はじめに
「 共有責任モデル(Shared Responsibility Model)」という言葉を聞いたことがあっても、それが何を意味し、クラウドコンピューティングにどんな影響を与えるのか、正しく理解している人は意外と少ないかもしれません。
本記事では、オンプレミスとの比較を交えながら、クラウドにおける責任分担の違いをわかりやすく解説します。
オンプレミスでは「すべて自社の責任」
まずは、従来のオンプレミス環境から見ていきましょう。
オンプレミス(自社データセンター) の場合、企業は以下の全てを自ら管理・保守する必要があります。
- 物理スペースの維持(建物やラックなど)
- 電源、空調、物理的セキュリティ
- ネットワーク機器や物理サーバー
- オペレーティングシステムやアプリケーションのパッチ適用
- ユーザーアカウントやアクセス制御
- データそのもの
つまり、「すべては自社の責任」です。
クラウドでは「責任を分け合う」
クラウドに移行すると、これらの責任がクラウドプロバイダーと利用者(コンシューマー)との間で分担されます。これが「共有責任モデル」です。
項目 | 誰が責任を負うか |
---|---|
物理的なデータセンターやネットワーク | クラウドプロバイダー |
クラウドに保存されたデータ | コンシューマー(利用者) |
ユーザーのID・アクセス制御 | コンシューマー(利用者) |
OS・ミドルウェアの管理 | 利用するサービスモデルに依存する |
たとえば、クラウドSQLを利用する場合、データベースそのものの管理はプロバイダーの責任ですが、そこに保存するデータやアクセス制御は利用者側の責任です。
一方、自分でVM(仮想マシン)を立ち上げて、その中にSQLをインストールする場合は、OSやSQLのアップデートも含めて利用者側の責任になります。
サービスモデル別の責任範囲
クラウドサービスは、大きく次の3つに分類されます。それぞれで「どこまでプロバイダーが責任を持つか」が異なります。
1. IaaS(Infrastructure as a Service)
- 物理インフラまではプロバイダー、それ以降は利用者の責任
- OSの更新やアプリケーションの保守も自分で行う必要あり
ベンダー | 製品例 | 内容 | 責任分担(例) |
---|---|---|---|
Azure | Azure Virtual Machines | 仮想マシンを自由に構成 | OSのパッチ適用、アプリの管理は利用者 |
AWS | Amazon EC2 | 自由に構成可能な仮想マシン | セキュリティグループやIAMの設定は利用者責任 |
GCP | Compute Engine | スケーラブルなVMを提供 | OSやアプリの管理、アップデートは利用者 |
2. PaaS(Platform as a Service)
- OSやランタイムはプロバイダーが管理
- アプリケーションとデータだけ利用者が管理すればOK
ベンダー | 製品例 | 内容 | 責任分担(例) |
---|---|---|---|
Azure | Azure App Service / Azure SQL Database | WebアプリやDBのPaaS | サービスの稼働維持やパッチはAzureが実施 |
AWS | AWS Elastic Beanstalk / RDS | アプリやDBを簡単にデプロイ | アプリケーションコードとデータは利用者管理 |
GCP | App Engine / Cloud SQL | 自動スケーリング付きのPaaS | ミドルウェアの管理はGoogle側、データは利用者責任 |
3. SaaS(Software as a Service)
- ほとんどの責任がプロバイダー
- 利用者は「ID管理」と「データ保護」に集中すれば良い
ベンダー | 製品例 | 内容 | 責任分担(例) |
---|---|---|---|
Azure | Microsoft 365 / Dynamics 365 | オフィス系SaaS/CRM等 | データのアクセス権・内容は利用者が管理 |
AWS | Amazon WorkMail / Amazon Chime | メール・コラボレーションSaaS | データやユーザー管理の責任は利用者 |
GCP | Google Workspace(旧G Suite) | Gmail, Docs, Drive など | コンテンツや共有権限はユーザー責任 |
責任モデルのまとめ
Iaas | Paas | Saas | |
---|---|---|---|
データ | 利用者 | 利用者 | 利用者 |
アクセス管理 | 利用者 | 利用者 | 利用者 |
アプリケーション | 利用者 | 利用者 | プロバイダー |
OS・ミドルウェア | 利用者 | プロバイダー | プロバイダー |
仮想化レイヤー | プロバイダー | プロバイダー | プロバイダー |
物理ネットワーク | プロバイダー | プロバイダー | プロバイダー |
おわりに
クラウドは便利な反面、責任の所在が曖昧だと「誰も管理していなかった」状態になりかねません。特に多くのセキュリティインシデントは「設定ミス」「アクセス権限の甘さ」によるものです。
「クラウドにしたから安全」ではなく、「クラウドだからこそ責任を明確にする」 という意識を持ちましょう。