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転職を繰り返したエンジニアの末路: ソフトウェアエンジニアとして海外で働く(外資系のすゝめ)

注意

 老害ポエムなので、大きな心を持った暇な方だけ読んでください。単なる自己満足で書いています。

はじめに

 キャリア相談をされることが実子・同僚・後輩などから増えてきた。大学院でキャリア授業のケースとして使われたこともある。「ジジイの話を聞いてくれるのは、最大の接待」という言葉もある。自分も弁えているつもりだ。そんなんでも、エンジニアとして20-30年後の姿として参考にしてくれるのは嬉しいし誇らしい。ここでは、ソフトウエアエンジニアの肩書を持ったジジイが老害ポエムを炸裂させたい。老害ポエムの内容としては、ソフトウエアエンジニアとしての仕事の内容や転職の様子、当時のメンタリティなど書き綴ろう。幸いにして、当時の同僚の一部とはいまだに交流があるので、その当時の内容で思い違いがあれば訂正を含めてアップデートしていく。

経歴と経験

 タイトルのとおり、転職の数は多いです。自分の意志で転職したこともあるし、買収(M&A)で会社が変わった場合もあります。都立工業高専の電気工学科(当時)の卒業から今までの歩みを振り返ってみます。

一社目: 日本精工

 新卒で入社した会社、一部上場の大手企業だが、当時の高専卒は大卒、院卒とほぼ同等の扱い(総合職採用)を受けた。その後のキャリアについては、なんとも言えない。なんせ、その場から立ち去ってしまったからだ。機械部品では有名な会社なので、ソフトウエアはおろか電気系のエンジニアも少なかった。そんな中でソフトウエアを仕事としたのはかなりきつかった。上司ももちろん機械科卒。学芸大付属から慶応の機械科だ、「学生運動のアオリで東大に受験できなかったんだよ。」のセリフは今でも忘れられない。実験データの整理用の内製アプリの設計を命じられたが、当時ポピュラーであったC言語ではなく、BASICで組むように命じられたのにかなり反発したことを覚えている。並行して 「エアバッグの衝突判断組み込みプログラムの開発」 これは、当時の部署が自動車用の乗員安全部品のシートベルトの巻取り機などを設計・開発・製造したことからの延長線上にあったからだ。ただ、新卒すぐの素人に新製品の開発はできない。そこで実習用のマテリアルとして、BOSCHの英文のエアバッグのマテリアルが渡された。それを翻訳・理解するのが仕事となった。当時の高専卒は技術力はそれなりに評価されたが、英語力が致命的にないことが、よく話題に登ったことを覚えている。自分もご多分に漏れず、それだ。かなり苦労したのを覚えている。
 さて、転職のキッカケをそろそろ書いてみたい。大企業の例にもれずに、総合職は転勤がある。工場勤務を命じられた、生産技術課である。当時はPLCによるラダー記述で生産設備を動かしていた。慣れない工場勤務とやってみたい仕事のギャップに苛まれ、体調不良になったのが直接の理由だ。

二社目: BOSCH

 およそ、クルマについて興味のある人、内燃機関の動作の説明をデキる人ならこの会社を知らない人は居ないはずだ。日本精工時代にBOSCHのマテリアルでエアバッグの技術習得をしたと書いたが、これは全くの偶然である。BOSCHでの肩書は Application Engineer である。主として、ポストセールス、つまり自社製品が売れた後にお客さんとやり取りして客先での製品として形作っていく。反対はプリセールスである、コレについては後述する。

