来るべき量子コンピュータ時代に備えて、『量子計算理論 量子コンピュータの原理』の輪読を始めました
「人類がつくりうる究極の計算機は何だろうか?」
...
現在最も正しいと考えられている物理理論である量子論に基づく計算機が、その答えとなる。
という文章から始まるので、否が応でもテンション上がってしまいますね
いくつか演習問題があるので解いていきます。間違ってたら、ごめんネ
『量子計算理論 量子コンピュータの原理』演習(第2章&第3章)
『量子計算理論 量子コンピュータの原理』演習(第4章1節&2節)
\newcommand{\bra}[1]{\left\langle #1 \right|}
\newcommand{\ket}[1]{\left| #1 \right\rangle}
\newcommand{\bracket}[2]{\left\langle #1 \middle| #2 \right\rangle}
混合状態について
第4章4節にて、混合状態(mixed state)という重ね合わせ(superposition)とは異なる概念が登場するのですが、天下り的で混乱してしまったので、演習問題を解く前に自分なりに調べたことをメモしておきます。
まず、密度行列の導入については、『密度演算子 - 純粋状態・混合状態 - 量子コンピュータ入門 - 物理とか』が一番分かりやすかったです。混合と重ね合わせの違いについても、
\ket{+} = \frac{1}{\sqrt{2}}( \ \ket{0} + \ket{1} \ ) \tag{1}
という純粋状態と、「 $\ket{0},\ket{1}$ の状態が5割ずつ混ざりあったもの」の違いを考えてみましょう。
Z方向の固有状態 $\ket{0},\ket{1}$ のどちらが現れるか、またその確率、という観点から見てしまうと、全く同じように見えてしまいます。しかし、X方向の固有状態 $\ket{+},\ket{-}$ ではどうでしょうか。(1)式の $\ket{+}$ という状態は当然 $\ket{+}$ に確定した状態ですから、100%の確率で $\ket{+}$ が観測されます。しかし、「 $\ket{0},\ket{1}$ の状態が5割ずつ混ざりあったもの」では、X方向に観測しても $\ket{+},\ket{-}$ が5割ずつの確率で観測されるのです。
と具体例を見るのが分かりやすかったです。念のため、密度行列の式変形を確認しておきます。
純粋状態 $\ket{+}$ について、 $\ket{+},\ket{-}$ が観測される確率は、
\begin{alignat}{2}
\mathrm{Tr}( \ \ket{+}\bra{+}\ket{+}\bra{+} \ )
&= \frac{1}{4} \mathrm{Tr} \left( \begin{pmatrix}
1 & 1 \\
1 & 1 \\
\end{pmatrix}\begin{pmatrix}
1 & 1 \\
1 & 1 \\
\end{pmatrix} \right)
& &= 1 \\
\mathrm{Tr}( \ \ket{-}\bra{-}\ket{+}\bra{+} \ )
&= \frac{1}{4} \mathrm{Tr} \left( \begin{pmatrix}
1 & -1 \\
-1 & 1 \\
\end{pmatrix}\begin{pmatrix}
1 & 1 \\
1 & 1 \\
\end{pmatrix} \right)
& &= 0
\end{alignat}
「 $\ket{0},\ket{1}$ の状態が5割ずつ混ざりあったもの」について、 $\ket{+},\ket{-}$ が観測される確率は、
\begin{alignat}{2}
\mathrm{Tr}( \ \ket{+}\bra{+} \ ( \ \frac{1}{2}\ket{0}\bra{0} + \frac{1}{2}\ket{1}\bra{1} \ ) \ )
&= \frac{1}{4} \mathrm{Tr} \left( \begin{pmatrix}
1 & 1 \\
1 & 1 \\
\end{pmatrix}\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & 1 \\
\end{pmatrix} \right)
& &= \frac{1}{2} \\
\mathrm{Tr}( \ \ket{-}\bra{-} \ ( \ \frac{1}{2}\ket{0}\bra{0} + \frac{1}{2}\ket{1}\bra{1} \ ) \ )
&= \frac{1}{4} \mathrm{Tr} \left( \begin{pmatrix}
1 & -1 \\
-1 & 1 \\
