業務委託で受託開発をしてきた3名のITエンジニアが、BtoB SaaSを開発し、1年ほど運用してきました。
開発していたのはnSearchという入札情報の検索サービスです。
nSearchは、自治体等が公開している入札に関するページや文書を収集・解析して、検索アプリケーションとして提供するサービスになります。
ご縁があり2023年1月にうるるグループの一員となることができ、サービスとしては一つの節目を迎えたように感じられます。
そこで一度、よかったところ悪かったところを振り返ってみたいと思います。
nSearchは以下のようなスタイルで開発・運用してきました。
- 自社の資金だけで、小規模に開発・運用
- リリース後、ある程度の売上が立つまでは、開発・運用をITエンジニア3名だけで対応
VCから出資をうけるスタートアップとは違い、ITエンジニアだけの小さな会社が自力で開発・運用を行ってきたことが特徴です。
どれぐらいニーズがあるのかわかりませんが、似たような形で開発を検討されている方の参考になれば幸いです。
経緯
業務委託でシステム開発のお手伝いをする会社を2011年に立ち上げました。
非常に小さい会社ではありましたが、立ち上げの当初から一度はくらいは自社開発でサービスを立ち上げてみたいという思いがあり、2019年頃から自社開発サービスの検討を開始しました。
そこからの経緯は以下のとおりです。
- 2019年6月〜: 業務委託の仕事と並行して、検討開始
- 2020年2月〜: 業務委託の仕事をやめ、2名で入札情報速報サービスを本格的に開発開始
- 2020年6月〜: 1名増えて、3名体制での開発
- 2021年10月: ベータ版をリリース
- 2022年1月: 有料アカウントの販売開始
- 2023年8月: アルバイトのCSのメンバーが参画
- 2023年1月: うるるグループに参画
あっという間のことのような気がしますが、検討を開始したのは今から4年ほど前のことのようです。
当初は自社サービスとして運営し続けることを想定していましたが、結果的にはM&Aによってうるるグループに参画することを選択しました。
この後の文章で、いろいろな反省が記述されていますが、サービスとしては当初思い描いていた程度の顧客獲得を実現できたことからも、今回の挑戦は成功だったと考えています。
アイデア選定
業務委託の稼働を半分程度に抑えながら、半年程度の時間をかけてアイデア選定を行いました。
VCの出資を受けるような大規模なビジネスではなく、自己資金の範囲で小規模で長く続けられそうなアイデアを探していました。
当初はリーンキャンバスのような、起業関連の書籍に載っているような手法をまねて、アイデアを検討していました。
しかしながら、なかなかピンとくるようなものはなく、最終的にはそのような手法は使わず、以下の方針でアイデアを探すことにしました。
- 既に市場が存在している領域を選ぶ
- システム開発以外に取り柄のない我々が、現在存在しない市場を切り開くのはとても無理そうです・・・
- 営業力をそれほど必要とせず、リスティング広告や検索エンジンからの流入で顧客獲得できそうな領域(SLGではなく、PLGを実現できそうな領域)
- 営業経験のない我々にあった市場を選ぶことが大切だと考えました
- BtoB領域
- BtoCの領域はマーケティング力やUI等のセンスが必要とされるが多いため、避けていました
- タイミング
- 最近の新しい技術を使うことで、既存のサービスを改善できる可能性がある領域を探していました
- ニッチな市場
- 自己資金で開発する我々が、VCから出資をうけるスタートアップや大企業と直接競合する領域にトライするのは無謀だと思っていました
- スタートアップや大企業が進出するには小さすぎる市場に参入できることを理想としていました
- 自分たちの得意領域を活かせそうなアイデア
- 我々はサーバーサイドエンジニア2名とインフラエンジニア1名のチームだったため、リッチなUIやスマホアプリが重要となるようなアイデアは避けていました
こうして並べてみると、いろいろなものから逃げているだけのように見えますね・・・・
ただ当時は、システム開発以外に取り柄のない我々が成功確率をあげるには、システム開発領域に絞ってリスクをとることがポイントなのではないか?と思っていました。
今回は既存のサービスの多くが人力を活用して入札情報を収集・登録している点に着目し、OCRや自然言語処理等の技術を活用して、入札情報の収集・解析を自動化することを主なチャレンジとしました。
よかったところ
- 開発以外のリスクをなるべく取らない方針
- このような方針で市場を選定しても、後々CSやマーケティングなどで苦労しました。それを踏まえると、新しい市場や販売チャネルの開拓などは私には難しそうです
- タイミング
