特化したLLMエージェントを開発・試験運用する動きが報告されています。
課題と今後の展望
基盤モデル+ツール活用のエージェントは有望とはいえ、現時点では多くの課題も残されています。本節では主要な課題を整理し、今後の研究・開発の展望について述べます。
1. 安全性と信頼性: 最も重大な課題の一つはエージェントの安全な動作保証です。強力なエージェントほど誤用や暴走のリスクも高まります。例えば外部ツールへのアクセス権限を持つエージェントが、ユーザの悪意ある指示や対話プロンプトの誘導によってシステムを破壊したり、プライバシー情報を漏洩したりする可能性があります。ChatGPTプラグインでも、重要APIには操作上の制限を設けるなどの安全策が取られています。また幻覚(事実でない情報の生成)問題も信頼性低下に直結します。Gorillaが示したように、ツール使用においても「存在しない関数名を呼ぶ」「結果を誤って解釈する」といった幻覚が起こりえます。これに対し、厳密なシンタックス制約やツール側でのバリデーション(例えば実行前のテスト、返り値型チェックなど)を導入する必要があります。将来的には、エージェントに自己検証・自己制御の機構を持たせ、危険な操作は自主規制させる試みも考えられます(例: 「もしこの操作が人間に害を及ぼす可能性があるなら中止する」ようにLLMに判断させる)。
2. ツール使用スキルの汎用性・適応性: 現状、エージェントは訓練やプロンプトで与えられた既知のツールしか扱えません。今後、未知の新ツールにもオンザフライで適応できる汎用性が求められます。例えば、あるAPIの仕様書を読ませれば即座に使いこなせる、といった能力です。人間は新しいスマホアプリでも少し触れば使えるようになりますが、AIエージェントも同様の柔軟性を持つべきでしょう。そのためには、ツールのインタフェースを記述するメタ言語の標準化や、LLMにツールの使い方を推論させるメタ推論能力の強化が考えられます。前者ではOpenAIの関数呼び出し仕様(JSONス Chemens)や、LangChainのToolクラスのように、ツールの入出力を統一フォーマットで記述する動きがあります。後者では、例えば「このAPIは過去に見たXというAPIに似ているからこう使えるはずだ」とモデルが推測する転移学習のような機構が挙げられます。Gorillaはレトリーバでドキュメントを参照することで新規APIへの対応力を高めましたが、さらなる一般化にはモデル内部にプログラミング知識(APIパターン知識)の埋め込みが必要かもしれません。
3. 長期的な記憶と一貫性: LLMは通常、対話の履歴を数千トークン程度までしか保持できません。長時間動作するエージェントでは、途中で初期のゴールや方針を忘れてしまう危険があります。これを解決するには、前述のメモリモジュールを高度化する必要があります。例えば、会話ログや行動ログを要約・圧縮しながら保持するリカーシブ要約メモリ、重要度に応じて情報を取捨選択する注意機構、あるいは外部知識ベースへのエピソード書き込みなどが考えられます。Generative Agentsの研究では、エージェントが一日の行動を日記に書き、それを要約してスケジュールに反映させるというメモリ操作を組み込んでいました。また複数エージェント間で共通の記憶を形成する方法も課題です。チャットでの情報共有だけでは漏れや矛盾が生じる可能性があるため、共有ブラックボードやグローバルな状態ベクトルを用いるアーキテクチャも検討されています。
4. インタラクションの効率とコスト: 外部ツールを頻繁に呼び出すと、そのたびに通信や計算コストが発生します。またLLMへのプロンプトが長大化すると推論コスト(時間・料金)も増大します。実運用上は、いかに少ないステップで正解にたどり着くかが重要です。ReActのように無駄のない推論フローを設計すること、あらかじめ簡単な知識はモデル内部に持たせてツール呼び出しを減らすこと、複数API呼び出しを並列化して時間を短縮すること、といった工夫が必要です。特にAPI料金や計算資源に制約がある場合、エージェントが自分でコスト意識を持つことも考えられます(例: 「予算内で結果を出すにはどの情報だけ検索すべきか」判断する)。現在の評価でも、単に成功率だけでなくコスト効率を指標に入れるべきとの指摘があります。今後、アルゴリズム面での最適化(ツール使用を部分的に他の安価なモデルに委譲するなど)やハードウェア面での最適化(LLM推論加速)が進めば、この問題は徐々に緩和されるでしょう。
