本研究では、多言語における基礎動詞「食べる」「来る」「飲む」等を対象とし、各言語の該当語のIPA表記を基に音韻的距離を計算し、散布図上に可視化した。図上における各点は1つの言語における1語を示しており、点間の距離が短いほど、音韻的に類似していることを意味している。
図全体から読み取れる共通の傾向として、以下の点が挙げられる。
音韻的類似性の可視化
可視化された散布図は、単語間の音韻的距離を直感的に理解する上で有用であり、語族の系統図とは異なる視点から言語間の関係を捉えることができる。
意味領域ごとの分布
各図は特定の意味領域(例:「食べる」「来る」「飲む」)に対応する単語をプロットしており、それぞれの意味領域における言語間の音韻的類似性の傾向が示されている。
語族内における音韻的近接
たとえば、「食べる」に該当する eat(英語)と essen(ドイツ語)は比較的近い位置に配置されており、これは両言語がゲルマン語派に属することと整合的である。また、「飲む」の図において drink(英語)と trinken(ドイツ語)、および boire(フランス語)が近接している点も注目される。これらはすべてインド・ヨーロッパ語族に属しており、語源的連関や借用、または音韻変化の収斂が示唆される。
語族を超えた類似性の出現
一方で、語族の異なる言語間においても音韻的に近接する例が観察される。たとえば、「食べる」に該当する 먹다(韓国語)と kula(スワヒリ語)が近い位置にある。語族的には無関係であることから、音韻的偶然の一致である可能性が高い。スワヒリ語、アラビア語、ベンガル語の世界(ドゥニア)の一致から、借用の可能性は否定しきれないが、動詞「食べる」のような基礎語彙においては借用が起こりにくい(日本⇆中国⇆韓国で一致する言葉は基本的に明治時代に西洋の言葉を翻訳したことが多いことからも補足できる。)語彙の安定性理論を考慮すると、東京の旧名江戸と、ナイジェリアにエドゥという名前の地区があるような、音韻的偶然の一致である可能性が高い。
音韻的距離と語族の非一致
語族内であっても、音韻変化の蓄積や分化により、同じ意味を持つ単語が散布図上で大きく離れてプロットされることもある。英語とヒンドゥー語は、同じインド・ヨーロッパ語族に属する言語話者ではあるが、HelloTalkの英語話者間で話題にのぼることも多いように、インド訛りの英語はしばしば英語話者にとって理解の障壁となる場合がある。地理的距離や接触状況に応じて音韻構造が大きく変容する場合もあり、この散布図はドイツフランスイギリスという隣国同士でも変わるのを示唆している。イギリス英語は、フランスなど大陸に寄せられていく過程で言葉が変わっていき、元々はイギリス人もsoccerと言ってたことから裏付けられる、英語とフランス語は長らく言語的接触があったものの、音韻的には意外にも距離があることを本可視化は示唆した。
類型論的特徴の影響
音素の種類や音節構造といった言語の類型論的な側面も、音韻距離空間の構造に影響を与えていると考えられる。たとえば、開音節構造を好む言語(例:スワヒリ語やヨルバ語)と、子音終止語が多い言語(例:英語、ドイツ語)では、同じ意味領域の語であっても音韻距離が大きくなる傾向が見られる。
今回の結果としては、隣国同士のヨーロッパ語族のイギリスフランスドイツは、同じ区分ではあるものの明確に別語族も含むアフリカ諸語(スワヒリ ニジェール・コンゴ語族、バントゥー語群
ハウサ アフロ・アジア語族、チャド語派 ヨルバ ニジェール・コンゴ語族、ヨルバ語群(ベヌエ・コンゴ語派)と、借用語は多いものの別語族とされる極東3国(日本 日琉語族(日本語族)、中国 シナ・チベット語族 韓国 朝鮮語族)と比較していると考えると、確かに近似性は他より見られたが物足りない印象を受けた。
が同時に基礎語彙においては借用が起こりにくいという前提があるので、今回の結果は全てとは言い難い。
総じて、本可視化手法は従来の語族分類とは異なる軸―、すなわち音韻的観点からの言語間比較―を提供しており、言語接触、音象徴性、語彙保存傾向といった複数の言語学的問題を検討するための出発点として有効であると考えられる。今後の研究としては、より多くの語彙領域・言語・方言を含めたデータセットの構築、および音韻距離計算における距離尺度の選定と精緻化が求められる。
https://en.wikipedia.org/wiki/Edu,_Nigeria
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E8%A3%BD%E6%BC%A2%E8%AA%9E
https://en.wikipedia.org/wiki/Association_football#Naming
(順 言葉、ipa、言語名 以下略 )
食べる,ta̠beɾɯ,japanese
eat,iːt,english
吃,ʈ͡ʂʰɨ̞,chinese
먹다,mo̞k̚.t͈a,korean
manger,mɑ̃ʒe,french
essen,ˈʔɛsən,german
kula,ˈku.la,swahili
ci,t͡ʃi,hausa
jẹ,d͡ʒɛ,yoruba
word,ipa,language,continent
飲む,no̞mɯ,Japanese,Asia
drink,dɹɪŋk,English,Europe
喝,xɤ̌,Chinese,Asia
마시다,ma.ɕi.da,Korean,Asia
boire,bwaʁ,French,Europe
trinken,ˈtʁɪŋkən,German,Europe
kunywa,ʃa,Swahili,Africa
sha,mu,Hausa,Africa
mu,,Yoruba,Africa
word,ipa,language,continent
行く,ikɯ,Japanese,Asia
go,ɡoʊ,English,Europe
去,tɕʰŷ,Chinese,Asia
가다,ka.da,Korean,Asia
aller,a.le,French,Europe
gehen,ˈɡeːən,German,Europe
kwenda,kʷɛnda,Swahili,Africa
tafi,tafi,Hausa,Africa
lọ,lɔ,Yoruba,Africa
word,ipa,language,continent
来る,kuɾɯ,Japanese,Asia
come,kʌm,English,Europe
来,lǎi,Chinese,Asia
오다,o.da,Korean,Asia
venir,və.niʁ,French,Europe
kommen,ˈkɔmən,German,Europe
kuja,kuja,Swahili,Africa
zo,zo,Hausa,Africa
wá,wa,Yoruba,Africa