この記事について
先行・研究開発部門の組織活動について、経営目標に対して定量的に評価するための目標設定のフローについての考察を記載します。
背景
営業部門などでは業績評価のための具体的な指標が(妥当かどうかは別として)当然の如く設定されると思われますが、先行・研究開発部門では、経営方針に対する活動目標について、スローガンのような文言があるだけで、具体的で定量的な指標が定められないまま組織運営されていることも多いかと思います。(特許や論文の投稿数だけのノルマがある状態などが多いのではないでしょうか)
先行・研究開発部門は、企業活動の川上にあたり、経営への直接的な貢献が見えにくく、指標設定が難しいことも一因かとも考えられますが、経営に貢献する開発力を高めるために、開発部門においても活動を定量的に評価できる適切なKPIを定めて組織運営する必要があると思われます。
KPIが定められないまま活動を行うと、活動の取捨選択ができず、いろんな部門で同じような活動が行われたり、他部門の圧力などから直近で忙しい業務に全員が振り回されたり、開発の意義が見えずモチベーションが下がったり、などさまざまな弊害が起こり得ます。
KPIとは
KPIはKey Performance Indicatorの略で重要業績評価指標と呼ばれる指標です。
各々の業務においてPDCAを回すために、定量的に測定できる目標として定められます。営業などでは、前年比〇〇%達成などが該当するかと思います。
関連するキーワードとして以下の言葉があります。
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KGI
- Key Goal Indicatorの略です
- 重要目標達成指標と呼ばれます
- 企業レベルでの経営戦略に対する定量的な目標設定です(売上目標など)
- 企業として最終的の達成したい目標となります
- KGIを達成するために、KPIが設計されます
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KSF
- Key Success Factorの略です
- 重要成功要因と呼ばれます
- KPIを達成するために重要となる活動を指します
KPIの設計
BSCについて
KPIを整理していくための一つの方法として、バランススコアカード(BSC)を参考にできます。BSCでは以下の視点で整理すると良いとされています。
- 財務の視点
- 顧客の視点
- 社内プロセスの視点
- 学習と成長
このうち、財務と顧客の視点は、戦略部等で決められるべき指標であるため、その方針に従って、先行開発・研究開発部門はその他の指標を設計することになります。
設計例
上記の方針で、先行・研究開発部門でのKPIの設計フローと指標例を考察します。
財務の視点
- 経営直下の戦略部で定められます
- すべての部門に展開されます
- 企業活動の最上流の目標を定めます
- 活動
- 株主に説明可能な達成目標を定めます
- 財務KPI(KGI)
- 売上、利益率
- 経費削減、費用効率改善
顧客の視点
- 経営直下の戦略部で定められます
- 各部門に展開されます
- 財務視点の目標を達成するために、顧客に対する活動を定義します
- 活動
- 勝ち方の定義
- 例:中期視点でのビジネス機会の損失を未然に防ぐ
- 戦略KPI(経営報告指標)
- 例:認知率、接触率、トライアル率、RFI対象率、年間受注率、年間平均発注数、平均受注単価
- 財務KPIとの関係式
- 例:売上=認知率×引合率×トライアル率×RFI対象率×年間平均受注率×(年間平均受注数)×平均単価
- 勝ち方の定義
要素 | 概要 | 主な要因 |
---|---|---|
認知率 | 全対象顧客の内、自社活動がどの程度認知されているか | 広告活動、営業活動 |
引合率 | 認知のある顧客とどの程度接触できるか | プリファレンス、試作活動 |
トライアル率 | 引合いのある顧客とどの程度トライアルを実施するか | プリファレンス、発注数 |
RFI対象率 | トライアルを実施した顧客のRFI対象にどの程度入ることができるか | プリファレンス、競合数 |
年間平均受注率 | RFI受領後、どの程度受注できるか | プリファレンス(信頼性)、仕様、価格 |
平均受注単価 | 受注金額の平均額 | 機能価値、開発費、原価 |
例えば以下のような値になります。
- 全顧客数:50
- 認知率:60%
- 引合率:80%
- トライアル率:40%
- RFI対象率:80%
- 年間平均受注率:40%
- 年間平均受注数:1.5
- 平均受注単価:1000万円
50社 \times 0.6 \times 0.8 \times 0.4 \times 0.8 \times 0.4 \times 1.5 \times 1000万円 = 4608万円
年間平均受注率、年間平均発注数は顧客が支配的に決定しているため、自社のKPIとしてコントロールすることは困難ですが、プリファレンスを改善することで間接的に増やすことができると考えられます。
- KSF
- 認知率:広告活動(学会発表、講演会、展示会等)を強化する
- 引合率:プリファレンスの改善、営業数の強化
- トライアル率:プリファレンスの改善、試作数の強化
- RFI対象率:プリファレンスの改善、競合の回避
- 平均受注単価:高価値化、市場囲い込み
社内プロセスの改善
- 研究開発部門で定めます
- 顧客視点の目標を達成するために、部門の方針策定等、業務プロセスに対する活動を定義します
- 活動
- 部門方針(改善の視点)の策定
- プリファレンスの改善
- 例:先行開発数を増やす
- 例:開発スピードを上げる
- 例:開発品質を上げる
- プリファレンスの改善
- 業務改善KPI(経営報告指標)
- 例:開発数、開発期間、提案率
- 戦略KPIとの関係式
- 例:RFI対象率=開発数/開発期間×提案率×引合率
- 部門方針(改善の視点)の策定
- KSF
- 開発数KSF:技術動向を調査する、サプライヤからの情報収集活動を増やす
- 期間KSF :取捨基準を明確化する、
- 提案率KSF:展示会出展案件を増やす
- 引合率KSF:顧客の興味分野を把握する、興味分野の紹介案件を増やす
学習と成長
- 研究開発部門で定めます
- 部門方針の達成に向けて、部の成長基盤を確立するための活動を定義します
- 活動
- 部門方針(改善の視点)の策定
- 例:技術力を向上する
- 例:モチベーションを向上する
- 成長基盤KPI(経営報告指標)
- 例:資格保有率、技術資料公開数、中途採用人数、改善施策提案数
- 業務改善KPIとの関係式
- 例:開発数←中途採用人数
- 例:開発期間←資格保有率
- 例:引合率←技術資料公開数
- 部門方針(改善の視点)の策定
補足:OKRについて
KPIとよく似ていますが、よりシンプルにした指標としてOKRがあります。OKRはObjective Key Resultの略で、GoogleやFacebookなどでも採用されていることで有名です。比較的新しい方法論ですが、組織の方向性を定める定性的な目標を策定し、その目標を達成するための具体的な定量目標を定めることはKGI/KPIの策定過程とそこまで変化のあるものではないのではとも思います。
どちらの方法をとるとしても、大切なことは、先行・研究開発においても、経営層が権限と責任をもって、組織力を高めるための分かりやすい定性的な目標と、PDCAで評価できる定量的な目標を定めて組織運営を行うことであり、手法については企業風土やルール等を考慮して、浸透しやすいものを使っていけば良いのかと思います。