5. マルチエージェントの課題: 単一エージェント以上に、複数エージェントシステムには固有の難しさがあります。まず協調と競合の問題です。各エージェントが自律的に動く場合、目標が一致していれば良いですが、異なる目標や観点を持つと衝突が起きえます。人間社会で言う合意形成や調停のメカニズムをAI間に導入する必要があるかもしれません。ChatDevでは二人の対話に限定することでこの問題を軽減しましたが、もっと大規模なエージェント集団ではネットワーク化や役割階層化が必要になるでしょう。次に通信プロトコルの問題があります。自然言語での対話は柔軟ですが曖昧さも伴います。場合によってはもっと構造化されたメッセージ(例えば論理フォーマットや図表)でやりとりすることが望ましいでしょう。エージェント間で共有する「言語」や「知識表現」の標準化も将来的な研究課題です。最後に計算資源の分配の問題もあります。複数エージェントがいる場合、それぞれに大規模モデルを用意するとコストが指数的に増えます。軽量モデルと大型モデルを組み合わせたり、エージェント間でモデルを使い回したりする工夫が必要でしょう。Amazonの研究では軽量な役割エージェントを多数配置し、要所でのみ大型モデル(管理者)を使うアプローチが検討されています。
6. ツールの創発と拡張: 先にも触れたように、未来のエージェントには自分で新しいツールを作り出す能力が期待されます。現状は人間が用意したツールセット内で最適行動を探す枠組みですが、例えば未知の問題に直面したとき、エージェントが「○○を計算する小さなプログラムを書こう」と決断できれば、解決可能な範囲が飛躍的に広がります。これは一種のプログラム合成能力であり、AIがAIをプログラミングする世界です。CREATORの成果はその端緒であり、今後この方向がさらに発展すれば、エージェントは自前のツールボックスを成長させるようになるでしょう。そうなれば人間がツールを設計・提供する手間も減り、真に自律的なシステムに近づきます。ただし、自動生成されたツールの安全性や最適性を保証する仕組み(例えば検証器やデバッガ)も不可欠です。
7. 評価・監督の枠組み: 課題とは少し異なりますが、今後はエージェントを監督・評価・規制する枠組みも社会的に重要になります。高度なエージェントが商用利用されるようになると、その性能評価基準や、安全性認証プロセス、責任の所在などを明確にする必要があります。例えば医療AIであれば薬事承認のような審査がいるでしょうし、自動運転AIなら各国の規制が適用されるでしょう。ツール使用AIも同様に、誤作動で損害が出れば誰が責任を負うのか、エージェントが参照するデータやツールのライセンスはどうなるのか、といった課題があります。技術的にも、エージェントの行動ログを追跡・再現可能にする監査機能の実装や、ブラックボックスなLLMの判断根拠を説明する**XAI (Explainable AI)**の手法が求められます。これらは単なる技術問題に留まらず、倫理・法律・社会の議論とも関わる広範な課題です。
以上、主要な課題を述べましたが、これらを克服することでエージェントはさらに実用性と汎用性を増すでしょう。研究コミュニティでは既に安全なRL(Safe RL)やミスの自己訂正、長期動作の安定性などに焦点を当てた論文が増えています。また、学際的な取り組み(心理学や認知科学との連携によるヒューマンライクな意思決定の研究など)も進むと考えられます。最終的な展望としては、LLMエージェントが単に道具を使うだけでなく道具と共進化し、人間とも協調して課題を解決する未来が描かれています。HuggingGPTの著者らは、この方向性が真の汎用人工知能(AGI)への新たな道を開く可能性があると述べています。もちろんAGIという言葉は慎重に扱うべきですが、少なくとも**「自律的に考え、適切な外部リソースを活用し、自らの能力を拡張していくAI」**はAGIに一歩近づいた姿と言えるでしょう。
まとめ