\end{pmatrix}\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & 1 \\
\end{pmatrix} \right)
& &= \frac{1}{2}
\end{alignat}
また、混合状態の解釈ですが、確率的にしか測定できない量子状態が確率的に混合していると言われてもよく分からないので、あくまで測定の式変形で示されるとおり、測定結果の確率分布が重み付きで足し合わされる、と捉えるのが良さそうです。
というのも、『混合状態の純粋状態への分解の非一意性』によると、
その、説明すべきだった点とは、「混合状態を、純粋状態の古典的混合へ分解する仕方は、一意的でない」という事実である。この事実があまり認識されていない理由は、普通の量子論や統計力学の本で、混合状態を次のように説明しているからであろう:
誤った記述:ある量子系の状態が、確率 $w(a)$ で状態 $\ket{a}$ にあり、確率 $w(b)$ で状態 $\ket{b}$ にあるような状態を混合状態と呼び、それを密度演算子 $ρ=w(a)\ket{a}\bra{a} + w(b)\ket{b}\bra{b}$ で表す。
とあり、たしかに単なる確率という言葉で意味を捉えると、分解の一意性を暗に仮定してしまうからです。
たとえば、「 $\ket{0},\ket{1}$ の状態が5割ずつ混ざりあったもの」と「 $\ket{+},\ket{-}$ の状態が5割ずつ混ざりあったもの」は、どちらも同じ密度行列で表されます。
\begin{align}
\frac{1}{2} \ket{0}\bra{0} \ + \ \frac{1}{2} \ket{1}\bra{1}
&\ = \ \frac{1}{2} \begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & 1 \\
\end{pmatrix} \\
\frac{1}{2} \ket{+}\bra{+} \ + \ \frac{1}{2} \ket{-}\bra{-}
&\ = \ \frac{1}{2} \begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & 1 \\
\end{pmatrix}
\end{align}
4 量子計算(発展)
4.4 混合状態
一般に、状態 $\ket{\phi_i}$ を確率 $\lambda_i$ で混合した状態は
\rho \equiv \sum_i \lambda_i \ket{\phi_i} \bra{\phi_i}
という演算子で表される。
上記の $\rho$ は、常にトレースが $1$ の非負のエルミート演算子となることを示せ。
\begin{align}
\mathrm{Tr}(\rho)
&= \mathrm{Tr} \left( \sum_i \lambda_i \ket{\phi_i} \bra{\phi_i} \right) \\
&= \sum_i \lambda_i \mathrm{Tr} ( \ \ket{\phi_i} \bra{\phi_i} \ ) \\
&= \sum_i \lambda_i \bracket{\phi_i}{\phi_i} \\
&= \sum_i \lambda_i \\
&= 1
\end{align}
よって $\rho$ のトレースは $1$。
\begin{align}
\rho^\dagger
&= \left( \sum_i \lambda_i \ket{\phi_i} \bra{\phi_i} \right)^\dagger \\
&= \sum_i \lambda_i ( \ \ket{\phi_i} \bra{\phi_i} \ )^\dagger \\
&= \sum_i \lambda_i \ket{\phi_i} \bra{\phi_i} \\
&= \rho
\end{align}
よって $\rho$ はエルミート演算子。
$\rho$ の固有値 $a$ と固有状態 $\psi$ について、
\begin{align}
a
&= \bra{\psi} a \ket{\psi} \\
&= \bra{\psi} \rho \ket{\psi} \\
&= \bra{\psi} \left( \sum_i \lambda_i \ket{\phi_i} \bra{\phi_i} \right) \ket{\psi} \\
&= \sum_i \lambda_i \bracket{\psi}{\phi_i} \bracket{\phi_i}{\psi} \\
&= \sum_i \lambda_i \ | \bracket{\psi}{\phi_i} |^2 \\
&\geq 0
\end{align}
よって $\rho$ の固有値は全て非負。