英語力

 日本人(エンジニア)が持つ外資系への転職での最大の懸念点は、「英語力」 だろう。コレについての自分なりの答えは「(最初に入った外資系なので)今は出来なくても、どこかで業務に支障なく出来るようにする。」だ。この答えは、英語で外人とコミュニケーションを取ったことのない同僚たちからは、ほぼ賛同を得ている。また、転職する会社にコレさえコミットすれば、不問にされることが多いし、この様に尋ねられることもままある。幸い、当時のドイツ人の上司は「寿司屋の湯呑の魚偏の漢字がすべて読めるほどの日本語力」なので、コミュニケーションに苦労することはなかった。面接も日本語だったが、上記のコミットは求められた。これは当然だろう。コレをどれだけ早く通過出来るかが、その後の仕事の品質に直結する。面白かったのは、同じチームにインド人が二人いた。彼らが言うには、「日本語を勉強しているので可能な限り、日本語で会話をして欲しい。」だ。見上げたものだ、英語が苦手なこちらとしては大助かりだ。ただ、細かいニュアンスを伝えるのは難しい。Weeklyのチームミーティングの時に当時の上司はミーティング内の言語を週毎に日本語と英語を切り替えて行った。当時、これがどれだけ眩しく見えたことか…自分がリーダになった時には実現しようと誓ったが、およそ20年後には実現することが出来た。今考えれば、外資系に籍を置き続ければ自然に出来ることだとは思うが。

業務内容

 仕事内容は初期の頃は、EMS(Engine Management System)のファンクション設計・実装・テスト・(適合)だ。具体的に言うと、トヨタのエンジンにBOSCHのEMSを接続する場合にそのエンジン特性に合わせて、新規の制御や既存制御の改造(適合)が必要になる。先に述べたポストセールスの要である Application Engineer が、これらの作業を行う。次の仕事は適合ツールのサポートである。例えとしては、高価なCADツールの販売とサポートだろうか?

転職理由

 ここも転職に関心のある人には興味があることかも知れない。先に述べたとおり、主な業務がサポートになりソフトウェア開発からは遠ざかってしまった。また、この頃から急速に勃興してきた携帯電話ビジネスへ挑戦したくなったのも理由の一つだ。コレは経験者ならわかると思うが、一度転職をしてみるとカジュアルに転職することが出来るのだ。

三社目: NOKIA

 ソフトウエアエンジニアとしての基礎を学び直しできたのは本当に大きい。業務、トレーニング、福利厚生など、どの部分を切り取っても一流だと思う。携帯電話ビジネスの成長と共に完全に同期して成長した会社である。その後はスマホの台頭で衰退していく、これは「イノヴェーションのジレンマ」として多くのケースになっていて、隠しようがないことなのだが…

業務内容

 大きく2つに分けられる。1つ目はSymbian携帯電話のGUIのテストツールの開発。当時の肩書は「Sr. Deign Engineer」である。デザインエンジニアはヨーロッパだと割とポピュラーな肩書のようだ。プロジェクトが終わるとそのプロジェクトのメンテを行うか、違うプロジェクトに参加する。違うプロジェクトに参加する場合はスカウトされるか社内公募に応募する。自分は後者を選び、「カメラとLCDの評価システムの開発」、サブの仕事として、「ノキアに売り込みに来た各種技術の評価」をやった。「評価システムは」WindowsPCにカメラインターフェイスとLCDを接続し、中のソフトをWindowsのNativeソフトとエミュレータ上で動作させるシステムだ。画像処理部分をC++で記述して、リコンパイルして、エミュレータや実機で動作させるのだ。一方の「技術評価」は売り込まれる様々な技術のスクリーニングを行う。評価に値する真面目な技術ももちろんたくさんあったが、中には「無限に電流を流せる電池」とか「『シャノン定理』をガン無視した『圧縮アルゴリズム』」などのトンデモ技術もあった。今でも時々、思い出し笑いしてしまうのだ。

ソフトウェアトレーニング

 座学的なものはソフトウエア工学の授業のようなものやツールの使い方などだ。数多くあったが、あまり印象に残っているのはない。出色の出来だったのが「ソフトウェアインテグレーションのトレーニング」だ。これをレゴ・ブロックを使って行うのだ。少し記憶違いもあるかも知れないが以下の通りだ。

