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PhysiKyu 2024Advent Calendar 2024

Day 22

シュレーディンガーの猫を正しく理解しよう!

Last updated at Posted at 2024-12-21

どうも空斎(@psimonDemon)です. 猫にちなんで12月22日という2が並ぶ日を選択して記事を書くことに決めました. しかし,今日はもっと大事な日ですね. そう,有馬記念です.

ちなみに私の予想は
◎ アーバンシック
⚪︎ プログノーシス
▲ シャフリヤール
△ レガレイラ
です.

有馬記念に投票するのは国民の義務である.  by林修

ぜひ皆さんも有馬記念に投票しましょう(※馬券は20歳になってから)

導入

 皆さんはシュレーディンガーの猫というパラドックスを聞いたことがあるでしょうか?物理学徒なら1回は聞いたことがあると思います. 物理学徒でない人も名前は聞いたことがあると思います. それくらい認知度の高いこのパラドックスですが, このパラドックスはだいぶ誤解されて広まっています.
 このパラドックスをきちんと理解するには量子情報理論でよく用いられる「混合状態」,「純粋状態」という概念を理解する必要があります. かくいう私も学部の量子力学を学んでいる段階ではこのパラドックスについて全く理解していませんでした.
 そんなシュレーディンガーの猫について今回は解説していきたいと思います.
※本記事では量子力学の初歩的な内容は省略します. 未修の方はブラケット記法で量子力学を記述している教科書を一読してから見てもらえると幸いです.

設定

シュレーディンガーの猫

wikipediaより引用
シュレーディンガーの猫は図のような思考実験です.まず,箱を用意してその中に1時間での崩壊率が50%の放射性元素と崩壊を観測する装置と猫を用意します. 装置が元素の崩壊を観測した場合,箱の中に毒が流れ出て猫は死にます.観測しなかった場合猫は無事に生きているというものです.

主張

 原子が崩壊するしないというのは崩壊するしないの重ね合わせ状態で表現されます. 原子の崩壊と猫の生死を図のような装置で紐づけると猫の生死が重ね合わせ状態で記述できます. 量子力学によれば重ね合わせ状態とは観測によって状態の変化が起こるものです. しかし,猫の生死といったマクロ系の状態は観測によって状態が変化したりしないはずであるからおかしいよねというのがこのパラドックスの主張です.

射影仮説

 重ね合わせ状態を観測すると状態が変化するという文言について補足します. 射影仮説について説明します. 射影仮説とは同じ系を何回測定しても測定値は変わらないというものです. 数式で表すとわかりやすいです.

|\psi\rangle = |a\rangle +|b\rangle+…

という状態に対し測定して,aという値が得られたとします.(aは$|a\rangle$に対応する固有値) すると状態は収縮し

|a\rangle

になります. これが射影仮説です. 射影仮説は実験事実と整合しており, "仮説"の名前のニュアンスから惑わされがちですが正しい主張です. 量子情報理論の中にはこれを公理系として組み込むものもあります.

純粋状態と混合状態

 純粋状態,混合状態の区別を理解するのがこのパラドックスの主張を理解し,パラドックスの解決を考えるうえで重要な要素になってきます. まず,純粋状態,混合状態の定義を述べます.

定義
系の状態がヒルベルト空間の元一つを用いて $|\psi\rangle\in \mathcal{H}$で表されるとき,純粋状態という.
系の状態が複数のヒルベルト空間の元 $|\psi_i\rangle\in \mathcal{H},i\in\mathcal{I}$ ($\mathcal{I}$は添え字の集合)と各状態に対応する確率$p_i$を用いて{$p_i,|\psi_i\rangle$}と表されるとき,混合状態という.

