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この世界で最も美しい理論 ガロア理論

Last updated at Posted at 2023-12-17

はじめに

今日はガロア理論というものを紹介する。普段Physics Labのゼミにもそんなに積極的に参加していない私だが,在学中に一度は物理学科の名前を借りてこういうのを書いてみたいと思ったのだ。とは言ってもガロア理論は物理学には全く関係なく,純粋な数学の話題である。読者の対象には,大学の理系の1,2年で習う数学はわかるという程度の人を想定しているが,数学がわからない人でも雰囲気を読み取れるようにするつもりである。

ガロア理論とは???

本稿に目を通していただいてる方の中にはガロア理論について少し聞いたことある人もいれば,全く初耳だという人ももちろんいると思う。ガロア理論の「ガロア」はフランスのエヴァリスト・ガロアという数学者からその名が付けられている。そしてガロア理論は「体」という集合に関する理論である。

面白いことに,ガロア理論から5次以上の方程式に解の公式がないことや,ある正多角形が定規とコンパスで作図できる条件がわかるのだ。ガロア理論自体は非常に抽象的な理論なのだが,そこから具体的で基本的なことがわかるのが面白い!

とは言っても,数学アレルギーの読者のみなさんは「急になに興奮してんだこいつは、」と冷ややかな感想をお持ちになるに違いない!先に謝っておくと,本稿は後半になるにつれて次第にそういった数学アレルギーのみなさんを置いてけぼりにする予定である。ごめんなさい。しかし,1行でも多く本稿を読んでいただくために,ガチ数学に入る前にガロアという数学者の一生について紹介しておくことにする。

史上最高の天才 ガロア

ガロア(1811~1832)はフランスの数学者で,その生涯で主に群論,体論において先駆的な研究を行なった。幼い頃からその才能を発揮し、17歳の頃にはすでに論文を書いていたらしい。見方によっては,彼の能力はオイラーやガウス,ラマヌジャンといった人類史上最も素晴らしい数学者たちと比較しても遜色がない。

しかし,2度も受験に失敗し,コーシーやフーリエ,ポアソンといった当時の大数学者たちにも評価されなかった彼は数学者として不遇だったといえる。ガロアは生きている間に数学者として評価されることはなかったが,彼の仕事はのちにリウビルなどの手によって世に広められ,デテキントをはじめとした数学者たちによって洗練されていった。

びっくりするのは,彼は20歳の若さでその一生に幕を引いたことである。実際のところどうだったのかははっきりしないが,一説によるとガロアはある女性を別の男と取り合い決闘の末致命傷を負い,その短すぎる一生を終えたようだ。彼は決闘に臨む前に自分の死を悟り,遺書などを残していたらしい。また,彼は数学者の他に革命家という顔も持ち合わせており,決闘の数ヶ月前に共和主義者としてデモを行い投獄されている。数学を愛し,自分の政治的理想のために命を賭したガロアは生粋の理想主義者だったのかもしれない。

とここまで書くと何だか美談のようだが,個人的には人類史上最高とも言える天才を宿したガロアが,その才能を十分生かすことなく身勝手に命を落としたことに失望している。まあいないとは思うがガロアの生涯に興味がある人は,参考文献 [1] に示した「ガロア 天才数学者の生涯」(加藤文元著,角川ソフィア文庫)の一読をお勧めする。

数学の用語の解説

そんな彼の遺した大定理である「ガロアの基本定理」を紹介する前に,いくつか数学の用語の紹介をする。

集合

現代数学の用語は全て集合の言葉として定義される。集合とは,簡単にいうと物の集まりのことである。例えば,$\mathbb{N}=\lbrace 0,1,2,...\rbrace$ は集合であり,日本語で自然数という名前がついている。

集合には足し算(和)や掛け算(積)などの演算が定義できる。1種類の演算(和でも積でもよい)が性質よく定まった集合のことを「群」という。2種類性質よく定まったものを「環」という。群はしばしば回転や置換などの数学的操作をスッキリ記述するのに用いられるが,抽象数学ではむしろ数学的概念の分類によく使われる。例えば,図形を分類するときに,図形に付随する「ホモトピー群」や「ホモロジー群」が同じかを見るだけで解決するようなケースがある。数学的概念はしばしばその心に群を宿している。