  1. 結構な数のブロックピースを使う恐竜のレゴキットがある
  2. これを「頭部」「胴体」「手・腕」「脚」「尻尾」の部分をそれぞれのチームが組み立てる
  3. インテグチームが別に居て、それぞれの部分を接続するためのインターフェイスを定義する
  4. 各チーム間で、直接のコミュニケーションをしてはいけない
  5. 各チームは自分のパート(恐竜の各部)が出来たら、インテグチームに提出する
  6. インテグチームは全部のパーツが揃ったところで、判定員に申告し目の前で恐竜の各部のインテグ作業に入る
  7. 判定員がちゃんと組み上がるかの判定を行う
  8. 1-7を複数のチームで競わせる

以上のような流れだったと思う。

 トレーニングの意図はインターフェイスの重要性と各部位は(様々なサイトで)完全に非同期に開発される、リソースが必ずしも十分でない、ということを学ぶ。定期的にこのトレーニングを世界中のソフトウエアエンジニアをフィンランドに集めておこなうのだ。チームは各国のエンジニアと「レゴの組み立ての上手いやつ」の混成チームをその場でつくる。念入りなことに、このトレーニングの前に各人にまっさらな小さなレゴキットが渡される。このレゴキットの組立時間を測定する。先に述べた「レゴの組み立ての上手いやつ」は、ここで測られるわけだ。

 もう一つ印象に残っているのは、UMLのトレーニングを「スリーアミーゴ」が世界中を回って自ら行うのだ!もちろん、疑問点やUMLの背景を直接質問することも出来た。その後にそれなりの会社に転職して、様々な素晴らしいトレーニングを受ける機会があったが上記に勝ることはなかった…

福利厚生

 グローバルの福利厚生で特に印象に残っているのは、NOKIAがPMC(Private Military Contructor)的な組織とサポート契約(もしかすると、旅行保険の付帯項目だったのかも知れない)して、社員の安全を確保するというものがあった。初めて海外出張をする場合は、それのトレーニングをうける。その時にGSMの携帯電話(3Gが普及する前)とそのPMCのホットラインの番号が書かれたカードを渡される。+44で始まっているので、UKが本部なのだろうか?緊急時にはここに電話しろと言われる。トレーニングでは、インドネシアの地震の時に実際に救出活動を行ったエピソードなどが披露されたような記憶がある。この話を就活中の長女に話したら、にわかに信じられないようなリアクションだった。これを使ったことのある元同僚と呑む時に同席した長女と長男にその同僚がエピソードを話してくれた。カルロス・ゴーンの逃亡劇の話が出る度にこの「福利厚生」を思い出してしまうのだ。

四社目: Infineon technologies

 Infineon technologies (以下、インフィニオン)はシーメンスから半導体部分を分社化した会社だ。転職の経緯は、転職エージェントからのスカウトだった。仕事は大きく分けて2つ。当初はインフィニオンが開発した携帯電話のチップセットのモバイルソフトウェアフレームワーク(APOXI)の機能拡張、ローカライズ、メンテだ。ノキアほどシステマティックではないし、テクノロジーも進んでいない。ノキアの(技術)貯金の利子の部分で対応できたが、リソースは慢性的に足りなかったので、仕事の負荷はかなり高かった。国内顧客の対応のため、オーストリアの開発拠点での開発も頻繁に行う必要もあった。ビザのギリギリの期間(3ヶ月)滞在して、帰国してまとめや客先対応をしてから再度、国内で発生した宿題を携えて渡独・渡墺した、けっこうな頻度だったので幼少の子どもたちには寂しい思いをさせてしまった。ただ、これも悪い話ばかりでもない、長期・高頻度なので現地で知り合いが出来たり、ドイツ語の簡単な会話が習得できたりとプラスの副次的な効果もあったのだ。

 ドイツのニュルンベルグでの滞在は、ニュルンベルグ裁判所やクリスマスマーケットを訪れたり、同僚もフレンドリーだったので仕事帰りにバドミントンをしたりと楽しい思い出もある。

