Qiitaに集うつよつよエンジニアの皆様なら三角関数をご存じでしょう。高校数学の鬼門、サイン・コサイン・Vサインタンジェントに苦しめられた方も少なくないかと存じます。
しかし、何か違和感のようなものを抱いた方もいるのではないでしょうか。
- サイン・コサインって似たような名前だけど、何か関係あるの?
- なんでタンジェントだけ仲間外れみたいな名前なの?
- ていうかなんでこんな名前なの?
これらの疑問は三角関数の真の姿を知ることで解き明かされることになります。それでは三角関数への理解を深め、高校生にマウントを取りに行きましょう。
ご注意
この記事は数学的側面に関してはなるべく正確を期すよう努力しましたが、歴史的側面に関しては憶測が含まれます。なのであんまり信用しないでください。
三角法
三角関数の起源は三角法にさかのぼります。三角法とは三角形の角度と辺の長さの関係を研究する学問で、「角度と辺の長さ」の一部から残りの「角度と辺の長さ」を得られるようにすることが大きな目的でした。
そんな中三角比というものが考案されました。
画像1は直角三角形の図です。直角三角形は角のうち1つが直角である特別な三角形なのですが、この直角三角形にはとある「よい性質」があることが明らかになりました。直角三角形には当然大きなものも小さなものもありますし、その辺にも当然長いものと短いものがあります。しかしその比はたった一つの角、角 $A$ だけから決定できるのです。
三角形の3辺の比は以下の6種類存在します2。このすべてが角 $A$ のみから一意に定まります。
\displaylines{
\frac{\mathrm{opposite}}{\mathrm{hypotenuse}}\quad\frac{\mathrm{opposite}}{\mathrm{adjacent}}\quad\frac{\mathrm{hypotenuse}}{\mathrm{adjacent}}\\
\frac{\mathrm{adjacent}}{\mathrm{hypotenuse}}\quad\frac{\mathrm{adjacent}}{\mathrm{opposite}}\quad\frac{\mathrm{hypotenuse}}{\mathrm{opposite}}
}
このうち注目すべきなのはこの3つです。
\frac{\mathrm{opposite}}{\mathrm{hypotenuse}}\quad\frac{\mathrm{opposite}}{\mathrm{adjacent}}\quad\frac{\mathrm{hypotenuse}}{\mathrm{adjacent}}
それでは順番に見ていきましょう。
正弦
最初は高さ÷斜辺、みんな大好き正弦 $\sin$ です。
ところでこの正弦なのですが、以下のような疑問を抱いた方もいるのではないでしょうか。
- 「正弦」ってどういう意味なの?
- どうして$\sin$って書くの?
これを知るためにはサンスクリット語にまでさかのぼる必要があります。
画像3は古代インドで用いられていた用語をまとめたものです。画像からもわかるように、「円の弦」は ज्या (jyā) と名付けられていました。この単語はもともと「弓の弦」という意味です。そこからの連想で数学でも使われるようになったわけですね。
そして弦の半分の長さは अर्धज्या (ardha-jyā) と呼ばれていました。 अर्ध (ardha) は「半分の」という意味です。そのまんまですね。
しかしインドの数学者たちはそのうち、「円周角から弦の長さを求める」よりも「円周角の半分から弦の長さの半分を求める」ほうがいろいろと都合がいいことに気づきました。するとやがて ardha-jyā の方がよく用いられるようになり、最終的にはこれが単に jyā と呼ばれるようになりました。
さてこの jyā (半分の方)ですが、これを円の半径で割ってやると、現代数学で言うところの「円周角の半分の正弦」と一致することがわかりますよね。ここから「高さ÷斜辺」が正弦と呼ばれるようになったようです(憶測)。また、「正弦」の「正」の意味についてはもう少し読み進めていただければわかります。
その後はサンスクリット語の jyā がアラビア語を経由して最終的にラテン語 sinus になるのですが、実はこの経過が不明瞭です。調べた範囲では以下の3つの説がありました4。
- jyā がアラビア語 jība に「音写」される(こっちでいうカタカナ語みたいなかんじだったんでしょうか)。ただしアラビア語は表記の際には子音が省略されがちだったので、 جِيبَ (jb) と表記されることになった。しかしこれを読んだ後世の学者がこれを jaib という発音の単語(「入り江」、「湾」という意味)と誤解し、勘違いのままラテン語に翻訳された結果 sinus となった。
- jyā がアラビア語 جَيْب (jayb) として借用される。しかしこれが翻訳の際「服のひだ」、「胸」という意味の同音異義語(綴りまで同じ)と混同され、その結果 sinus と翻訳された。
- いや、実は jaib の方に「胸」という意味があった。それで sinus と翻訳された。
詳しい経過はこの通り判然としないのですが、なんだかんだで正弦は $\sin$ と表記されるようになったようです。
正接
正接ってなんだったか覚えてますか?そう、タンジェントですね。「正弦」「余弦」は「正弦定理」「余弦定理」として頻繁に使いますが、「正接」という呼び方はあまり使わないので影が薄いです。