本稿で出てくる群は「ガロア群」である。後述の「体」のガロア拡大を考えるときに,「ガロアの基本定理」の与える対応によって,ガロア群を考えると都合がいいことがわかる。ガロア群とは体から体への自己同型写像の集まりで,ここで理解する必要はない。むしろ強調したいのは,ここではそのような非常に抽象的な集合を考えているということである。

「体」とは「環」の中でも性質がいいもののことだが、むしろお馴染みの実数や複素数と同じように,四則演算が普通にできるものと考えてもらうとわかりやすい。実際,体とは有理数を含むようなお馴染みのものか,mod pで考えるような体のどちらかしか存在しないことがわかっている。体を考える体論の問題としては,ある体を拡大して得られる体の性質や,その拡大自体の性質に関するものが多い。体の拡大とは実数を拡大すると複素数になるように,小さい体から大きな体へパワーアップ(?)させるような操作のことである。体の拡大の中で特に「正規性」と「分離性」という2つの性質を満たす物のことをガロア拡大という。

ガロアの最高傑作 「ガロアの基本定理」

ガロアの基本定理は以下のステートメントで与えられる。


ガロアの基本定理

$L/K$ を有限次ガロア拡大とする。$\mathbb M$ を $L/K$ の中間体の集合,$\mathbb H$ を $\mathrm{Gal}(L/K)$ の部分群の集合とするとき,次の(1)-(3)が成り立つ。

(1)
次の2つの写像

\begin{align}
\mathbb{M}&\ni M \mapsto H(M)\in \mathbb H\\
\mathbb{M}&\ni M_H \mapsto H\in \mathbb H
\end{align}

は互いの逆写像である。ここで

\begin{align}
H(M)&=\lbrace g\in\mathrm{Gal}(L/K)\,|\,^\forall x\in M,\,gx=x\rbrace\\
M_H&=\lbrace x\in L\,|\,^\forall g\in H,\,gx=x\rbrace
\end{align}

である。

(2)

$M_1,M_2\in\mathbb M$ がそれぞれ $H_1,H_2\in\mathbb H$ と対応するとき,

\begin{align}
M_1\subset M_2 &\Longleftrightarrow H_1\supset H_2\\
M_1\cdot M_2 &\longleftrightarrow H_1\cap H_2\\
M_2\cap M_2 &\longleftrightarrow \langle H_1,H_2\rangle
\end{align}

なおここで,$\longleftrightarrow$は(1)で成り立つ対応を,$\langle H_1,H_2\rangle$ は $H_1,H_2$ で生成される部分群を表す。

(3)
$M\in \mathbb M$ が $H\in\mathbb H$と対応し,$\sigma\in\mathrm{Gal}(L/K)$ なら,

\begin{align}
\sigma(M) &\longleftrightarrow \sigma H\sigma^{-1}\\
M/K\text{がガロア拡大} &\Longleftrightarrow H\triangleleft\mathrm{Gal}(L/K)\\
\end{align}

また,$H\triangleleft\mathrm{Gal}(L/K)$ なら,$\mathrm{Gal}(L/K)$ の元を $M$ に制限することにより,$\mathrm{Gal}(M/K)\simeq\mathrm{Gal}(L/K)/H$ が成り立つ。


とここまで書くとちょっとなにをいっているのかわからない。以下ではこの定理のお気持ちを説明する。(1)がこの定理の中心となる主張である。(1)では,ガロア群の部分群と体の拡大の中間体が一対一対応していると述べている。数学ではこのように,一見何の関係もなさそうな2つの概念が一対一対応しているというのが一番嬉しい。(2)と(3)は,(1)の対応づけがさらに嬉しい性質を持っているという主張である。特に(3)は,「正規部分群」とガロア群が対応しているという主張で,とてつもなく美しい。

次にガロア理論を用いて体論の問題に取り組む例を述べる。

Galois.jpg
(図は参考文献[2]から引用)

先ほど述べたように,体論の問題では体の拡大を考える。今有理数体 $\mathbb Q$ に$\sqrt[3]{2}$ と $\omega$ を付け加えた拡大体 $\mathbb Q(\sqrt[3]{2},\omega)$ を考えることにしよう。このとき例えば,$\mathbb Q$ と $\mathbb Q(\sqrt[3]{2},\omega)$ の拡大の中間体,すなわち $\mathbb Q$ よりも大きく$\mathbb Q(\sqrt[3]{2},\omega)$ よりも小さい体を全て決定したいとする。このようなときに,$\mathbb Q$ から $\mathbb Q(\sqrt[3]{2},\omega)$ への拡大$\mathbb Q(\sqrt[3]{2},\omega)/\mathbb Q$ のガロア群 $\mathrm{Gal}(\mathbb Q(\sqrt[3]{2},\omega)/\mathbb Q)$ を考えると都合がいい。