 もう一箇所はオーストリアのLinzである。オーストリアの都市はウィーン、ザルツブルグは有名であるがLinzは丁度その間に位置する。日本人はかなり珍しい存在である。日本語を勉強している女子大生と知り合いになれたのは、思えばロマンティックな話である。仕事の終わり(職場は大学の至近)や週末に時々付き合ってもらって食事をしたり飲みに行ったり…こういうのを「物心両面」というのだろうか? 2020/2月にはムスメの留学先の訪問に合わせて、一緒にLinzに行った。当時、滞在していたアパートメントホテルに宿泊したかったが、普通のアパートに改修されていて、その思いは叶わなかった。幸い、建物自体は残っていたので外観を確認することは出来た。件の女子大生だが、再開を果たすことが出来た。3人で当時の思い出話をしたが、ムスメは父が居なくて寂しかった記憶しかないと主張していた。ちょっと余談が長くなった…

 2つ目の仕事は携帯電話の心臓部であるモデム部分の実験と評価である。客先や3GPPの仕様に合わせてテスト(IoT = InterOperability Tesiing)をするのだ。この時に実験に必要な治具の製作やテストレポートの作成なども業務に含まれる。 この時の顧客はものすごく紳士的で親身に対応していただいたのは感謝しか無い。テストで訪れるインド系イギリス人のエンジニアも公私ともに頼りになる「漢」だったしもちろん今でも交流がある。

五社目: Intel

 インフィニオンのモデム部分のIntelへの売却に伴いIntelに移籍する。部門がそのままインテルのビルに移ったので、仕事もそのままだし周りを見ると代わり映えしないが、出たばっかりの Core i7をもらえたり、廊下に出るとPC雑誌でおなじみの「神」を見かけたりしたので、「あぁ〜、インテルに来たんだな…」と実感したりした。印象に残っているのは、当時の社長のカズさんが、「インテルのミッションは『ムーアの法則』の実現です」を強調してたことだ、「あぁ〜、CPUじゃないんだなぁ〜」っと、目からウロコが落ちたのを覚えている。ビジネスのステータスをここで書くわけにもいかないが、在籍期間は1.5年ほどだったことで察してください。この頃に「専門職大学院」に入学する。

六社目: Sansa security (Discretix)

 自分の転職人生でもかなりの異色なのが、ここでの経験だ。ここも転職エージェントの紹介になる。イスラエルの会社という事で、少し躊躇もあったが面白そうなので決めた。面接はカントリーマネージャーと新宿のオフィスで、その時に「もし可能なら、この後にイスラエルの自分の上司と話してほしい」と言われたが心の準備が出来てなかったので「後でお願いします」といった記憶がある。面接は特に問題はなかったが入社試験として、Cのコーディング試験とLinuxシステムのデバッグがあった。LinuxシステムのデバッグとはVirtualBoxイメージを渡され、その中に入っているVideoCodecのバグを取ると言うものであった。基本的にこの手の仕事が業務の中心となるらしい。肩書はSr.FAE(Field Application Engineer:プリセールス)だが内容はAE(ポストセールス)だ。有給休暇消化期間なので時間はたくさんある。果たして、一週間ほどでバグが取れレポートが作成できた。採用の際は、これを皆やるそうだが最短だったらしい。正直に言うと大学院の研究室の友人に手伝ってもらった部分もあるが…まぁ、開き直って言うとそれもテクニックだと思うのだ、そう「ソーシャルハック」だ。

 採用が決まり初出社はいきなりイスラエル本社だ。ユーロには何度か出張しているが中東は初めてだ。勝手が全くわからない。イスタンブール空港での長時間の待ち時間の後にテルアビブ行きの飛行機に乗る、到着は深夜だ。「Osamu Ohashi」をダンボールに書いたタクシーの運転手が待っていた。これも初めての経験。1月の本社での全体ミーティングで業務方針と製品の内容のシェア、その後に各チームに分かれてオリエンテーションとトレーニングをしてからの帰国だった。ベン・グリオン国際空港の悪名高い、「お店を広げての手荷物確認」は会社の身元証明書があったので回避できた。

