「OpenStreetMapって、いつまで道路描いてるの?」
数年前、とある政府系会議の終わった懇親会の場で、ちょう偉い学者さんに言われた一言です。
OpenStreetMapは、道路以外にも建物やPOI、土地利用なども描くことができ、様々な用途に使えます。
そのうえ、当時の日本OpenStreetMapはYahoo/ALPSのインポートで道路データの拡充が(異論はあるでしょうが)一段落したところでしたので、この発言には非常にショックをうけました。
そして、それから数年経った2019年現在、OpenStreetMapコミュニティは全世界で登録者数ベース500万アカウントを超え、そのうち100万人以上が1回以上の編集を行いました。
毎日のアクティブメンバーは4000人を超え、全世界を対象に地図データ編集を行っています。
しかし、地球は巨大でした。
私達の編集はいまだ、道路と建物、そして土地利用といった、衛星画像からで視認できる情報を多く含んでいます。
衛星画像から視認できない情報、つまり地上を歩いて得られるPOIの情報や、行政区境に代表される論理的な地物に関しても、まだまだマッピングが十分であるとは言えません。
現実世界は広大であり、私達はいまだ、世界すべてをマップするという目標の入り口にいたのです。
では入り口はどこへ続き、私達はこれからどこに向かい、何をマップするのでしょうか。
今回、僕が考えている脳内を少しでも整理し、これからの活動に活かせたらと思っています。
この文章はあくまでも思考実験であり、実際のコミュニティの実情とはかけ離れた観点もはいっています。所属する組織や団体の見解を示すものではありませんのでご注意ください。
論点
データの充実のさせかたについて
OpenStreetMapでは多くの地物をマッピングすることができます。
OpenStreetMapでマッピングすることのできる主要な地物について、概観します。
機械学習成果の適用
それぞれの地物について個別に論じるよりも先に、地図データ作成における大きな潮流としての機械学習成果について、触れておく必要があります。
2019年3月にGoogle Mapsがそのデータソースを自社リソース中心に切り替え、そこで機械学習成果を多く活用したということは、大きなインパクトを以って受け入れられました。
OpenStreetMapでもこの数年間、FacebookやDevelopment Seedなどが中心となって、Digital Globe等の衛星写真から機械学習を用いて抽出した道路や建物をOpenStreetMapへインポートする活動が行われています。
OpenStreetMapにおけるインポートにはコミュニティとの調整が必要と言われていますが、特にまだコミュニティが小さくデータの網羅性を高めたい国にとっては、こうした活動はコミュニティと企業ともに非常に魅力的に映ることでしょう。
私は今後、こうした機械学習成果の活用は、良かれ悪しかれ、OpenStreetMapでも日常的なものになってゆくと考えています。
衛星画像や航空写真、ドローン等から得られる程度の情報であれば、なにもすべての地物を人間が手作りで作成する必要はありません。
HOTが関与して行われるMapathonではしばしばマッピングされた地物の精度が極めて低くなることが問題視されていますが、Facebookが開発しているRapiD Editorが今後HOT Tasking Managerに組み込まれ、人間はあくまでも確認と微調整を行うだけの役割になってゆくのではないでしょうか。
昨年実施された State of the Map US 2018 でも、講演の多くは機械学習の利用に触れるものでした。もちろん、講演している企業は、前述したFacebookなどですから、ある程度のバイアスを差し引く必要はありますが、その威力は絶大です。個人的にこの流れは不可逆であり、アジア地域やアフリカ、南米を中心に、まだ描かれていない地域を中心に、新規の地物の追加は機械学習の成果によってローラー的に行われてゆくと考えています。
ただし逆に、単純に機械学習成果のみを利用する場合、抽出できるのはあくまでもほぼ、その形状(ジオメトリ)のみです。
例えば道路のアクセス制限や名前、建物の用途や種別等の属性情報を読み取ることは非常に困難です。
余談1. ちなみに建物の高さくらいなら、写真からでも推測する技術が存在します)
余談2. 衛星写真から形状を抽出する、ということは衛星写真の撮影位置がずれてしまうと、生成される地物の位置が全てずれますので、なにかしらの基準点を用いた位置合わせは今後重要な技術になるのではないかな、と思われます。日本なら電子基準点が整備されていますが、世界的に見た場合はRTKとかになるのかな、どうかな、というところです。
また、道路や建物以外のデータ生成という観点では、森林や水域といった、判別が容易な地物については今後同様に、機械学習成果が適用されてゆくのではないかと考えています。