さてそれではこの「正接」という名前の由来なのですが、この図5を見れば一目瞭然です。
ちょっとだけ計算すればすぐ証明できるのですが、「高さ÷底辺」は図の赤い接線(厳密には「接線分」でしょうか?)の長さと等しいことがわかります。そういうわけでこの比が英語で「接線」という意味の tangent と名付けられ、 $\tan$ と表記するようになったようです。
正割
お次が正割です。聞いたことがないという人も少なくないのではないでしょうか。直角三角形を用いた定義では「斜辺÷底辺」に当たります。
こちらも正接同様、この図6を見ていただければ由来がわかります。
「曲線と2点以上で交わる直線」をその曲線の割線というのですが、これが英語で secant といいます。そして「斜辺÷底辺」が図の赤い線文(割線の半分)の長さにあたるので、これも secant というようになったそうです(たぶん)。数式では $\sec$ と表記します。
さて、さきほど列挙した「注目すべき3つ」の紹介はこれで終わりです……
……あれっ、コサインは!?
「余角」
角 $A$ と角 $B$ の和が $90^{\circ}$ であるとき、 $A$ と $B$ をお互いの余角といいます。そして皆さん高校でこの数式を飽きるほど目にしたのではないでしょうか。
\cos\theta=\sin(90^{\circ}-\theta)
高校数学では $\cos$ は「底辺÷斜辺」と習いますが、実は $\cos$ の原義に近いのはむしろ上の式の方です。英語 cosine はラテン語 complementi sinus の略で、これは「余角のサイン」という意味です。そういうわけで日本語でも「余角の正弦」から余弦というわけです。なおさきほど「正弦」の「正」の字がどうのこうのという話をしましたが、もうお分かりいただけたかと思います。正弦が「正弦」と呼ばれるのは、余弦との対比表現だったんですね。
そして正接と正割に対しても同様に余接と余割が定義されます。つまりこういうことです。
\displaylines{
\cot\theta=\tan(90^{\circ}-\theta)\\
\mathrm{cosec}\,{\theta}=\sec(90^{\circ}-\theta)
}
このとき余接は底辺÷高さ、余割は斜辺÷高さにも一致します。
正矢 / 余矢
さてこれで先ほど列挙した6つの比はすべて出そろったわけですが、実はまだ三角比のお仲間がいます。それが正矢と余矢です。例によって例のごとく、図7を見ていただくのが手っ取り早いです。
正矢は英語で versed sine といいます。それはいったいなぜでしょうか。これもラテン語にまでさかのぼるのですが、当時ラテン語数学用語には sinus rectus と sinus versus という言い回しがありました。 rectus は「まっすぐな」という意味で、 versus は「回転させた」という意味です。
sinus rectus, つまり「まっすぐなサイン」は通常の正弦を意味します。それに対し、図の正弦の部分(赤線)を点 $C$ を中心にして時計回りにぐるっと90度回転させたもの(緑色の線)が sinus versus, すなわち「回転させたサイン」と呼ばれていました。この sinus versus が英語になって versed sine になったというわけです。
ところでこの正矢と余矢なのですが、ほかの三角比と比較してかなりマイナーなので、表記法は1通りに定まっていないようです。気になる方は Wikipedia 見てください。
さて、ここまでに紹介した8つは日本でも古くから「八線」として知られていました。角度に対する八線の値をまとめた「八線表」はあの伊能忠敬も携帯していたそうです。
半正矢(と半余矢)
もうおなか一杯という方もいらっしゃるでしょうが、まだあります。それが半正矢(と半余矢)、英語で言えば haversine です。読んで字のごとく正矢の半分で、 haversine も言うまでもなく half versine の略です。
そんなものを定義して何の意味があるんだとお思いの方もいらっしゃるかと思いますが、実はこの半正矢が、航海において非常に重要だった公式に登場するのです。その式がこちらです( haversine も結構表記ゆれがあるのですが、ここでは $\mathrm{hav}$ とします)。
半正矢公式: 球面上の2点の緯度と経度をそれぞれ $(\phi_1, \lambda_1), (\phi_2, \lambda_2)$, この2点が球の中心に対してなす角を $\theta$ と置く。このとき
\mathrm{hav}\,\theta=\mathrm{hav}(\phi_2-\phi_1)+\cos\phi_1\cos\phi_2\,\mathrm{hav}(\lambda_2-\lambda_1)
が成り立つ。
航海においてこの公式を使う目的は地球上の2地点間の距離を知ることです。ある2地点が地球の中心に対してなす(弧度法における)角 $\theta$ が求まれば、それに地球の半径を掛けてやることで2地点間の距離がわかります。よって、
- 2地点の緯度と経度を半正矢公式に代入し、 $\mathrm{hav}\ \theta$ を計算する。
- あらかじめ用意しておいた半正矢表を参照し、 $\mathrm{hav}\ \theta$ から $\theta$ を逆引きする。
- 地球の半径を掛ける。
