最近、Kubernetesの運用が高度化するにつれ「複数のクラスタをまたいだ運用」に注目が集まっています。これは「マルチクラスタ運用(multi-cluster)」と呼ばれるもので、Kubernetesコミュニティでも SIG Multicluster として正式に取り組みが進められています。
そもそもKubernetesクラスタを複数持つ必要があるのか?
「単一クラスタだけではダメなの?」と思う方もいるかもしれません。もちろん小規模なシステムや、地理的・組織的に集約して運用できる環境であれば、単一クラスタで問題ないケースもあります。しかし、大規模システムや地理的要件、法的制約などが絡むと、1つのクラスタだけではうまく対応できません。具体的に以下のような課題が存在します。
1. 地理的要因(Location)
レイテンシの低減
エンドユーザに近い場所でアプリケーションを実行したい場合、地理的に離れた複数リージョンへ分散してデプロイする必要があります。たとえば、アメリカ・ヨーロッパ・アジアにそれぞれクラスタを置くことで、ユーザに近い場所からレスポンスを返せるようにするわけです。
法的要件(管轄)
国や地域によっては「個人情報を国外に出してはならない」といった規制があることも珍しくありません。データを保存・処理する場所が厳密に制限される場合、それぞれの国・地域に専用クラスタを設置せざるを得ません。
データグラビティ
特定クラウドプロバイダやデータセンターなど、既に大容量のデータが存在する環境とアプリケーションを分離したくない場合、どちらかに寄せるか、必要に応じて複数クラスタを連携させる必要があります。
2. 分離(Isolation)
環境の分離
開発・テスト・ステージング・本番など、用途の異なる環境をそれぞれ別クラスタで管理したほうが安全かつ分かりやすい場合があります。
パフォーマンス
大量のリソースを消費するワークロード(AI/ML、ビッグデータ解析など)を他のワークロードと切り離すことで、安定性が高まります。
セキュリティ
機密情報を扱うワークロードや、信頼度の低いコードが混在している場合など、クラスタレベルで分離したほうが影響範囲を限定しやすくなります。
組織的分離
部署ごと、またはプロジェクトごとに管理責任が異なる場合、それぞれが独自のクラスタを持った方がオペレーションや責任分担が明確になります。
コスト管理
複数チームが1つのクラスタを利用すると、請求やコスト分配が複雑になることがあります。チームごとにクラスタを分ければ、「どの部署がどれだけ支払うか」が分かりやすくなります。
3. 信頼性(Reliability)
ブラスト半径の縮小
1つのクラスタで障害が起きた場合でも、他のクラスタに波及しないようにすることで、サービス全体の可用性を高めることができます。
インフラの多様化
特定のクラウドプロバイダやリージョンで障害が起きても、他で稼働中のクラスタに切り替えられるようにしておくと、サービスダウンを回避できます。
スケール
大規模アプリケーションが単一クラスタに収まらない場合、複数クラスタに負荷を分散し、柔軟にスケールアウトできるようにします。
アップグレードの範囲
Kubernetesクラスタのバージョンアップやメンテナンス時に、1つの大きなクラスタだと影響範囲が大きくなります。複数クラスタに分散しておけば、段階的かつ計画的にアップグレードを行いやすくなります。
SIG Multiclusterの役割
こうした複数クラスタを管理する上で発生する課題を解決するために、Kubernetesコミュニティ内で活動しているのが SIG Multicluster です。SIG(Special Interest Group)は特定の分野でKubernetesをより良くするために活動するグループであり、SIG Multiclusterでは主に以下のテーマに取り組んでいます。
1. 複数クラスタ間での通信やワークロード連携
- サービスディスカバリ
- ネットワークの接続・スクリプト化
2. クラスタメタデータの共有
- 各クラスタの状態やリージョン情報などをどう管理・共有するか
3. マルチクラスタを意識しない運用
- 単一クラスタと同様のユーザーエクスペリエンスで使える仕組みの検討
- マルチクラスタ環境を安全かつシンプルに運用するためのAPIやツールの整備
具体的にはどんなことをやっているの?
MCS(Multi-Cluster Services) API
Kubernetes Serviceの概念を「複数クラスタ間でどう扱うか」という視点で拡張する試みです。
Cluster Registry
複数クラスタを一元管理する仕組み。クラスタのメタデータ(例えばどのプロバイダか、どのバージョンか)をまとめる"データベース"的役割を果たします。
マルチクラスタCI/CDパイプラインの検討やドキュメント整備
クラスタをまたいだアプリケーション配置やロールアウト、ロールバックなどをどう扱うか、といったベストプラクティスをコミュニティで議論。
まとめ
Kubernetesを運用する環境が大規模化・複雑化するにつれ、複数のクラスタを連携させたいケースは今後ますます増えていくでしょう。そんなときに SIG Multicluster が作り出すAPIやツール、ベストプラクティスを活用すれば、単一クラスタで慣れ親しんだKubernetes体験を失わずに、複数クラスタを効率良く運用できるようになります。
主な課題は以下の3つです:
- 地理的要因(レイテンシ・法的要件)
- 分離(セキュリティ・コスト・組織運用)
- 信頼性(ブラスト半径・スケール・アップグレード影響)
これらの課題に悩んでいる方は、ぜひマルチクラスタ運用とSIG Multiclusterの取り組みをチェックしてみてください。Kubernetesの新たな可能性を広げる一助になるはずです。
この記事が、マルチクラスタ運用の必要性やSIG Multiclusterの活動内容への理解を深めるきっかけとなれば幸いです。それでは、また次回の記事でお会いしましょう!