デジタル署名とは何か
デジタル署名は、デジタルデータが「誰によって作成されたか」と「改ざんされていないか」を証明する技術です。これは現実世界の手書きサインや印鑑に相当しますが、デジタルの世界ではコピーや偽造がより困難な数学的な仕組みを使用します。
解決したい課題
デジタル署名が解決する主な問題は以下の2つです。
認証(Authentication): このメッセージは本当にAさんが送ったものなのか?
完全性(Integrity): メッセージが途中で改ざんされていないか?
例えば、メールで「100万円振り込んでください」という内容が届いた時、それが本当に正当な相手からのものか、金額が書き換えられていないかを確認する必要があります。
公開鍵暗号の基礎知識
デジタル署名を理解するには、まず公開鍵暗号の仕組みを知る必要があります。
公開鍵暗号では、数学的に関連した2つの鍵を使用します。
- 公開鍵: 誰でも知ることができる鍵
- 秘密鍵: 本人だけが知っている鍵
重要な性質として、「秘密鍵で暗号化したものは、対応する公開鍵でのみ復号できる」ということがあります。これがデジタル署名の核心部分です。
デジタル署名の作成プロセス
Step 1: ハッシュ値の計算
まず、署名したいメッセージ(文書やファイル)からハッシュ値を計算します。
ハッシュ関数は、任意の長さのデータを固定長の値(ハッシュ値)に変換する一方向関数です。例えばSHA-256を使用すると、どんな長さの文書でも256ビット(32バイト)のハッシュ値になります。
元のメッセージ: "重要な契約書の内容..."
↓ SHA-256ハッシュ関数
ハッシュ値: a1b2c3d4e5f6...(32バイトの値)
ハッシュ関数の重要な性質:
- 同じ入力からは常に同じハッシュ値が生成される
- わずかでも入力が変わると、ハッシュ値は大きく変わる
- ハッシュ値から元のデータを復元することは実質的に不可能
Step 2: 秘密鍵による暗号化
計算されたハッシュ値を、署名者の秘密鍵で暗号化します。この暗号化されたハッシュ値が「デジタル署名」となります。
ハッシュ値: a1b2c3d4e5f6...
↓ 秘密鍵で暗号化
デジタル署名: x9y8z7w6v5u4...
デジタル署名の検証プロセス
受信者がデジタル署名を検証する手順を説明します。
Step 1: 公開鍵の入手
まず、署名者の公開鍵を入手します。これは通常、デジタル証明書の形で配布されます。
Step 2: 署名の復号
受信したデジタル署名を、署名者の公開鍵で復号します。正しい署名であれば、元のハッシュ値が復元されます。
デジタル署名: x9y8z7w6v5u4...
↓ 公開鍵で復号
復号されたハッシュ値: a1b2c3d4e5f6...
Step 3: ハッシュ値の再計算
受信したメッセージから、同じハッシュ関数を使用してハッシュ値を再計算します。
受信したメッセージ: "重要な契約書の内容..."
↓ SHA-256ハッシュ関数
再計算されたハッシュ値: a1b2c3d4e5f6...
Step 4: 比較による検証
復号されたハッシュ値と再計算されたハッシュ値を比較します。
復号されたハッシュ値: a1b2c3d4e5f6...
再計算されたハッシュ値: a1b2c3d4e5f6...
↓
一致 → 署名は有効(認証と完全性が確認された)
具体的な例で理解する
Alice が Bob に重要な文書を送信する場合を考えてみます。
署名作成(Alice側)
- Alice が文書「来月の予算は500万円です」を作成
- この文書のSHA-256ハッシュ値を計算:
abc123...
- Aliceの秘密鍵でハッシュ値を暗号化:
xyz789...
- 元の文書とデジタル署名
xyz789...
をBobに送信
署名検証(Bob側)
- Bobが文書とデジタル署名を受信
- Aliceの公開鍵(事前に入手済み)で署名
xyz789...
を復号:abc123...
- 受信した文書「来月の予算は500万円です」のハッシュ値を計算:
abc123...
- 復号結果と再計算結果が一致 → 署名有効
もし途中で文書が「来月の予算は5000万円です」に改ざんされていた場合:
- 改ざんされた文書のハッシュ値:
def456...
- 復号されたハッシュ値:
abc123...
- 値が不一致 → 改ざんが検出される
デジタル証明書との関係
実際の運用では、公開鍵の真正性を保証するためにデジタル証明書が使用されます。
デジタル証明書には以下が含まれます:
- 証明書の所有者の情報
- 所有者の公開鍵
- 証明書の有効期限
- 認証局(CA)のデジタル署名
認証局は信頼できる第三者機関で、「この公開鍵は確かにAliceのものです」ということを自身のデジタル署名で保証します。これにより、公開鍵の偽造を防ぐことができます。
まとめ
デジタル署名は、「秘密鍵で暗号化したものは対応する公開鍵でのみ復号できる」という公開鍵暗号の性質と、「わずかな変更でも大きくハッシュ値が変わる」というハッシュ関数の性質を組み合わせた仕組みです。
これにより、デジタルデータにおいても現実世界の署名と同様の法的効力を持つ認証手段を実現しています。現在では、電子契約、ソフトウェアの配布、電子メールなど、様々な場面でデジタル署名が活用されています。