では、そのなかで、OpenStreetMapのマッパーが果たす役割がどこになるのかといえば、属性データの収集や変化情報の適用といった、衛星画像から読み取れない情報の適用になってゆくのではないか、と、ぼんやり考えています。
どちらにしろあと数年で、OpenStreetMapの景色と生態系は大きな変化を迎えるはずです。
OpenStreetMap上の主要な地物と機械学習成果
道路・線路
道路や線路、建物や森林といった地物は前述の通り、形状だけであれば機械学習成果から抽出することができます。
道路と鉄道について、都市部であれば、日本地域のOpenStreetMapはだいぶん整理されてきた感があります。ただし、それ以外の地域は、いまだYahoo/ALPSインポートのデータが残っている地域も存在します。
Yahoo/ALPSデータの精度は1/25000であり、このご時世にその品質精度は、なかなか実用に厳しいものがあります。こと道路に関しては、例えば機械学習成果で抽出した、全く新しい道路ネットワークのデータを作成し、そのデータと現状のOpenStreetMapデータを(一定以上の位置バッファをもたせた上で)比較し、一定以上のずれが検知された地域についてを集中的に編集してゆくことはできるかな、と思っています。
また、道路や線路は、その属性情報の付与が非常に課題になります。
どの道路が国道や都道府県道なのか、その道路番号は何番なのか、最高時速や幅員などの制限はどの値がどの区間まで適用されるべきなのか、その値を入力してゆくのはマッパーの力が必要です。
一方通行についてはプローブデータの活用によって、一方通行が存在している可能性が高い場所の推定くらいはできるかもしれませんが、結局、それを判断するのはいまだ機械学習では難しく、標識などを読み解いたマッパーによる判断が必要になります。
では、そうした"属性情報の追加"という、非常に地味で、自分でなにかを描くという実感に欠ける作業を、少なくともいまの日本のマッパーの心情的に実施することができるのか、私には非常に疑問でなりません。
建物の形状
建物については、これまでも多くのデータソースの利用が検討され、そして困難さが指摘されてきました。
特に日本の測量法との整合性は大きな課題であり、基本測量成果である基盤地図情報に含まれる建物形状や、公共測量である都市計画図の建物形状など、本来最も信頼をおくことができ、修正のもととなるべき基本データのインポートは、測量法29条30条、および43条44条との整合性を常に意識するべきものでした。(一部、自治体から都市計画図がオープンデータとして公開された場合でも、インポートを行う場合には、測量法を回避するためになんらかの施策が行われていることがあります)
そのため、OpenStreetMapでは基盤地図情報を調製した結果や、地理院地図の標準レイヤをトレースして利用するという手法が主に採用されてきています。
これは、法を遵守すればするほどデータの品質が劣化するという、極めて本末転倒な結果です。今秋には測量法の運用に関する見直しが行われますが、根本的な解決には法の改正が必要なこともあり、なかなかに道は遠いというのが実情です。
ただし、機械学習成果を使って形状を生成した場合、そもそも測量法に基づいて作成したデータではありませんので、測量法の制限は完全に回避できることになります。
基盤地図情報に含まれる建物の属性は、"通常建物(木材などの建築物)"と"堅牢建物(コンクリートとかの建築物)"の二種類だけであり、高さなどの情報も含まれません。
個人的には機械学習を使って建物データを生成することが、建物オブジェクトの網羅性を高めるには最も効果的であると考えています。幸か不幸か、日本地域における建物形状データはまだ都市部が中心ですので、既存の建物データとのマージ作業は、新しく手書きで作成するのに比べ、相対的に工数としては少ないのではないか、と考えています。
また、建物形状の次は、以下の属性が必要になってきます。
それぞれの属性によって調査する方法に違いが出てきますが、現地調査が必要になる項目も多く存在します。
例えば、以下のような属性になります。
- [要現地調査 or 建物登記等] 建物の名称
- [要現地調査 or 建物登記等] 利用用途(商業建物なのかマンションなのか戸建てなのか、等)
- [要現地調査 or Mapillary/OpenStreetCam] エントランスの位置
- [要現地調査 or オープンデータ] 住所
- [LIDAR or 航空写真から推測] 建物の高さ、あるいは階数
住所に関しては、都市部では住居表示住所のフロンテージ情報が使えるかもしれないと考えていますが、これも測量法との調整が必要になっています。
フロンテージ情報を利用する場合、技術的にはCSVとして存在しているポイントデータのうち、同じ番のフロンテージの位置をつなげてウェイにし、associatedStreetリレーションと同等のblock addressリレーションに登録する、などの方法があるなぁ、と考えていますが、きちんと考えたことはないのでいまいち確証はありません。