記法について説明が必要で, {$p_i,|\psi_i\rangle$}とは,$p_i$の確率で状態$|\psi_i\rangle$を返す状態です. もちろん,$\sum_i p_i = 1$です.
$p_i=1, p_j=0(i,j\in \mathcal{I},i \neq j)$とするとヒルベルト空間のうち1つの元$|\psi_i\rangle$を用いて状態を記述できるため,純粋状態は混合状態の特殊な例と見ることができます.

密度演算子を導入すると状態の記述が見やすくなります.

定義
混合状態{$p_i,|\psi_i\rangle$}に対し,密度演算子$\hat{\rho}$は

\hat{\rho}=\sum_{i\in\mathcal{I}}p_i|\psi_i\rangle\langle \psi_i|

とできる.特に純粋状態$|\psi\rangle$に対しては,

\hat{\rho}=|\psi\rangle\langle \psi|

とできる.

密度演算子を用いた物理量の記述について軽く説明しておきます. 量子状態$|\psi\rangle$に対して物理量$\hat{A}$の測定を行うと$\hat{A}$の期待値は

\langle \psi |\hat{A}|\psi\rangle

と表すことができたのでした. より一般に混合状態{$p_i,|\psi_i\rangle$}に対して測定を行うと,

\sum_{i\in\mathcal{I}}p_i\langle \psi_i |\hat{A}|\psi_i\rangle

と書けます. (期待値の定義,混合状態の定義とにらめっこするとわかるはず.)
これを密度演算子を用いて表します. $\mathcal{H}$の正規直交基底を $\phi_k$とすると

\begin{eqnarray*}
\sum_{i\in\mathcal{I}}p_i\langle \psi_i |\hat{A}|\psi_i\rangle&=&\sum_{i\in\mathcal{I}}p_i\langle \psi_i |\sum_{k}|\phi_k\rangle\langle\phi_k|\hat{A}|\psi_i\rangle \\
&=&\underline {\sum_{i\in\mathcal{I}}p_i}\sum_{k}\langle\phi_k|\hat{A}\underline{|\psi_i\rangle\langle \psi_i |}\phi_k\rangle\\
&=&\sum_{k}\langle \phi_k|\hat{A}\hat{\rho}|\phi_k\rangle\\
&=&Tr[\hat{A}\hat{\rho}]
\end{eqnarray*}

このように密度演算子と物理量の積のトレースで記述できます.(1つ目の等号は$\sum_k |\phi_k\rangle\langle\phi_k|=\mathbb{1}$を用いた.2つ目の等号は交換した部分がただの数になっていることから従う.3つ目の等号は下線部が密度演算子の形になっていることから従う.)
トレースとは行列の対角成分の和を取る演算です. 後述の2準位系で具体的に計算するのでそちらを見ていただけると理解が進むと思います.

重ね合わせ状態と混合状態

 混合状態を導入してまず躓く点は重ね合わせ状態との区別です.
2準位系(スピン1/2の系)を基に考えてみましょう. Z軸方向にスピンを観測してスピン+1の状態を$|+\rangle$,スピン-1の状態を$|-\rangle$と書きます.

重ね合わせ状態

1/2でスピン+1,1/2でスピン-1を返すような重ね合わせ状態を考えます.素朴なのは

|S_x^+\rangle=\frac{1}{\sqrt{2}}|+\rangle+\frac{1}{\sqrt{2}}|-\rangle

という状態だと思います. 実はこれはX方向にスピンを観察すると+1を返す状態なので$|S_x^+\rangle$と書きます.
この状態を密度演算子で表現すると,

|S_x^+\rangle\langle S_x^+|=
\left(\frac{1}{\sqrt{2}}|+\rangle+\frac{1}{\sqrt{2}}|-\rangle\right)\left( \frac{1}{\sqrt{2}}\langle+|+\frac{1}{\sqrt{2}}\langle-|\right)=
\begin{pmatrix}
\frac{1}{2} & \frac{1}{2} \\
\frac{1}{2} & \frac{1}{2}
\end{pmatrix}

となります.