海外出張頻度

 基本的に海外出張は年始のイスラエル本社とリージョンステータスのシェアのためのアジア各国の年二回だった。状況に応じて、個別にトレーニングも行う。ドコモへアンドロイドスマホを製品供給していた日本、台湾、韓国、中国がアジア各国になる。これらの国が持ち回りでホストするわけだ。自分は韓国、中国に参加した。

担当業務

 製品はドコモ向けのDRM(Digital Rights Management)モジュールの供給である。ソフトウェアコンポーネントをBtoBでアンドロイドスマホを製造している先に述べたアジア各国のOEMへライセンスする。顧客向けのカスタマイズ、テスト、保守が主な業務になる。後半になると暗号モジュールの開発、カスタマイズや拡張を行うことになる。

タフな国民とタフな開発

 ソフトウェア業界のイスラエル神話は枚挙に暇がない。民間・軍事の技術の相互転用、8200部隊などだ。自分の場合は完全な民間向け(スマホのソフトウェアコンポーネント)だったので前者はわからないが、社内には8200部隊の出身者はいた。彼はマーケティング担当だったし売り込みに来日したこともあるので色々と話しを聞くことも出来た。シオニズム運動を絶賛推進中なので、各国から人が集まる。ソフトウエアエンジニアは優遇されているので入国しやすい。特に東欧からの移民が多いしオフィスもそうなっていた、ロシア語の会話はよく耳にした。ただ当時、他の国で多く見かけた中国人やインド人の開発者は全く見かけなかったのが印象的だった。元々多かった中東やヨーロッパ各国からの移民はソフトウエアエンジニアリングを武器にしてイスラエルで稼ぐのだ。