加えて、OpenStreetMapにおける住所の記載方法(建物に対して付与する)が、果たして日本の、特に田舎によくあるような敷地内に何軒も建物があるようなケースに対して有効なのかはよく考える必要があります。個人的には、addrタグは敷地のエントランス(門の部分)に対して割り当てることが最も正しいと考えていますが、1つの建物の中に2つ以上の住所が存在するようなケース(建物の特定の階に対して特別な郵便番号が割り振られている例だと、addr:postcodeタグの値が変わってくる)にどのように対応するべきかは要検討の事項です。
森林
森林データについても、ある程度は機械学習成果を利用できるとは思っていますが、特に森林は過去にインポートされたデータとの整合性をとることが非常に労の多い作業になるはずです。
地域によってはいっそ、ごっそりと既存の森林データを削除して入れ替えたほうがよいのかも、とも思いますが、さすがにそれは乱暴にすぎるだろう、という気もします。
国土数値情報の森林データの位置精度はあまりよいものではなく、いくつかは分割されたとはいえ、巨大なリレーションはしばしば編集作業上の問題を引き起こしています。少なくとも海岸線を主とする他の地物と交差する状況は撲滅するべきです。
公共交通経路
主に鉄道とバスのリレーション作成です。
東京大学の伊藤先生が中心となって推し進めるGTFSデータの普及に伴い、ようやく、少なくともバスについてはオープンデータが整備される環境が整ってきたような印象があります。とはいえ、OpenStreetMapにデータを投入するためには個別の事業者から追加許諾を取得する必要がありますので、道が遠いことは事実なのですが、これまでよりは改善の見込みがありそうです。
また、公共交通経路については、単純に停留所/駅や経路の問題だけではなく、本当に細かく描こうとすると、上り下りを別リレーションとして作成し、かつ鉄道の場合は各駅停車と急行等の運行種別をそれぞれ別リレーションとして作成し、さらにそれらをマスターリレーションとしてまとめ上げたうえでそれを保守し続ける、という、なかなか気の遠くなる作業が待っています。
個人的には、こうした路線の詳細に関する情報はGTFSを配信する側でIDを作成し、そのIDとOSM側のリレーションを紐付ける形にするのがよいのではないかなぁ、と思っています。
まぁ、GTFS側でそういった統一的な作業ができるのは、可能性としては1団体だけなのですが、さぁ果たして。
行政区境
行政区境は論理的なデータであり、現地調査によってデータを作成することが極めて困難です。
これについてはほぼ全面的にオープンデータの利用に頼るしかありません。
市町村境
現在は国土数値情報のデータを利用することで、市町村レベルまでのデータは日本全域で利用することができています。
ただし、メンテナンスが完全であるとは言えず、一部、廃止された市町村などがあるため、その整備が必要な状態です。運用に課題がある状態、といえるでしょう。
属性データの追加という観点では、他データセットとの接合を容易にするため、自治体コードの入力も行ってゆきたいところです。(2017年の議論に従えば、ref:JP:sac と ref:JP:LCG を併用するのがよさそうです)
町丁目、番
市町村境界の次は町丁目(あるいは大字小字)、さらに次は、番(街区)のレベルが必要になっていますが、これらを保有しているのは市町村です。
つまり、市町村からのオープンデータ公開をより推進するよう、働きかけを行う必要があります。
町丁目のポリゴンに関しては、一時期eStatで配布しているデータが利用できるのではないかと検討していたのですが、実際に存在するべき町丁目の数と比較して圧倒的にポリゴンの数が少なく、なおかつ、eStatのデータは町丁目をベースにしつつあくまでも統計用途に作成された区画ということもあって、いまのところは検討を控えています。
(もしかしたら都市部などでは、eStatのポリゴン=町丁目、になっている地域があるかもしれませんので、そうした地域では利用できる可能性があるのですが、どちらにしろより詳しい調査が必要です)
また、2018年には東京大学CSISなどが中心となって都市計画基盤調査のデータがオープンデータとして公開され、そこに含まれる町丁目データが利用可能になりました。(こちらはOpenStreetMapへの投入許可も取得しています)
ただし、このデータもまた、現実に存在している町丁目ではなく、一部の丁目や小字が統合されてしまっているなど、そのまま利用することが困難なデータになっていましたので、こちらも検討を控えている段階です。
そして個人的に、このデータが出てきたことによってやや不安になることもできてきました。
というのも、このデータセットは基本的に、市町村から提供されたデータを匿名化加工することで生成されています。つまり、もしかしたら市町村によっては、町丁目のポリゴンデータですらもきちんと管理していない可能性がある、ということです。
このような場合、市町村からのオープンデータを喚起したとしても、まともなデータは出てこない、ということになります。