- クローラーや文書解析が重要となる領域だったのですが、機械学習や自然言語処理等の領域で、開発中にリリースされたOSSやモデルに救われることが何度かありました
- 周囲の意見をあまり参考にしなかった
- ニッチな領域だったこともあり、アイデアを周囲の人に話しても、あまりいいリアクションはありませんでしたが、気にしないようにしていました
- その領域について深く考えていない人の意見はそれほど参考にはならない気がしますし、他の人が気が付かない問題に取り組むことが重要だとすると、周囲の意見はそれほど参考にしないのが重要なのかもしれません
悪かったところ
- 市場規模
- ニッチな領域を探してはいましたが、開発期間や競合などを考えると、結果的には我々には少し大きすぎる市場だったようにも感じます
- もう少しITリテラシーが高い層を狙ったサービスのほうが運用は容易だった
- クレジットカード決済以外に請求書でのお支払いにも対応しましたが、この対応が思った以上に大変でした
- カスタマーサポートにおいても、ITやWebにあまり慣れていないお客様への対応でかなり時間を取られていたように感じます
このように書いてはいますが、上記のような条件を全てクリアする上質なアイデアや市場がすぐに見つかるものでもないですよね。
システム開発
このシステムは大きく分けて、2つの領域に分割されます
- 検索アプリケーション部分
- クローラー・文書解析処理部分
検索アプリケーション部分については、過去の受託開発でも似たようなアプリケーションの開発経験があり、問題なく実装できる自信がありました。
一方で入札文書のクローラーや文書解析処理部分については、過去に経験したことがなく、競合他社も実現していない(他社は人手で収集・登録しているところが多い)ため、リスクが高いと判断していました。
そこで、まずは一番リスクが高いと感じていた文書解析処理部分だけに集中して、半年間程度取り組みました。
文書解析処理に一定の目処がたったタイミングで、クローラーの実装にも着手し始めました。
※ 両者の実装に目処が立たなければ、撤退しようと考えていました
開発開始から1年ほど経過したタイミングで、文書解析処理とクローラーを実現する目処がたったと考え、検索アプリケーション部分の実装に着手しました。こちらは比較的スムーズに開発が進み、数カ月後にベータ版のリリースとなりました。
ベータ版のリリース後、有料会員を受け付けるための課金や契約プラン周りの処理を実装し、2022年の1月に有料サービスを開始しています。
サービスのリリースにあたっては、"自分がリリースしたものが恥ずかしくないなら、リリースが遅すぎる"という言葉を何度も思い返し、まだまだ完成度を上げることができても、最低限の機能ができたらすぐにリリースするようにしていました。
今振り返ると、リリースすることでより重要な問題に気づくことができたため、なるべく早くリリースして、改善を繰り返すことの重要さを実感します。
また、有料サービスリリース後は、カスタマーサポート等の業務の比率が高くなり、細かな改善や保守以外の対応にあまり着手できない状況となりました。
よかったところ
- リスクの高い部分を先に検証できた
- 文書解析処理を先に実装し、ある程度の目処を立てることができたのは精神的にも良かったです(この検証作業が一番楽しかった)
- 差別化したい領域以外は、使い慣れた枯れた技術を採用した
- フロントエンドにあまり強くないこともあり、検索アプリケーションはごく普通のRailsアプリケーションとして実装
- バッチ処理の基盤やインフラも使い慣れた技術を利用
- 結果的にクローラー・文書解析部分以外の領域は、スピーディーに開発できた気がします
- 苦手なUI / デザインも自分たちでやってみた
- UIを専門とする方を業務委託などで採用することも検討しましたが、UI/UXで差別化する意図もそれほどないため、自分たちでやってみることにしました。結果的によりスピーディーに開発することができた気がします
悪かったところ
- 類似領域の事例やOSS・論文等の研究をもっと行うべきだった
- あまり経験のない機械学習や自然言語等の領域について、基本的な教科書レベルから順を追って学習しようとしていましたが、それでは時間がかかりすぎる上に、効率的ではありませんでした
- 同じような問題に取り組んでいる事例やOSS・論文は、インターネットを丹念に探すと何かしら見つかることが多いので、まずはそれを手がかりにすることが重要でした
- 見つけた事例やOSSなどは初見では全くわからないものもありましたが、表層的な理解になってしまったとしても、必要な部分だけに絞って学習・利用を進めることが現実的でした
- 開発スピードを優先して、雑に実装しすぎたところがあった