本稿では、基盤モデルと外部ツールの統合による問題解決AI(ツール学習エージェント)について、主要な研究と動向を包括的に概観しました。人間が道具を使って知的能力を飛躍させてきたように、AIにおいても強力な汎用モデルに適切なツールを組み合わせることで、単体では困難なタスクも高い性能で実現できることが示されつつあります。Qinら(2023)のサーベイを軸に、ツール使用エージェントの概念、代表的手法(ReAct、Toolformer、HuggingGPT、ChatDev、Voyager等)、学習戦略(模倣学習、強化学習、自己学習)、アーキテクチャ設計、評価ベンチマーク、安全性課題など広範なトピックを取り上げました。
現時点では、研究段階のデモンストレーションが多いものの、一部は既に実システム(検索エンジンへの統合や業務自動化ツール)で成果を上げ始めています。特に対話型LLMが普及したことで、人々が自然言語でAIに複雑な命令を出し、AIが裏で適切なツールを使って要求を叶えるという利用形態が現実味を帯びています。これは人間にとって理想的なコンピューティングの姿の一つであり、ユーザは目的を伝えるだけで煩雑な操作は知能エージェントに任せられるようになります。
しかし同時に、課題も明確になってきました。エージェントの誤用や暴走を防ぐ安全策、ブラックボックスでない検証可能なAI、新しい環境への適応力、そして複数AIの協調といったテーマは、今後さらに研究と議論が必要です。幸い、本稿で紹介したような基盤モデルとツール学習の進展はめざましく、これら課題解決に向けた基盤も整いつつあります。研究コミュニティも産業界も、この分野の成長に非常に注目しており、論文発表やプロダクト開発のペースは加速しています。「AIにできること」の境界が、ツールとの統合によって拡張され続けていると言えるでしょう。
最後に展望として、ツール学習エージェントはAI研究の多くの領域(自然言語処理、知識表現、マルチエージェントシステム、強化学習、ヒューマンコンピュータインタラクション等)が交差する複合分野です。ゆえに異なる分野の知見を統合し、新たな発想を生み出す余地があります。人間とAIがシームレスに協働し、お互いの得意分野(創造性・判断は人間、計算速度・記憶はAIなど)を活かせる未来に向けて、本稿で述べたような基盤モデル×ツールの研究は今後ますます重要度を増すでしょう。われわれもこの動向を追い、積極的に議論・実験を重ねることで、より優れた知的エージェントの実現に寄与できると考えます。
引用文献:
- Y. Qin et al., Tool Learning with Foundation Models, arXiv:2304.08354 (2023)
- S. Yao et al., ReAct: Synergizing Reasoning and Acting in Language Models, arXiv:2210.03629 (2023, ICLR)
- T. Schick et al., Toolformer: Language Models Can Teach Themselves to Use Tools, arXiv:2302.04761 (2023)
- Y. Shen et al., HuggingGPT: Solving AI Tasks with ChatGPT and its Friends in Hugging Face, arXiv:2303.17580 (2023)
- S. G. Patil et al., Gorilla: Large Language Model Connected with Massive APIs, arXiv:2305.15334 (2023)
- C. Qian et al., ChatDev: Communicative Agents for Software Development, arXiv:2307.07924 (2024, ACL)
- G. Wang et al., Voyager: An Open-Ended Embodied Agent with LLMs, arXiv:2305.16291 (2023)
- A. Yehudai et al., Survey on Evaluation of LLM-based Agents, arXiv:2503.16416 (2025)
- 他多数(本文内に随時引用)