もちろん、そうではないことを祈っていますが、統合型GISの普及割合が50%程度の本邦ですので、紙だけで管理している市町村が無いとも限りません(というか、たぶんそれなりの数存在するでしょう)。
(20190612追記)上記のcode表記部分についてですが、都市計画基礎調査で利用されるのは、統計用の小地域ポリゴン、つまりeStatで配布しているデータと同じ物のようです。
市町村はこれらのポリゴンとは別に、町丁目ポリゴンを管理している(あるいは管理していない)ようです。
自治体へのGISシステム、およびその業務としての利活用を浸透させることと、この問題は表裏一体です。
政府CIOによって、住所表記方法の標準化も進んでいますし、町丁目コードも将来的にはOpenStreetMapにも入れ込んでゆきたいところです。
号
市町村は、号(housenumber)に関するデータも保有しているはずですが、号のデータは個人情報保護法(あるいは行政機関の保有する個人情報保護法)のなかで "容易に照合できる情報" として扱うべきかどうか、という観点がはっきりしない限り、行政としては公開することが難しいのではないかな、と感じています。
もちろん、室蘭市がオープンデータとして公開している地積測量図という実績もありますし、以前は大阪市もオープンデータとして都市計画図を公開しており、そのレイヤの中に住所のポイントデータも含まれていましたので、杞憂の可能性も高いですが。
境界未確定地
TBD
POIの情報追加
今後、地物への属性情報の追加がOpenStreetMapの主な活動になってゆくとすれば、POIへの属性追加はその最たるものとなるでしょう。
レストランや病院、消火栓に至るまで、地物には多くの付帯情報がついてきます。ただし、ボランティアベースの活動でそれがどこまで反映できるのか、実用的に行うためにはなにかしらの企業やソフトウェアの働きかけが必要なのか、私はまだ判断ができていません。
2014年に行われ、結果としてリバートが行われたローソンの店舗データインポートでも多くの議論が行われましたし、最近では2018年の3月に議論が行われたガソリンスタンドのインポート議論でも、非常に長大なスレッドで数ヶ月に渡り、激論が交わされています。
OpenStreetMapでPOIに属性情報を入力する手段は、スマホアプリのStreetComplete等いくつか存在しますが、個人的には、POIに関する属性収集手段として最も効率的なのはやはりチェックイン機能であったり、赴いたと思われる場所に関して質問を投げる形式、つまりGoogle Localのような仕組みなのではないかと考えています。あれは本当によくできている仕組みです。
OpenStreetMapではStreet Credが、POIに関する情報を収集し、入力してくれたマッパーに対してBitcoinを配布する、ということをしていますが、一歩先に進めて、ライフログ管理の仕組みが必要なのだろうな、と感じます。
問題としては、こうした属性情報は企業側として見た場合、集めれば集めるほど企業として他社から有利になるので、データを共有するモチベーションが薄い、ということでしょうか。
Mapillary等のように、例えば収集した写真データから何かを抽出し、単体としての価値の薄いデータは共有する、という仕組みが、POIの属性情報についてはなかなかモデルを組み立てにくいのです。
データの更新、メンテナンス
TBD
破壊行為 or 規約違反への対応
OpenStreetMapへの関与が拡大するにつれて、いたずら編集や勘違いによる破壊行為、ヘイト行為への対応は確実に増えます。
また、故意かどうかに限らず、ライセンス違反行為も同様に増えることでしょう。
2018年に発生した、ニューヨークの名称が差別的なものに変更されてしまった件では、Mapboxより、これから監視を強化するという発言がありました。
現在、MapboxのデータチームはほとんどがDevelopment Seedと合流しており、今後どのように発展してゆくかは興味深いところです。
公的な役割という観点では、ただでさえ負担の大きいOSMF Data Working Groupのさらなる負担増が予想され、コミュニティからのさらなる参加が必要になるでしょう。
自治を行うためには、自治のコストを参加者が支払う必要があります。
また、編集による破壊行為への対応として、単純に疑わしい編集をブロックすればよい、というわけでもありません。
毎回議論されるように、怪しい編集を弾くことと、OpenStreetMapの最大の特徴のひとつである "誰でも編集できる"
ということを両立させるのは原理的に非常な困難を伴っています。さらに今後、EUの改正著作権指令に対応が必要となった場合、著作権侵害への対応を行うために、なにかしらのフィルタリングの実装と運用が必要になってきます。
コミュニティ育成
OpenStreetMapはコラボレーション活動であり、そのコラボレーションはコミュニティによって成り立っています。