計算により,$\mathrm{Gal}(\mathbb Q(\sqrt[3]{2},\omega)/\mathbb Q)=\mathfrak{S}_3$ がわかる。ここでガロアの基本定理(1)より、$\mathrm{Gal}(\mathbb Q(\sqrt[3]{2},\omega)/\mathbb Q)=\mathfrak{S}_3$ の部分群と中間体が一対一に対応する。$\mathfrak{S}_3$ の部分群を求める問題は群論において基本的である。結局上の図のような対応が成り立つことがわかり,見事拡大 $\mathbb Q(\sqrt[3]{2},\omega)/\mathbb Q$ の中間体が全て決定できるわけである。

ガロアの基本定理の応用

方程式論

ガロア理論のとても有名な応用として,方程式論がある。中学生の算数習った2次方程式の解の公式の形を思い出してもらうと,ルートを使って書かれていた。このように,方程式の解が有限個のルートを使って書かれていることを「べき根で解ける」という。では3次以上の方程式はべき根で解けるだろうか?実は3次,4次の方程式はべき根で解けて,5次以上の方程式は解けないのである。ガロア理論を使って,そのことを華麗に証明することができる。


定理

$K$を標数0の体,$f(x)\in K[x]$ とするとき,次の(1),(2)は同値である。
(1)方程式 $f(x)=0$ はべき根で解ける。
(2)$f(x)$ の $K$ 上の最小分解体 $L$ のガロア群 $\mathrm{Gal}(L/K)$ は可解群である。


上の定理で標数や最小分解体という知らない用語が出てくるが気にしなくて良い。重要なのは,$n$次方程式($n\geq 5$)について(2)のガロア群がどうなるかだが,$\mathrm{Gal}(L/K)=\mathfrak{S}_n$ となることが知られている。また,$\mathfrak{S}_n$ は可解群ではないので,次の系を得る。


$f(x)$が5次以上の多項式ならば,方程式$f(x)=0$はべき根で解けない。


ガロア理論自体は非常に抽象的な理論だが,このようにして5次以上の方程式がべき根で解けない($\fallingdotseq$ 解の公式が存在しない)ことがわかった!!!

誤解されやすいのだが,上の系を最初に証明したのはガロアではなくアーベルである。しかしガロア理論を使わない全く別のアプローチを用いている。ガロア理論を用いた証明の意義は,それがアーベルの証明よりも一般的で応用範囲の広い方法を提供したことである。

作図理論

最後にガロア理論のもう一つの応用として,作図理論を紹介する。作図理論とは,ここでは目盛のない定規とコンパスのみを用いてどんな図形作図できるかを考える理論を指す。実は最初に $(0,0)$ と $(1,0)$ が与えられたとき,$\mathbb{Q}$ 上作図可能な座標全体からなる集合は体になる。このことから,ガロア理論を適用すると以下のようなすごい定理が得られる。


定理

次の(1),(2)は同値である。
(1) 正$n$角形は作図可能である。
(2) $n=2^{i_0}p_1^{i_1}\cdots p_m^{i_m}$ と素因数分解したとき,$i_1=\cdots =i_m=1$ であり,$p_1,...,p_m$ はフェルマー素数である。


フェルマー素数とは,$p=2^k+1$ という形をした素数のことであり,現在$p=3,5,17,257,65537$ が見つかっている。これ以外のフェルマー素数が存在するかどうかは2023年現在未解決問題である。この定理は正多角形の作図可能条件を与えるのみならず,それがフェルマー素数と結びついているということを示すという点で素晴らしく興味深い。

おわりに

本当は群の定義から始めて self-contained なガチ数学を書こうと思ったが,そんなん誰が最後まで読むねん!と思い直しゆるめの内容にした(まあそれでも何人がこの「おわりに」まで読んでくれているか疑問ではあるが...)。

最後にここまで読んでくれた読者と,一緒に3年間代数学を学んでくれた仲間に感謝を述べて本稿を締めようと思う。

参考文献

[1] 加藤文元(2020),『ガロア 天才数学者の生涯』,角川ソフィア文庫
[2] 雪江明彦(2010),『代数学2 環と体とガロア理論』,日本評論社

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