1. はじめに
電子書籍版「第一世代のQAエンジニア(技術書典)」の「はじめに」で書いたように、価値提供のプロセスを止めないようQAエンジニアは品質保証兵站を継続的に整備します1。
- 開発に使用する機材やツールの開発、調達
- 静的解析ツールやBTSをはじめとするソフトウェア開発基盤の運用、保守
- 新しい開発プロセスの導入
機材やツールの調達にお金を使ったり新しい開発プロセスのトレーニングに開発者の工数を充てたりするため、QAエンジニアはお金や工数を上手に使える必要があります。
2. 予防コスト・評価コストの使い方に現れる品質文化
第一世代のQAエンジニア(3)品質コストで開発チームの成長を促す取り組みの一例として静的解析ツールの導入・運用を取り上げました。
静的解析ツールの費用は評価コストですが、静的解析の効果の一つに「開発中に学習することで欠陥を予防する。2」がありここに注目すると予防コストになります。
品質コストマネジメントは「適正な予防・評価コストの配分により,失敗コストの最小化を図るのが基本3」ですが、予防コストや評価コストの扱い方で組織の品質文化が浮かび上がってきます。
- 古典的な品質コストモデル/TQMモデルの品質コストモデル
- 隠れた品質コストや機会損失を過小評価する/しない
- 予防コストや評価コストを「コスト」と捉えて最小化する/品質向上のために「投資」する
- 品質向上の投資のハードルが高い/低い
3. QAエンジニアは予防コスト・評価コストを上手に使えるようになろう
組織の品質向上のための投資のハードルが低くても提案の仕方がイマイチだとGoが出ません。組織(スポンサー)と利用者(開発者やテストエンジニア)がWin-Winとなるように提案します。
3.1 静的解析ツールの例
静的解析ツールでいえば例えば次のようなメリットを数字を付けて提案します4。
- コスト削減:ソフト開発の早い段階で問題を見つけることができるため、コストを削減できます。
- リスク削減:一度発見したバグに関しては、以降の開発でもあらかじめ見つけることができるため、時間的なリスクを回避できます。
- 機会損失の削減①:静的解析ツールは動的テストでは簡単に見つからない欠陥の摘出が得意です。静的解析ツールを使わず動的テストでこのようなバグがすり抜けると顧客や市場の不評を招き、ひいては将来の売上減や利益の喪失になります。当たり前品質不足に起因する機会損失を、静的解析ツールの導入により削減します。
- 機会損失の削減②:修正が難しいバグの修正をベテラン開発者につい頼ってしまうことがありますが、若手や中堅の開発者が静的解析ツールを通してスキルアップし難易度の高いバグ修正を彼らができるようになるとベテラン開発者の工数を新機能の開発といった価値の高い業務に割り当てられるようになります。静的解析ツールの導入は魅力品質の向上に寄与し、魅力品質不足に起因する機会損失を削減します。
ツールは開発者が継続的に利用して成果を出し続けられるようフォローが欠かせません。導入計画、利用者ガイド作成、トレーニングなどの段取りも併せて立案します。
3.2 収益性の向上、コスト削減、リスク軽減
LEADING QUALITY(Ronald Cummings-John 著, Owais Peer 著, 河原田 政典 訳)、p.25に次のようにあります。
まず収益性を考えて議論し、そこからコスト削減やリスク軽減と結びつけて品質を語るという方法を理解することは、品質チームをコストセンターとしてではなく、企業の成長に貢献する資産として見てもらうための重要なステップである。
LEADING QUALITYは収益性の向上→コスト削減・リスク軽減という順序を示していて、ここだけでも読んで得るものがありました。ただ、稟議にあたって収益性の向上、コスト削減、リスク軽減をどの順番で提示するかはプロダクトの特徴や話を持って行く先、組織の品質文化に合わせるのが良いでしょう。
- LEADING QUALITYでは収益性向上の一つに市場投入にかける時間の改善が挙げられていますが、組み込み系は日程はハードウェア側で引いていてファームウェアが早くできたからといってソフトウェア側で市場投入日を前倒しすることはありません。
- 最終決裁者に理解してもらいやすい順番にするのはよいアイデアです。最終決裁者が味方についてくれたらとっても心強いですよね。
あくまでも目的は成果を出すことであり、予算を得るところでつまずいて成果を出せないのは本末転倒です。
3.3 エンジニアのためのアイデアを組織に導入する提案の技術
「エンジニアのためのアイデアを組織に導入する提案の技術(ビジネスしろくま 著)」で技術書の購入や新しいソフト開発プロセスの導入提案などを題材に次の技術が紹介されていて、参考になると思いました。
- ベネフィットを伝える
- 相手の関心に合わせる
- アイデアに詳しくなる
- 信頼を獲得する
- 問題を聞く
- 時期を合わせる
- 影響を示唆する
- 解決した未来を聞く
- 学んだことを実践する
- 試算する
4. おわりに
品質コストには次のような指摘があります。
- 品質に関係してよく論じられる品質コストは、しばしば「当たり前品質」による失敗のコストや、予防・評価のコストのみを対象とし、「魅力的品質」が産み出す利益に触れることがない欠点を持っている。5
- 「わが国の品質コストマネジメントの現状と課題」として1.失敗コスト偏重型の品質コストマネジメント、2.機会損失の軽視、が挙げられ6、隠れた品質コストの見える化が提言されている7。
当たり前品質の不足は不満を招きますが顧客が「不満がない」ことと「満足している」ことはイコールではありません。バグを修正して当たり前品質の穴をふさぐのは大事ですが顧客に選んでもらえる魅力があることも大事です。当たり前品質と魅力品質は対立項ではありません8。
そこで本稿では静的解析ツールの導入を題材にコスト削減、リスク削減に加えて機会損失の削減として①当たり前品質の向上、②魅力品質の向上、を挙げました。なかでも魅力品質のもととなる設計品質9の向上は注力したいところです。
「価値提供のための運営基盤の整備及び推進」を担う品質部門10はその役割の一つに組織の人々の力量開発の支援を含むことがあり、QAエンジニアは設計品質や製造品質を向上できるよう予防コストや評価コストを上手に投資することが期待されます。
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役目を終えた開発プロセスの廃止といった「廃棄」もありますが本稿では調達や導入にフォーカスします。 ↩
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ISTQBテスト技術者資格制度 Foundation Level シラバス 日本語版 Version 2011.J02, p.39 ↩
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コストマネジメント入門(伊藤嘉博 著), p.161 ↩
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「コスト削減」「リスク削減」は"静的解析ツール 投資対効果"でGoogle検索して一番目の記事「 話題のあの人にインタビュー!(AD)効果的な静的解析ツールを選ぶ3つのポイントとは? (2/2)|CodeZine(コードジン)」から引用。 ↩
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品質とモチベーション(近藤良夫 著), p.18 ↩
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中小企業経営に生かす品質コストマネジメント(伊藤, 2016, 日本政策金融公庫 調査月報 2016/9 pp.4-15) ↩