そしてOpenStreetMapには大きく分けて、以下3つの種類のコミュニティが存在しています。
- OpenStreetMapそのもののコミュニティ
- 人道支援コミュニティ
- 企業コミュニティ
(先日ある方とお話した際には、この他に"教育コミュニティ (YouthMappersなど)"が存在するのではないか?という意見がありましたが、個人的にはこの活動は人道支援の一部かな、と感じています)
この項では、"OpenStreetMapそのもののコミュニティ"の育成を焦点とします。
今後、機械学習成果がどのような形でどこまで浸透するかはわかりませんし、参加の形が変わってゆく可能性はありますが、それでも活動に参加する人間が不要となることはないでしょう。
課題は、個人の参加のモチベーションです。
既に衛星写真から視認できる地物が描かれた後のOpenStreetMapでは、新しく地物を描くことが少なくなります。これまでOpenStreetMapに参加してきたマッパーの中には、自分が新しく地物を描き、それがosm.orgの地図上に即座に表示されるということに楽しさを見出している人が一定数以上存在すると感じています。(私もそのひとりです)
地物への属性情報はまだosm.org上であまり表現できていない(そして表現しきれない)情報なので、そこでモチベーションを得ることは難しく、自分の編集が地図上で意味のあるものだと実感するためにはosm.org以外の仕組みが必要になってきます。
そうした新しいプラットフォーム、あるいはosm.org表示に代わるラッパーを、私達はまだ構想できていません。
あるいは、こうした懸念はすべて、考え過ぎなのかもしれません。
多くの道路と建物が描かれたドイツでも、大幅なコミュニティメンバ数の減少が見られないように見受けられるからです。
OpenStreetMapは幼年期から青年期を迎えているという指摘があります。
幼年期における楽しみと青年期における楽しみが違うように、変わりゆく楽しみ方をより楽しむために、システムや感覚器官を育てる必要があるのではないでしょうか。
初心者への働きかけ
OpenStreetMapもまた、参加型プラットフォームの常として、パレートの法則が成立しています。
全体の参加者のうち、熱心に参加する10%、カジュアルに参加する10%がコンテンツの多くを作成し、残りの80%はほとんど貢献を行わない、というものです。
OpenStreetMapに登録されたアカウントのうち、1回でも編集したことのある参加者は、2019年6月現在、100万を少し超えたところです。
全体のアカウント数は約550万ですから、55万人の熱心なアカウント、55万人のカジュアルなアカウント、ということで、概ね傾向としては適合しています。
ただしOpenStreetMapは、古くから参加しているユーザからの世代交代があまり進んでいないという意見もあります。初心者の獲得と定着に失敗しているのです。
Development Seedが2018年に行ったユーザアンケートでは、編集参加者はコミュニティに参加することでより離脱率が下がり、編集手法の学習もより早くなることが示されています。そのため、OpenStreetMapコミュニティは新しく参加したかたをコミュニティに迎え入れるべく、これまでも、マッピングパーティを開催したり、新しく登録を行ったユーザにウェルカムメッセージを送ったり、Welcome Matを設置するなどの対応を行っています。
個人的に、新規ユーザの定着率をあげるにあたり、アプローチは2つあると考えています。
- マッピングパーティのような、人と人との対面による歓迎
- オンラインで誰に対しても送られる、初心者向けの歓迎やチュートリアル、モチベーション喚起のためのきっかけづくり
1.のマッピングパーティについては、京都コミュニティが継続的にイベントを行っているように、常に会える場を提供し続けることが、困難ながら一番効果的です。たいへんありがたい活動だと感じていますし、こうした活動を他の地域でも実施してゆく必要があります。
なお、私をはじめ、OSMFJメンバーはもっとイベントを開催しろ、というご指摘は尤もです。背中が見えることで、後について行くひとも出てくるものです。
また、2.の観点は、全く逆の考え方から成り立っています。
マッパーの中には、他者との関わりを避け、箱庭を育てるように、自分の興味のある地物を粛々と描くのが好きな方々もいます。
しばしばこうした方々は自身の中でモチベーションを既に有しています。また、たまにではありますが、自分の領域の中に他者が入ってくることに対して拒絶反応を起こす方もいます。
こうした方々もまた、大切なコミュニティメンバーです。
彼らのようなモチベーションを持つにはどうすればよいのか、そして彼らに対してどのようにコミュニケーションをとってゆくのがよいか、確とした解法はまだ見いだせていないのですが、例えば自分が描いた地物の総数や種類などの統計的なデータを、毎週程度の単位で分析してメールやTwitter等で送るサービスとかがあるとよいのかなぁ、と思っています。