- 資金が尽きてしまう不安があり、どうしても開発スピードを優先した実装になりがちでしたが、結果的に1年以上の開発期間を要したこともあり、後から考えると最初からもう少し丁寧に設計・実装したほうが、結果的に効率的だったように思います
- このあたりのバランスは非常に難しく、最初から予見することは難しいですが、もう少し心に余裕をもって判断するべきでした
マーケティング
マーケティングは全くの素人で、SEOについてもほとんど経験はありませんでした。
そのため、初心者向けの書籍や記事を参考にしながら、GoogleやYahooのリスティング広告と基本的なSEO対策だけを行いました。
低価格を売りにしていたこともあり、結果的にある程度の流入が実現できましたが、やり方が良かったというわけでもなさそうです。今になって考えてみると以下のように思います。
リスティング広告
もう少し積極的に資金を投入して、顧客獲得のペースを早めたほうが良かったです。机上の計算によるCACやLTV等の結果に合わせて、積極的に資金を投入する勇気が足りませんでした。
SEO
知識面で優位に立つことはできないので、以下の点を心がけていました。
- 情報をなるべくオープンにすること(なるべく全ての情報が検索対象になるようにすること)
- 性能面等でペナルティを受けないこと
- 新しい情報をできるだけ多くインデックスしてもらえるようにすること
うるるグループに参画後、その道のプロの方と接していると、リスティング広告やSEOについてもまだまだできることがあったのだなと実感させられます。
今になって考えてみると、外部の方にコンサルティングやお手伝いをお願いしたほうが良かったのかもしれません。
顧客対応
内向的なエンジニア3名のチームだったこともあり、顧客対応が一番苦労しました。
営業力のないチームなので、せめてカスタマーサポートだけは丁寧に行い、顧客の声を聞くことを心がけていました。
※ 電話・チャット・お問い合わせフォームからのお問い合わせに対応
最初はお客様からの電話にでるだけも緊張していましたし、未払いの請求書の督促などは1年経っても慣れることはありませんでした。
ただ、今振り返ると少し丁寧にやりすぎたところがあったのかもしれません。
顧客対応を他の全てのタスクよりも優先することで、ある時期からは開発の時間がほとんど取れない状態となってしまいました。
顧客の声は重要ですし、それにより気づいたポイントは多いのですが、ある程度のヒアリングができたタイミングで、業務の効率化やCS担当メンバーの採用などに注力するべきでした。
顧客対応によりメンバーは疲弊してしまいましたし、より得意な開発業務に注力できる環境づくりを考えるべきでした。
カスタマーサポート等の対応について振り返ると、反省点しかありません・・
ただ、一生懸命頑張ったことは確かなので、いい経験にはなりました。
うるるグループに参画後、CSやセールスの担当者の方と接していると、我々との能力の差に驚きました。
そして、今まで以上に感謝の気持ちを感じるようになりました。
所感
長く受託開発をやってきて、一度ぐらい自由に開発してみたいという思いでトライした自社開発でしたが、実際にやってみると不安やストレスも非常に多い仕事でした。
(もちろん楽しいところたくさんあります)
特に大変だったのは、以下の2点です。
- このサービスは売れるのか?自社の資金はいつ枯渇するのか?という不安
- SaaSでよく言われるJカーブを、少ない資金でなんとかしようとするのは非常にストレスがありました
- CS・マーケティングなどの未経験の領域
- 3名とも40代のエンジニアだということもあり、日々新しい領域を勉強・体験しなければいけない状況はそれなりにストレスがありました
- 起業は若いうちにしたほうが良いというのも分かる気がします
創業者同士で喧嘩別れしてしまうというスタートアップの話もよく聞きますが、我々も受託開発をしていた頃以上に衝突する場面が増えました。
なんとかここまで漕ぎ着けることができたのは、10年来の同僚である他の二人のメンバーが、今まで以上に怒りっぽくなっていた私を見限ることなく、一緒に頑張ってくれたおかげです。深く感謝しています。
つらいことばかり書いてしまっていますが、顧客の顔が見えるシステム開発は今まで経験したことがなく、その点では非常に満足感がありました。
顧客対応をしていると直接感謝の言葉や高評価をいただけることもあり、それがモチベーションの源泉になっていたように思います。
新規事業では、ハスラー・ハッカー・デザイナーによるチームが理想であると言われたりもします。
我々はハッカー・ハッカー・ハッカーの3名で新規事業にトライしてみたのですが、それも悪くはありませんでした。
ただし、ハスラーとデザイナーの必要性もとても感じたので、次に新規事業にトライする機会があるようでしたら、できればハスラーやデザイナーの方ともチームを組んで開発してみたいです。