最後の商用ソフトウェア開発

 DRMのAE的な業務の他に暗号モジュールのファームウェア開発を行った経緯についても触れておこうと思う。Sansa security の最大の売りは、Arm TrustZoneの使いこなしだ。最終的にはArm自身に買収されるくらいなので、その実力は「推して知るべし」だろう。Arm SoCの動作モードとして、Normal-World, Secure-World に大別することが出来る。当時の主力製品のSecurity-IPである CryptCellのSecurity-IP構成として、それぞれの動作モード用にSecurity-IPが実装されていた。この業務では軽量な暗号モジュールを作るために、Normal-Worldで動作するファームウェアをSecure用のSecurity-IPのハードウェアにポートし客先へリリースする。期間の目安は4週間であった。DRMのAE業務は完全にソフトウェアの仕事だが、Security-IP関連の開発はかなりの部分ハードウェアが関与する。イスラエルの同僚に訊いても理屈の上では出来るはずだけど、どのバージョンのSecurity-IPでも上記の組み合わせではやったことないので、どんなブロッキングが出るかは細かいことは分からないという。
 軽い目眩を覚えながら、それぞれのSecurity-IPの動作確認を行う。最終的にはNormal-Worldでの動作になるので、ZynqボードにLinuxの動作環境を用意して、普通にCで記述し、Security-IPが動作しているかを確認する。テストコードも用意されているので、そちらでも動作を確認する。Normal-Worldが動作したら、Secure-Worldでの動作も確認する。ここまで数行しか要していないが、来社時から机の確保、社内LAN設定、PCツールの設定、Zynqボードのセットアップで3日は消費したと思う。ちなみイスラエルは金曜日と土曜日が休みなので、あっという間に週末だ。
 次の週からはそれぞれのWorldのファームウェアとSecurity-IPのRTLのインターフェイスと機能の有無の確認になる。Normal-WorldのSecurity-IPの方が暗号の種類などは多いので、Normal-Worldのファームウェアをシュリンクする形になる。思惑としてはRTLのインターフェイスが同じであれば、余剰機能を削ってリビルドすれば出来上がるはずである…が…??
 あろうことか、RTLのインターフェイスの互換性はなかった。あくまでもそれそれのWorldでファームウェアとSecurity-IPは一対で使うのが設計思想で、今回のようなたすき掛けは考慮されていなかった…Normal-Worldのファームウェアのコードを追っていくと一部にSecure-Worldのファームウェアと同じインターフェイスがあったりする。Secure-WorldのSecurity-IPのRTLがNormal-WorldのSecurity-IPとして使われている部分もあった。インターフェイスのスーパーセットを考えたが、とても時間が足りそうにないので、Normal-WorldのインターフェイスをSecure-WorldのSecurity-IPのRTLに合わせることにした。こういうのは場当たり的にやると、混乱をきたすのでExcelで表にまとめた。そう、ここで「直交性」が現れるのだ、構造化になるので、後のデバッグとテストが楽になる。その週の最初の2日で上記の方針を決め、作業に取り掛かり、実質5日程度でポートは完了したと思う。
 LogのDepth設定がよくわからないので、自分で適当にprintfをコードに挟んで、デバッグとテストを繰り返していた。開発初期はとにかくコードのステータス情報が欲しいので、printfは随所に散りばめられる。一通り、実装が終わって部分的にテストをマニュアルで通すと、全コードが通過できた。「ヨシッ(ビシッ)」という事で、オートで通してみても全コードが通過できた。もう、小躍りだ。ここまでで、ほぼ三週間。当然、マクロを設定し直してprintfを外す…動かない…CoreDumpだ。
 もう、お分かりだろう、一時期「ジブリの一場面」でTwitterに流れてた「この位置にprintfが無いとなぜか動かないんだ。」が眼前で起こったわけだ。printfは、お手軽に使われるが、組み込みのシステムにおいてのコストは高額だ。ブロッキング時間を測り、ファームウェアのタイミングループの調整を行い、オートテストベクタにかけて完走させる。これで2日の作業。残りの日数でSubversionへのコミットのやり方のトレーニングを受けて完了。RTLも軽く調べて、割り込み駆動に改修して非同期にしたほうが良いとの提案も出しておいた。
 基本的にはOJTの形式で始まった業務(DRMからSecurity-IPのソフトウェア)なので、評価は「S(Outstanding)」(かなりおまけ)だった。最後のRTL改修の提案と投げ出さずに最後まで完遂したのが評価ポイントだった、期待値は「printfアリで動けばいい」だったらしい。サラッと書いてみたが、消耗とプレッシャーはかなりのものだった。大学進学の準備のため連絡してきたムスメとまともに受け答えが出来ないほどだった、これはムスメの弁である…

イスラエルでの生活

 イスラエルで開発してみて少し感じたことを書いておきたい。上記の開発をしている時の勤務時間は基本的に09:30-21:30位だった。アパートメント・ホテルをアレンジしてもらい朝食のみのオプションで4週間の滞在にした。キッチンは完備され、コインランドリーもホテル内にある。オフィスへの往復はタクシーを利用した。滞在する時にレンタカーの手配も訊かれたが、慣れない場所での毎日の運転はストレスになりそうなのでタクシーにしてもらった。会社自体がタクシー会社と契約しているので、必要があれば呼び出せば良いと言われた、行き帰りもそれぞれ呼び出していた。その会社のタクシーが出張らっている場合は、別のタクシーがやってきた。今思えば、「人力Uber」なのかも知れない。週末は総務が国内の半日・一日観光を手配してくれたので、イスラエル内の様々な場所に行くことが出来た、ナザレ、死海、エルサレムなど主要な観光地はほぼ網羅できた。自分自身はキリスト教でもユダヤ教でも無いが、「聖地でのデバッグ・開発成就祈願」は業務が完遂できたので、それなりにご利益はあったのかもしれない。週末も同僚が誘ってくれて、様々な場所に行くことが出来たし、色々と話もできた。
 イスラエルは別名「スタートアップネイション」と呼ばれる。つまり、ベンチャー企業のインキュベーションが盛んなのだ。実際、チームリーダーは以前の会社がIPOしてストック・オプションを駆使して、良い感じのヨットを共同所有していた。上記の開発の滞在時のタイミングではないが、アジア各国から来てたエンジニア達にヨットで地中海クルーズをしようと提案してきた。果たして、皆が止まっているホテルにオフィスが手配したワンボックスのタクシーが来てみんな乗り込み一路ヨットハーバーへ、地中海クルーズは最高の体験だった、行き先は「十字軍の聖ヨハネ騎士団の拠点」でもあった「アコー」だ。やっぱり、ソフトウェアエンジニアはこうでなきゃいけないな、と痛感したのだった。
 