毎日マッピングを行うモチベーションを喚起するOSM Streakを発展させたようなイメージです。
あるいは、自分がウォッチしている地域の変化情報を定期的に送ってくれるようなサービスはどうでしょうか。古くはOWLやITO World、近年だとWho did itのようなかたちでそれらを可視化するサービスはありますが、定期的なレポートという形では存在していないように思えます。
先日のOSM meetupでは、都道府県あるいは地方程度の単位で毎週統計が作成されるのがよいのではないか、というアイデアがでていました。なにかしら統計的なアプローチを以って、そうした方々へコンタクトするきっかけになれば、と考えています。
地域コミュニティ育成
何度か言及したとおり、機械学習成果が活用されるようになったとしても、OpenStreetMapには人間による調査の段階を欠かすことができません。
そして現地調査を行うにあたっては、それぞれの地域ごとに一定数以上の、現地を歩くマッパーが必要です。
一説によれば、かのゼンリン社の調査員が年間のべ10万人とのこと、お仕事として地域を歩く人が年間のべ10万人ですから、1日に直すと約のべ273人の編集者が必要なことになります。
現在のOpenStreetMapの日本の編集者数は、1日のユニークユーザー数が120程度。
1人が1日に30分編集に費やすとして、8時間労働をする調査員に匹敵するためには単純計算で16倍、つまり1日に1920人程度必要です。
日本の自治体の数が約1800ですから、だいたい1市町村に1人程度のマッパーが必要、という計算になります。(個人的な感覚からすると、丁目あるいは大字に1人程度必要ではないかと感じていますので、最低でもこの5倍程度、8000人くらいは必要ではないかと思っていますが)
いまのOpenStreetMapの世界の編集規模を大きく超える参加者が、日本だけでも必要、ということになります。あまり現実的ではないかもしれませんが、あくまで計算上はそうなります。
ここで重要なことは、現地調査には現地に人員が必要、ということであり、大都市にだけマッパーが存在していても効果は薄い、ということです。
そこですなわち、地域コミュニティ育成が今後のOpenStreetMapのメンテナンス性や底力を維持するために重要となってくるということです。
正直、このレベルにまで浸透させるには、なにかしらの慣習や制度のちからが働くのと近しいレベルの活動が行われることになります。
例えば、町内会や地域の見守りといった活動や、地域の美化や緑化運動のために数人で地域を歩く活動、小中学校の父母によるなどがありますが、そのレベルの力の入れようで地域のデータのメンテナンスが行われる、ということです。
個人的に、こうした地域活動は非常に義務的で強制力があり、面白いものでもなく、好きな領域ではありません。
より日常の生活のなかでデータの更新とメンテナンスができるように、より組織的でピラミッド的な活動を回避できるような仕組みを作るほうが、楽しみの活動の延長として、健全な気がしています。
地域の地物がほぼ入力され、メンテナンスが中心となった場合、マッピング技術の習得をどこで行ってゆけばよいのか、という課題もあります。
(例えば現状のニューヨークの状況を見て、初心者が手出しをしたいと思ったり、地元のマッパーが習熟を深められると思うでしょうか?)
とはいえ実際のところ、まずは地元の建物形状すら満足に入力されていない地域がほとんどで、住所やPOIが網羅されている地域は存在しないのですから、まず手を付けられるところとしては、マッピングパーティの開催支援あるいは主催になるのだろう、という気がしています。
そして、マッピングパーティが地域で開催されるためには、(鶏と卵ですが)まずはその地域でニーズやモチベーションが必要になります。
そのためには、OpenStreetMapのことだけが大好きなマッパーを増やすのではなく、その他の分野に興味を持って活動しているかたとの協力が重要になってくるはずです。
これは、従来の街歩きや車椅子利用者など、NPO的視点の活動に限りません。
例えば、どこの地域にも一定数以上、ポケモンGOやIngressのユーザは存在します。日常的に地域を歩き、OpenStreetMap編集が自分たちの利になるステークホルダーとして、彼らの存在は非常に重要です。
企業コミュニティの育成
TBD
骨子
- まだ日本では本格的にOpenStreetMapデータを使ってサービスを展開する例が非常に少ない。
- 今後、海外資本による日本への参入がどの程度発生するか、非常に興味深い。
海外・アジアコミュニティとの連携
OpenStreetMapは全世界を対象にしたプロジェクトです。
これはつまり、海外との協力や協調、海外への活動や主張の発信が非常に重要となる、ということもあります。
しかしながら現状、海外と接点をもっているマッパーの数はあまり多くありません。海外のメーリングリストを購読している数ですら、さほど多くはないのが実情ではないでしょうか。