混合状態

1/2の確率で$|+\rangle$が得られ,1/2の確率で$|-\rangle$が得られる状態を考えます. この状態を密度演算子で表すと,

\frac{1}{2}|+\rangle\langle +|+\frac{1}{2}|-\rangle\langle-|=\begin{pmatrix}
\frac{1}{2} & 0 \\
0 & \frac{1}{2}
\end{pmatrix}

となります.

ポイント

 どちらの状態も Z方向の測定には1/2の確率で$\pm 1$ を返します.これが初学者にとって重ね合わせ状態と混合状態の区別のつっかえになる点です. どちらも同じ状態じゃないのか? と思われる方も多いと思いますが,違う状態であることがX軸方向の測定を行うことで一目瞭然になると思います.

重ね合わせ状態について,X方向に+1のスピンを観測する確率は

Tr[ \begin{pmatrix}
\frac{1}{2} & \frac{1}{2} \\
\frac{1}{2} & \frac{1}{2}
\end{pmatrix}
 \begin{pmatrix}
\frac{1}{2} & \frac{1}{2} \\
\frac{1}{2} & \frac{1}{2}
\end{pmatrix}]=Tr \begin{pmatrix}
\frac{1}{2} & \frac{1}{2} \\
\frac{1}{2} & \frac{1}{2}
\end{pmatrix}=1

となります.(X方向に+1のスピンを観測する演算子は$|S_x^+\rangle\langle S_x^+|$で書ける.)

一方,

Tr[ \begin{pmatrix}
\frac{1}{2} & \frac{1}{2} \\
\frac{1}{2} & \frac{1}{2}
\end{pmatrix}
 \begin{pmatrix}
\frac{1}{2} & 0 \\
0 & \frac{1}{2}
\end{pmatrix}]=Tr \begin{pmatrix}
\frac{1}{4} & \frac{1}{4} \\
\frac{1}{4} & \frac{1}{4}
\end{pmatrix}=\frac{1}{2}

つまり, X軸方向の測定に対しては全く違う値を返します.
これには行列の非対角成分が重要な役割を果たしています. これらの成分は$|+\rangle,|-\rangle$の積の形で表されるため,2つの状態が干渉している項といえます. 合成に関して干渉項が出ることを強調して重ね合わせをコヒーレントな結合と言ったりします. 干渉項が出ない状態の混合は逆にインコヒーレントな混合と言ったりします.

これらから, 重ね合わせ状態と混合状態が別物であることがイメージできたかと思います.
シュレーディンガーの猫の主張で猫の状態は前者の文脈で扱われています. ジョークとしてシュレーディンガーの○○といわれるとき多くは後者の文脈で使われています.

シュレーディンガーの休講 ~教室に行くまで授業があるかわからない~
シュレーディンガーのハゲ ~ニットを取るまでハゲてるか分からない~
シュレーディンガーの財布 ~財布を開けるまでお金が入っているかわからない~

パラドックスの解決策

 このパラドックスの仮定で間違っている点は「猫の生死は重ね合わせ状態で記述できる」という点です. セットアップを思い出しましょう. 原子の崩壊を観測している装置がありました. ここの時点で量子力学特有の重ね合わせ状態というのは壊れています. (射影仮説を思い出そう) つまり, 元素の崩壊を観測している時点で元素の重ね合わせ状態は壊れており,崩壊するしないのどちらかの状態か確定しています. 図にすると以下のようになります.
schrödingerの猫.png
つまり, 混合状態に対して猫の生死が対応しており, コインの表裏で猫の生死が決まるのと何ら違いありません. 

最後に

 結局シュレーディンガーの猫の状態は混合状態であったわけですが, どうも世間に蔓延るシュレーディンガーの○○ジョークは重ね合わせ状態の文脈を無視して用いられているようでとても嘆かわしいです. 皆さんはちゃんとこの記事を理解してから用いるようにしましょう.

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