これまで経営者やコンサルタント、また情報システム部門や管理部門の責任者としてシステムの内製に携わった経験をもとに、勝手な与太話を展開させていただきます。
まず、そもそも論になりますが、システム開発がもたらす最大の価値はどのようなものかというと、以下のように大別できるかと思います。
1.新たなビジネスモデルや収益源の創出(戦略的価値)
2.既存プロセスの効率化・省人化(効率的価値)
電子計算機の発明いらい、ビジネスにおいて求められた役割は、人手による事務作業を代替できることでした。上の二分法でいうと、2の効率的価値の実現を主眼としてきたことは間違いありません。ただ一方で、コンピューターが珍しかった時代は特にそうですが、最新鋭の機械を用いて革命的ともいえる程度に効率化や省人化を達成すれば、そのこと自体で戦略的とも言える大きな経済的価値がありました。こんにち、一般的に戦略的価値を実現していると考えられているさまざまなプラットフォームやアプリケーションにしても、何かを組み合わせて革命的にビジネスの効率を高めるということが発想の出発点となっていること多いことも事実です。戦略的か効率化かといった杓子定規な二分法ではなく、企業経営や経済に与える影響をありのまま柔軟に見ていきたいものです。
次に、これらの価値を生み出すシステムの企画や開発の過程を見てみましょう。戦略的価値というのは、画期的なサービスや新しいビジネスモデルの創出のことなのですが、その典型的な形として、GoogleやAmazonなどのいわゆるBig Techの社内で開発され世に出される製品やサービスがあります。これは「究極の内製」ともいえるパターンですが、通常の内製と違うのは、これらBig Techにはそのような戦略的な大仕事を目論む逸材が集積し、常に次の一発を狙って企画開発にいそしんでいるという意識の在り様です。Big Techにとっては、そのようなプロセスが本業の重要な一部であり、他社と、また社内でも厳しい競争の中で切磋琢磨しながらさらに能力を高めているのです。
このようなBig Techのシステム開発の在り方は、それを本業としていない大多数の企業にとって真似のできるものではありません。ただし、きわめて限定的ながら、通常のベンダー外注で戦略的価値のあるシステムができる場合もあります。それは、すでに発注側の社内に競争優位を確立したビジネスモデルがあって、それを情報システムに固定するようなケースです。日本でも、このようなシステム要件によってビジネスモデル特許が申請できるようになりました。
このように考えると、戦略的価値をもたらすシステム開発というのは希少で、世の中のほとんどの開発は、内製、外注を問わず、効率的価値を実現するためのものであるといえます。ただし、上述のように、仮に市場構造を変革するくらいに革命的な効率化を成し遂げることができるならば、そのシステムは戦略的価値を帯びることになります。
いささかそもそも論が長くなってしまいましたが、この情報システム開発を内製で行うことの意味、メリットとしては、一般的に以下のようなことが言われています。
まず、開発する側もユーザー側も同僚であるため、開発者はユーザーの事情・経緯について知識・認識があり、そのうえ企画・開発過程での連携・調整も慣れ親しんだ社内コミュニケーションの範疇であるため誤解や齟齬が起こりにくい。結果的にシステムの内製開発は
1.フィット感・ユーザー満足度が高くなる
2.企画からゴーライブまでが迅速
という利点が強調されます。
これに加えて、3点目として「ベンダー外注よりも低コストで開発できる」ということもよく言われています。この点はまさに本稿の議論の中心のひとつとなる部分で、慎重な吟味を要するというのが筆者の見解です。
確かにシステム外注費(保守・運用工数も含む)という目に見える支出を節約するという意味で低コストとなることは間違いないでしょう。しかしながら、この後に説明する内製を可能とする条件を整えるまでの投資や埋没費用の累積を考えれば、それほど低コストとは言えません。少し結論を先取りすると、内製化は、過去のコストを回収するような状況であれば節約になるが、内製化のために新たにまとまった支出を行うような場合には、おそらく外注する場合よりも財務上は有利にはならないであろう、ということです。このことについて、以下なるべくわかりやすく説明したいと思います。
まず、大前提として、情報システムの内製には「内製された人材」すなわち内部で育った人材が不可欠である、ということです。そんなことは当たり前だとおっしゃる向きもあるかも知れませんが、内製の人材が当たり前に存在していない企業も数多くあります。
ここで、システム内製のための「内製の人材」とはどのような人々なのか、定義しておきます。内製人材には2種類あります(以下のAおよびB)。
A. 自社のビジネスモデルや社内のプロセス・慣行について知識・認識のある社員エンジニア、またはグループ内ベンダーなどからの派遣エンジニア
B. 一定期間の勤続を経た中堅・管理社員で、ローコード/ノーコードのツールをカ活用して自社用のシステムを作成する能力・意欲・時間のある人々
いずれの場合でも、ある程度の年月、その会社にいることが大前提となります。
加えて、特にBの場合ですが、ある程度の能力・ポジションの人材を本来の担当業務から外して内製プロジェクトに従事させることができなければなりません。
このような内製された人材はいかにして確保できるのか。次回以降でその条件について整理していきたいと思います。