(僕もあまりメーリングリストには顔を出せていません)
ただ、少なくとも近隣諸国のコミュニティとは、オンライン・オフラインでより多く接点をもってもよいのではないか、とは考えています。
例えば、OpenStreetMap AsiaやOpenStreetMap KoreaのTelegramチャットや、OpenStreetMap台湾のFacebookグループなどは非常に参加しやすい環境にあります。(どうも中国にはWeChatグループがあるようなのですが、未確認です)
また、個人的には、OpenStreetMapはせっかく皆地域に根づいた活動をしているのですから、"OpenStreetMap姉妹都市"という活動をしてみてもよいのではないかな、と考えています。
海外でも日本国内でも、(昨今では名前だけの地域も多い気もしますが)姉妹都市という考え方は広く定着しています。描かれている地物の(人口比を勘案した)比較、人材の交流や共同プロジェクト、利用できる自治体オープンデータの比較など、お互いの活動に興味を持つところからスタートできることは多いのではないかと考えています。単純に、出来上がった地図をMapbox Studio/Maputnik等で格好良く色付けして送り合うこともできますし、大学などの教育機関が有るのであれば地理学的なポスター展示も行うことができるでしょう。
NPO等の広報活動でも、まずはその団体がどういう活動をしているか知り、その理念や実績に共感することができるかどうかが大きな意味を持ちます。海外で行われている、団体としてのあるいは個人としての活動がどのようなものか知り、興味を持つことで広がることもあるのではないか、という観点です。
他分野の技術コミュニティとの交流
OpenStreetMapはその成り立ちから、オープンソースの文脈を強く受け継いでいます。
また、扱う技術の関係上、GIS系のコミュニティとの接点が強いのが現状です。
ただ昨今、Vector tileやiDエディタ等、US環境を中心にウェブ地図の文脈からJavaScriptの方々もOpenStreetMapのコミュニティへの参加が増えていますし、UnityやMinecraftをはじめとしたゲーム分野との接点も少しずつ増えてきている印象があります。
画像認識をはじめ、自動運転の分野に進出している企業もあります。
あまり技術としては表にでてきていませんが、自動運転分野においては仮想現実における走行試験が非常に重要となっているようですので、そこで得られたノウハウが自動運転用の地図から地図画像作成まで浸透してくるのはいつになるか、楽しみでもあります。(個人的には、自動運転用の点群を中心としたデータと、OpenStreetMapなどの地図データは全く違うものという認識なので、過度に両者を混ぜて議論したくはありませんが。。。)
個人的に、OpenStreetMapの地図データはミッションクリティカルな用途で扱うものではなく、よりカジュアルな用途でより多く使われるほうが幸せなのではないかと感じています。
その観点からゆけば、ゲーム分野における活用の展開は非常に重要です。
もともと、SuperTuxKartやCities: Skylinesなどでのゲーム利用はありましたが、今後、同人ゲーム市場でのOpenStreetMapデータ利用は推してもよいかな、と思っています。
パシフィック・リムやアーマードコアなどのロボットアクションを、ぜひ実際の地図データでやってみたいものです :)
ドキュメンテーションの品質強化
ドキュメンテーションはOpenStreetMapの根幹を成す要素のひとつです。
ドキュメンテーションは、単にタグの使い方に関するまとめをするためだけではありません。インポートやタグに関する議論に関してなど、いま同時代に編集を行っているひととの摩擦を減らすためだけではなく、数年後の自分たちとの会話を行うために必要な記録でもあります。
OpenStreetMapではすべてのデータが蓄積されています。そして、それらは常に、更新されなくてはなりません。ではその更新にあたって、過去にどのような経緯と議論がなされたのか、何を守るためにいまの状況があるのか、過去の議論を遡る必要も、時にはあります。
OSM wikiやメーリングリストにおける文章の議論は、OpenStreetMapにおける公文書ともいえるものです。英語にしろ日本語にしろ、この品質を向上させてゆくことは非常に重要です。
個人的に、OSM wikiは3つの役割を果たすことが重要と考えています。
- タグに関する情報として、最も信頼できる情報集積地であるべき
- 例えばインポート等、大規模な影響のある活動に関して、当時の議論や作業方法など、経緯を記録しておく場所であるべき
- 活動地域やツールなどに関しては、有用なリソースへのリンク集であるべき
特に1は、タグの制定状況に関連して頻繁に変化する情報であり、定期的なアップデートが必要です。
現状でも、日本語への翻訳が必要なページをチェックして適切なタグを貼り付けてくれるかたがいらっしゃるので、翻訳対象の可視化という観点では足がかりができている状態です。