$\rho$ がどのくらい「混合」しているのかを表す量として、 $S(\rho) \equiv \mathrm{Tr}(\rho^2)$ というものがある。 $S(\rho)$ は、 $\rho = I^{\otimes n} / 2^n$ のときに最小値 $1/2^n$ をとり、 $\rho$ が純粋のときに最大値 $1$ をとることを示せ。
$\rho$ はエルミート行列なので、固有値 $\lambda_i$ と、線形独立な固有ベクトル $\phi_i$ によって純粋状態に分解できる。
\rho = \sum_{i=1}^{2^n} \lambda_i \ket{\phi_i} \bra{\phi_i}
よって、
\begin{align}
\mathrm{Tr}(\rho^2)
&= \mathrm{Tr} \left( \ \sum_{i,j=1}^{2^n} \lambda_i \lambda_j \ket{\phi_i} \bracket{\phi_i}{\phi_j} \bra{\phi_j} \ \right) \\
&= \mathrm{Tr} \left( \ \sum_{i=1}^{2^n} \lambda_i^2 \ket{\phi_i} \bra{\phi_i} \ \right) \\
&= \sum_{i=1}^{2^n} \lambda_i^2
\end{align}
全ての $\lambda_i$ が $1/2^n$ ならば最小値 $1/2^n$ をとり、どれが一つの $\lambda_i$ が $1$ ならば最大値 $1$ をとる。
図4.4の量子回路において、一番上の量子ビットを測定したとき、 $0$ が得られる確率は、
\frac{1 + \mathrm{Tr}(\rho \sigma)}{2}
であることを示せ。このような回路は、二つの量子状態 $\rho$ と $\sigma$ がどのくらい「近い」かを知ることができるものであり、SWAPテストなどとよばれて非常によく使われる。
SWAPテストの回路を $U$ と置くと、
\begin{align}
U
= \ &( \ H \otimes I \otimes I \ )( \ \ket{0}\bra{0} \otimes I \otimes I + \ket{1}\bra{1} \otimes SWAP \ )( \ H \otimes I \otimes I \ ) \\
= \ &\frac{1}{2} ( \ \ket{0}\bra{0} + \ket{0}\bra{1} + \ket{1}\bra{0} + \ket{1}\bra{1} \ ) \otimes I \otimes I \ + \\
&\frac{1}{2} ( \ \ket{0}\bra{0} - \ket{0}\bra{1} - \ket{1}\bra{0} + \ket{1}\bra{1} \ ) \otimes SWAP
\end{align}
よって求める確率は、
\begin{align}
&\mathrm{Tr} \left( \ ( \ \ket{0}\bra{0} \otimes I \otimes I \ ) \ U \ ( \ \ket{0}\bra{0} \otimes \rho \otimes \sigma \ ) \ U^\dagger \ \right) \\
= \ &\mathrm{Tr} \left( \ ( \ I \otimes I \ ) \frac{1}{2} ( \ I \otimes I + SWAP \ ) \ ( \ \rho \otimes \sigma \ ) \frac{1}{2} ( \ I \otimes I + SWAP \ ) \ \right) \\
= \ &\frac{1}{4} \mathrm{Tr} \left( \ ( \ I \otimes I + SWAP \ ) \ ( \ \rho \otimes \sigma \ ) \ ( \ I \otimes I + SWAP \ ) \ \right) \\
= \ &\frac{1}{4} \left( \ \mathrm{Tr}(\rho) \mathrm{Tr}(\sigma) + \mathrm{Tr}((\rho \otimes \sigma) \ SWAP) + \mathrm{Tr}(SWAP \ (\rho \otimes \sigma)) + \mathrm{Tr}(\rho) \mathrm{Tr}(\sigma) \ \right) \\
= \ &\frac{1}{4} \left( \ 1 + \mathrm{Tr}(\rho \sigma) + \mathrm{Tr}(\rho \sigma) + 1 \ \right) \\
= \ &\frac{1 + \mathrm{Tr}(\rho \sigma)}{2}
\end{align}