七社目: Arm

 Sansa Security の買収に伴い、Armへ移籍する。笑える話としては、Sansa Security からArm K.K. へ移籍する人員の情報がシェアされた時に、なぜか Israel Base のエンジニアになっていた。まぁ、先のイスラエル神話なのだろうか。「ゴルゴ13みたいな奴が来るんじゃねーか?」みたいに言われてたらしい。加えて、著作の読者も居た。まぁ、Armベースの書籍だから当然か…??
 業務内容はFAEで、DRM, Secuirty-IPの売り込みだ。うまく行ったのもあるし、そうでないのもある。在籍期間は1.5年、インテルと同様ですね、察してください…

八社目: Renesas Electronics

 インテル時代の同僚の紹介で転職した。今、盛んに行われている Referralなので、すぐに決まった。 ルネサスには9ヶ月在籍した。最短の在籍期間であるが、先に述べたIntel, Armとは全く文脈が違うことを最初にお理りしておく。

帰国子女と外資系

 英語が苦手と感じてる一般的な日本国民からすると「帰国子女」は憧れの的だ。ただ、負の側面として「日本の文化に馴染めない」とはよく言われることだ。自分も今までは、「ナニが文化に馴染めないだ、甘えんな!」と思っていた。が、自分も外資系で20年以上勤務すると日本企業と全く文化が合わなくなってしまっていたのだ。「あぁ、こういうことなんだな…」としみじみ感じたのだった。

ただただ…

 企業文化と言うか、労働に対する価値観が相容れなくなってしまったのだった…
 日系企業と外資系企業の違いを表す言葉として、「社員を大人扱い」するかどうかだ。これは良い意味でも、あるいは悪い意味でも両方である。自分の持っている「大人の定義」は、「自由がある代わりに、責任もあること」である。つまり、結果を出しさえすれば、裁量が与えられるの外資系企業だと思うし、少なくとも自分が在籍したすべての会社ではそうであった。コロナの前とは言え、リモートワークは認められていなかったし裁量も少なかった記憶がある、窮屈さを強く感じていた…

業務

 業務内容は「セキュリティ認証を満たした Health-care Wearable device の参照開発・設計」である。つまり、ルネサスのデバイスを使って、Health-care wearable deviceを作るということである。ルネサスはArm, Sansa securityのお客さんだったので、業務内容はそれなりにわかっているのも仕事をする上で大きく役に立った。また、部下・同僚・上司も全て優秀だったので、仕事をする上で大きな刺激だったのは言うまでもない。部下もマレーシア人が居たので、二社目の上司が実践していたWeekly-Bilingual のミーティングも出来るようになったてわけだ。

九社目: ウフル

 ここも紹介で転職した。最初の上司はお客さんでSansa Securityに来たことがあるのだが、まったく覚えておらず、転職活動中に指摘されるというとんでもない失態をおかしてしまった。それでも入社させてくれたのだから懐の深い会社と言えよう。

業務

 入社当初はIoTのセキュリティ関連業務。ウフルの主要製品であるenebularはArm/Pelionを利用している。Pelionの出自はSansa securityのIoTプラットフォームなのである。この様に技術開発を行う部署がスタートだったが、現在は事業開発を行う部署で働いている。肩書はジェネラルマネージャーになっている。やはり、同僚や上司には恵まれている。社内外で活躍する機会が持てている。
 