ただ、翻訳作業という活動の性質上、翻訳が必要な人は翻訳作業ができず、翻訳作業ができるひとは翻訳が必要ない、ということが発生します。
OSM wikiの英語を使って翻訳を勉強する会、とかを開けばよいのかなぁ、と考えているのですが、翻訳を行ってくれるひとを増やすのは一朝一夕にはゆかず、方法を考えあぐねています。
OSMFJの組織基盤強化
TBD
骨子
- OSMFJは性質として、中間支援組織であること
- つまり、直接活動を行うよりも、マッパーや他組織との仲裁や調整、次世代の育成や活動参与者を増やすための活動を行うべきではないか
- 現状で極めて限られた収入は、なにに使うべきか
アドボカシー
政策提言、とも訳されますが、僕はこの言葉は個人的に、政府や行政などの機関を通じて公共の益になる事柄を広める活動、と理解しています。
国家機関との連携
TBD
- 地理院地図で展開されているデータの活用
- 地理教材としてのOpenStreetMapの活用
災害・防災等に関してはよりアプローチできるかもしれないのですが、本邦とOpenStreetMap双方のためにどのような活動が良策か、あまりイメージがわきません。
地方行政との連携
オープンデータとして、OpenStreetMapで利用するレベルの詳細なデータは、国ではなく市町村が保有しています。
例えば精細な航空写真や住所情報、道路の管理主体の一覧などが挙げられます。
また、建築物に関する情報も、申請先は市町村の窓口です。これを利用することで、建築物の階数や築年月日、主な素材を調査することができるようになります。
オープンデータの利用に関しては、Creative Commonsに関する追加の利用許諾の取得などいくつか課題がありますが、ある程度テンプレート化されていますので、逆に、担当者との接点を持つ機会になるのではないかな、と感じています。
それから、地方行政に関しては、OpenStreetMapの庁内利用についても検討できるのではないかと考えています。特に、自分で公共測量を行うことが、財政的、あるいはGISシステム導入的な面で困難となる自治体を念頭に置いていて、そうした自治体は今後、町村を中心に増えてゆくと考えられます。
大阪府富田林市は、庁内に存在しているGISデータを定期的にOpenStreetMapにインポートしていますが、逆に、OpenStreetMapのデータが十分に精細であれば、DM等の代わりに庁内で利用することもできるのではないか、という発想です。
悪名高きLGWANの壁をどのように突破するかは1つの課題ですが、データの持ち込みという観点では純粋に、業者から納品という形をとれば搬入はできますし、LGWAN内の帯域制限もベクトルタイルを利用することで多少は負荷を減らすことができるかもしません(ベクトルタイルの技術的には、例えば庁内で利用しているブラウザが古いなど、別の制約にひっかかるかもしませんが)
生データが利用できることがOpenStreetMapの強みなので、もし各施設やPOIの情報が網羅的にOpenStreetMapに記載されているのであれば(特に人口の少ない町村では)地域のGIS分析に使って行けるデータになるのではないかと感じます。
NPO/NGOとの連携
HOTが人道支援とOpenStreetMapをブリッジしたように、OpenStreetMapは他の現場を持つNPO/NGOと協力することで、よりその力を発揮できると考えています。
例えばそれはWikipediaTownで行う街歩きの活動であったり、車椅子ユーザのアクセシビリティに関する活動であったりするかもしれません。
個人的には、海外に施設を持つNGOとの協力を深めたいと考えています。
2019年3月にシャンティさんとの合同イベントを開催しましたが、他にも海外に学校を建設したり、支援拠点を構築されている日本のNPOは多くあります。そしてその多くが、東南アジアや南アジアといった、OpenStreetMapの地図が大きく活躍できる地域に存在しています。
Community Indexや、OSM Asia Telegramチャンネルのおかげで、現地OpenStreetMapコミュニティと接点をもつこともいまでは非常に簡単です。
現地の地図をOpenStreetMapで作成することで日本から赴くスタッフさんが使える地図を作成することもできますし、将来的にその地域の地理教育を行うための教材を作ることもできます。また、現地OpenStreetMapコミュニティとの関わり合いを育てることも可能です。
こうした関係性の構築は長期的な目線で取り組むべき課題であり、一朝一夕に答えは出ません。
ただ、普段地理空間情報としてあまり関わることのない他分野との連携が、今後非常に重要になってくると考えています。
正直、日本国内だけで考えるとその基盤はあまり大きくない印象がありますが、海外を視野に入れた場合、OpenStreetMapは大きな力を発揮できるのではないかと考えています。
総論
とりとめもなく書いたら、15000字だよ!