という流れで2地点の距離を知ることができるというわけです。
三角比から三角関数へ
ここまでは直角三角形の辺の比である三角比(と正矢・余矢とその半分)について見てきましたが、三角比は「角度の関数」とみなすにはやや物足りません。というのも、三角比では $0^{\circ}<\theta<90^{\circ}$ に対してしか値を定義することができないからです。
そこで単位円を用いて定義域を広げ、三角関数を定義します。
三角比においては上で見てきた10個にはこのような関係式が成り立っていました。
\displaylines{
\sin\theta=\frac{\mathrm{opposite}}{\mathrm{hypotenuse}}\quad\tan\theta=\frac{\mathrm{opposite}}{\mathrm{adjacent}}\quad\sec\theta=\frac{\mathrm{hypotenuse}}{\mathrm{adjacent}}\\
\cos\theta=\frac{\mathrm{adjacent}}{\mathrm{hypotenuse}}\quad\cot\theta=\frac{\mathrm{adjacent}}{\mathrm{opposite}}\quad\mathrm{cosec}\,\theta=\frac{\mathrm{hypotenuse}}{\mathrm{opposite}}\\
\mathrm{versin}\,\theta=1-\cos\theta\quad\mathrm{coversin}\theta=\mathrm{versin}(90^{\circ}-\theta)\\
\mathrm{hav}\,\theta=\frac{\mathrm{versin}\,\theta}{2}\quad\mathrm{cohav}\,\theta=\mathrm{hav}(90^{\circ}-\theta)
}
これらを単位円を用いて定義しなおします。単位円とは下図8のような、半径1の円のことです。
ここで図と同じく、「単位円上の点であって、原点との線分がx軸に対してなす角が $\theta$ であるような点」を $(x,y)$ と置きます。すると上の10個はこのように定義されます。
\displaylines{
\sin\theta=\frac{y}{1}\quad\tan\theta=\frac{y}{x}\quad\sec\theta=\frac{1}{x}\\
\cos\theta=\frac{x}{1}\quad\cot\theta=\frac{x}{y}\quad\mathrm{cosec}\,\theta=\frac{1}{y}\\
\mathrm{versin}\,\theta=1-\cos\theta\quad\mathrm{coversin}\theta=\mathrm{versin}(90^{\circ}-\theta)\\
\mathrm{hav}\,\theta=\frac{\mathrm{versin}\,\theta}{2}\quad\mathrm{cohav}\,\theta=\mathrm{hav}(90^{\circ}-\theta)
}
こうして定義域が広がって三角関数となったのでした( $\tan$ などは一部の実数が定義域に入っていませんが)。めでたしめでたし。
ところで三角関数を単位円を用いて定義すると、もはや三角形はあまり関係なくなります。一般化したことで実態が名前にそぐわなくなってしまうのは数学ではちらほら見受けられることです。この三角関数に関しても、単位円を用いて定義されることから「円関数」と呼ばれることもあるそうです。そんな呼び方してる奴見たことないぞ
まとめ
というわけで今回取り上げただけでも三角関数は10種類ありました。もちろんそれぞれに逆関数( $\mathrm{arc}$ 系のやつ)もあるので、それで水増しすれば20種類あることになります。
そしてさらに三角関数に類似するものに双曲線関数というのもあるのですが、もう力尽きたのでここでおしまいです。お疲れさまでした。
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言うまでもないですが分母と分子が同じものは除きます。 ↩
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出典: https://en.wikipedia.org/wiki/Jy%C4%81,_koti-jy%C4%81_and_utkrama-jy%C4%81 ↩
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出展: https://books.google.co.jp/books?id=PsH2DwAAQBAJ&pg=PA200&lpg=PA200 ↩
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出典: https://www.geogebra.org/m/ymBQZPEz より一部改変 ↩
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出典: https://www.technologyuk.net/mathematics/trigonometry/secant-function.shtml より一部改変 ↩