専門職大学院

 キャリア形成をするにあたって、リカレント教育が叫ばれている。自分の場合は、東京都立産業技術大学院大学:産技大の門を叩いた。ちょうど Intel〜Sansa Securityに在籍してた頃である。基本的に大学院は4年制大学の卒業資格が必要であるが、個別に入試資格審査を受ければ受験可能ということなので経歴書などを送ってみた。特に問題もなく入試資格を得ることは出来、合格して晴れて入学することが出来た。この様に必ずしも4年制大学を卒業してなくても入学する学生はいるようだ。先生に尋ねると中卒で入学する学生も過去に居たそうである。
 情報科なので今までの知識の整理と新しい分野や科目について履修していった。

Pros

 新しい知見や出会い、気付きを得ることが出来るのは言うまでもない。学割を使えることも大きいだろう。ここからは当時の話になるが同学に貢献した学生を顕彰する目的で特別給付金が出た、もちろんいただくことが出来た。Teaching Assistantとして海外の提携大学に赴いたりする特別活動にも参加できた(ブルネイダムサラール大学)。旅費(アゴアシ)に加えて日当も支給だ。海外大学の実情を知ることにより、ムスメの大学院留学の作戦などにも役立てることが出来た。日々の先生の困りごとなどには次のビジネスチャンスが転がっている。普通に自宅とオフィスの往復だけでは気づかない色々なことを学ぶことが出来たのが最大のProsといえる。

Cons

 Prosがあれば、もちろんConsもある。授業料の捻出、(課題作成、勉強)時間の管理、業務と授業のバランス、Opportunityとの連結度などだ。最初の方はわかると思うが、最後の「Opportunityとの連結度」の説明として、リカレント教育をしたら必ずしも現在の立場(勤務先、年収、待遇など)が、向上するとは限らないということだ。それらを踏まえて、入学するかやめておくかを判断することになる。勤務先によっては社員教育の一環として通学させるところもあるにはある。ただ、やはりそういうところは成績に対してのそれなりのコミットメントを求められることになる。

おわりに

 長々と書いてしまった。そろそろエンジニア生活も終わりに近づいているし面白いことが出来たので、みなさんとシェアしたいと思って書き綴ってみた。エンジニアは世界で活躍できる数少ない職業だと思うし、自分に合った場所というのもどこかで見つかると思っている。ほんの少し知っているか、ほんの少しピボットするかで人生は大きく変わる。それを知ってもらいたくて、本稿を起こした訳である。

FAQ

 この手の話をすると異口同音の質問が発生するので、その代表的なものを挙げてみる。

順位をつけたら

 「様々な会社に在籍して、印象に残っている順のオーダーは?」というのがあったので列挙する。
 Sansa Security > Nokia = Infineon > Renesas > BOSCH > NSK > Arm = Intel
 ウフルに関しては、現在進行形であるので除外した。

おすすめの本

やるべきこと

 ソフトウェアエンジニアリングの勉強以外なら、株式を含めた投資全般を学ぶのが必須だと思う。中でも、損切と言う言葉を完全に理解し実践できるようにしておく。要は出口戦略だ。今の会社に何年働くとかやめたいのにダラダラと働いても人生という貴重な時間を浪費してしまうからだ。この損切の概念を学ぶために投資をおすすめするわけだ。

まとめ

 今ならさしづめGAFAMやテスラといったところだろうか?業界No.1の会社で働くのは楽しいし、大いなる刺激を受けられる。
 生涯年収のランキングというのをインターネットで散見する。一部の資料によれば、新卒で入社した日本精工のそれはホンダよりも多かった。もしかしたら転職などをせずにそのまま働いていたほうが収入の面では良かったかも知れない。それでも、この経験はプライスレスだし自分にとって血肉になっているのは間違いない。冒頭に述べた、実子、後輩などの後進のキャリア相談に「エンジニアは食いっぱぐれない、世界中どこでも仕事ができる。」を見せることも出来たからだ。必ずしもうまくいく保証はないし、完全にタイミングがよかっただけとは認識している。ただ現状に、もし燻っているのなら走り出して酸素を全面に受けて燃えだすのをおすすめする。

リソース

*Twitter

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